Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

寄り道しつつも到着した港町サザンは巨大化したカニの津波によってかなりの被害を受けていた。
憲兵隊の小隊長 ラッツと情報交換、カニ討伐のためには水と生き水を扱うガルフィン族の協力が必須だが…


7話 大事だからこそ

 

 作戦会議の休憩中、ガラナは浜辺に座り込んでいた。

無力感、己への怒り、戦いへの恐怖…様々な葛藤を胸に渦巻かせながら…

 

(やっぱり今からでも僕が代わりに戦って…でも足手まといになるだけだし怒鳴っちゃった…僕が情けないのが悪いのに。どんな顔して会えばいいんだよ…)

 

「おーいガラナ?ポリプから聞いたんだ、何かあった時はここにいるって。実はルルに追い出されちゃって…夕飯を貰ってきたから温かいうちに食べよう」

 

 ガラナが声に振り返るといつの間にかエイジャーが立っていた。手にはシチューとパンの入った木皿が2つ…その片方をガラナに差し出すと、隣に座って食事を始める。

 皿に盛られたシチューを口に運ぶとまだまだ熱い。基地からここはそれなりに離れているが、まさか走って運んできたのだろうか?

 

 気を遣っているのかまったく会話をしない事に気まずさを感じ始めていたガラナは、ふと気になったことをエイジャーに聞いてみることにした。

 

「…エイジャーも騎士団の人なんでしょ?戦うのってその…怖くないの?」

 

 この男と出会ってから半日が経ち、いつの間にか縄張りに招き入れ共に戦うか否かの話になっている。心を開いた…とまではいかないが、この男に少し興味がわいていたのだ。

 

 ガラナの口から漏れ出た問いにエイジャーの手が止まり、しばらくうーんと唸った後に、少し困ったような笑顔を見せて答えた。

 

「怖いというより…そもそも戦いたくない、かな?」

 

 その回答にガラナは怪訝な表情を浮かべる。騎士団、ましてや討伐隊は戦うための組織だ。戦いたくもないのになぜ入団したのだろう。

 そんな気持ちを察したのかエイジャーは続ける。遠い昔を思い出している、しかしあまりいい記憶ではなさそうな目で遠くを見つめながら…

 

「そうだな…物心ついた頃には父さんは蒸発、母さんもすぐに死んで一緒にいた記憶があんまり無いんだ」

 

「その後師匠って老人に拾われたんだけど…住んでたスラムに魔族が襲来してね、火事でみんな焼けてしまった。大事な人との別れ、俺はいつも見てるだけで何も出来なかった」

 

 ガラナは黙って聞いている…絶句しているといった方が正しいかもしれない。不幸に序列をつける気はないが、そこらの不幸話と比べてあまりにも、重い。

 

「行くアテが無かったっていうのもあるけど…大事な人ができた時、その人を守れる力が欲しくて騎士団に入ったんだよ。もう見てるだけは嫌だったから」

 

 その結果が王都の壊滅。また守れなかったけどね…自嘲気味に笑うエイジャーに対して、ガラナは何も言ってやれなかった。

 人見知りであるガラナが初対面で剣を向けてきたこの男に興味を持ったのは、何か近いものを感じ取ったからである。

 

 だが一緒にいた怪しい男─グルーノイによると彼は人々からそれなりの地位と信頼を得ているのだという。

 自分とは似ても似つかぬエリート、一体どれほど満たされた人生だったのだろう─そう思い聞いてみたのだが…実際は華やかなものではなく、喪失と傷心の数々。決して羨むものではなかった。

 

 だからこそ分からない。この男がわざわざ攻撃を仕掛ける危険な作戦に同意し、最前線で戦おうとしているのか。

 

「…でも、また戦うんでしょ?町をメチャクチャにした怪物と。"もういいや"って逃げればいいのに」

 

「…手離してしまった人たちへの罪滅しのつもりかな。誰かが傷付くより自分の命を削ってた方が楽なんだ」

 

 誰かを守ることへの後悔と執念…それがエイジャーという人間を呪いのように蝕み、一方で原動力となっているのだろう…ガラナは彼の心の奥底で燻る暗い何かを垣間見た気がした。

 

 だが想いを語る彼の横顔はまるで…ただ死にたがっているように思えた。

 

「実は…なかなか諦めないルルにこれを話したんだ。そしたらもう大激怒で…良くない考えなのは分かってるんだけどな」

 

「…は?なんだって?」

 

 2人がどんな仲かは知らないが、楽になりたいから死にに行く、などと言われて気分が良いわけないだろう…ガラナの説教にエイジャーは気まずそうに小さくなっていく。

 

「はぁ…もっと自分を大事にしなよ、エイジャー…」

 

「上官たちにもよく言われた。でも自分を捨ててでも笑っていて欲しい人がいるのは俺にとっても救いなんだ」

 

