Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 両親の仇であるアラクネ盗賊団の大幹部 ロレンツとの喧嘩は壮絶な騙し合いの末にアルジードの勝利で終わった。
 だが彼らは組織である。待機させていた部下に取り囲まれ、窮地に陥った彼の元に現れたのは…王都騎士団の大隊長 ド・フィス。


 組織VS組織となった戦いはいよいよ終結を迎える─


85話 その暴力は誰のために

「王都騎士団の…大隊長…!?」

 

 突如現れた謎の老人にどよめく盗賊たち。誰にも認識されることなく割って入り、素手でナタを砕く離れ業は突飛な名乗りに信憑性を与える。

 

 ド・フィスはそんな彼らを無視しつつ宙吊りのアルジードに8本の針を突き立てると、外れた肩を押し込んだ!

 ゴギリ、という耳を塞ぎたくなる音に思わず怯むが、強引な処置に反して痛みを感じない。

 

「内出血を効率よく逃がす"漏選"」

 

「痛覚を騙す"避叫"」

 

「治癒力を高める"寧即"」

 

「即時復帰に長けたこれらを"もるひねトリオ"と呼んでおる。これでしばらくは動けるじゃろ」

 

 針を打った場所を順番に指し示し、打つ度に効き目は落ちるがの、と付け加えるド・フィス。彼の言う通り痛みは引き、とても調子がいい。だが─

 

「なあじいさん…説明してる間に囲まれてるぜ」

 

 気付けば2人を取り囲む銃口はすぐそばまで迫っており、ナタを砕かれたロギンも新たな得物を手にしている。

 アルジードもブルー・ギルズなる男に囚われたままであり、状況は依然として予断を許さない状況だ。

 

「なんじゃ余裕のない連中じゃのう。たかが2人に情けない」

 

「どの口が…ギルズ!そいつを掲げろ!ガキは俺が処理する」

 

「へっへへ了解!おいジイさん!ボーッとしすぎだ…ぜっ!」

 

 ブルー・ギルズの巨躯に似合わぬ動きによって捕らえたド・フィスは高く掲げられてしまう。ぐるりと囲うように向けられた銃口は彼だけを狙っており、逃げ場はない。

 暗器のほとんどを奪われた今のアルジードに彼を救う手立てはなく、またも窮地に追いやられてしまった。

 

「あや、お主なかなか早いの。ガルフィン族のぽてんしゃるを見誤ったわい」

 

「感心してる場合かよ…わざと捕まったんじゃないよな」

 

「救援要請も寄越さんお主らの窮地を察してトォーインから走ってきたというのに冷たいの〜…年寄りは労るべきじゃぞ?」

 

─いまトォーインつったかあのジジイ…?

 

─馬鹿、フカシに決まってんだろ?あり得ねえよ

 

─でもよ、あいつが割り込んだの見えなかったぜ…

 

 トォーインは早馬を出しても半日はかかる町である。そんな場所から走ってくるなど人間には不可能だ。そう、普通ならば。

 だが子供にアジトを突き止められ、彗星のごとく降ってきた女が向かった先では炎柱が立ち上り、老人が目にも止まらぬ速さで割り込む…今日は色んなことが起こりすぎた。

 

 これらの要因が重なったことで盗賊たちの常識が揺らぎつつあり、この状況こそが彼の狙いであった。 

 ド・フィスは小さく手招きしてアルジードに呼びかけると、口の動きで何かを伝えようとしてくる。

 

(ワシ シカケル… ソイツ タノム?)

 

 目線は混乱を収めようと苦戦するロギンに向けられている。指ではすでにカウントダウンが始まっていた。

 

(だから早ぇよ!3…2…1…どうする気だ?)

