ギャングスタ・トキシゲイトに刺さっていた刀剣には生前の同僚にして裏切り者のネロが宿っていた。彼の意志と同調し、異能を引き出せるようになったエイジャーは暴走を阻止、改めて決闘を申し出る。
長きに渡る戦いが決着に向かう中、アリッサはなぜか踊っており…?
それは遡ること数週間前…死者の村 フネラルカの騒動を収めた2人は死者を見送るための祭りに参加していた。
これから旅立つ魂に生者の輝きを見せるため、村人たちは火葬塔の前で一心不乱に踊り尽くす。アリッサもまたエイジャーを誘い、輪の中に入っていったのだが…
彼らの情熱的な振り付けは消耗が激しく、無理に合わせようと必死になるうちに足元がおぼつかなくなり、ついには挫いてしまう。
アリッサの異変に気付いたエイジャーは即座に駆け寄り、既のところで抱き止めた。
「戦いの後だから無理しないようにね」
「はわわわわ…は、はい…」
「それにしてもさっきの火球はすごかった。あれだけの熱量を扱える子はそういないよ」
「あれは…たまたま上手くいっただけですから」
謙遜しているわけではない。アリッサはこれまで何度も暴発し、その度に失望の眼差しを向けられてきたことを思い出す。
故郷を出、商会の護衛任務で荷車ごと燃やしかけた事は一度や二度ではない。コロコロ変わる髪色といい、自分の未熟さは嫌というほど理解している。
心に陰が差すのを察したのか、エイジャーは再び喧騒の中へとアリッサを連れ出し、キザな身振りで手を差し出した。
「少し趣向を変えてみよう。付き合ってくれるかな」
・ ・ ・
・ ・
・
「タイミングを合わせて。右足、左で追って…今度はその逆だ」
「こう…ですかね?」
「いいね。次はくるりと回ろう。左足を軸にして…完璧だ」
武官といえど王に仕える者、武器を振るだけでは務まらない。かつて社交ダンスを教わっていたエイジャーは、ここが使い時だと思い立ったのである。
村人が激しく踊り狂う中ゆったりとしたリズムで、まるでホールにいるかのように振る舞う2人。周囲の喧騒すら遠く感じるほどの集中に入りかけたところで、アリッサはある違和感を覚えた。
「誰も、何も言ってきませんね…みんなと違うことをしてるのに」
「ここはいま死者を盛大に見送りたいという"想い"で繋がってる。歩調の違いは些細な事なんじゃないかな」
「些細な事…ですか」
「周りに合わせるだけが正解とは限らない。答えの幅は意外と広かったりするんだよ」
完全回答を求めて視野狭窄に陥るな、そう言いたいのだろう。腑に落ちないといった様子のアリッサに、エイジャーはさらに続けた。
「俺は君を尊敬してるし、卑下する必要もないと思っているよ。大きな失敗に立ち会っていないだけかもしれないけどね」
「それは…ダーリンといる時は特に必死というか…」
「………もしかして。それが答えなんじゃないか?」
なんのことかさっぱり、といった風のアリッサ。エイジャーは自らが掴んだヒントを言語化すべく少し悩んだあと、何かを思い出したように手を打つ。
「ルルへのアドバイスで言ってたよね、考えすぎだって。君も失敗のイメージが邪魔してるんじゃないかな」
イソーでの戦いは魔族と盗賊が入り混じり、遠く離れたブラヒムを牽制するには出力を遠慮している場合ではなかった。
フネラルカの戦いでは消耗したエイジャーがひとりで魔族の群れを相手取り、限界が近かった。
確かにどちらも考える暇がなく、がむしゃらに動いていたように思える。感情が強いほど上手くいく、というのはなかなか鋭い指摘だった。
「でも感情的になると髪が燃えて…いきなり色が変わるなんてキモいですよね」
「俺は綺麗だと思うよ、赤く染まった髪。発火もコントロールが身に付けばなんとかなりそうだ」
平時の桃色も、激昂した時の赤色も村では異質と見做されてきた。それを即答で褒められる日が来るとは…
そっと撫でた髪は鮮やかに染まっているが、発火はなく穏やかである。その理由は不明だが、今は野暮な考察に思考を割きたくはない。
(ダーリンはあたしのいいところ見つけてくれる。もっと頑張って褒めてもらいたい)
「…でも頭を空っぽにすればいい、で出来るなら苦労しないよね。そこで思いついたんだけど─」
エイジャーの提案とは体を動かしながら魔力を練って意図的にキャパオーバーを引き起こし、考える暇を奪うことだった。
踊る事を選んだのは提案された状況と、古来より祈りに使われてきたそれと従属呪文の親和性に興味が湧いたからである。アドバイスは的確だったようで、今のところ暴発の確率は目に見えて落ちている。
情熱的に舞う彼女の手にはナイフが握られている。師匠なる人物との思い出の品にして、幼少期からエイジャーの傍にあり続けた相棒。
何度も打ち直されたそれは見た目よりも重く、素人が振り回すのは些か厳しい代物だがアリッサは手放さない。より多くの魔力を注ぎ、役に立つために。
(ルルみたいには出来ないけど…あたしだって!)
