Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 エグリ=マティアス教での戦いはアルジードの策とジャスミンの覚醒、そして一騎当千の将ド・フィス それぞれの活躍により勝利を収めた。

 ケンカにも戦争にも負けたロレンツは薄れゆく意識の中、アラクネ加入の日を思い出す。歴史に残ることのない、自分だけの記憶を呼び起こされた彼が取った行動は…スマリットの憎悪を利用した自害だった。




86話 デボラ

「あのジジイを出せー!」 

 

─あのジジイを出せー!!!

 

「ママとピルマはどこだー!」

 

─どこだー!!!

 

「ですから2人は大規模な犯罪に関わっている疑いがあり、その取り調べを…」

 

「「「「そんなわけあるかー!!!!」」」」

 

 医療の街ホスピナスにある隔離施設の一角に、今日も怒声が響き渡る。自分たちの境遇を知らないデボラたちが、毎日のように抗議を続けているからだ。

 

 エグリ=マティアス教での戦いは大幹部ロレンツの死で幕を閉じた。それも同じく囲っていた赤カビ病の根源 スマリットという少年の手によって。

 顛末をそのまま伝えるわけにもいかず、そもそも彼が犯罪者と説明したところで聞く耳を持たない。街で合流したド・フィスの部下パラスは、彼女たちを諌めるので精一杯であった。

 

「相変わらず元気ねあなた達…ここに隔離して正解だわ」

 

「いつまでここに閉じ込める気?まさかアンタもグルじゃないよね」

 

 部屋に入ってきたのは赤カビ病を初めて診察し、現在も対応に追われている女医のクオレア。呆れた様子を隠そうともしない彼女に対し、デボラたちも剥き出しの敵意を向ける。

 クオレアはそんな視線は無意味とばかりに手で払うと、デボラたちを指差した。

 

「悪事を企てる暇が愛おしいわよまったく…腕のそれ、そろそろ説明したいのだけれど」

 

 指し示す先には赤いアザのようなもの─赤カビ病の初期症状が浮かび上がっている。目に見える形で症状が出ている今なら耳を傾けるだろうと期待し、忙しい合間を縫ってやってきたのだ。

 

「教団の人たちがウチらに変な病気を感染したっていうんでしょ?ママがそんなことするわけないじゃん!」

 

─そうだそうだー!!!

 

(ここまで手のかかる患者は久しぶりね…彼も相当苦労したはず)

 

 クオレアは視界の端で疲弊しているパラスに同情すると、控えていた部下にサインを送る。

 そして部下が押してきた荷台に視線を集めさせると、布で覆われた一部をめくって見せた。

 

「………何、これ…」

 

 荷台に乗せられているのは末期患者─赤カビと免疫暴走によって内外から壊された者の凄惨な姿に、只事ではないのをようやく理解する。

 

「他の事は好きに解釈していいわ。だけど今から説明する事はひとまず信じてほしいの。まだ生きていたかったらね」

 

 

────────────────

 

 人が健全に生きる上で気遣うべき要素の1つに"色"がある。

 

 赤を見れば興奮するし、青は冷静に。黒は闇を想起して恐怖を煽り、光と紐づく白は良い影響を与える…そんな研究結果があるらしい。

 ホスピナスが白を基調としているのもその応用であり、弱った患者たちに活力を取り戻すだろう─

 

 陽光に照らされ輝く廊下を歩きながら、ド・フィスは今は亡き旧友の言葉を思い出していた。

 

「入るぞい」

 

 視界に飛び込んできたのは逆立ちしたまま腕立てを行うジャスミンの姿。病衣から覗く肌のいたるところに包帯が巻かれており、戦闘の激しさが垣間見える。

 ド・フィスに気付いたジャスミンは慌ててベッドに飛び込むと、今までそうしていたかのように、わざとらしく起き上がった。

 

「お、おはようございます師匠!お体は大丈夫ですか?」

 

「足が痛くて仕方ないわい。まったく衰えたのう」

 

 恨めしそうに足を揉むド・フィス。屈強な種族を含めた軍勢相手に筋肉痛で終わるのは何かがおかしい気もするが、本人としては納得がいかないらしい。

 ジャスミンは自分がレプター族ひとりに押し負けていたことを思い出し、まだまだ大きな差があることを痛感するのだった。

 