 

「さーて始めるぞい。煉獄心拳 八の手『貫手・善常一閃』」

 

「なっ…熱ィ!!!なんだこっ…がああああ!!」

 

 裁きの炎を纏う手刀を受けたブルー・ギルズは炎上し、暴れ回る。ド・フィスはそんな彼の肩に跨って抑えつけつつ、わざとらしいため息とともに取り巻きたちを挑発する。

 

「一番強そうなのがこの程度とは…お主ら威勢だけか?」

 

「…ッッッナメてんじゃねえぞジジイ!蜂の巣にしてやらぁ!」

 

「…乗るな!待て!」

 

 何かを察したロギンの静止も虚しく、放たれた弾丸はド・フィスへまっすぐ向かっていく。普通に考えれば逃げ場などない、勝利を確信すべき優勢。

 

 だが王都騎士団の大隊長を務める男にそんな常識は通用しなかった。跨っているブルー・ギルズごと身体をぐるりと捻ると…

 

─なんだ!?弾がジジイをすり抜けて…ぐわっ!

 

「『因果往砲』─手から離れた得物を信用するな、バカモンが」

 

 弾丸はド・フィスを避けるように、あるいは滑るように通り過ぎ、取り巻きの身体を穿つ。それは技に与えられた名前のように、悪しき行いがそのまま自らに牙を剥いているようだった。

 

「坊主!」

 

「!しまっ…」

 

「遅ぇよ!」

 

 隙を突いたアルジードは懐へ潜り込んで鎖を展開、拘束すると、上空へ蹴り上げてから飛びついた。

 パイルドライバーのような体勢のまま落下していく2人。差異があるとするならば、拘束によって防御も解除も不可能なことであろう。

 

「ずいぶんな数の首を落としてきたみたいだな。今度はテメェがブッ飛ぶ番だぜクズ野郎!『ネク・タック』!」

 

「おいよせ!やめ…!!!!!!」

 

 懇願虚しく地面に打ち込まれたロギンは鈍い音を立てながら、白目を剥いて崩れ去る。

 アルジードがカタをつける頃にはド・フィス以外に誰も立っておらず、2人の視線はロレンツへと集まっていた。

 

「あれが仇なのじゃろう?任せるぞい」

 

「いいのかよ?殺っちまうかもしれないぜ」

 

「後始末はワシがつけたるわい。あの甘ったれ(エイジャー)がどう思うかは知らんがの」

 

「食えねぇじいさんだ…そうだジャスミン!あいつは─」

 

「あの子は勝ったぞ、無傷ではないが。だからワシらも…」

 

─なんだこれは…!?よくもロギンさんとママを!

 

「もう少し気張らねばならんかの。なぁに、こっちは気にせんでええ」

 

 ド・フィスの背後には増援の姿。数は4〜50、見るからに場馴れした異種族も並ぶ様子は、これが総力戦であることを意味している。

 

(ガルフィンにレプター、これだけの兵隊を揃えるとは…さすが大幹部の根城といったところか)

 

(ククク久しいのォこの緊張感。やはり戦いはこうでなくては)

 

 両手に裁きの炎を纏い、構えるド・フィス。ひとりで相手取るには手に余る大群を前に浮かべた笑顔はまるで、最高のおもちゃを見つけた少年のようであった。

 

「償いたい奴は前に出ぇ。今日の炎は一段と熱いぞ?」

 

──────────────── 

 

「みんな早く!ママがヤバいかもって!」

 

「ちょ待ってピルマ…飲みすぎて…まっすぐ走れない…!」

 

 一方の宿舎ではロレンツが赤カビ病を植え付け、ばら撒くために飼っている女性たちが廊下を走っていた。

 慌てて宴会場に入ってきた教団の男─もといアラクネの構成員からロレンツがまずい状況にあることを聞かされた彼女たちは、血相を変えて現地に向かう。

 

 戦えない彼女たちを鉄火場に差し向けるのには、ある理由があった。

 

「ママ大丈夫だよね?やられたりしないよね?」

 

「そんなわけないじゃん!ママは強いんだから!」

 

 ピルマは冷めた目で背後をちらりと見やる。彼女たちを差し向ける理由は他でもない、この必死さで敵の判断力を乱すためだ。

 悪党の懇願に耳を傾けるものはそういないが、これがカタギの女子供となれば話は別である。相手が秩序側の人間であればなおさらだ。

 

