Regain Journey   作:G-ラッファ

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前回までのあらすじ

 ゲンゼで繰り広げられた事件の結末は報われないものとなった。さらには死闘の中で重症を、これまでの旅路で精神をすり減らしたエイジャーにしばらくの療養処分が言い渡される。

 そんな中ホスピナスに帰還していたアーサーから、別行動していた時の経緯が語られるのだった。


95話 霧葬の狩人

 アーサーは辺境の小さな村で生まれた。様々な国が生まれては消える戦乱の世で、彼の故郷にも戦火が迫ったのは言うまでもない。

 領主が変わる度に歴史が、法が、あらゆるものが塗り変わっていった。目まぐるしい変化に人々が疲弊する中、アーサーは"世界をもっと知りたい"という思いを募らせていく。

 

 そう珍しくない悲劇を経て、青年になったアーサーは故郷を出る。家族の形見を身に纏い、気の向くままに歩みを進めた。

 旅の中で出会うのは人間ばかりではない。土地勘のある人間ならまず近寄らない場所にも足を運ぶため、必然的に他種族の縄張りにも入ってしまうのだ。

 

「各地のアルフ族と知り合ったのもその頃でね。誘拐を目論む野盗や国王軍を蹴散らすうちに仲良くなったんだ」

 

 立場や種族といった物差しを持たず、相手の行いに報いることを信条とする。親切にされれば恩で返すし、武器を向けるなら追い払う…シンプルな生き方は敵を作ったが、慕う者も多かった。

 

 険しくも退屈しない、放浪者としての日々はある時転機を迎えることとなる。突如として現れたクレイヴモスとの戦いだ。

 

「奴は明らかに異質だったが、友人がいる国の方角へ飛んでいてね…逃げるわけにはいかなかったんだ」

 

「そこでリンプン?を吸っちゃったんだね」

 

 ルルの問いに苦い顔で頷く。寄生体は鱗粉に紛れて体内へ侵入し、宿主の生命力を削り取っていく。最もカラクリが明らかになったのは現代の話で、当時は毒と解釈されていたのだが。

 

「ま、待って…その話はどれくらい昔なの?アーサーがうちに来たのって3年くらい前だよね」

 

 続いて問うたのはオーディア。彼の昔話と照らし合わせると、数十年は寄生されたままだったことになる。

 現代で被害に遭った人々は翌日には起き上がれないほど衰弱しており、ペースから考えると2ヶ月ももたないはずだ。いくらタフな人間だからといってどうにかできる期間ではない。

 

「その理由が目的地にあるんだ。…といってもまた入れるかは分からないけどね」

 

 あえて多くは語らず、肩をすくめるアーサー。彼の曖昧な回答に、2人は不思議そうに顔を見合わせるのだった。

 

───────────────

 

「なんか出そうだな…本当にここでいいのか?深くは聞かないけどよ…」

 

「あまり人に知られたくない場所でね。助かったよマドゥル」

 

 ホスピナスを出て数日後…長旅の終着駅は白い岩が隆起する森の入口だった。

 

 進むほどに濃くなる霧と嫌に冷たい空気はなんとも不気味であり、普通の人間ならば近づくことすら躊躇するだろう。そう遠くない場所に人里がある中で、ここ一帯だけ開発の跡すらないのがその証拠だ。

 行きがけに乗せてくれた生前の友人 マドゥルも何かを感じ取っているようで、その表情は強張っていた。

 

「回収に来るのは2日後、時間厳守で頼むぜアーサー。こんなとこで待ちたくねぇぜオレ様ぁ」

 

「ありがとう。帰りも気をつけて」

 

 マドゥルは体躯に見合わぬ巨腕を振るって馬を翻す。彼の姿が見えなくなったところで、目を輝かせたルルがアーサーに迫った。

 

「肌が真っ白で手も大きかったねあの人!なんて種族!?」

 

「俺の時代は人間だったけど今はどうかなぁ…たぶん変わってないと思う」

 

「に、人間…なの…?」

 

「代々ネッツァラーヴァに住む部族はあの見た目なんだ。俺も初めて会った時は驚いたよ」

 

 予想外の答えに目を丸くする2人。なんとも失礼なリアクションだが、それほどまでにマドゥルは人間からかけ離れていた。

 

 ネッツァラーヴァで採れる白泥を刷り込み続けた皮膚は素焼きのように白く、成人男性でも150cmを超えない小柄な体躯には棍棒のような腕がついている。例えるならば"腕を誇張した素焼きの白ゴリラ"だろうか。

 

 灼熱の地で製鉄・鍛造を行うことに適した姿の彼らを人間とするかはいつも激論のタネだが、この世界で種族を分ける第一歩"繁殖に支障があるか"という点では間違いなく人間である。

 かなり珍しい事例だが麓の人間と結ばれる男女もいるようで、彼らの間に生まれた子供もいるらしいとアーサーは語っていた。

 

「白泥は大事な人の前でだけ洗い落とすらしいんだが…続きはまた今度にしようか。まずは石室を探さないと」

 

 森を覆う霧は行く手を阻むように濃度を増し、数十センチ先すら見通すことができない。コンパスも異常な挙動を示し続けており、少し気を抜けば死ぬまで彷徨うことになりそうである。

 