アリッサとエイジャーの間には魔力を介した繋がりがある。未熟な術式ながらも、通信機を動せるほどの確かな繋がりが。
彼女がやろうとしているのは休眠状態の魔力…任意で発動させられる、いわば"従属呪文の種"を刃に宿すこと。故郷サレム=ヘクスでも限られた人間しか使えない超高等技術、もちろん成功したことはない。
魔力の可能性の一部として、雑談程度に話したことをエイジャーは頼んできたのだ。失敗が許されないこの状況で。
とんでもない無茶振りだが嫌な気はしなかった。"他所様の子供"として気を遣われていたのが"命を預けるに足る相棒"に格上げされたからだ。彼の勝敗が自分の手にかかっている、燃えてくるではないか。
(故郷では誰からも期待されてなかった。あたしの価値は次に繋げるための"血"だけ…)
(大恩人が頼ってくれてるんだもの。ここで期待に応えたら…あたしはきっと変われる!)
「
激しい動きが、昂る感情が秘めたる力のリミッターを解除しかつてない熱を生み出す。空気はゆらぎ、靡く髪は炎のよう。
全身が熱い。心臓なんて焼き付いてしまいそうだ。だが同時に嬉しかった。自分の中にこんな力が眠っていたなんて。
アリッサは振りのテンポを落として精神を統一し、魔力をナイフへと注ぎ込んでいく。この絶大な力を委ねるに値する男に、ありったけを捧げるために。
だが魔力を休眠させたまま注ぎ込むのは難しく、制御から逃れた熱が刃を赤熱させる。このまま制御を誤れば、ナイフは溶けて使い物にならなくなるだろう。
魔力を抑えればG・Tを倒すに至らず、注ぎすぎても壊れてしまう。やはり自分には無理なのか…
─否、無理ではなくやらねばならないのだ。失敗すればエイジャーが死ぬ、そんな事は絶対に許されない。
「あたしから生まれた魔力が逆らうなっつの!"従属"呪文なんだから言うこと聞きなさいよ…っ!!!」
アリッサは感情で魔力を抑えつけ、封じ込めようとする。ムチで猛獣に上下関係を刷り込むが如き乱暴さだが、彼女の言う通り魔力はアリッサから生まれたもの。
感情に訴えるやり方は奇しくも正解だったようで、刀身の熱はみるみる収まっていく。仄かに赤みを帯びたナイフは宝石のようで、魅入ってしまう程に美しい。
確信を得たアリッサの心は未だかつてないほどの自信に満ち溢れていた。
「これならいける…!ダーリン!今お届けします!」
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武器に宿る意思に認められ、G・Tの暴走を食い止めることに成功したエイジャー。正気に戻し、本当の名前を知ったジェイルと睨み合う中、興奮気味のアリッサが勢いよく扉を開く。
「はぁ…っ間に合った!ダーリン!これを!」
彼女が無茶振りに見事応えてみせたのは自信に満ちた表情と、手に伝わる魔力の大きさを見れば明らかだった。
「ありがとうアリッサ!ありがたく使わせてもらうよ」
『女に泣きつくのが秘策かよ?情けないヤツだぜ』
「"女"じゃない、アリッサ・ベルキャンバスだ。尊敬に値する強い人だよ」
『ハッ!気取り屋が』
そう皮肉るG・Tだが心の中では感心していた。先ほどまで取るに足らない存在だった女が、自分に届きうる凄まじい力を引っさげてきたことと、それだけの力を引き出したエイジャーの器を。
(ああいうバカにもっと早く会いたかったなァ…)
自壊によって体の限界を迎え、長く続いた魔族としての終焉を間近にした今、意外にもジェイルは清々しさを感じている。
老人の死をきっかけに抱き続けていた言葉にならない胸のしこりの正体をようやく理解し、それを解消できそうだからだ。
(何考えてるかは知らねェけどよ…アイツとのケンカに必要な力を寄越せ。そのために手ェ貸したんだろ?)
