Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 赤カビ病の感染経路を捜査するため花街ゲンゼにやってきたエイジャーとアリッサは、大昔の地下街跡地にて人の痕跡がある事を知る。
 
 古物商グノスに便乗する形で潜入した2人は人工地底湖の主にして魔族のギャングスタ・トキシゲイトと出会う。
 戦いが進む中、人間だった頃の記憶を保持しているという発言が飛び出して…?


89話 一度死んだ男

 人間だった頃の真似事をしている─地底湖で待ち構えていたギャングスタ・トキシゲイトの発言は、以前から浮上していた人間から魔族への転化疑惑を確定させるものである。

 本人もその事実が衝撃的であることを理解し、平静を乱すために答えたのだが…G・Tの期待とは裏腹に、目の前のエイジャーは落ち着いていた。

 

『ってリアクション薄すぎだろ!もっと驚くだろフツー!』

 

上官(ブラヒム)が魔族になったからね。それにロウディや鎧蜘蛛(クネペパ)を倒した時に誰かの記憶が流れ込んできた、前々から察してはいたんだよ」

 

『つまんねーヤツ…待て、ロウディだと?懐かしい名前じゃねェか!ケンカはいつもオレの勝ちだったんだ。脅しのつもりなら空振りだぜ』

 

 G・Tの目はどこか懐かしむようで、両者の仲が険悪ではなかったことを物語っている。確かに彼の移り気な性格はロウディと近しいものがあり、他の魔族よりはウマが合うのだろう。

 相手の性格にアタリがついたところでエイジャーは腕を組み、どこかからかうような表情で口を開いた。

 

「そうか。だが弱点を突かれるのはお前の方が早かったぞ」

 

 ロウディの弱点(体温の乱高下)を見抜くまでには時間がかかり、タネが割れてからも全身に火傷を負うほどの苦戦を強いられた。それに比べれば電気が効く、腹の鱗は幾分か脆いというG・Tの弱点は単純で推察がしやすく、攻略も早かった。

 

 しかしそれが事実だったとしても『お前の方が格下だ』などと伝える必要はない。相手を怒らせるだけだからだ。にも関わらずこの場で発言したのには彼なりの理由がある。

 G・Tは思わぬ煽りにくつくつと笑いを堪えながら、切傷のついた腹を乱暴に叩いてみせた。こんなものは弱点ではない、とでも言うように。

 

『アリハハハ…そりゃ悪ィことしたな!人間相手は久しぶりで手ェ抜いちまったよ』

 

 何もいないはずの湖面が激しく波打ち、再びざぶざぶと騒がしくなる。そして前脚を掲げる動作と連動するように水の塊が持ち上がると─G・Tの巨体を包み込んだ。

 

『生意気な口ききやがったんだ。簡単にくたばるなよ!?』

 

─────────────────

 

 G・Tが見せた次なる一手…それは全身に水を纏うことだった。エイジャーは出方を伺いつつも、彼がこれまで戦ってきた魔族より厄介な相手であることを確信する。

 

 他の生物に寄生し操るパラブブ。

 

 体温の上下で身体能力を変えるロウディ。

 

 堅牢な甲殻を持ち、糸を操るクネペパ。

 

 鱗粉に仕込んだ卵を植え付ける群体のクレイヴモス。

 

 その誰もが元となった生物の特徴などを活かした戦術を取ってきたし、だからこそエイジャーもある程度対応することができた。 

 だがG・Tは違う。なんの動物を基にしているのかは分からないが…少なくとも触れていない水に干渉するなど聞いたことがない。考えられるとするならば─

 

『オマエ考え事が多いなァ!【一番槍】!!!』

 

「!!『隼突撃』…ぐぅっ!」

 

 G・Tはまっすぐにこちらへ突っ込んでくる。なんてことはない単純な体当たり、しかし先ほどよりもさらに早く、水を纏った一撃の回避は格段に難易度が上昇している。

 エイジャーは水の鎧に引っかかり大きく吹き飛ばされつつも、ある事を確信した。この魔族は従属呪文を使っているのだ、と。

 

『直撃を避けるとはやるじゃねえか。だけどよ…足が止まってるぜ!?』

 

 18メートルもの巨体が一瞬にして向き直り、再び体当たりの準備に入る。あんなものを食らえばひとたまりもない─エイジャーは急いで立ち上がると、足元へ魔力を集中させた。

 

