赤カビ病の根源はアルジードやジャスミンの活躍によって無力化され、視点はエイジャー、アリッサらの拡散ルート特定班に移る。
花街ゲンゼの長マダム・ステイシーより正式に任を受けた2人は大昔の地下街に潜む何かを調査することになり。武力以外で潜入する方法を模索することとなった。
そんな中、地下街への入口付近に現れたのは、かつて世話になった商人グルーノイの友人で…?
「このあたりだと思うんだが…ん?」
「あの…もしかして地下道をお探しですか?」
旧地下街に通じる街道でたった1人、ふらふらと彷徨うグノス・カンティーヤ。彼の様子から呼ばれた側と確信したエイジャーが声をかけると、驚いたように目を見開き、ガシリと肩を掴んだ。
「おお!君はエイジャー・グラム!話題の男に出会うとはツイてるなぁ!」
グノスとは初対面のはず、少なくともエイジャーは名前すら初めて聞いた人物だ。それをいきなり特定してきたとなると…懸念事項は一気に増える。
そんな警戒が伝わったのかグノスは手を離すと、敵意はないとばかりに何度も左右に振った。
「前にツケンサで野盗を引き渡しただろ?あの時君を見たんだよ。
野盗を引き渡した際のエイジャーは身分を隠しており、その事を知るのはサノヴァ商会の一部と現場に居合わせた者くらいである。
グルーノイとの交流があるならば一方的に知る理由として筋は通る。もっとも、横目で見た顔を数ヶ月記憶している事にはなるが…
身の潔白を証明するためなのか、グノスは泊付きの封筒を取り出した。
「有力者が集うという"黄金夜会"、その招待状が届いたのは良かったんだが…この辺りの地理はさっぱりでね。ここまで来て迎えもなしとは思わなかったよ」
(有力者…赤カビ病患者の特徴と一致する。だけどこの口ぶり…何が起こるかを知らない?)
エイジャーは後方に合図を送る。"黒幕ではない、詳細知らず"。アリッサが潜む茂みからは了解を示す反射光がキラリと輝いた。
「最初に会えたのが君で本当に良かった。ほら、黄金夜会は旧貴族が多そうだし…成り上がりには冷たそうだろ?」
「あはは…そういえば他の参加者も来ていますよ。近くの街に寄り道すると言っていましたがそろそろ…ほら」
「ダ…エイジャー様〜!お待たせしました!あら?そちらの方は…」
「グノスだ。彼とは今しがた会ったばかりでね」
自分を知らない事を把握したアリッサは手を取りつつも、予め考えていた偽装の1つ"とある武家の令嬢"という設定を自己紹介を済ませる。名前でバレぬよう、ルルから一時拝借して。
「そうでしたの。わたくしは野盗に襲われていたところをエイジャー様に助けていただいたのですが、招待状が破損してしまって…困っていましたの。ねっ?」
「…ええ。護衛なしで来いだなんて妙な注文ですよね。はは…」
アリッサが話しているのは当然嘘、手元の招待状を見てアドリブで決めたカバーストーリーである。なんとか話を合わせつつも、エイジャーは即座に嘘が思いつく柔軟性に畏怖を覚えていた。
「それは災難。オレが遅刻したのはお2人に協力するためだったのだろうな。これも巡り合わせだ!」
(グノスさん、とても快活でいい人だ…)
(作戦のためとはいえ代表の友達を騙すのは…やっぱり…)
((やりづらい…))
互いに目を見合わせる2人。こうして予想外の協力者を得て、ついに黄金夜会へと突入するのだった。
「黄金夜会は中止ですよ」
「「「えっ?」」」
罪悪感に苛まれつつも言い包めた2人はグノスの招待状で地下街へのアクセスを試みる。しかし扉から出てきた男が告げたのは、まさかの中止であった。
理由は人的な都合。中止についてはすでに通達されているとのことだが…通信機を所持しておらず、かなり早めに出発したグノスとは入れ違いになってしまったようである。
2人はグノスの徒労を慰めつつも、黄金夜会の仕組みについてしっかり頭に叩き込んでいた。
「ここまで来て中止とはツイてないな…せめて地下街とやらの見学はできないか?」
「VIP専用ですからねぇ用もなく入れるわけには。それに…招待状を持ってないってのがどうにも引っかかるモンでして」
門番の男サドンは2人に疑いの視線を送る。特にエイジャーは秩序側の人間、警戒されるのは当然だろう。
用意していた口実を使おうとしたその瞬間─グノスは一歩前に出ると、サドンに詰め寄った。