「ワシのことはええ。それよりも…傷が開くからやめろと言われているらしいの」

 

「す、すみません…じっとしていられなくて」

 

 そう言ってバツが悪そうに視線をそらす。普段であれば説教の1つでも飛ばしているところだが、それ以上の追求はしなかった。

 

 あの日、2人は荷台の警護を担っていた。ド・フィスは外、ジャスミンは中から盗賊たちを監視し、彼らを取り戻しに来る仲間がいないか警戒していたのである。

 その中にはスマリットもいた。子供ながらにして凄まじい憎悪を持ち、奇病のキャリアである彼を一般人と同じ荷台に乗せるわけにはいかないからだ。

 

「スマリット君、手は痛くありませんか?苦しかったら言ってくださいね」

 

「縛っておいてよく言う…苦しかったら外してくれんのかよ」

 

 冷たいカウンターにたじろぐジャスミン。

 

 裁きの炎は悪意を焼却できるものの、人格を矯正する力はない。本人が道を踏み外した原因と向き合い、やり直そうと思わなければ同じ事を繰り返す。よって煉獄心拳を打ち込むだけでは脅威判定は覆らない。

 

 それは明確な殺意を持って暴れ、大人顔負けの力を見せたスマリットも同様である。ジャスミンが投げかけた言葉は彼にとってまったく無意味なものだった。

 

「そ、その通りですね。…あの、スマリット君は今後やりたい事とかありますか?」

 

「んなもん思いつくかよ。ずっと閉じ込められてたからな」

 

 諦めすら漂う口調と横顔に胸が締め付けられる。何かが違っていれば今頃、彼の目には多くの道が見えていたかもしれないのにと。でも、そうはならなかった。大人たちが彼を歪めてしまったのだ。

 

 こんな時、彼ならなんて声をかけるだろう─。

 

 ジャスミンは湧き上がる怒りを抑えながらスマリットの肩を掴むと、精一杯の笑顔を見せた。

 

「安心してくださいスマリット君!これから出会う大人たちは君を利用したりしません!」

 

「…はぁ?」

 

「学校では色んな事が学べます!病気の事もあるので少し遅くなるかもしれませんが…何歳からでも通っていいと、王様がそう決めたので!」

 

「なんの話してんだお前、オレは学校に通うなんざ…」

 

「君が見てきたものは世界のほんの一部、本当はもっと広くて明るいのです!だから!だから…明日に期待してもいいんです。これからは」

 

 実際はそんなに上手く行かないだろう。それはジャスミンもよく分かっている。第一、処遇について議論すら始まっていないのだ。

 それでも悲惨な日々を過ごし、足元しか見えていない彼に希望を持ってほしい─そんな想いに押し出された言葉は、スマリットから予想外の反応を引き出した。

 

「…とりあえず離せよ馬鹿力、肩が痛ぇ」

 

「え?…あっすみません!つい力んでしまいました。あはは…」

 

「…ったく」

 

 視線を逸らすスマリットの横顔に今までほどの憎悪はなく、舌打ちもどこか遠慮気味である。それは煉獄心拳による強引な焼却とは違う、本人の心に作用しつつある証拠であった。

 

─こんなのがカタになるんですか!?どうぞ連れて行ってください!!!

 

(…!!!)

 

「今、何か…前からですね」

 

 だが人の運命などそう簡単に変わらない─わずかに綻ぶ心に再び影を落としたのは、ロレンツによる最後の足掻き。突然の事態と疲労、何よりも"煉獄心拳で悪意を焼き払った"という達成感は、ジャスミンの感覚を大きく鈍らせていた。

 

─気持ち悪いアザがあるクソガキなんていらねぇ!こいつで許してもらえんなら最高だ!!!

 

 耳にねじ込まれる一言一句、あの日と同じ言葉が残りの感覚を呼び起こす。染みついた埃と酒の臭い、擦り切れた足裏、父親からの害意に満ちた視線…それらは再び殺意を滾らせるには過ぎたトラウマ。

 

 この先に自分を売った奴がいる─トラウマはあり得ない妄想を確信に変え、気付けば鎖を砕いていた。後ろで叫ぶジャスミンの声ももはや届いていない。

 

(アイツがここに来てるのか!?殺す、殺す、殺せるぞやっと!アイツを殺った後はオレを捨てたクソアマを探し出す!邪魔するヤツも全員─殺す!!!)

