ギャングスタ・トキシゲイトとの戦いに勝利したエイジャーの元に現れた蒼の騎士。満身創痍の中圧倒的な力を持ち、天候すら操る脅威になんとか食い下がるも、見逃してもらう形で終わる。
今回も浅くない傷を負ったものの地下街に囚われていたアルフ族を救助し、新たな仲間にして武器のオメルタを得ることができた。ひとまずの解決を迎えた一行はホスピナスへ戻るが…?
「…以上が現時点までの報告です」
ホスピナスへ向かう馬車の中で、エイジャーは手紙に書ききれなかった部分の報告を行なっていた。
太古の地下街に渦巻く悪意。魔族と繰り広げた戦いの結末と、託された武器。
ゲンゼは遊女を誘い込んでいた人物の特定に奔走し、地下で捕らえた容疑者は首輪を兼ねてダイガロン預かりになったこと。
犯罪組織が絡む以上"魔族を倒して終わり"とはいかず、必然的に報告も長くなる。街を出た頃には昇りかけていた太陽も、いつの間にか月と入れ替わっている。
報告を聞き終えた討伐隊の中隊長 サラサは手帳を閉じると、エイジャーに水筒を差し出した。
「今回も綱渡りだったようね。わたし達がもっと早く駆け付けていたら…」
「皆さんも持ち場が増えてお忙しいでしょう。迎えを出すのも大変なはず…アルの無事も分かったし十分ですよ」
そうだといいけれど、と肩をすくめるサラサ。
一度ホスピナスを経由していた彼女はエグリ=マティアス教での出来事を把握しており、解析作業の進捗や、アルジードの動向を共有してくれた。
もっとも、子供の手を汚させてしまった顛末は伏せているが…重症のエイジャーに心的負荷をかけんとする、サラサなりの気遣いである。
夜も更け、見張り以外の団員たちは眠りについている。車輪の跳ねる音だけが響く静寂の中、サラサがぽつりと切り出した。
「ちゃんと前を向いているようで安心した。王都の事を聞いた時、みんなしてキミのところへ行くと聞かなくてね」
「あはは…俺1人なら今頃ここにいないでしょうね。みんなが繋ぎ止めた命です」
「現地勢力を味方につけ、絶望的な戦力差を覆してきたのは貴方の人徳があってこそよ。…武器まで絆すのは予想外だったけど」
サラサは笑いながらオメルタを見る。
意思が眠っている間のオメルタは規格外の大剣でしかなく、非常に嵩張る上に適合する鞘もない。
かといって抜き身で持ち歩くわけにもいかず、今はいくつかの革を釘で留めた仮の鞘で覆っている。手先が器用なサラサが半日で仕上げたものだ。
「貴方の事態を動かす力は本物よ。わたしの隊も貴方の武勲に励まされてるんだから」
「だといいのですが…周りにフォローさせなくてもいいよう、もっと強くならないと」
かつて部隊に編入されたこともあり、眼前に並ぶ寝顔はみなよく知る人物である。足元の妙にふかふかした寝袋も彼らが用意してくれたものだ。
"武"より"心"で中隊長に選ばれたサラサの部下たちもまたとりわけお節介であり、その温かさは捻くれた街に滞在していたエイジャーに実家のような安心感を与えていた。実家の記憶などないのだが。
「…そういえば街を出てからしばらく経ちますが、ニックは今も斥候を?」
「馬車の周囲を見渡せる位置から追ってきているわ。気配、ほとんど感じないでしょう?」
ニックとはサラサの隊に所属する同期である。ド・フィスの山越え訓練では出会ったばかりにも関わらず、的確に指揮をサポートしてくれた縁の下の力持ち。
地方の拠点に勤務し、なかなか顔を合わせる機会に恵まれなかったが…同世代の中でも射撃に秀でるとして、時折風が噂を運んできていた。
そんな彼の任務は部隊を俯瞰できる位置から観察し、危険をいち早く察知すること。時には仲間を見捨ててでも全滅を避け、確実に情報を持ち帰ることを要求される。
過酷で孤独、かつ重要な役割が設置されたのはつい最近のことである。魔族や盗賊の活発化、そして王都壊滅の教訓から生まれたものだ。
エイジャーは帳を上げて周囲を見渡す。向かいは平原で隠れる場所がないので、間違いなくこちら側にいるはずなのだが…それらしい人影は見つからない。