 自分の命を懸けてでも…彼の思想は少しおかしいと思うが、誰かのために何かをしたいという感覚は今なら理解できる。

 ふとポリプの顔が思い浮かぶ。今までどんな思いと苦労で自分を支えてくれていたのだろうか、と…

 

「…エイジャー、僕も話していい?…楽しいものじゃないけど」

 

「もちろん。俺もガラナの事は知っておきたい」

 

 身の上話など滅多にしないし、するつもりもない。だが強いようでどこか頼りないこの男になら、己の情けない胸の内をさらけ出せる、そんな気がしたのだ。

 

 ガラナは深呼吸をしてから、ゆっくりと語り出した。

 

「…水を掴む秘術、あれはガルフィン族なら生まれつき持ってて当然なんだ。最初はみんな教えたり励ましてくれてたんだけど…ついには親にも見限られた。だから仲もあんまり良くない」

 

「だけどポリプだけは今でも稽古をつけたり心配してくれる。その…すごく感謝してるっていうか…大事な人っていうか…」

 

 言いかけたところで顔はみるみる赤く染まっていき…呻き声と共に顔を隠してしまった。なるほど、そういう存在か…エイジャーの頬がわずかにゆるむ。

 少し落ち着いたガラナは顔を上げると、震える声で呟いた。

 

「もしポリプが傷付いたり、失うようなことがあったらって思うと怖いんだ、本当は僕が代わりたいよ。でも無能だし臆病者だから…みんなに迷惑がかかる…」

 

 彼女は愛する人であり恩人…そのかけがえのない存在を失うかもしれない恐怖と、何も出来ない悔しさ。

 "かもしれない"の先にいる自分はその辛さをよく知っている。だからこそ後悔してほしくない。エイジャーはある提案を決心した。

 

「ガラナ…大事な人のために踏み出そうとする君は臆病者なんかじゃない。男として尊敬する」

 

「でも…僕は秘術が使えないよ?代わりにはなれない」

 

「ああ、できない事は誤魔化せないし彼女を前線から外すのは難しい。でも負担をみんなで軽減することはできる。考えがあるんだ」

 

──────────

 

「エイジャーのバカ!一緒に行くって言ってるのに!」

 

 時を同じくして憲兵隊基地。口の周りにシチューをつけながらやけ食いするルルを、ポリプがやや気圧されながら眺めていた。

 

 秘術の扱いが不安定なこと、泳げない事を理由に基地で待機するよう言い渡され口論になった末にルルがエイジャーを追い出し…ガラナの様子を見てくる代わりに子守りを頼まれたのだった。

 

「きっと色々考えて決めただろうから待ってよう?ねっ?」

 

「待ってるだけなんて絶対にイヤ!」

 

 おかわり貰ってくる!そう言い残しルルは部屋を出ていく。

束の間の静寂。幼児のように駄々をこねるルルを見て、ポリプは先ほどのガラナとのやり取りを思い出していた。大声での反発。それはかつて見たことがないガラナの姿…

 

 同い年のガラナのことは昔からよく知っている。

本当に小さい頃はよく笑っていたが、秘術を使えない事で傷付き、いつからか気弱で自信のない性格になってしまった。

 

 そんな彼を放っておけなくて、傍で秘術の使い方を教えたり危険な事から遠ざけていたのである。今回も自分が前に立ち、彼を守ってあげる…ずっとそうしてきた、いつもの事だ。

 

(あんな大きな声を出すなんて…危険な目に遭わせたくないから、代わりになろうとしていたのに)

 

 分かってくれないガラナを想ってため息を付いていると、ルルが器になみなみとシチューを貰って戻ってきた。駄々をこねてスッキリしたのか、少し機嫌が良くなっている。

 

 そういえばこの子はとても珍しいアルフ族だという。どうしてこんなところに、騎士の人と一緒にいるのだろうか…ふと気になったポリプは問う。

 

「そういえば。ルルちゃんとエイジャーさんってどんな関係なの?兄妹…とかじゃないよね?」

 

「ん…悪い人たちに捕まってたのを助けてくれて、キオクソウシツ?の私を家に帰してくれるって」

 

 そう言うと彼を思い出してまたイラついてきたのか、呆れのようなため息をついてシチューをかきこむ。

 

 記憶喪失…この子が時に幼い言動を見せるのはそのせいなのだろう、彼が過保護になる気持ちはよく分かる。

 ポリプはシンパシーを感じていた。彼も私と同じで心配だから遠ざけたいのだと。だがルルはこうも続けた。

 

「でも人の心配ばっかりで、ぜんぜん自分のこと大事にしないんだよ?だから私が近くにいなきゃ。…なのに子供扱いして!」

 

「…!」

 

 ポリプはようやく理解した。ガラナのあの態度の理由を。

対等な存在でありたい、そして危険な目に遭ってほしくない…そう思ってくれていたのだろう。

 

 だが自分には力がない、そのもどかしさに揺れていたのだ。それに気付かないまま、自分の心配を押し付けてしまっていた。心のどこかで対等に扱っていなかったのかもしれない…