 

 邪悪な興奮はあらゆるリミッターを捨て去り、限界のその先へと導く。スマリットの身体は翼を得たかのように軽く、猛獣のように力強い。

 身体能力は異変に気付いたド・フィスですら追いつけない領域に達しており、この場で彼を止められる者は誰一人として存在しない。

 

 だがそこに待ち構えていたのは父親ではなくロレンツだった。借金のカタとしてあの家から自分を引き取り、今日まで軟禁してきた男。

 

 スマリットはロレンツという男に特別な関心を抱いていない。奇病を利用するために飼われていたと知っても失望しないし、衣食住を提供されたことへの感謝もない…鬱陶しい大人のひとりだ。

 だから何をされたかで判断する。つまり─あの日を思い出させたクソ野郎として、望み通り殺すのだ。それが優しさから切り離されて生きてきたスマリットの"正義"だから。

 

「まずはお前が死ぬんだよオォォォ!!!!!」

 

 殺意のままに禍々しいオーラを纏った爪を振りかぶる。首と身体が永遠に分かたれる直前に「先に行ってるよ ボージャン」とロレンツの口が動いたことは、スマリットしか知らない。

 

 そしてスマリットは最期の言葉の理由を知らないし、興味もなかった。

 

 だからロレンツが何を思い、死を選んだのか…その真相を知る者は誰一人としていないのだ。

 

・・・

 

・・

 

 

(結局、一足出遅れたワシがあの子に裁きの炎を打ち込むことで暴走は収まった。…それで終わりならまだ良かったんだがのぉ)

 

 ド・フィスは己の拳を睨みつける。

 

 二度目の炎を打ち込まれたスマリットには大きな変化が起きた。憎しみはおろか感情を発露しなくなったのである。

 話しかけても返事はなく、刺激を与えてようやく体が反応する姿はまるで抜け殻─ホスピナスでは原因不明として結論づけられたが、煉獄心拳が引き金となったのは明白。

 

 憎悪が感情のすべてを支配していたから?

 

 それとも2度の煉獄心拳という前例のない処置による弊害?

 

 原因がどうであれスマリットという人間を壊した事実は揺らがない。救いのない末路は2人の心に大きな爪痕を残すのだった。

 

「お主に非はない…と言っても納得せんじゃろうからあえて言おう。この罪すら糧として強くなれ、ジャスミン」

 

「…はい」

 

「あの子を治す方法はなんとしても探し出す。…また引退が遠退きそうじゃのぉ…」

 

「…ふふっ。そうですね、師匠にはまだまだ元気でいていただかないと」

 

「ああ。これからも頼むぞ、我が後継者(・・・)よ」

 

「…!!!押忍ッ!」

 

 ド・フィスは笑顔で拳を突き出す。それは真の意味で認められたことを表すものだった。

 ジャスミンは大きく見開かれた瞳から溢れる涙を必死に拭う。そして同じように笑顔を作ると、拳を打ち合わせるのだった。

 

─お取り込み中失礼。隊長にご報告が

 

 やり取りが終わると同時に入ってきた男の名はガベル。毛先までキッチリ整えられたインテリ風の彼は隊長補佐の片割れを任されており、身辺調査や独立地域との折衝を担当している。

 そんな彼がやってきた事の意味を悟り、席を立とうとしたド・フィスをガベルが制止した。

 

「この場でも問題ありません。花街ゲンゼの捜索者リストに保護人と思われる女性がおり…判断を仰ごうかと」

 

「確かエイジャー君が調査している街です!」

 

 ガベルははしゃぐジャスミンに微笑みつつ、ファイルからリストを取り出した。広範囲に拠点を持つ王都騎士団では失踪者の捜索も請け負っており、ゲンゼからも数件の依頼が寄せられている。

 

 保護した者がリスト中の1人と一致しているため報告に来たとの事だが、その表情にはやや含みがある。

 含みの理由─"重要人物"という記載を目にしたド・フィスもまた、訝しむように眉をひそめた。

 

「隊長も気付きましたか?私も探りを入れようと思ったのですが…街と連絡がつかないのです」

 

「それって何かトラブルが…?エイジャー君を助けに行かなくては…ッ!」

 

「傷が開くと言うておろうに…あそこは独立勢力、要請もなしに動くことはできん」

 