サラサも身を乗り出して少し探した後、後方の草むらを指差す。すると草の一部が盛り上がり、こちらに手を振っていた。
「あれは…草を被っているんですか?」
「単純だけど人を騙すにはとても有効よ。彼、アヴリニオンで技術を学んできたの」
アヴリニオンとはマフモ族との国境沿いにそびえ立つ要塞の名前である。かつて無数の血を流し合った彼らとの友好は未だ実現せず、緊張状態が続いている。
そんな地を守る大隊長シェラスカは
一方で出自の違いから若手に恐れられており、彼らも騎士団以降に入ってきた団員を"軟弱者"と断じ、積極的な受け入れはしていない。
故に"アヴリニオン帰り"はかなり貴重であり、エイジャーもその事実に驚いていた。
「己の立ち位置を保てるニックだからこそ耐え抜けた。私たちも助かってるわ…なんて言うと皮肉で返してくるのだけど」
「そういえば皮肉屋でしたね。…向こうに着いたら話せるといいな」
エイジャーはもう一度サインを送ると、帳を下ろして床に着く。肌を包む感触と心地よい揺れ、そして溜まっていた疲れによりあっという間に眠りに落ちる。
今回もかなり辛い戦いだったが、それでも最後はどこか満たされていて帳尻が合うもの…今回もそうなると信じていた。
やりきれない結末がこの先に待っているとも知らずに。
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「うぅ…長く揺られすぎてフラフラする」
「落ちないように気をつけて。ほら、手」
─相変わらずさり気ないよなエイジャーは。モテる男は違うよ
荷台から乗り出したアリッサに手を差し伸べるエイジャー。そんな2人のやり取りに、部隊の男衆は好奇の目を向けていた。
「バドルさん。別にそんなつもりでは…」
「聞いたぜ〜サザンでは別行動してる子とアツアツなとこを見せつけたらしいじゃないか。おれも積極的な彼女がほしいぜ…」
バドルと共にわざとらしく涙ぐむのはネクト。どちらも過去に世話になった先輩であり、道中ゆっくりと過ごせたのは彼らの気配りによるところが大きい。
有事に中隊を率いる彼らは兵糧にも精通し、ふかふかの寝袋を用意したのも2人だという。どの店で遊んだかとか、可愛い子と二人旅なんて羨ましいといったイジりも肩肘を張らせないためのものだろう。
入領手続きを待つ間談笑していると、検問の方から疲れた様子の傭兵がやってきた。
「あんたらがゲンゼ帰りの騎士団だな。待ちくたびれたよ」
「トラブルがあってね。行きの道順を変えたの」
何やら訳ありな様子で対応するサラサ。詳細を尋ねようとしたところで、またも検問の方から人がやってきた。それも暴れる女性を羽交い締めにする、傭兵2人という組み合わせで。
「あたしをどこに連れて行く気よヘンタイ!離して!」
「その手はもう通用しないぞ。後ろの馬車が例の引受人だろ?」
傭兵は車列の最後尾…王都騎士団ではなく、ゲンゼ所属の馬車を指差す。
中にはシンシアと用心棒が乗っており、その目的は
しかし妙である。状況からして彼女がデボラだと思うが赤カビ病に感染しているはず、まだ治療法も見つかっていない。本来ならば病棟にいるべき人物である。
傭兵の"引受人"という言葉も引っかかるが─浮上した疑問を遮るように、シンシアが目の前を横切る。そして彼女の姿を見るや否や、デボラはさらに必死に叫んだ。
「なんでここにいるの!?…まあいいや!助けて
「「え…!?」」
がら空きの腹に膝を入れられたデボラの顔がみるみる青ざめ、気絶する。用心棒は崩れた彼女を持ち上げ、馬車へ消えて行く…
シンシアは理解が追いつかず固まる2人に振り返ると、哀愁を帯びた笑みでこう言った。
「あ〜あ、バレちゃいましたね。色々と」
キラキラした生き方がそこにはある─そんなデボラの誘いでゲンゼへやってきたものの街に馴染めず、マダム・ステイシーの働きバチとして引き抜かれたシンシア。