(本気の言葉こそ相手の心を乱せる…それで本当に運用しちゃうんだから恐ろしいっす)

 

「…あ!みんなあそこっす!ママが!」

 

 指し示す先にはへたり込んで動けないロレンツと彼を見下ろすアルジードの姿。手には薙刀が握られており、今まさにトドメを刺すといった風である。

 

 絶体絶命の大ピンチ。そんな状況で真っ先に声をあげたのは…

 

「やめろー!ママを虐めるなぁー!」

 

「デボラ…みんなもあいつを止めさせるっす!」

 

「私たちの居場所を奪うなガキンチョ!」

 

「ここから出ていけぇ!」

 

 デボラの叫びを皮切りに思い思いの言葉を投げかけるが、襲撃者はこちらの存在を認識していないかのように、視線のひとつも寄越さない。

 だが本当に聞こえていないわけではなく、薙刀を構えるアルジードは苦々しい顔を浮かべていた。 

 

「騙されてることも知らねえでガタガタと…それで?吐く気にはなったのかよ」

 

「友達を売る気はないの。お生憎様ね」

 

 王手がかかってもなお不敵に笑うロレンツ。瞳に宿る意志は強く、ボージャンの居所を話すつもりは毛頭ないらしい。

 返事を聞いたアルジードは大きな舌打ちをひとつすると、薙刀を肩に担いだ。

 

「じゃあテメェに用はねぇ。これで─」

 

─やめろーーーー!!!!!!

 

「終わりだ」

 

 女性たちが見守る中、渾身の一振りがロレンツの頭を打ち抜いた。

 

 

 

 親に売られたのは何歳の時だろう。生まれを祝われた事がないので分からない。

 

 あの日々は何年続いたのだろう。思い出したくもない。

 

 ロレンツ・バラスティアとしての人生で最も古い記憶、それは─ボージャンたちと出会ったあの日の事だ。

 

「んんー?っかしいな…」

 

 そんな事をボヤく青年の足元には死体が転がっていた。脇腹のあたりから流れ出る血は鮮やかな赤で、わずかに温かい。

 それもそのはず、この死体はたったいま青年が作ったものだ。彼は今、自分が殺した男の衣服から金目のものが無いか漁っている。怯える私に目もくれず。

 

 ここは娼館…それも拗らせた変態たち専用の掃き溜め。いつものように客が来て、いつものように"使われる"、ゴミのようなルーティンが始まるはずだった。

 

 遠くで何かが破壊される音が聞こえ、次に逃げ惑う人々の声に変わった。

 逃げようにも手には錠がかけられており、ほぼ裸。判断に迷うのは当然であろう。モタモタしている間に青年が扉を蹴破って、客の男を躊躇なく刺した─それが今に至るあらすじである。

 

「ダセェ指輪と銀貨が数枚…!?ッざけてんじゃねえぞクソが!!!」

 

「ひいっ…!」

 

 期待が外れたのだろう、怒りのままに死体を蹴飛ばす青年。思わず声をあげるとこちらに注意が向き、目が合ってしまった。

 翡翠色の瞳は鋭く、後ろに流した黄土色の髪はツンツンしている。砂漠ヤモリのような姿をした青年はやたら刃の分厚い包丁を握り直すと、ズンズンと迫ってくる。

 

「え、えっとあの命だけは…なんでもしますから…!」

 

「…オラァッ!!!」

 

 命乞いも虚しく振り下ろされる刃。死を覚悟し、きゅっと目を閉じるが…

 

─バキィンッ!