 王政傘下ではないゲンゼに部隊を派遣するのは政治的に危険な行為である。ブラヒムの一件で信用が揺らぐ中、侵略を仕掛けたと噂を流されればひとたまりもない。

 

 呻くジャスミンを介抱しつつ、ド・フィスはいつもの調子で語りかけた。

 

「明日になっても不通なら偵察でも出せばよい。なに、あれは簡単にくたばらんよ」

 

 

────────────────

 

「ここは遊ぶための店だ。面倒事がお望みなら帰んな色男」

 

「…貴重なお時間ありがとうございました。それでは」

 

 

「見ましたかダーリン!?あの倉庫に出たネズミに向けるような視線!」

 

「余所者が街に疑いをかけてるんだ、あれでもだいぶ手心がある方だよ」

 

 時は遡り─花街ゲンゼにて赤カビ病の感染ルートを調べているエイジャーは、なかなか有力な情報を得られずにいた。

 

 アングラな生業で成り立っているコミュニティである、王政傘下の街と比べて人々の警戒心はどうしても強い。

 ダイガロンも調査をお目溢ししてくれる程度であり協力は得られそうになく、時間ばかりが過ぎていた。

 

(事態を解決するためにみんな危険な橋を渡ってるんだ、早く片付けて合流しないと…)

 

─お困りですか?お兄さんっ♪

 

 声の主は初日に出会ったシンシア。またも思考を読んでいるかのようなタイミングで現れ、感知されぬまま接近し、腕に絡みついてみせた彼女に対し、さすがのエイジャーも違和感を抱きつつある。

 

 アリッサもまた追い払ったはずの"敵"の登場に警戒心を露わにし、視線で殺す勢いで威嚇する中、シンシアは演技っぽく怖がってみせた。

 

「きゃー怖い♪今日はステキな提案をしに来たのになー」

 

「提案…?」

 

「はい♪この間はアリッサちゃんから横取りしようとして怒られたので…いっそ3人で楽しむのはどうかなって!」

 

「「・・・」」

 

「は…はぁっ!?!?!?!?」

 

 突然の提案に理解が追いつかず硬直する2人。やがてその意味を理解したエイジャーは唖然とし、アリッサの髪は深紅に染まる。

 シンシアはひらりと腕から離れると、呆れたように目を細めて2人を指差した。

 

「ここはゲンゼ、男女がお金でウフフするところなんですよ?なのにブラブラしてご飯食べて寝るって…それで街に馴染んだつもりですか?」

 

「む…」

 

「お兄さんなんてけっこう声かけられてますよね。そろそろ顔も覚えられてると思いますよ」

 

 シンシアの指摘は痛いところを突いていた。今のエイジャーたちは街から何歩も距離を置いている状態であり、より余所者として目立つのは当然である。

 

 ここは無数の関係が生まれては消える街、みな人を見る目は肥えている。男女で行動していれば溶け込めるという考えは、あまりにも甘い見立てだったのだ。

 

「そ・こ・で!ここらで遊んで染まっちゃいましょうという提案です。私なら2人とも面倒見れちゃいますので〜…」

 

(ゆ、指でつんつん…!ダーリンがそんなので靡くわけないじゃない!)

 

 アリッサには自信があった。ここ数日同じ部屋で寝泊まりしていながら指一本触れてこず、むしろ己を縛り上げてまで大事にしてくれるエイジャーが、そのような淫らな誘いに乗るはずがない、と。

 

「…君の言う通りかもしれないね。分かった、案内してくれ」

 

「ほら!分かったらさっさとあっちに…」

 

「…えぇ!?」

 

───────────

 

 あれよあれよと連れてこられたのはシンシア御用達の裏宿…その一室でアリッサは今、1人で待たされていた。

 

 高いランクがつけられたこの宿には簡素ながらも浴室が備え付けられている。外に設置された大型の魔道具が井戸水を沸かし、湯浴みを可能にしているのだが…道中でされた説明はアリッサの耳に届いていなかった。

 

(なななななんでこんなことに…ダーリンがこんな不埒な人だったなんて!)