「オレたちがそのVIPだろう。ここで機嫌を損ねるのはオーナーのメンツにも関わるのではないか?」
((さすが商人、弁が建つ))
「それにこう見えて目利きの長、インテリアにはとても興味があるんだ。磨いた審美眼は皆さんに還元しよう。どうかな?」
「…目利き?」
名乗りを聞いたサドンの目の色が変わる。気怠げな門番から獲物を見つけた狩人への変化を、エイジャーは見逃さなかった。
「グノス氏はこちらへどうぞ。招待状がないお2人に関しては再発行の上お越しください」
「待ってくださいグノスさん、ここは一度出直して─」
「黄金夜会に招かれるほどのお方が見苦しいですよ。オーナーの顔を立ててください」
今は彼らの一員として振る舞っている、そう言われてしまった上での深追いは疑念を強めてしまうだろう。強行突破はグノスを巻き込む可能性がある。
隣のアリッサも反論が思いつかないようで黙っている。歯痒い気持ちの2人の間を、高揚したグノスが通り抜けた。
「なに、少し見学するだけだ。それでは行ってくるよ」
エイジャーの制止も虚しく扉が閉ざされる。そして足音が聞こえなくなった頃、アリッサは張り詰めた空気を変えるように大きく息を吐いた。
「アイツ怪しすぎです!強引に止めた方が良かったんでしょうか…?」
「彼らもいきなりVIPを襲う事はないはず…後を尾行て様子を見よう。扉は壊す事になるけどね」
「つまり…修行の成果を見せる時ですね!」
ふんすと鼻を鳴らすアリッサ。自分だけが出来る貢献を前に、ストレッチにも気合いが入っていた。
「鍵の位置は見ておいたからそこを溶かそう。頼りにしてるよ、アリッサ」
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「このランタンはかなりの貴重品、それがこんなにも…!オーナー殿の資金力は噂以上のようだ!」
2人が行動を開始する頃、グノスはサドンの先導で地下道を進んでいた。
壁には魔力に反応して光る石"マゴイライト"で作られたランタンが並び、足元は淡い輝きによって照らされている。
内装はさすがに古いが整っており、ここが地面の下である事を忘れてしまうほどである。珍品の数々に感動するグノスに対し、サドンは苛立ちを覚えつつあった。
「そういえば…グノス氏は目利きを抱えてるんでしたっけ。市場に出回ってる贋作を正確に見分けるとか…どういう目の付け所なんで?」
「彼らには常人には見えないものが映るそうだ。出自の怪しさは否めないが、ウチは成果主義だからな」
「へぇ…」
含みのある生返事で会話が途絶えた頃、廊下の脇に扉が現れ始める。まるで古い城門のようなデザインのそれらは固く閉ざされているものの、いくつかは管のようなものが伸びている事に気付く。
グノスが引っかかりを覚えつつも歩みを進めていると、管つきの扉から何かが聞こえてきた。
─ぇ…
(…今、何かが…?)
─…て…ぇ……ぉ…
「サドン殿、何か聞こえないか?」
「……あぁ、たぶん動物が住み着いてますね。古い壁を掘り進めてくる奴らがいるんですよ」
動物なわけがない。扉によってほとんどが遮断されているものの、向こうにいる何かは明らかに人語を話している。視線すら向けないサドンの態度といい、この状況が異常な事は素人のグノスにも分かる。
引き返すべきか─そんな事を考えているうちにずいぶんと進んでしまい、気付けば一際大きな扉の前までやってきていた。
「ここはとっておきですよ。準備前なので何もないですが…どうぞ」
「こ、これは…!?」
先程までの警戒心はどこへやら、グノスは目の前に広がる光景にすっかり心を奪われてしまったが無理もない。彼の目に映っているのは湖…地下には存在しないはずのものなのだから。
水深はおよそ4メートルほど、底が見えないほどには青い水は無臭ではなく、経験のないやや鼻にかかる匂いがする。まるでプールのようなそれがこの世界にあるのは極めて異質と言っていい。
「イソーで川の水を地下に引き込む研究をしているとは聞いたが…もう完成していたのか!いや、ここは古い施設跡…どういうことなんだ?」
「世の中には不思議な事がいくらでもあるんですよ。ここは社交会の参加者も足を踏み入れない場所ですけどね」
「え…?」
─男とは珍しーじゃねェか。新入りか?