『木っ端微塵だ!【一番槍】!!!』

 

「…今だ!『翡翠急襲』!」

 

『何!?』

 

 翡翠急襲は足裏に圧縮した水を一気に解放し、高速移動する技である。G・Tの撒いた水を利用し、同じ方法で回避することは精神的な揺さぶりの効果も大きく、体当たりの制御に精細を来す。

 

 今度は攻勢に移る番だ。エイジャーは踵を返して向き直ると、再び足裏に水を集中させる。そして2度直角に曲がりながら接近すると刃に雷を纏い、無防備な脇腹へと斬りかかった!だが…

 

 水に触れた途端刃は鉄塊のように重くなり、纏っていたはずの雷は一切が消滅してしまったのである。水中で振りが鈍化することを加味しての、全力に近い一撃だったにも関わらず。

 彼の纏う水には仕掛けがあるのか─手がかりを掴もうとするエイジャーの側面には、巨大な脚が迫っていた。

 

『抜けねェのか?オレが手伝ってやる…よっ!』

 

 G・Tは服についた羽虫を落とすように前脚で叩く。口に変化させていない状態での薙ぎ払いではあるが、無防備なところへ叩き込まれた一撃が人体に過剰なことは言うまでもない。

 ゴキン、という鈍い破壊音とともに迫る激痛を認識する間もなく、エイジャーの体は激しく壁に叩きつけられた。

 

(…ぅ…急げ…視界を確保しろ…!)

 

 鶏制動(コッコスタブ)で歪む視界を矯正し、外れた肩を即座に直す。応急処置とも呼べぬ誤魔化しではあるが、脳を騙すには十分だ。

 エイジャーは瓦礫の山から這い出ると、剣を支えになんとか立ち上がる。人体はすぐに回復しない─ルルと出会ってから忘れつつあった常識を思い出しつつも、次の一手を考えていた。

 

『おいおい無理すんな!ヒビいった骨が砕けるぜ!?』

 

 G・Tは笑みを浮かべながらゆっくりと迫る。いつでも仕留められる状況にも関わらず遅延行動をするのは勝利を確信しているからだ。

 

 圧倒的な不利、相手の性格、水の鎧の特性…絶望的とも言える状況でエイジャーが考え、導き出した打開策。それは…

 

「余裕ぶる割に水から出てこようとしないな。もっと快活な奴だと思ってたけど…意外と陰気なのかも」

 

 なんともわざとらしい煽り。劣勢下においてなぜこのような策を取ったのか…その理由のひとつは少しばかり時を遡る。

 

────────────────

 

 それはクレイヴモスに寄生された人々を救うため各地を転々としていた頃のこと…拠点での夕食を終えたエイジャーは食堂に残り、講義を受けていた。

 殺意を全開にした時のみ発現する"殲却万雷"や従属呪文の扱いについて理解を深めるべく、アリッサに教えを乞うことにしたのだ。

 

 王都騎士団になってから取り入れるようになった魔法は不明なことも多く、仮説や感覚で普及させているのが実情。魔力について研究するサレム=ヘクス出身の彼女に白羽の矢が立つのは当然の流れだろう。

 この日は人が扱える魔力について教えることとなっていた。

 

「人をこの瓶に例えると…容器が先天的に貯蔵できる魔力量、中身が性質、口が一度に放出できる量というわけです」

 

 アリッサは借りてきた瓶に水を出し入れしながら視覚的に表現する。瓶は容積こそ大きいがくびれが強く、ひっくり返しても少しずつしか出てこない。

 出力だけで才能は測れないと説明する中、エイジャーは手を挙げた。

 

「殲却万雷の時だけ出力が跳ね上がるのは何故だろう。一度に放出できる魔力…瓶でいう口の広さは変わるものなのかな」

 

「あの雷ですね。強い殺意が引き金になるっていう…うーん…」

 

 アリッサは困ったようにこめかみを叩く。

 

 彼女の教え方はサレム=ヘクスでは一般的であり、瓶に例えるのも含めて最適化されたものだという。つまり一度決まった形はそう変わらない、というのが彼らの常識。

  

 一方でこの例えでは一時的に出力が跳ね上がることに説明がつかない。口が変形しているならば、同量の魔力を永続的に引き出せるようになるはずだからだ。

 普段の出力が異様に低いといったわけでもなく、殲却万雷は魔力を研究している集団にとっても例外のようだった。

 