 

 床に転がったのは自分の頭ではなく砕けた金属片。青年は手に嵌められていた錠を叩き切ったのである。

 青年は唖然とする私にシーツを投げて寄越すと、さっさと隠せと言わんばかりに手を払った。

 

「???あの…」

 

─この部屋が最後みたい…ってもう終わってる。相変わらず凄まじいですねボージャンは

 

 次に部屋へ入ってきたのは藍色の髪を後ろで束ねた、やや疲れた顔の青年。目まぐるしく変化する状況に混乱しつつあるが、粗暴な青年がボージャンという名前らしいことは把握できた。

 ボージャンはもう1人の青年に振り返ると、不満そうに成果を差し出した。

 

「話が違ぇぜバンザム!ここに来るような変態は絶対金持ちだって言ったじゃねえか」

 

「銀貨と…指輪だけ?本当に?そんなはずは…」

 

─バンザムの推理は合ってるぜ。オメーが足りねェだけだ

 

 続いて入ってきたのは白黒の髪を遊ばせた、ボージャンとは違うベクトルで好戦的な青年。手には皮の袋が握られており、ジャラジャラと景気のいい音がする。

 口から覗くは金貨、宝石、アクセサリー…2人が期待していたであろう金品の数々。青年は悪魔のように大きな口を吊り上げて、その成果を誇っていた。

 

「バカはテメェもだろユダハン!オレの後を漁っただけで偉そうにすんな殺すぞ」

 

「まあ落ち着けよボージャン。いいか?こういうとこは知らねェ奴をやすやすと入れないハズだ。で、部屋に金を持ち込む理由も無いとくれば…」

 

「…そうか!店に預ける!」

 

 ユダハンと呼ばれた青年は指をパチンと鳴らす。どうやらこの3人は立案と突入、作戦の詰めで役割分担をしているようだ。

 外見から察するに3人と私は同年代だ。にも関わらず彼らは自分の意思で好きに生きている。たとえそれが外道だったとしても、とても眩しく思えてしまう。

 

「ところでよォそいつどうすんだ?すげぇ見られてるぜ」

 

 …などと考えている内にユダハンの指摘で視線が集まってしまった。

 

「ここが最後だったから逃げ遅れましたか。どうします?ボージャン」

 

「なんでもするつってたけど野郎趣味はねぇしなあ…チクられても面倒だし殺すか?」

 

「え゛!?」

 

 冗談ではない。ようやく地獄から抜け出せるチャンスだというのに。

 だが彼らの言う通り、ここで起こした事件が広まるのは好ましくないのも事実だ。野盗など星の数ほどいるとはいえ、これだけの惨殺をやらかしていれば恨みは買う。

 

 ならば彼らに生かす価値を示すしかない。何か糸口はないか─

 

「…あの、そのお宝ってどうするの?」

 

「ほとんどは街で換金だな。こんなん持ち歩いてられねェや」

 

「…それじゃすぐに足がつくわ。あなた達が高級品を売り歩いていたら不自然だもの。換金ルートは慎重に考えるべきよ…と思います」

 

 3人は顔を見合わせる。どうやらそこまで頭が回っていなかったらしい。私はさらにまくし立てた。

 

「最低でも実行役と換金役は分けて、なるべく遠い場所で換えるべきよ。それでも時間稼ぎにしかならないけどね」

 

「その口ぶり…何か策がありそうですね」

 

 乗ってきたのは最も穏やかそうなバンザムだ。いいぞ、まだ首の皮は繋がっている。

 

「他人の換金ルートを乗っ取るのはどう?秘匿性の高い取引手段を握っている人間たとえば…後ろめたい部分がある金持ちとかね」

 

 3人は再び顔を見合わせ、何やら相談を始める。暴力への躊躇の無さから手練れだとばかり思っていたが、どうやら結成から日は浅いようだ。

 そうしてしばらく話し込んだあと、今度はユダハンと呼ばれていた青年が前に出た。

 

「なかなかワルの素養がありそうじゃん。それからどうする?」

 

「この手の娼館を監視して、客の中から適任を探すの。そいつ以外を殲滅しつつ恥部の暴露をチラつかせればいいわ。初めは抵抗を感じないよう少しだけ、徐々に乗っ取って最後は─」

 