ネロは言葉を返さないものの、水のベールはどんどん増えていく。どうやら協力的らしいことを把握したジェイルは纏った水ごと宙に浮き、空を掴んで泳ぎ出した。
『正真正銘のとっておきだ。今さら手加減してくれ、なんて言わねェよな?』
「すべてを受け止めた上で勝つつもりだよ。『フォルテ・アニマート・エンチャリテ』!」
エイジャーの詠唱に呼応して、封じられし術式が目を覚ます!解き放たれた炎は大気を歪ませるほどの熱量を誇る一方で使い手を焼くことはなく、高い忠誠心を持ち合わせている。
アリッサの気質を反映した炎は驚くほど手に馴染み、使いこなせるという確信を持つには十分な安心感を覚えていた。
「これはそれぞれの相棒対決でもある。ワイズマンファミリー!かつての居場所の価値を見せてみろ!」
『…上等ォ!!!』
空中のジェイルはワニが獲物を仕留める際に用いる"デスロール"を模倣する。ネロが生成した水を巻き込みながら行うそれは水のドリル…否、指向性を持った渦潮。18メートルの巨体から繰り出される過剰なまでの一点突破は、まさしく最強の一撃だった。
『人間にゃ使ったことねェとっておきだ!止められるモンなら止めてみろや!』
マシンガンのような水しぶきを飛ばしながら迫りくるジェイル。対するエイジャーはというと─その場で片膝をついてしまった。
「ここに来て限界かよ!?あれじゃミンチだぞ!」
「アンタたち分かってないわね」
「なんだと?」
「敵も味方も関係ない、救える命がある限りダーリンは戦いを止めないの。あの目が諦めてるように見える?」
アリッサの言う通りナイフを握る手は力強く、目は闘志に満ちている。傭兵たちが固唾を呑んで見守る中、両者の距離はどんどん縮まっていく。
一体どうするつもりなのか─不安が最高潮に達したのとほぼ同時、エイジャーがついに動いた!
「炎を両腕に集中、一瞬で最高速度まで上げてくれ」
ナイフを咥え、両手を広げたエイジャーは炎の噴射で急加速、地面スレスレを維持しながら真っ直ぐに突っ込んでいく。炎の翼を生やした姿はまるで火の鳥だが、これは意図したものである。
自由を求めるアリッサの炎で鳥のように空を舞い、縛り付けられた魂を解放することで示したいのだ。君はもう、自分で生きるだけの力を持っているのだと。
両者の距離はみるみる縮まり、ジェイルは目と鼻の先である。エイジャーは炎を逆噴射して急停止すると、今度は足に魔力を集中させる。
そしてジェイルと接触するタイミングで咥えていたナイフを足元に落とすと、渾身の力で蹴り上げた。
「特式『趾炎朱雀』!!!!!」
『ワイズマン・デスロール!!!!!』
「『うおおおおおおおお!!!!!』」
炎と水、人間と魔族。それぞれ正反対の両者に明確な力の差はなく、互いに実力だけで押し切るには至らない。
天秤を動かしたのはふたりの関係性…秘めたる力を信じて命を預けたエイジャーと すべてを委ねたアリッサの絆が
『ボロ雑巾みてェな体のどこに…なんなんだよオマエは!』
「想ってくれる人のためなら無茶くらいするさ!お前にもいたはずだ!幸せを願ってくれた人が!!!」
『そんなモンいるわけ…!』
─みんなで食べるといい。サボりたくなったらまた来なさい
ふと脳裏によぎったのは老人の姿。死ぬ直前まで息子に自分の話をしていたという、何度も呼びつけてきた老人のしわくちゃで、おだやかな表情。
なぜ今こんなものを─動揺は攻撃の精細さを欠き、揺らいでいてた天秤を完全に傾けた。
『…!しまっ』
「もっとだ!すべてを糧に燃え上がれ情熱の炎!!!」
─キョオオオォォォオ!!!