「話の腰を折ってごめんね。あの力とはじっくり向き合っていくよ」

 

「役に立てなくてごめんなさい…他種族の力を引き出せることといい、ダーリンの存在はかなり異例で。…そうだ、他の力といえば」

 

「?」

 

「力を同時に2つ以上、フルパワーで使うのはやめた方がいいです。必要以上に消耗したり、混ざって暴走する可能性があるので」

 

 そう言ってアリッサは瓶に氷を入れると乱暴にひっくり返す。ガチャガチャと音を立てながら互いが出口を奪い合うものの、一向に水は出てこない。

 

「なるほど…例えば水の魔法を攻・防・移動で同時に使用するのもやめた方がいいだろうか?」

 

「質量があるものは分散するので勝手にセーブされると思いますが…気をつけた方がいいのは確かです」

 

「なるほど…ありがとうアリッサ。今後に活かしてみるよ」

 

─────────────────

 

 劣勢下でわざわざ煽った理由…それは水操作を攻撃に転用させ、鎧が疎かになるよう仕向けるため。

 とはいえあの巨体から繰り出される攻撃の破壊力もまた脅威であり、決して戦闘が楽になることはない。むしろ一撃食らった時のリスクを増大させる諸刃の剣である。

 

 大きな賭けに出たエイジャーの目論見は上手くいったようで、先ほどまで余裕を見せていたG・Tの顔には青筋が浮かび上がっていた。

 

『おいコラ人間…オレがチマチマした卑怯者つったか?』

 

「ああ。こんな地下に引きこもっていたことといい、ワルぶってる割に慎重すぎると思ったんだ」

 

『な・る・ほどな…面白ェ奴だから死体くらいは残してやろうと思ってたが…そういう事なら仕方ねェよな!?』

 

 苛立つG・Tを包む水の鎧は薄くなり、前脚へと集まり始めている。どうやら読みは当たったようで、魔族であっても攻防の両立は困難らしい。

 水は再び変化させた喉の奥に貯蔵され、ゴボゴボと激しく渦巻く音がする。そして凶悪な口で照準を合わせると─エイジャー目がけて発射した!

 

『吹き飛べや!ハドロンカノン!!!』

 

 撃ち出された水は砲弾を超える大きさで、まるで津波が襲い来るような圧である。大砲と違うのは液体であること…壁で弾けたそれは大質量の水流となり、かわしたエイジャーを背中から殴りつけた。

 

 思わず膝をついたところに追撃を加えようとするG・T。足は未だ激流に囚われており、まともに動かすことは不可能。普通の人間ならば詰みの状況下、しかし彼にはこれまでの旅で得た力がある。

 噴射での回避は間に合わないと判断したエイジャーは瞬時に生成した水の手で自らを弾き飛ばすと、なんとか追撃を逃れるのだった。

 

『じゃあこれはどうだ!?ハドロンマシンガン!!!』

 

 だがG・Tの猛追は終わらない。今度は小さな弾を無数にばら撒き、技名の通りマシンガンのように連射してきたのである。

 その攻撃範囲の広さは凄まじく、室内を逃げ回ったところで即座に追い込まれてしまうだろう。エイジャーは急いで立ち上がり剣に魔力を集中させると、"啄木鳥連突"で真っ向から撃ち落としにかかる。

 

(突きで魔力の膜を破って雷で蒸発させるだぁ!?こんなヤツ見たことねェ!)

 

 水と雷の応酬によってあちこちでスパークが起こり、部屋を満たす蒸気は互いの姿を覆い隠す。相手の姿も見えぬ中、めちゃくちゃに水弾をばら撒き続けるG・T。

 トリガーハッピーと化し、周囲への警戒が疎かになるこの瞬間こそがエイジャーの狙いであった。

 

 自身への狙いがブレた瞬間を見極め、水を噴射しながらジグザグに急接近。そして本人も気付いていない安全地帯へ潜り込むと、渾身の力で剣を蹴りつける。

 

『!?いつの間に…』

 

「"翡翠急襲"続く"駝鳥蹴撃"…"雷付与"からの…ッ!」

 

 エイジャーは腹に深々と刺さった剣を掴むと雷の力を解放し、そのまま真上へと蹴り上げる。火喰鳥裂傷だ!

