Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 遊女失踪事件を追う中で、エイジャーは人工地底湖の主 ギャングスタ・トキシゲイトと出会う。魔力を相殺する特殊な水を纏う彼に苦戦するも、エイジャーはあくまで人として扱い、倒すことを宣言。

 おかしな思想を嘲笑う一方で、本当の名を問われたことで生前の事を思い出し…


90話 転化

「ジジイ、雨漏り直したぜ」

 

 路地裏で生まれ育ち、ひょんなことからマフィアに拾われることになったギャングスタ・トキシゲイトもといジェイル。裏世界に身を落とすこととなった彼の人生は、想像していたものとずいぶんかけ離れていた。

 

 シマを巡回しては困り事を聞く日々…その内容は修理、捜索、代行と多岐に渡り、マフィアというより何でも屋である。この日は老朽化した商店の雨漏りを塞げという命令を受け、板を担いで町にやってきていた。

 

「この歳になると忘れっぽくてのぉ…そうだ、これを持っていきなさい」

 

 そう言って老人は棚から食材を見繕う。パン、トマト、レタス、サラミ…どうやらサンドイッチを作らせたいようだ。

 

「サボりたくなったらいつでもおいで。匿ってあげよう」

 

「ンなことしたら殺されるわ。次からはもっと早く言えよな、穴がでけェと塞ぐのも大変だからよ」

 

 紙袋に詰め込まれたそれを受け取りつつ店を出る。外では一緒に派遣されていたネロが気怠げに手を振っている。

 ジェイルはいつものように詰め寄ると…胸ぐらを掴んで凄んでみせた。

 

「てめぇ…オレに全部押し付けやがったな」

 

「足元気をつけろよ〜って注意したろ?それに俺は寝不足なの」

 

 この男の名はネロ。同時期にファミリー入りして以来よく組まされている同僚だ。あの手この手で面倒事を押し付けておきながら、なぜか寝不足という困った男である。

 

 ジェイルはおなじみの屁理屈に舌打ちしつつ、せめてもの貢献として紙袋を持たせる。2人はいつもの道を戻りながら、他愛のない話に花を咲かせていた。

 

「雑用ばっかで鈍っちまうよ。オレも抗争に連れてけっつうの」

 

「こっちの方が楽でいいじゃない。お土産も貰えるしさ」

 

「オマエは何もしてねェだろが…」

 

 ネロは確かに、と笑う。これもいつものやり取りだ。

 

 アジトに戻って夕飯の支度と片付けをしてベッドで眠る…何度繰り返したか分からない、平穏な日々に抱く違和感は今も変わらない。

 そんな姿を間近で見ているからか、ネロは宥めるように語りかけた。

 

「俺たちが町にいい顔してればファミリーも動きやすくなるの。親父だって褒めてくれるしそれでいいじゃん」

 

「…そういうモンなのか?」

 

「そういうもんだ。さ、帰ろーぜー」

 

・ ・ ・

 

・ ・

 

 

─意外と器用だな。これで漁が再開できるぜ!

 

─ぬいぐるみ!見つけてくれたの!?

 

─遠方のお茶を貰ってさぁ!飲んでいきなよ!

 

「いやーすっかり人気者だな。相棒として鼻が高いよ」

 

「…オマエが慕われない理由、教えてやろうか?」

 

 これまで他人から奪いながら生きてきたジェイル。そんな彼の手が人々を助け、慕われるようになるまで2年とかからなかった。

 普通の人間としての人生─未だにそれを幸せと思える感性は育たないものの、胸の違和感は鳴りを潜めつつある。

 

 ジェイルに起きつつある心境の変化…その時を待っていたかのように、ネロは帰り道を塞いだ。

 

「ジェイルさ、もうファミリー抜けちゃえよ。今ならどこでもやって行けるって」

 

「……オレは路地裏の犬っころだ。表に放り出されても何もできねェよ。帰るぞ」

 

 肩をぶつけて強引に突破するジェイル。返答にかかったわずかな間の意味は、まだ自覚していない。

 少しずつ開けてきたまっとうな人間としての道は、思わぬ形で軌道を変えることになる。それはジェイルの元に届いた老人の訃報だった。

 