新たに増えた視線の主は、自らの居場所を誇示するように湖面を揺らす。ざぶん、ざぶんと引き起こす波は大きく、主がそれだけ巨体であることを裏付けている。
サドンはいつの間にか壁際に退避しており、グノスに憐れみの視線を向けていた。
「オーナーの客を勝手に消すと後が面倒だけどさぁ…ウチの商売敵と知っちゃあ仕方ないよな」
「商売敵…まさか贋作屋か!?お前は何者だ!?」
「今から死ぬ奴に教えてもねぇ。そんじゃ"処理"ヨロシクな」
─へいへい。野郎は口当たりが悪ィんだよな
せり上がる水柱から姿を現したのは血のように赤黒い鱗で巨体を覆い、長い吻に刀剣が刺さったワニのような怪物。
怪物はグノスに狙いを定めると尻尾で水面を叩き、巨体に似合わぬ速さで飛びかかる!
(化け物!?くっ…体が動かない!)
─隼突撃!!!
怪物が到達するほんの直前、グノスの体が突如として消えた。
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怪物に襲われる寸前何かに抱き寄せられ、ものすごい勢いで引っ張られたグノス。閉じていた目を恐る恐る開くと…そこには閉め出されたはずのエイジャーの顔があった。
「エイジャー君…どうしてここに?」
「あなたを危険に晒してしまい申し訳ありません。…アリッサ!」
呼ばれて駆けてくるのは先程ルルと名乗っていた令嬢。アリッサは
そんな事を考えている間にも状況は目まぐるしく変化し、気付けば手を引かれ出口へと走っていた。
「説明は後で!このままゲンゼまで走りますよ!」
「わ、分かった!だがあんな化け物相手に1人で大丈夫なのか!?」
「ダーリンを信じて!この事をみんなに報せるのが最優先です!」
そう励ましつつもグノスを掴む手は一段と強張り、今にももつれそうな足を一歩でも前に進めるアリッサ。湖面から現れた怪物を目の当たりにして、彼女もただならぬものを感じずにはいられなかったからだ。
(すぐ戻ってきます。だからダーリン…無事でいて…!)
一方こちらはプールサイド…2人を逃がしたエイジャーは、陸地に上がり全容を顕にした怪物と対峙していた。
全長約18メートルほど、吻に刺さった獲物は歪な十字架にナックルガードを付けたような柄を持ち、サーベルのような片刃の刀身が伸びている。
タルワールに似た刀剣が吻を留めているのか開かないようで、顎のように変化させた前脚をゆっくりと開き、まるで腹話術のように話し始めた。
『なかなか速ェな!その辺の雑魚なら反応もできねってのによ!』
「その姿でまさかとは思ったけど…やはり特殊な魔族か」
『オレはギャングスタ・トキシゲイト!その口ぶり、どうやら初めてじゃなさそうだな!』
「こんな場所にいるのは予想外だったけどね。俺はエイジャー・グラム。見つけたからには放っておけない」
(あいつ本物のエイジャーかよ。王都騎士団の人間がここを嗅ぎつけるってことは…早く知らせねーと!)
逃走を図ろうとするサドンの肩に鋭い痛みが走り、勢いのまま壁に打ち付けられる。エイジャーの放った胴付き棒手裏剣によって留められつつ、手足を鉄糸で縛られたのだ。
「話は後で聞かせてもらう。止血は終わるまで耐えてくれ」
『アリハハハ!敵の心配とは余裕じゃねェの!だがな…』
『オレらの業界で相手をナメんのは重罪だぜ!!!"片手万力"!!!』
G・Tは再び尻尾を打ち付け勢いをつけつつ、凶悪な顎腕を振りかぶる。動作自体は単純なビンタだが、巨体と形態から放たれるそれは迫る壁のよう。
エイジャーは隼突撃で攻撃範囲から脱出しつつ壁を蹴って急接近する。そして腕に剣を添わせると、勢いのままに引き裂いた。火喰鳥裂傷だ!