 

『オ゛ア゛ァァッ…!?クッ…ソがァ!』

 

 飛燕返しで即座に離脱し、噛みつきによる反撃を回避する。G・Tの腹には2本の痛々しい傷が刻まれているが、その表情は明るい。むしろ策がはまったエイジャーの方が険しかった。

 

『フゥ…ここまでやるたァ思ってなかったぜ。だがよ…そろそろ無理が利かなくなってきたんじゃねェの?』

 

「…」

 

『ハドロンマシンガンもそうだ。食い下がれるだけで相殺しきれちゃいねェ。全身の跡がその証拠だろ』

 

 G・Tが指を差したのは薙ぎ払いを直に受け、外れてしまった左肩である。

 即座に入れ直したもののダメージは深刻。もはや剣を振り回せるような状態ではなく、先ほどの攻撃も力を入れる工程はほぼ足を使っている。

 

 そんな状態で無数の水弾を剣1本、腕1本で捌くのも土台無理な話であり、芯を捉えられなかったものは威力が残っている。小さなアザは服の下にもしっかり刻まれており、相当な無理をしているのは事実だった。

 

『ワザと煽ってくんのも変な話だ。まるでオレに全力を出させたいみたいじゃねェかよ。オマエ…何考えてんだ?』

 

「そこまで気付いてたか。こういう駆け引き、一向に上手くならないな…はは」

 

 ごもっともな指摘を受け自嘲気味に笑うエイジャー。そんな彼がよほど異質に映ったのか、G・Tは初めて強い警戒感を示している。

 エイジャーはどう説明するかしばらく迷った後…穏やかな表情のまま矛先を向けた。

 

「俺が戦うのはこれ以上犠牲者を増やさないためだ。そしてこれからはお前たちも含めようと思ってる」

 

『………?なんで魔族のオレが入ってんだよ。さっきの激突でアタマでも打ったか?』

 

 G・Tの頭上には無数のクエスチョンマークを浮かんでいた。不倶戴天の敵である魔族に救いの意識を持つなどナンセンスにもほどがある。それに先ほどの質問…なぜわざと煽るような立ち回りをしたのか?の答えになっていない。

 気付けば次の言葉を待っていた。眼前のイカれ野郎が何を考えているのか、知りたくなったのだ。

 

「確かに今のお前は魔族だ。決して分かり合えない、倒すべき敵だとほとんどの人が言うと思う」

 

『分かってんじゃねェか。だったら─』

 

「だからこそだ。俺だけでも人として向き合い、全力を受け止めた上で見送ってやりたいと思ってる。どんな悪党でも最期は救いがあるべき…それが信条だからね」

 

 この男は何を言っているのだろうか。

 

 異型に成り果て、いたずらに人を殺してもなお、忌むべき存在として片付けたくないと考えている?それも自らを危険に晒してでも全力を出させ、心残りがないようにしたい?

 

 これまで自身に挑み、討ち取ってきた人間たちはみなこの姿に怯え、力に絶望し、ごく少数は憎しみを糧にぶつかってきた。

 彼らの中に対話を試みた者はおらず、死の直前までこちらを害獣のように扱ってきたのである。それが普通だ。

 

 それを人として尊重した上で罪を償わせるなどと─あまりにも滑稽な思想に触れ、気付けば笑いを抑えられなくなっていた。

 

『思い上がるなよ人間!在り方を決められんのは強者だけだ!!!』

 

 背後の湖は大きくうねり、これまでとは比べ物にならない質量の水がG・Tを包み込む。

 

 ここから先は出し惜しみはできない─エイジャーは剣を構え直すと、青き稲妻をほとばしらせた。

 

「それがお前のルールなら付き合うよ。その代わり…俺が勝ったら本当の名前を教えてくれ」

 

──────────────

 

 その少年は路地裏で産まれた。身寄りのない娼婦の母と、誰かも分からぬ父親…口が裂けても幸せとは言えない人生の始まりだが、彼の故郷ではそう珍しい話ではない。

 

 母親は商売の邪魔になるからと少年を捨てた。これも珍しい話ではない。周りには同じような境遇の子供がいくらでもいたし、いつの間にか消えているのが当たり前だった。

 

 運命に呑まれ野ネズミの糧となるか、他者から奪い醜く生き残るか…与えられた狭く暗い道の中で、少年は後者を選ぶことにした。盗みを繰り返す事に良心の呵責は感じない。自分をこんな目に遭わせた大人たちが悪いのだから、と。

 

 そんな日々を続けて数年、少年は裕福そうな奴に因縁を吹っかけ、金を強奪するようになる。路地裏でも彼に歯向かう者はおらず、ある種の天下を取っていた。

 