 

 失望の言葉と裏腹に髪は燃えるように赤く染まり…というより火の粉が散っている。温度はこれから起きるであろう事を考えるたびに青天井で上がっていき、いずれは建屋を燃やす勢いだ。

 

 少しして戻ってきた2人は今にも爆発しそうなアリッサを目にすると…互いに見合わせて苦笑を浮かべた。 

 

「ごめんアリッサ、あれは演技なんだ。何もしないから安心して」

 

「はいっ!不束者ですがよろし…く…?え?」

 

「本題へ入る前に誤解を解かなきゃですね〜。一応近くには誰もいませんけど、大声はナシでお願いしますね」

 

 シンシアからの説明はこうだった。

 

 彼女は街が抱える「偵察バチ」の1人であり、遊女に扮して問題やその兆候がないか常に嗅ぎ回っている。

 今はある問題について情報を集めているが成果は芳しくなく、手詰まりに近い状況だったらしい。

 

 そこへ探りを入れに来たエイジャーたちを発見。しばらく観察した上で信頼に足ると判断し、本格的な接触を図ったのだという。

 「偵察バチ」は他にもいるが一枚岩ではなく、互いに名も知らない。そのため誘うフリをしながら指文字で用件を伝え、裏宿へ連れ込んだ…ということだった。

 

「道中で伝えるべきだったんだけどね…ここまで気が気でなかったよね」

 

「アリッサちゃん顔どころか声に出るタイプですからね〜。期待してたのにメンゴです」

 

(こいつ…!)

 

 残念ながら彼女の指摘は正しい。この話を聞けば態度は激変していただろうし、偵察バチとやらがその変化を見逃すはずがない。

 それはそれとして…このシンシアという女、後で必ず痛い目を見せると心に誓うアリッサなのであった。

 

「監視の後に接触している以上、君の用事はこちらと重なる内容かな」

 

「実は遊女の失踪が増えてまして。こういう街ですし、元々ゼロではないんですけど…」

 

「あんたらが兆候を見張ってるんじゃないの?まさか何も持たずに出ていくとか?」

 

 シンシアは指摘に目を泳がせ、何やら迷うような素振りを見せる。そうしてしばらく勘案すると、2人を手招きして小声で話し始めた。

 

(これ内緒なんですけど…実はここ、古い街の上に作られてるって噂がありまして)

 

(それは初耳だな…つまり地下に通り道がある?)

 

 シンシアはこくりと頷く。

 

 かつてここにはもぬけの殻となった街があり、行き場のない娼婦が寄り集まってコミュニティを形成した。

 だがまとめ役のいない売春窟に健全な運用ができるはずもなく、ネズミや死体も珍しくない酷い環境だったらしい。

 

 災害によるものか誰かが埋め立てたのか、そのコミュニティは土に埋もれ…しばらく後にゲンゼの基となる街が形成されていった…という噂があるらしい。

 

 これを知る者は一部、信じる者はさらに少ないものの、時たま地下へ行けそうな穴が見つかるため事実ではないかと睨んでいるとシンシアは語る。

 

「お兄さんたちは裏ルートで女の子を売る輩を探してるんですよね。うちの情報網、使いたくないですか?」

 

「ちょっと待った!」

 

 待ったをかけたのはアリッサである。

 

「運びアリ…だっけ?アンタらお互いの顔も知らないのに頼りになるの?それに2人増えたくらいで地下街が見つかるとは思えないんだけど」

 

「そこで私たちのボスですよ。なーんか隠してそうだし、信頼できそうな外の人間を連れてきたら話すんじゃないかなって」

 

(上官さえ信用ならないか…この街でやっていくのは息が詰まりそうだ)

 

 独立勢力の環境は多種多様だがこうもピリピリした空気は滅多にない。エイジャーは人懐っこさを見せつつも一線を引き続けるシンシアに畏敬の念を抱く。

 そして同時にある疑問が浮かび、気付けば口から漏れ出ていた。

 

「遊女失踪は街も積極的に対応していないように聞こえる。それでも君が取り組むのには理由があるのかな」

 

「2人とも意外と鋭いですね〜…簡単なことですよ。失踪した遊女の中に友達がいるんです」

 

 シンシアは掴みどころのない人物ではあるが、今の発言に嘘があるようには見えない。そもそも親しい人を助けたい、という思いを疑うこと事態、エイジャーとしてはあり得ない行為ではあるのだが。

 

「今まで騎士団が保護した中に友達がいるかもしれない。その子の名前は?」

 

「名前はデボラ。私と一緒にここへ来た幼なじみです」

 

 




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