────────────────

 

「あなたがジェイルさんですね。わざわざありがとうございます」

 

 喪服に身を包んだ穏やかな男性は深々と頭を下げる。かつて雨漏りを直した店の前には見慣れた顔が揃っており、白い花を持って奥へと消えていく。

 

 普段は離れた町で暮らしており、ふと父親のことが気になり帰省。息子の元気な姿を見て心残りが消えたのか、翌朝突然息を引き取ったのだという。

 親子の最後の語らいの中、ジェイルの名前が出ていたことを思い出し。町の人を通じて連絡をしてきたとのことだった。

 

「別に大したことはしてねェよ。ファミリーの命令で雨漏り直して、たまに顔出すくらいで…」

 

「それが嬉しかったんだと思います。私ももっと早く戻ってきていれば……どうか最後に声をかけてやってください」

 

 老人の顔に険しいものは一切なく、棺に入っていなければ寝ているようにしか見えない。だからこそ無数の花に飾られ、別れの言葉をかけていく人々がより残酷に映る。

 ジェイルも皆と同じように花を添え、別れの言葉をかける…ところで固まってしまった。路地裏では日常だった人の死に対し、どう向き合えばいいのか分からないのだ。

 

(…おいネロ、どうすりゃいい)

 

(おいおいマジか…爺さんに言いたい事とか無いのか?)

 

 ネロのアドバイスはさらなる混乱をもたらす。何も感じないわけじゃないし、ましてや愚弄する気など一切ない。だからといって皆と同じ言葉を使っても何かが違う。

 

 ジェイルは周囲の視線に気付かぬほど思案を巡らせた。そして─

 

「…オマエから貰った材料で作るサンドイッチ、美味かったぜ」

 

 絞り出された一言は、静かに棺の中へと消えていった。

 

 

「死体の処理を手伝いたい?」

 

 その日の晩、ジェイルはボロニアの部屋を訪れていた。

 

 無辜な民には穏当に接するワイズマンファミリーも所詮はマフィア、トラブルで死人が出ることは決して珍しいことではない。

 喜んでやる人間などまずいないし、杜撰な処理はファミリーの首を絞める。頭の痛い問題だ。

 

 故にジェイルが立候補してくれるのはファミリーとしても助かるのだが…ボロニアの顔は険しかった。

 

「お前はカタギに慕われているだろう。なぜ今になって手を汚す」

 

 ジェイルは髪をかき上げたり、こめかみを何度も叩いて言語化に努める。衝動のままに乗り込んだ手前、まだ心の整理がついていないのだ。

 そんな様子を見かねてかボロニアは席を立つと、慣れた様子で紅茶を淹れる。棚から適当な焼き菓子を見繕い、ジェイルの前に差し出した。

 

「人の感情に間違いはない。一呼吸置いて、思うままに言ってみろ」

 

「………たまに依頼を寄越すジジイが死んだ」

 

 ぽつりと漏れ出たその一言から始まったジェイルの独白は、要約するとこうである。

 

 自分と関わりを持った、掃き溜めのクズではない人間の死…初めて立ち会う、人々に見送られながら穏やかに迎える終焉。

 老人は微笑んでいた。どんな人生を送ってきたかは知る由もないが、満たされた最期だったことは分かる。そんな彼の終わりを見て覚えのない感情が湧いてきたこと。

  

 見送りに来ていた人たちのような言葉が出てこず、どう感じたのか言語化もできない。これまで散々見てきた、クズの死とは何が違うのか。

 そして満ち足りた人生とはなんなのかを考えた結果思考はさらに混迷し、どうしようもない不快感を覚えていること。

 

 だから多様に無様な最期を遂げた人間たちの死に直接関わり、その答えを見つけたい─というのが死体処理を申し出た理由だと思う、と歯切れ悪く締めた。

 

 独白を聞いたボロニアは背を向け、しばらく黙り込むと…再びジェイルに向き合い、1枚のメモ書きを差し出した。

 

「…次の仕事からツェリーニにつけ。こいつで話が通る」

 

「…悪ィな親父」

 