友人を置いていけないからと街に残っていた彼女だが、そのデボラが失踪してしまう。しがらみで動けないシンシアに代わり行方を追ってほしい…というのが事の発端だった。
「…で、どれが嘘なわけ?」
怒りの炎を瞳に宿し、テーブル越しに迫るアリッサ。3人の間に流れる空気は決して穏やかではなく、来客用のオープンテラスは貸切状態である。
シンシア─改めメリンダは圧力をものともせず、普段通りの調子で応えた。
「故郷に戻らない理由ですね〜…あの子、盗みの罪を私に擦り付けて出てきたみたいで。いつの間にかお尋ね者になってました」
「…マダム・ステイシーはいきさつを把握しているのか?」
「だいぶ後にですけどね。あれで人気はあったし、一度受け入れたからとボスも面倒見る気だったんですけどー…失踪前に店のお金抜いちゃってました♪」
デボラは盗みや詐欺を他人に押し付け、あるいは正当化することに一切の抵抗がないという。素性調査をパスしたのも、盗人が汚名を被せた人物とともにやって来るという常軌を逸した行動に虚を突かれたからだ。
彼女が保護されたと聞いた時、またやらかすと確信したシンシアは傭兵たちに監視を提言したという。案の定、他の女性たちを扇動し、一騒動起こそうとしていたらしい。
サラサらもある程度事情を把握していたようで、何も知らないのは骨を折ったエイジャーとアリッサだけだった。
「そういうわけでここには置いておけないんですね〜。三次感染はしないらしいので、まあ、連れ帰ってもデボラが死ぬだけかなって」
困ったように笑いながら残酷な末路を口にする。本来ならばふん縛ってでも安全を確保し、治療を受けさせると言うべきなのだが…
助けを求めてきた相手に嘘をつかれ、被害者も根っからの犯罪者だったという事実が溶けた鉛のように纏わりつき、二の足を踏ませていた。
シンシアは知っている。今回の事件に対する追加報酬として、自分の足抜けを止めないよう要求してくれたことを。
再会したデボラとともに故郷へ戻り、退屈でも平穏な生活が送れるよう心から願っていた、そのために血に塗れてくれたことを。
だがそうはならなかった、いや…初めからそんな未来はなかったのだ。自分が嘘をつき、ありもしないものを見せたせいで。
「君は…これからどうするんだ。今なら濡れ衣を晴らすことも出来るんじゃないか」
「今さら誤解を解いても気まずいだけです。これでボスからも信用されるだろうし、ゲンゼの裏の顔として頑張りますよ」
抱いた疑念はそう簡単に晴れないし、晴れても必ずしこりが残る。だから幼なじみに引導を渡して区切りをつけ、新しい生き方を選ぶのだ。
対面のアリッサは無言で、むしろ言葉が邪魔になるほどの軽蔑を込めた視線で刺し続けている。騙して命を張らせた手前罪悪感は感じている、彼女の態度は逆に救いまであった。
「……生きてるうちにデボラを戻さなきゃなのでそろそろ行きますね〜。私が言うのもヘンですけど、その、………悪い大人にはお気を付けて」
軽く頭を下げ、検問所に向かうシンシア。どこか悲哀が漂う背中をエイジャーはただ、見送ることしか出来なかった。
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「そう気を落とすなよエイジャーサン。悪い女に引っかかるのも人生の味ってやつだろ?」
意気消沈するエイジャーを慰める(?)のはニック・コンバート。傷心中のエイジャーをひとりにしないよう頼まれたのだが、その態度はなんともフランクで、まるで子供をあやすようである。
サラサが顛末や贋作事件との繋がりを報告する間、ギャングスタ・トキシゲイトから受けた体液の影響を検査することになり。
攻撃を受けていないアリッサとグノスは簡単な検査の後、商会に無事を報告してから合流することになっていた。
「世の中には親切を受けるに値しない、どーしようもない奴もいたってだけさ。教訓だけいただいてさっさと忘れちゃおうぜ」
「………そうだな」
(絶対引きずるだろその反応〜)
─あなたがエイジャー・グラムね?