(浅い!鱗の突破は困難か。だったら…)
『雷付与!』
肩から吻へと飛び移り、刺さっている刀剣に雷を纏わせる。物理が通らないならすでに触れている部分を利用すればいい─エイジャー目論見は功を奏し、全身に迸る電流がG・Tの肉体を焼いた。
『があああああっ!!!クソっ…たれがァ!』
G・Tは遠心力を活かして強引に振り落としつつ、空中へ投げ出されたエイジャーに尻尾の一撃を食らわせる。防御により直撃こそ免れたものの、凄まじい勢いのまま壁へと叩きつけられた。
『ハァ…人間にしちゃ鋭い一撃だったぜ…なかなかやるなオメェ』
「仕留める気でやったからね…そっちこそタフな奴だ…」
エイジャーの言葉はお世辞ではない。これまでの強敵を踏まえた上で、致命傷を与えられると確信できる出力をぶつけていた。現に周囲に散ったスパークは床を穿っており、威力は十分なはず。
だがG・Tは苦しみこそすれどダウンには至っていない。急いで態勢を立て直しつつ、次の一手を勘案していた。
(雷の魔法が通用することは分かった。あとは威力か…)
雷の力にはいくつかの手段がある。1つは基本的な魔法によるもの。やや無駄は多いが扱いに慣れており、出力調整がしやすい。
2つ目は従属呪文、つまり魔力を変換する方法。こちらは性質を付与できるアドバンテージがあるものの、相手を傷つけない方向で鍛えているため不適切か。
そして3つ目は殲却万雷…殺意を剥き出しにした時のみ扱える黒雷。破壊力は他の追随を許さないが心身への負担が大きく、無闇に使える代物ではない。
高位の魔族には意味がないという、リオゴールの実演も躊躇いに拍車をかけていた。
(…あの鱗を突破する方に注力した方がいいかもしれないな。だったら…)
エイジャーは脇を締め、口元のあたりまで剣を引き寄せる。侍が用いる"八相の構え"に酷似しているこの体勢は、彼にしては珍しく剣先が上を向く構えだ。
構えを維持しつつ距離を測るようにじりじりと位置を調整すると、懐へ一気に飛び込んだ!
(バカヤローめ!オレが隙も突けねェノロマだとでも!?)
どんなに速く動いたところで斬撃の瞬間は必ず止まる。ましてや正面から突っ込み、その先が行き止まりならなおさらだ。G・Tは両前脚を吻へと変化させ、口を開いてその瞬間を待ち構える。
加速はすでに終えている。このまま突っ込めば罠に嵌まるが、減速したところで末路は同じだろう。誰もが浅慮が招いた詰みと断じる状況の中、エイジャーの目に後悔の色は浮かんでいない。
『少しはやるかと思ったがガッカリだぜ人間!ジャーキーみてェに引きちぎってやらァ…?』
G・Tはある違和感を抱く。本来ならば振りかぶるべき間合いに来てもなお斬撃の準備に移らないのだ。上半身は当初の小さな構えを維持し、姿勢も浅いまま。
そして彼の違和感は予想外の答えを提示されることとなる。エイジャーは間合いよりさらに先までG・Tに詰め寄ると─まるで剣を擦り付けるように、体を捻りながら一撃を加えたのだ。
(体重乗せて威力増加、密着して反撃も防ごうってか?それにしてもなんつー気持ち悪ィ剣術だ!)
「『飛燕返し』はこれだけじゃない」
「!?」
エイジャーは勢いのまま空中で1回転してG・Tに足をかけると、今度は下から斬り上げつつ腹を蹴飛ばし、前脚による噛みつき攻撃から強引に離脱する。
不意を突いたことで防御が疎かだったこと、同じ箇所へ斬撃を入れたこともあり、G・Tの胸鱗には決して浅くない傷が刻まれていた。
飛燕返しとは斬って怯ませた敵を足場とし、離脱際にもう一太刀浴びせる"二撃必殺の離脱技"。人に使うことを想定していないこの型は、巨大な敵を相手取ることが増えてきたエイジャーが新たに編み出したオリジナルである。
相手が怯まないことを想定して妙な体勢での初撃になってしまったが、結果的に不意を突くことに成功したようだ。腹を押さえて苦しむG・Tと距離を取りつつも、エイジャーは質問を投げかけた。
「魔族であるお前がなぜ協力しているんだ。失踪者が見つからない事と何か関係があるのか?」
『チィッ…一気に質問するんじゃねェよ。女どもが見つからないのはオレが原因だぜ。みんなこの腕で…』
そう言ってガチガチと変化させた腕を開閉する。当初予想していた通り、最後は彼によって死体も残らぬよう"処理"されてしまうようだ。
怒るエイジャーの周囲に稲妻が爆ぜる中、G・Tはさらに続けた。
『まだ質問が残ってるだろ?なぜこいつらに手を貸してるか、だったよな。まー理由はいくつかあるが、オメェが驚きそうなヤツはそうだな…』
『人間だった頃の真似事だな』