アリッサの魔力とエイジャーの想いに"何か"が混ざった炎は鳥の鳴き声に似た音をあげながら、さらに温度と勢いを増していく。
人知を超えた蹴りは天井すら突き破り、18メートルの巨体を地上へとかち上げる。陽光に晒されたジェイルの脳裏には、生前の記憶がよぎっていた。
(路地裏のクズどもは媚び諂い、表の連中はゴミを見るような目ェ向けて来やがる。対等なヤツなんてどこにもいなかった)
(…だけど今なら分かるぜ。町の連中はオレを対等に見ていた。野良犬でもマフィアでもねェひとりの人間としてよ)
(ジジイの最期は真っ当に生きて、みんなに認められた奴の褒美だったんだ。なのに空回りしたオレは手ェ汚して…バカすぎて笑えねェよ)
─本当に。ここまでバカだとは思わなかったよ
思考に差し込まれる聞き馴染んだ声。声は腹に刺さった刀剣…オメルタから響いている。
─…ま、人のことは言えないか。裏切り者だもんね
『…最後だし教えろよ、なんでファミリーを裏切ったか。アイツらはなんだったんだ?』
─俺は警察が送り込んだ監視役、だけどファミリーの壊滅は望んでいなかった。
─すげ替わった男はマフィアと共謀して港を確保、見返りに金を得ようとしてたんだよ。お前だけでも逃がしたかったけど…
『…くっだらねェ。んなもん返り討ちにすりゃ良いだろ』
─それは無理だ。敵はマフィアと組んだ警察だぞ?抵抗してもでっち上げの罪でお縄、口封じに殺されるのがオチだ
『それでどうなったかつってんだよ!1人で抱え込みやがって─』
ここまで言ったところでジェイルはある事に気付き、そして苦笑する。自分も似たようなものではないか、と。
─結局のところ信用しきれてなかったんだろうな。お前やオヤジのこと
『…親父やリコに言やァなんとかなったかもな。向こうで謝っといてくれや』
─お前だけ地獄には行かせないさ。今日までの犠牲はあの時、自滅を引き留めた俺のせいでもあるからな
『…そうかよ』
限界を迎えたギャングスタ・トキシゲイトとしての体が崩れ、霧散していく。意識もだんだん遠のきつつあり、あとニ、三言残せるかどうか。
誰に、何を残すべきか─考える時間も残されていないジェイルは心のままに従うことに決め、オメルタを掴んで投げ捨てた。
─なっ…おい!どういうつもりだよ!
『あの人間…エイジャーに伝えろ!オマエのおかげで答えが出せた。今なら奪ったモンの重さも理解できるってな!』
『オマエはもう少し残って手伝ってやれ!それとなんだ…"次"はなってやってもいいぜ、相棒に…よ…!』
さらに早まる崩壊の中、振り向き様に笑みを浮かべるジェイル。異形と成り果てたはずの彼の横顔は、人間だった頃よりも晴れやかである。
武器となった体では手を伸ばす事ができず、離れた相手に想いを伝える事も叶わない。一方的な別れを押し付けられたオメルタの刀剣から溢れる相殺の水は、彼なりのせめてもの手向け。
─…今まで押し付けちまった分、頑張ってみますかね
ギャングスタ・トキシゲイトだったものが完全に霧散し、再び姿を現した太陽が残された者たちを照らす。長きに渡り闇を抱えていた地底湖は、陽光を受けてキラキラと輝いていた…
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「ちょっと我慢してくださいね…えいっ!」
「〜〜〜〜ッッッ!!!!」
声にならない叫びとともに、包帯だらけの身体がビクン、と大きく跳ねた。アリッサが処置を施す度にギチギチと、彼を縛り付けるベルトが悲鳴をあげる。
ここはセーフハウス…G・Tとの戦いに勝利したエイジャーは傭兵たちに担がれ、ゲンゼへと帰還を果たす。
裂傷・打撲・魔力切れ・骨折・脱臼・薬品火傷…一通りの重症を負ったエイジャーは無理やり事後処理から引き離され、町とダイガロンが動くことになっている。
実は人質についても未解決のままだが…知れば行くと言い出すのは分かりきっている。そのためアリッサは事情を伏せ、治療に専念させることにした。
(傭兵向けの救急キット、アイツらが持ってて良かった。ここには大した設備がないみたいだし)
アリッサが投与したのはマルチブラッド…投与後に型に馴染むいわば「血液の素」であり、拒否反応なく使うことができる最新の救急治具である。
「これで5本目、不足した血は補えるはず。"ボーンリペア"の傷口も塞いだし…だ、大丈夫ですか?」