 私は首を斬るジェスチャーで顛末を表現する。盗賊が喜びそうな、なんとも陳腐なプレゼンを選んだのは他でもない。自分でも突飛な提案だと焦っているからだ。

 

 いくら弱みを握ったとて相手は権力者、彼らを握り潰す手段などいくらでもある。万が一従わせたとしても、小汚い子供が出入りしていれば噂が立つ。

 それでもこの場では有益だと思われねばならない。だから土壇場で思いつく最善をまくし立てたのだ。

 

(幸い彼らは悩んでいる。却下される前に次の手を…)

 

「なるほど分かった、それで行く」

 

 即答したのはボージャンだった。それは誰にとっても予想外だったのか、両脇の2人も目を丸くしている。

 

「ちょっ…本気ですか?もう少し考えてから」

 

「クソ状況を生き抜くために絞り出したんだ、そういうモンの力はお前もよく知ってるだろ?」

 

 それを聞いたバンザムは言葉に詰まる。どうやら思い当たる節があるらしい。続いて私の顔を乱雑に掴むと、汚れを拭って2人に見せつけた。

 

「それによく見りゃ品のあるツラしてやがる。オレたちじゃ追い返される場所にも入っていけるぜ。どうだ?」

 

「オメーと比べりゃネズミすら貴族に見えらァ。だが使い道がありそうってのは同感だ」

  

 そう言ってユダハンも同意を示す。姉より先に売られた理由である顔で命を拾うとは…なんとも因果なものだ。思わず冷めた笑みがこぼれる。

 

「気に食わねぇモンをぶっ壊して、欲しい物は何でも手に入れるのがオレたちの流儀だ。お前のやりたい事はなんだ?」

 

「…私を売った親と、変態たちに痛い目を見せたいわね」

 

「楽勝!大人が泣き喚くサマは笑えるぜ。楽しみにしておけ」

 

 ボージャンはゴキゴキと指を鳴らす。暴力という言葉を具現化したかと思うほど野蛮な彼だが、味方に回るとあまりにも頼もしい。

 血塗れのボージャンの手を取り、2人が見つけてきた服に袖を通す。道なき道への第一歩は恐ろしいほどに晴れやかな気分だったことを覚えている。

 

 私は改めて3人に向き直ると、握り拳を突きだした。

 

「私はロレンツ・バラスティア。今日からよろしくね、共犯者さんたち」

 

「「「おうよ!」」」

 

─にしても共犯者かぁワルって感じでいいな!組織の名前もロレンツが考えりゃいいんじゃねェか?

 

─いいですね。ボージャンの案はあまりにも酷かったですし

 

─…そんなに酷いの?

 

─んなわけあるか!こいつらのセンスが無いだけだ。いいかよく聞けよ、オレたちは─

 

───────────────────

 

 ガタリ、ガタリと背中に伝わる衝撃で、ロレンツは遠い昔の記憶から引き戻された。肌を撫でる風が冷たいことから日没前、馬車に揺られてどこかに向かっているようである。

 重い瞼を開けば王都騎士団の隊服を来た男が数人、周囲を警戒している。風貌からしておそらく憲兵隊…事後処理班といったところだろうか。

 

 どうにも痛む頭は未だ冴えず、何が起きたのか、この状況が何を意味するのかを処理できていない。小さなうめき声を聞き取ったのか、赤目の青年がこちらに駆け寄ってきた。

 

「案外早く起きやがったな」

 

「…思い出した、アタシは負けたのね…なぜ殺さなかったの?女の子たちの前だから?」

 

「バカが何人騒ごうが変わらねぇよ。釘を刺されただけだ」

 

 ロレンツは青年が抱える報復心の根深さを理解していた。そんな彼が戦いの中で何度も揺らいでいたことも。

 手足を縛る鎖に一切の隙はなく、とても抜け出せそうにない。この青年がやったとするならば極めて冷静な対応である。

 

 彼を揺らがせているのは助太刀に来た2人ではないだろう。ある程度は気を許しているようだが、それで思い留まれるものではない。

 