 ジェイルの心と両者に起きつつある小さな変化。その結末は神と、盗み聞きしていたネロのみぞ知る…

 

───────────────

 

『ハドロンカノン!!!』

 

 両腕から放たれる巨大な水弾を、エイジャーは滑るように回避していく。ハドロンカノンは発射の前後に隙がある代わりに押し返す波も大きく、着弾地点から離れる必要がある。

 

『ハドロンマシンガン!!!』

 

「来たか…特式・『雷斬波』!!」

 

 無数かつ広範囲に放たれる水弾を避けるのは困難だ。こちらも魔力で迎撃し数を減らしつつ、蒸気で身を隠す。反撃の際は"レプトルソナー"で位置を探ればいい。

 二度、三度と繰り返すうちに対策は磨かれ、G・Tの攻撃はほぼいなせるまでになっていた。だが…

 

『逃げてばっかじゃ終わらねェぜ!』 

 

 G・Tの攻撃はどれも単純。小技を駆使するエイジャーは本来有利なのだが、基礎スペックの差が相性を覆してしまう。

 どれも致命傷になり得る一撃とあらば慎重にならざるを得ず、攻め手に欠けているのは事実。魔力も底を尽きつつあり、賭けに出る必要があった。

 

(奴の体から離れた水は力を失う事は分かった。問題はそれを把握しているのか…)

 

 エイジャーはさり気なく腰に触れ、隠し持っている棒手裏剣の数を確認する。一見すると有効ではない代物だが…頭の中ではある作戦を思いついていた。

 

「それじゃあお言葉に甘えて…行かせてもらうぞ!」

 

 迎え撃つG・Tのハドロンマシンガンを処理しつつ距離を詰めるエイジャー。攻撃に転じた彼の進撃は早く、あっという間に懐へと潜り込む。

 そして3度目の腹への斬撃を加えようとしたその時─G・Tの体は水のベールに包まれた。

 

(やはり誘い出すための罠か!だったら…)

 

 エイジャーは床に棒手裏剣を1本打ち込みつつ"翡翠急襲"で即座に離脱、背後へと回り込む。だが水のベールは全身を覆い尽くしており、剣は届かない。

 

『何度も同じ手を食うかよ!片手万力!』

 

『クソっちょこまかと…テイルウィップ!!』

 

『またキレさせるのが狙いかァ!?ギガントプレス!!!』

 

 G・Tは叩き潰し、吹き飛ばし、あるいは押し潰そうと技を繰り出す。対するエイジャーは攻撃をかわしては棒手裏剣を打ち込み死角へ移動、追撃を避けつつまた移動…不可解な行動をひたすらに繰り返す。

 

 だがG・Tも水のベールを解除することはなく、幾度となく繰り返されたやり取りの末─エイジャーの足がついに止まった。

 

『ハァ…やっと魔力が切れたか。あんなペースで吹かしてりゃ当たり前だろバカが…ハァ…』

 

『連れてこられたバカどもは往生際が悪くてよ…店の女に出ェ出した奴、勝手にクスリ売り捌いてた奴、親父の首を取りに来た奴…』

 

「それは…人間だった頃の話か?」

 

『まあな。どいつもこいつも好き勝手生きてきた癖に、死ぬときゃピーピー喚きやがる。全身ガタが来てるちっせぇジジイはポックリ逝ったってのによ』

 

「…人から奪って着飾っても虚しさは消えない。その人はきっと満たされていたんだと思う」

 

 鼻を鳴らし、知ったような口をききやがると吐き捨てるG・T。彼が初めて見せる感情の変化に、エイジャーはある心当たりを突きつけた。

 

「お前も穏やかな最期に憧れたが叶わなかった、その無念が魔族に変えた…?一体何があったんだ」

 

『…ハッ!どこまで他人事が好きなんだよ。それを教えんのは勝てたらつったろうが。負けたオマエはここで…』

 

『何も成し得ず死んでいけ!!!』

 

 両脚が長さにして約4メートルの巨大な、壁のような吻に変化していく。内部にはびっしりと牙が並んでおり、獲物の生存を許さない。

 振り上げられた腕がエイジャーを捉える。ただの人間の身体能力では前後はおろか、上に逃げることもできないだろう。

 

 その場から動こうとしない、あっさりと死を受け入れんとする潔さに引っかかりを覚えるG・T。対するエイジャーは握り拳を胸に当てると─ありったけの魔力を雷に変換し始めた。

 

「幾つもの死を経て抱いた安らかな最期への執着…俺たちは似た者同士かもしれない」

 

(魔法が今のオレに通用しないのは知ってるはず…何する気だ?)