重苦しい空気を破ったのは赤カビ病対策チームのクオレアだった。カルテを片手に現れた彼女は意味深な表情で数秒見つめると─診察室に入るよう手で促す。
さすがはというべきか、診察室はいかにも医療機関といった清潔で、まとまりのある内装である。クオレアはカルテを取り出すと、2人に見えるようボードに貼り付けた。
「体液の作用は完全に止まっているわ。骨折や脱臼の予後も悪くない、素早い処置のおかげね」
「問題ないということですね。ではアルを迎えに…」
「話は最後まで聞く。あなたにはしばらく、街の外に出ることを禁じます」
まるで時が止まったかのように部屋が静かになる。何を言っているか分からないといったエイジャーのために、クオレアは沈黙を破った。
「全身の怪我と感電による皮膚のダメージが深刻、これだけでも絶対安静よ。よくそれで動こうなんて思えるわね…」
「それに脇腹や肩、腕の歪な治療痕も気がかりね。魔法でも使ったんでしょうけど…人体は複雑なの、その場しのぎの積み重ねがいつ牙を剥くか分からないわ」
確かにこれまで何度も重症を負い、その度にアルフ族の治癒の力に頼ってきた。それで問題が起きたことはないが、急速な再生の揺り戻しが無いとも言い切れない。
"生きて奴に辿り着きたければ"─脳裏をよぎるのは龍騎士の意味深な言葉。異なる方向からの指摘が合致した以上、聞き流すのは危険だ。
「ここに留まるとして…どれくらいになりますか」
「短くはないわね。その身体で動こうとするメンタルのケアも必要よ」
「それを出されると痛いな…ですが状況が加速している以上、あまり立ち止まってはいられません」
「リーダー格の魔族とやれそうな団員が少なくてね。エイジャーサンがいないとキツいのは事実だよ、センセ」
背後のニックも加勢する。皆がうっすら感じている、強大な魔族への対抗馬の少なさをさらりと口に出来るあたり、さすがは俯瞰を評価されるだけはある。
2対1、劣勢に立たされたクオレアの元にひとりの男が転がり込んできた。
「ここにいましたか…先生、フタエノユリハの捜索に出た者たちが戻ってきました!」
フタエノユリハ…赤カビ病を治療するために必要な植物の名だ。現代では記録すら残っていないためセレーネの記憶と、アーサーの心当たりを頼りにしていた太古の植物。
捜索から戻ってきたということはルルもいるはず。長い間連絡すら取れなかった不安から解放され、エイジャーは椅子から転げ落ちた。
「気が抜けてツケが来たか。でもベッドで大人しくは…?」
いたずらな笑みを浮かべ、分かりきった答えを待つニック。エイジャーが小さく頷くと、待ってましたとばかりに肩を貸す。
「斥候の後なのに面倒増やして悪い。クオレアさん、俺も…」
「言う事を聞かない患者には慣れてるわ。まあ、その行動力が
「…二度目?どうしてそれを─」
「成果によってはすぐ取りかかる必要がある。早く行きましょう」
クオレアは質問を遮るように、早足で部屋を出ていく。
様々な種族を従えクレイヴモスの寄生体を取り除いたエイジャーは現在、英雄として有名になりつつある。だがそれより前に起きた、英雄と呼ばれる事件を知る者はあまり多くない。
面識がないはずの彼女は何者なのか─新たな謎を抱えつつも、ルルたちがいるという区画へ向かうのだった。
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それから少ししてホスピナス屋外、薬効植物を栽培する区画。一行が目の当たりにしたのは、多くのスタッフが往来する慌ただしい光景だった。
抱えているものも実験器具から鍬までそれぞれで、何が起きているのかまるで分からない。
邪魔をしてはいけないからと遠巻きに眺めていたエイジャーの視界にようやく理解できるものが映る。期待の目線を一身に受けながら、畑の前に立つルルの姿だ。
「良かった、大きな怪我はしてない…おーいル」
(ちょっと待った!)
突如として口を塞がれる。振り向いた先にはアーサーと、彼の復活に関わっているオーディア。まるで幽霊のように気配なく現れた2人に、さすがのニックも少し驚いている。
(ルルちゃんは今集中していてね。君を見るとそれどころじゃなくなってしまう)
(し、失礼しました…もしかしてフタエノユリハ絡みですか?)
(ああ。ちょうどいいから話しておくよ。オレたちがどこで、何をしてきたか)