 だがある時転機が訪れる。盗んだ鞄の持ち主だった老婆がマフィアの身内だったのだ。即座に居場所を特定され、路地裏に多くの構成員が乗り込んできて─気付けば拐われ、監禁されていた。

 

「鞄は修繕師に預けてある。お前の祖母に怪我は無かったか?」

 

「イエス、ボス。お心遣いに感謝します…このックソガキ!誰に手ェ出したか分かってんのか!?」

 

 スキンヘッドの男は腹目がけて蹴りを放ち、椅子ごと吹き飛ばす。その豹変ぶりは彼らが本物のアウトローであり、ボスが絶対的な存在であることを理解するには十分である。

 

 ボスと呼ばれた男─眉から口元まで大きな傷が刻まれている、ストライプ柄のスーツを着た中年男性は椅子を起こしてやると、リラックスした様子で対面に腰かけた。

 

「あの辺じゃ有名人らしいが所詮は路地裏の犬っころ…力のある人間には勝てん。貴重な学びを得られて良かったな坊主」

 

「ケッ何が学びだよ…どうせ殺すんだろ?さっさとやれよ」

 

「そうか。リコ、道具を」

 

 リコ─先ほど蹴飛ばしてきたスキンヘッドの男は道具箱からノコギリを取り出した。刃は凹凸の間までしっかり手入れされている一方、柄には赤黒いものが幾重にも染み付いている。

 ボスはこれまた赤黒いものが染み付いた手袋を装着するとノコギリを受け取り、少年の脇腹に押し当てた。

 

「…こういうのって首にやるんじゃねェのかよ?」

 

胴体(こっち)の方が長く悔いられるだろう?神とてすべてに慈悲を与えるわけではない。反省の有無は重要だ」

 

 つまるところなるべく長く苦しめるために、わざわざ胴体を真っ二つにするらしい。なんとも手間のかかる拷問であり、平然と宣言する精神性は常軌を逸している。

 これから味わう痛みを想像し、脂汗が噴き出す。そんな醜態を目の当たりにしたボスは押し当てていた刃を離し、ぐっと顔を近付けた。

 

「死を恐れるのは未練がある証拠だ。お前はこの先の人生に何を期待する?」

 

「んなもん…オレに分かるわけねェだろ。アンタの言う通り、路地裏の犬っころとして野垂れ死ぬだけだ」

 

「私は何を期待するか聞いたんだがな…今はそれすら見えないか。リコ!」

 

「…イエス、ボス」

 

 リコは道具箱からナタを取り出すと背後にまわり、大きく振りかぶる。悠長な拷問から切り替え、兜割りにするつもりだ!

 

(ああクソッ、意地張らずに命乞いでもするべきだったか!?でも頭から真っ二つじゃ長くは苦しまな…いやキツすぎんだろ!)

 

「ま、待て!このまま死ぬのはイヤだ!なんでもいいから一度くらい生きてて良かったと思いてェよ!」

 

 ボスはぴくりとも反応しない。どうやら遅すぎた懇願は空振りに終わったようで、背後のリコはすでに振り下ろしに入っている。

 終わった─死を覚悟した少年の耳に縄が断ち切られる鈍い音が響いた。

 

(…縄?)

 

「リコの太刀筋は相変わらず正確だな。惚れ惚れするよ」

 

「恐縮です、ボス」

 

「?????」

 

 命乞いは無視されたはず。なのに殺されていない?何が起きたのか理解が追いつかずにいると、ボスは縄の残骸を素早くほどき、手を差し伸べた。

 

「そういえば名前を聞いていなかった。坊主ではこの先困る」

 

「…忘れた。オレを捨てた奴がつけたもん名乗りたくねェし、あそこじゃ必要なかったから。てかこの先ってなんだよ?」

 

「では私がつけてやろう。そうだな…ジェイル。今日からお前はワイズマンファミリーのジェイルだ」

 

「はぁ!?何を勝手に…てかワイズマンファミリーってまさか…マフィアに引き込むつもりかよ!?」

 

「…ああ、私としたことが名乗り忘れていたな。ボロニア・ワイズマン、今日から父親だと思ってくれていいぞ」

 

「無視かよ!」

 

 かくして少年は新しい名前と居場所を得ることとなった。それがなぜ魔族に堕ちたのかは…また次回。

 

 

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