 

「お前なら理解出来るだろ…こんな場所で殺される人の無念が!なのに何故!!」

 

 エイジャーは変換した雷を拳へと集中させていく。浅葱色にほとばしるそれは魔法由来の蒼、繋がるための緑、殺意の黒のどれにも当てはまらず、新たな性質の力であることを示している。

 G・Tは人間、それも死に損ないが生み出すには大きすぎる力に一瞬戸惑うも、湧き上がる怒りのままに吻を振り下ろした。

 

『いい子ちゃんに何が分かるってんだ!半端者の何がよォ!!!!』

 

「だったら半端者のやり方で分からせてやる!!"連鎖する雷(コネクトリコ)"…!」

 

解放(リリース)!!!」

 

 拳から放たれた浅葱色の雷は光の速さで床を這い、まるで避雷針のようにある物へと向かっていく。その"ある物"とは先ほど無数に打ち込んだ棒手裏剣。

 

『そんなモン今さら…グオオオアアッ!!!?』

 

 G・Tの体に触れている何本かが接点の役割を果たし、従属呪文で変化させた"繋がりの雷"を直接流し込む。内部に到達してからは攻撃力のある魔法の雷が牙を剥き、ベールの内側からG・Tを焼いていく。

 だが多大な負荷がかかっているのはG・Tだけではない。無理な運用を高出力で行っているエイジャーにもまた、決して少なくない雷撃が跳ね返ってきていた。

 

(けっこうキツいな…!これが併用の代償か!だけど…!)

 

 エイジャーがさらに出力を上げて解き放つ雷撃はスパークを絶えず引き起こし、G・Tの堅牢な鱗すら引き剥がしていく。

 捨て身の一撃は床を、壁を、そして湖すら破壊していき…魔力が底を尽きた頃には周囲にあるすべての形を変えてしまっていた。

 

 雷撃を直に流し込まれたG・Tの全身からは黒煙が立ち上り、瞳は焦点が定まっていない。首を擡げ、腕を放り、膝から崩れ落ちたのはその直後のことであった。

 

「勝ったのか…?…ぐぅっ!」

 

 魔力切れによる凄まじい虚脱感と目眩、雷のオーバーロードにより裂けた皮膚の痛みに襲われ倒れ込むエイジャー。心身神ともに消耗しきった今、鶏制動(コッコスタブ)でも感覚を矯正することは不可能。

 それでも視界にG・Tを捉え続けていると─背後の水が"持ち上がり"、G・Tの体に向かっていくではないか!

 

(ま、まだあんな力を…!これ以上…は…?)

 

 湖と形容できるほどの水量だ、そのまま解放するだけでも人体を破壊できる。にも関わらずG・Tは自身の体に集めるのみで攻撃に移らない。

 

 …むしろG・Tが溺れているようにすら見え、本人の意思とは異なる挙動をしているのは明らかである。巨大な水の玉の中でもがき苦しみながら、G・Tは吻に刺さっている刀剣に手をかけた。

 

『また乗っ取りに来やがったなクソが…ッ!オマエは誰なんだ…オレの…』

 

『なんだってんだよォ!!!!』

 

───────────────

 

 それは死体処理を引き受けてからさらに数年後のある日…汚れ仕事も板につき、すっかり裏稼業の人間らしい顔つきになったジェイルは息を切らして走っていた。

 行き先はボロニアの部屋である。勢いのままにドアを蹴破ると、白髪の増えた彼が落ち着いた様子で待ち構えていた。

 

「行儀が悪いなジェイル。そのような立ち居振る舞いはファミリーの名を貶めると以前も…」

 

「説教は後にしろよ親父!襲撃だ!」

 