「し、死ぬかも…」
増血したにも関わらず顔面が蒼白し、息も絶え絶えのエイジャー。
イソーとホスピナスが共同で開発した治具は効能こそ神の所業と呼べる代物だが、使い方がとにかく乱暴なのである。
"ボーンリペア"は破片を溶かしつつ隙間を埋める治具だが、その使い方は「折れている部分目掛けて管を刺し、薬品を流し込む」というもの。
気絶必至の激痛は「耐えろ」、過程で開いた穴と出血は「他の治具で補え」が公式の使い方なのだから恐ろしい。遥か後ろにある倫理に耐え抜いたエイジャーは、改めてアリッサに向き直った。
「…大変な目に遭わせてしまったね」
「た、確かに途中から何やってるのか分からなくなったけど…ガサツな傭兵たちには任せられないですから!」
「治療もだけどG・Tとの戦いだ。あんな危険な場に引き留めてしまった」
「…ふんっ」
アリッサは薬品火傷が深刻な背中を叩く。正確には平手で軽くなぞっただけだが、ズタボロの患部には数倍もの痛みとして伝わってしまう。
予想外の攻撃に悶絶するエイジャーが目にしたのは、自身に向けられる冷たい視線だった。
「あたしは今怒っています。なぜか分かりますか?」
「…子供扱いするな、と?」
アリッサは何度も首を縦に振る。
「行き倒れていたところを拾われて、仕事まで紹介してもらった。ダーリンと出会わなければ今頃どうなっていたか分かりません」
「従属呪文もそう。あなたが任せてくれたから力が目覚めた。家の呪縛から解放されたんです」
「アリッサ…」
「あなたに救われたこの命、同じ分だけ賭けないと
─エイジャーに命を救われたんだもん。今度は私が一生をかける番!
強い意志を宿したアリッサの瞳にかつての妻が重なるエイジャー。こういう女性はてこでも動かないこと、何より"本人の納得"が理由であるならば、止めることは出来ない。
「…これじゃ君が嫌う大人たちと同じだ。すまなかった」
「い、いえっダーリンの言いたいことは分かりますから…今までもあんなのと戦ってきたんですよね」
「ああ。その度に死にかけて、みんなの力で勝たせてもらったよ」
「怖くないんですか…?痛いのや死んじゃうことが」
「全然。見送る側はもうごめんだからね」
即答。
規格違いの魔族と対峙し、その脅威を体感した今ならよく分かる。常に即断正答が求められ、誤った先に死が待っている戦いがいかに心身を抉り取るものなのか。
ほぼ敵意を向けられない立場だった自分ですら、思い出すと冷たいものがこみ上げてくる。一対一など想像もしたくない。
…大きく賭けねば納得出来ないと啖呵を切ったのはそういった恐怖に打ち克つための強がりだ。だけど口にした言葉も、エイジャーへの想いも嘘ではない。だから─
─ドオォォォォン!!!!
「「…なんだ!?!?」」
喉まで出かかっていた言葉は地鳴りによって押し込まれる。宿が震えるほどのそれは激しい光とともに襲来し、気付けば外は暴風雨が吹き荒れていた。
「嵐!?そんな兆候さっきまで…雲の中に何かいる!」
「アリッサ。確認に行くからベルトを外してくれ」
「そんな!まだ絶対安静です!」
「血を増やしたから動けるさ。これが魔族の仕業なら…ダイガロンの人たちでも厳しい」
残念ながらエイジャーの言を否定できない。ウーノたちが功労者なのは事実だが、彼らだけで強大な魔族の相手は荷が重すぎる。
だが歩くのがやっと、魔力も尽きているエイジャーが行っても勝ち目はない。一体どうすべきなのか…しばらく考えたアリッサはベッドに駆け寄り、ベルトを外していった。
「あたしもお供する、それが条件です。いざという時に魔力を使えないと困るでしょ?」
─────────────────
突然の暴風雨に襲われたゲンゼ。前が見えないほどの土砂降りに打たれながらたどり着いた検問所にはダイガロンの傭兵たちが勢揃いしていた。
「もう動けるのか!!なかなかしぶといな坊主!!」
「アリッサが雲の中に何かを見たそうです!この嵐もそれが原因かと!!」
「オレらもその影を追ってきたのよ!そしたらよぉ…!!」
ウーノが指差す先には影…雨のせいではっきりとは見えないが、人間よりも大きく、いくらか逸脱した何かが佇んでいるようだ。
「集中砲火を浴びせてもピクリとも動かねぇしこんな事を口にしやがるんだ!!」
「"黒い雷の使い手を連れてこい"ってよ!!!」