(よほどのお人好しかとんでもない詐欺師…一体どちらと出会ったのかしらね)

 

 ガチャリ、という鎖が擦れる音を聞いたアルジードはロレンツを睨みつけると、後方の荷台を指差した。

 

「テメェの部下は全滅、騎士団の一部は残って資料を漁ってる。助けは来ねぇぜ」

 

「そう…彼女たちは?」

 

「最後までテメェを信じて騒いでたぜ。あんまり暴れるもんだからじいさんが黙らせたがな」

 

 ふざけた話だ、と吐き捨てるように付け加える。必死に庇い立てる彼女たちの叫びと視線、やむを得ず空掌で気絶させたド・フィスのやり切れぬ顔…どちらが悪党なのか分からなくなる場面を思い出しながら。

 

 そんな彼女たちや感染元であるスマリットはこの後ホスピナスへ移送される手筈となっている。もうじき車列から外れ、それぞれの目的地へと向かうのだ。

 

「ガキの躾はジャスミンが済ませてある、テメェの計画はここで終わりだ」

 

「…ふ、フフフ。フフフフ…」

 

 突然くつくつと笑い出すロレンツに嫌な予感を抱くアルジード。だが拘束を突破する様子はなく、追っ手の影もない。

 

 何かが引っかかる─同乗していた憲兵隊も異変に気付くのとほぼ同時、ロレンツは肺いっぱいに空気を吸い込み、そして後方に叫んだ。

 

『こんなのがカタになるんですか!?どうぞ連れて行ってください!!!』

 

「…そういう事かよ!憲兵!そいつを黙らせるぞ!」

 

「外様が指図をするな!おいッ大人しくしてろ…ッ!!」

 

 アルジードと憲兵は布きれを突っ込んで黙らせようとするも、立ち塞がる歯がそれを許さない。ロレンツは歯を閉じたまま器用に声帯を操ると、さらに続けた。

 

『気持ち悪いアザがあるクソガキなんていらねぇ!こいつで許してもらえんなら最高だ!!!』

 

「おい坊主!コイツは何を言っているんだ!気が狂ったのか!?」

 

「そんな無意味なマネをする奴じゃねえ!焚き付けてやがるんだよあのガキを…来たぞ!」

 

「ウ゛ガ ア゛ァ ァ ァ ァ ! ! ! ! !」

 

 アルジードの指は煉獄心拳により無力化されたはずの、こちら目がけて荷台に飛び移るスマリットを指し示す。全身から吹き出したドス黒いオーラはわずかな残気を残しながらたなびき、そのシルエットはケダモノのよう。

 

 先の戦いで武装を破壊され、点穴による鎮痛作用も切れつつある今、彼とやり合う余力はない。唖然とする憲兵を蹴って我に返らせると、立てかけてあるライフルを投げて寄越した。

 

「あのガキに暴れさせるな!撃て!」

 

「ふざけるな!子供に手をかけろというのか!?」

 

「モタモタすんな!あれを止めなきゃ全滅だ!」

 

「くそっ…!」

 

 憲兵は半ば自棄気味にライフルを構えるものの、動き回るスマリットを照門に収めることができない。

 そしてついに到達すると、禍々しい爪で銃身を切り裂いてしまった!

 

 反応できないアルジードや憲兵には目もくれず、ロレンツへと爪を振り下ろすスマリット。オーラに象られた横顔はもはや人を逸脱しており、魔族にしか見えなかった。

 

(ダメだ、間に合わねぇ…!)

 

「お゛前゛が 死゛ぬ゛ん゛だ゛よ゛ク゛ソ゛が あ゛ァ゛ァ゛! ! ! !」

 

 極限の状況下で高まった集中力は凶爪が首を貫くまでの1秒を限りなく停止に近づける。ロレンツは焦るアルジードの目をまっすぐ見つめると─

 

「それではボウヤ、ごきげんよう?」

 

 沈む夕日を追いかけるように、不敵な笑みを浮かべた頭が宙を舞った。

 

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