 襲撃─その言葉を聞いたボロニアは即座に立ち上がり、流れるように壁掛けのライフルを手にする。腰にはすでにリボルバーが収められており、未だ現役であることを伺わせる。

  

 ボロニアは手早く机に鍵をかけ準備を終えると、ジェイルに先導を促した。

 

「敵の数と勢力は?」

 

「分からねェ…報告に来たのも町の連中だ。とりあえず親父を港に逃がせってリコが」

 

 ワイズマンファミリーは海沿いの町を根城としており、非合法なものを運ぶのに都合がよい。故にこの地を狙う者は少なくなかった。

 だがボロニアは敵対マフィアを返り討ち、あるいは交渉することで迂闊に攻め込めない勢力図を描くことに成功。絶妙な均衡の上に平和が成り立っていたはずである。

 

 外から来た新興マフィアの線もあるが─どうにも鳴り止まない虫の報せに気を取られている間にアジトを脱出、外にはネロがバイクとともに待機していた。

 

「急ぐぞネロ!整備サボってねェだろうな!?」

 

「さすがに空気読むっての。車は目立っちまうからこいつで我慢してくれオヤジ」

 

「ああ。だが港には向かわない…リコたちと合流し、敵を迎え撃つ」

 

 ボロニアの開戦宣言に目を見合わせる2人。所作は同じでも片方には高揚が、もう片方には困惑の色が浮かんでいる。

 ネロは唖然としつつも頭を抱え、困ったように説得に乗り出した。

 

「敵の姿も分からないのにオヤジが出ちゃまずいでしょ。それに言いつけを破ったらリコに殴られちまうよ」

 

「どうにも嫌な予感がするのだ。それにお前たちは私が引き込んだ家族。子を捨て置く親が何人もいては敵わんだろう?」

 

 ボロニア・ワイズマンという男は常に前線に立ち続けてきた。それは皆の命を預かる者としての、彼なりの矜持である。

 下の者はボロニアの背中を見て戦意を高め、結束を強める…正体不明の敵を目前にしても変わらぬその姿はまた、1人の男を焚き付けた。

 

「そう来ると思ったぜ!まだ錆びてねェな親父!」

 

 初弾を装填し準備万端のジェイルを横目にネロは大きくため息をつく。そして同じように拳銃を取り出すと、マガジンを挿し込んだ。

 

「はぁ…分かったよ。オヤジはいくつになってもカッコいいんだから。でもさ…」

 

「それじゃ計画が狂っちゃうんだよ」

 

「…!?親父っ危ねェ!!!」

 

 1回目の銃声にボロニアが、2回目の銃声にジェイルが倒れる。ネロは2人の致命傷を確認すると、懐から無線機を取り出した。

 

「…輸送拒否につきターゲットをポイントAで始末。回収班はこっちに寄越してください」

 

「てめ…なんのつもりだよ…!!!」

 

「俺は何度も忠告したぜ。マフィアなんて辞めちまえってさ」

 

 歪む視界のせいで見下ろす彼の表情を窺い知ることはできない。それでも裏切り者に一矢報いるべく手を伸ばしたところで─ジェイルの意識は途絶えるのだった。

 

・ ・ ・

 

・ ・

 

 

 まず覚醒したのは嗅覚。木材の匂いが飛び込んできて、その中に混じる潮を嗅ぎ分けた。

 

 次に触覚が目覚める。左右を硬い何かに囲まれており、背中には申し訳程度の柔らかさ。無理やり動かした手にササクレが刺さったことで、木箱に詰められていることを理解する。

 

 なぜ自分は閉じ込められている?それに寒い。身体も少し軽くなったような─

 

「…あの野郎どこ行き…ッ痛ェ…」

 

 額に走る痛みでジェイルの意識は完全に覚醒し、何が起きたかを思い出した。ボロニアとともに謎の勢力と戦うと決めた直後、撃たれたのだと。

 

 たった今、頭をぶつけたのは何かの蓋…素材や大きさからして棺桶だろうか。大人しくしていれば死を擬装できたかもしれないが…

 時すでに遅し、物音に気付いた外の人間が何やら話している。そしてゆっくりと蓋が開けられると─銃口を向ける男たちと、ネロの顔が並んでいた。

 

─この怪我で起きてくるか…なかなかタフな男だ

 

─始末しておくか?