 

(あの子をちゃんと見ていなかったのは…私だったのかな)

 

 支えているつもりでいた己の独善が彼の成長を阻害していたのかもしれない。その事に気が付いた時、言葉にできない感情が溢れるように小さくため息をついた。

 

「…私ね、エイジャーさんの気持ちも分かるんだ。すごく大事で、だからこそ過保護にして…ルルちゃんもそうなんじゃないかな」 

 

「…」

 

「でも一方的に決めつけられたら嫌だよね。だから思いっきりぶつけよう!ルルちゃんの思ってること!」

 

──────────

 

 それから少しして。4人は基地の前で合流し、それぞれのパートナーと向き合っていた。

 

「ポリプ、さっきは大声を出してごめん。どうしていいか分からなくなって…エイジャーと相談してできることを見つけたんだ。まだちょっと怖いけど…君を1人で戦わせたりはしない。僕に、その…守らせてほしい」

 

「私もガラナのことちゃんと見てなかった、頼りないって決めつけてた。ごめん…カッコいいところ、期待してるから。一緒に頑張ろ!」

 

 ポリプは優しく手を取ると優しく微笑む。真剣な表情で見つめていたガラナの顔はみるみる崩壊し、恥ずかしさに耐えられず落ち着きのない様子なのが見える…

 

(いい雰囲気だな。さて俺は…どうすればいいんだ…)

 

 エイジャーは窮地に立たされていた。目の前のルルが俯き目を合わせようともしないからである。

 

 4人が合流してすぐの事…ポリプから2人でいた時の話と、一方的な気遣いが相手の負担になることもある、と自戒を込めて伝えられていた。

 

 だがやはり今回の戦いには連れて行けない。個人的な心情を抜きにしても、前線に立たせるわけにはいかないのだ。

 どう説明しようか…言葉を迷っていると腹に重い衝撃が襲いかかる。見るとルルが頭部を擦り付けていた。

 

「…誰かを守るためにいつもボロボロになって、大事な人をたくさん失くして苦しんできたのは村長のおばさんから聞いた。大事にしてくれてるから、私を過保護?にするんだってポリプも言ってた」

 

「…じゃあ自分のことも大事にしてよ!命削ってた方が楽って何?エイジャーが死んだら誰が私とマリーさんを家に帰してくれるの…?」

 

(…っ)

 

 王都が滅んだあの日─尊敬する王、一生を誓った妻、共に死線をくぐり抜けてきた仲間、笑顔で迎えてくれる民…多くの人を失い、自分だけが生かされてしまった。

 たとえ誰かが許し、気遣ってくれたとしても…罪の意識が消えることはないだろう。だからこそ大事な人たちのために戦い、命を燃やすことが償いだと信じて突っ走ってきた。

 

 しかし本音はどうだろう。誰かを守るのは口実で、それっぽく命を散らして逃げたかっただけなのではないか。

 その結果が目の前にいる少女に重荷を背負わせ、泣かせている現状を見てもなお、それが正しい事だと言えるだろうか?

 

 涙混じりに叫びながら何度も、何度も腹に拳を打ち込んでくる。大した威力ではないものの、愛がこもった一撃はとても痛く、苦しい。

 彼女と出会ってからの時間はそう長くない。にも関わらず泣いて怒るほど自分を大事に想ってくれている。そんな相手を傷付けている… 

 

 今はただ一言「ごめん」とこぼす事しかできなかった。

 

「…私はエイジャーのことも、自分のことももっと知りたい。だから死のうとしないでよ…!」

 

「エイジャーが自分を大事にしないなら私が大事にする。邪魔にならないように頑張って強くなる。だから…絶対に帰ってきて」

 

 ルルは擦り付けていた頭を持ち上げ涙を拭くと、濡れたままの手を差し出してきた。約束の握手をしろ、ということなのだろう。エイジャーはその手をしっかり握る。

 

「必ず戻ってくるよ、約束する。」

 

「…エイジャーの事もちゃんと教えてくれる?」

 

「話すよ。長いし楽しくない話も多いけど…それでもいいなら」

 

「ん!ならよし!」

 

 ルルの表情はぱあっと晴れ、フンスと満足気に鼻を鳴らした。

鼻だけではなく腹も己を主張するように小さく鳴り響く。

 

「…ん、スッキリしたらお腹空いてきちゃった…」

 

「えっ…!?会議が終わったらラッツさんに相談してみるか…」

 

「おーう兄ちゃんたち終わったかぃ?そろそろ会議の再開だってよ。いやぁ若いって、まっすぐでいいよなァ…」

 

 組合長のゲンが4人を呼びに来た。腕を組み、感慨深げに頷いているがいつから話を聞いていたのだろうか…

 

「早く会議終わらせよ!ご飯ご飯〜♪」

 

 すっかり機嫌の直ったルルに手を引かれ基地に入っていく。

またこの手を繋ぐために必ず戻って来る…そう心に誓うのだった

 

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