 

「どうせ沈めるんだし弾の無駄ですよ。誰かに聞かれても面倒ですし」

 

 ネロは男たちを制止する。シャツ姿の男たちからは無法者の匂いはせず、持っている銃も正規品である。

 まるで秩序側の人間だがそんな事はどうでもいい。ジェイルは遅れてやってきた銃創の痛みに呻きながら、最も問うべきことを絞り出した。

 

「親父は…どうした…」

 

「即死。これからお前と一緒に海へ沈めるんだ。ファミリーがいつもやっていたように、ね」

 

(クズの死体なんか棺桶に入れねェぞ…?何言ってんだこいつ?)

 

 反論を遮るように蓋が閉まり、棺が上下に振動する。潮の匂いはみるみる濃くなっていき、始末の訪れを今でも痛感させてくる。

 

─せー…のっ!

 

 なんの抵抗もできぬまま、男たちの合図とともに海へと投げ込まれる棺桶。隙間から入ってくる海水が傷口に触れて痛みを倍増し、思わず絶叫する。

 必死に蓋を開けようとするもびくともせず、地上の音も遠くなっていく…すでに棺の8割は海水で満たされており、溺れるのは時間の問題だった。

 

(よりによってこんな終わり方かよ…くだらねェ)

 

 老人の死に感じた何か─それを掴むために始めた死体処理が答えを教えてくれることはなく、ただ裏の世界にのめり込むだけであった。ジェイルは自嘲気味に笑いつつも、寂しげに呟いた。

 

「あいつの言う通りカタギになっていりゃあ…いや、そりゃねェな。オレは路地裏の犬っころだからよ」

 

 海水がついに顔を浸す。血を流しすぎた身体はどんどん冷たくなっており、死が目前に迫っているのを感じる。

 自分の人生はなんだったのか、今日まで生きる意味があったのか─胸底から湧き上がる後悔は何度も自分を責め立てる。

 

 肺の酸素を使い切り、意識が消失点に到達する直前─誰もいないはずの海の中で、ジェイルは聞こえるはずのない"声"を聞いた。

 

『このまま死んじゃっていいのかい?』

 

(死神にしちゃ…ずいぶんやる気のねェお迎えだな)

 

『ボクは死神じゃないからね。君に第二の人生を与えよう』

 

(いらねェよ…どうせ似たような死に方して終わりだ。そういう運命なんだよ)

 

『へぇ…裏切り者にいいようにやられて、親父さんの仇も討てずに死ぬんだ』

 

(…!!)

 

 止まりかけていた心臓が、大きく跳ねる。

 

『仲間は全滅したよ。君だけが、無念を、晴らせる』

 

 全身を巡るモノが煮えたぎっていくのを感じる。悪魔の囁きによって焚き付けられた報復心のように。

 

(…そもそもオマエは誰だよ)

 

『無駄話してる時間はないよ。このまま死ぬか、ヒトを捨ててやり残しを清算するか選んで』

 

「詐欺師みてェな契約の迫り方しやがって…上等だ。鬼でも悪魔でもなってやろうじゃねェか!」

 

 契約を宣言すると同時に身体はみるみる大きく、そして堅牢な鱗に覆われていく。びくともしなかった蓋は小突いただけで粉々になり、水中でも苦しくない。どうやら"声"の言う通りヒトを辞めてしまったようだ。

 

 いきなり伸びた口や生えてきた尻尾も昔からあったかのように使い方が分かる。身体を軽くくねらせるだけで大きく前進し、陸地へ戻るまでに1分もかからなかった。

 

「…それは話が違うでしょ!?なんのために俺は─!!!」

 

 言い合っていた男たちは突然立ち上った水柱に振り返り、そこから現れたナニカに青ざめる。ジェイルはその中から裏切り者の姿を捉えると─凶悪な口を見せつけ、叫ぶ。

 

「落とし前つけにきたぜェ裏切もん。いや…」

 

『ネロ!!!』

 

 




気付けば2年連載しているようです。いい加減ペース上げたいですね…
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