 それでもまたここを訪れたのは、事態を解決に導くという確信があったから。クレイヴモスに身体を蝕まれ、意識が朦朧とする中で導かれるように足を運んだこの場所に。

 再び気を引き締めるように、アーサーは腰のキシャルシオンへ手を伸ばした。

 

「これじゃ方向も掴めないな…文字通り手探りになる。2人ともはぐれないように気をつけてくれ」

 

「あ、アーサー…わたし、分かる、かも?」

 

「ああ。この霧で何も見えない中探すのは大へ…ん???」

 

 2人に視線を向けられ、オーディアはひゅっ、と小さくなる。それでも何か確信を持っているようで、次の言葉ははっきりしていた。

 

「石室の場所…たぶん案内できる」

 

────────────

 

「「魂が見える!?!?」」

 

 赤カビ病の解決策を求めて石室を目指す一行。深い霧と異常な磁場に苦戦は必至かと思われたが、オーディアの思わぬカミングアウトにより事態は急変する。

 

 曰くオーディアには普通の人間には見えない何か…生物が皆持っている"ゆらぎ"のようなモノが映っており、そう遠くない場所にゆらぎが集中しているという。

 禁術から目覚めないアーサーに魂が定着したのを目視し、埋葬しないよう両親に説得したのも彼女だったのだ。

 

「オーディアすごい!どんな感じで見えるの?」

 

「火の玉、みたいな…?ルルはふたり(セレーネの)分あるよ。色は─」

 

 はしゃぐ2人の手を引きながら、アーサーは物思いにふけっていた。

 

 世界には時折、家族の死や災害等、五感で感じ取ることが出来ない何かを察知できる個体が現れる。第六感と呼ばれるもので、これは人間に特に発現しやすい特徴である。

 オーディアの"魂を観測する目"が第六感なのか、禁術を扱う一族の血がもたらしたある種の血統秘術かは分からない。

 

 どちらにせよ。常人がまず訪れることのないこの地に、人とは違う目を持つオーディアが訪れたのは運命の─何か大きな力に導かれたように感じずにはいられないのだ。

 

「ぶ、不気味だしあんまり知られない方がいいと思って黙ってた…みんなには内緒にしてね」

 

 自虐的に笑うオーディア。素晴らしい力を持つ彼女がこの先歩む道は険しい。死者蘇生を扱う一族の末裔という出自も含め、己を曝け出せない場面も多いだろう。

 

 自分には待ってくれている人がいる。だが二度目の人生を与えてくれた人々の忘れ形見を置き去りにするような男が、どんな顔をして再会できようか。

 

「…!2人とも止まって。何かいる…!」

 

 警告を受けたアーサーは剣を抜いて2人の前に立つ。周囲は相変わらず濃い霧に包まれており何も見えないが、オーディアの尋常ではない怯えように好ましくないものの接近を確信する。

 

 一度死んだこの身体、禁術の影響か見た目より遥かに変質しており。中でも察知能力がほぼ失われてしまっているのだ。

 耳も人の声以外をあまり通さなくなっているようで、頼みの視界はご覧の有様。正直なところかなりまずい状況だ。

 

「…ここは出直そう。キシャルシオン、足場を─」

 

─カカカ!斯様な場所で生者の気配があると思えば…

 

 3人の視線の先、濃霧越しでもはっきり分かるほどの巨大な何かがぬらり、ぬらりと迫ってくる。そして霧の中から姿を現したのは…眼孔に紫檀の炎を灯した、上半身のみの髑髏。

 

 骸骨は首の可動域をすべて使ってようやく把握できるほど巨大で、風化が進んでいる。ぼろきれた死装束と真新しい大鎌に身を包んだ骸骨はアーサーに気付くと、眼孔に収める勢いで顔を近付けた。

 

「んん?貴様…この世のものではないな。しかし我とも違う…何者だ?」

 

「…色々と訳ありでね。そちらこそ魔族とは少し違うように見える」

 

「カカカ!質問で返すとはなかなか肝の座った男よ!確かに魔族ではないぞ。我は─」

 

「…あ!"あやかしの一族"でしょ!」

 

 両者の視線は会話を遮った者…背後のルルに向けられた。オーディアと対象的に興味津々といった雰囲気の彼女は指を差し、珍しい虫を見つけた子供のように目を輝かせている。

 骸骨もまた興味深げに─表情は分からないのだが─迫ると、大きく首をかしげた。

 

「アルフ族にしてはものを知っているな。そして貴様も妙な気配だ。まるで魂を…悪くない、悪くないぞ」

 

「残念だが急ぎの用がある。話はこの辺にして通してくれ」

 

「我の用事も同じよ。どれだけ探してもまるで見つからん。だがこのハングスカル、今日はツイているようだ。まさか案内役に…」

 

「上質な魂まで拾えるとはなァ!!!」

 

 ハングスカルと名乗る骸骨がぬらり、と大鎌を構える。濃霧の中でも煌めく刃は、実体なきものまで断ってしまいそうなほどに美しい。

 だが見惚れている場合ではない。その刃が狙うものは自分たちなのだから…想定外の戦闘の火蓋は 魂を刈り取る一撃によって落とされた。

 

────────────

 

 ハングスカルと名乗るあやかしの一族による一振りが3人に迫る。戦闘経験に乏しい少女が反応できるわけもなく、このままいけば胴体が真っ二つだ。

 懸念点はもうひとつある。大鎌は捉えたものを引き寄せる形状のため、そのまま防御すれば追撃を食らう可能性がある。

 

(2人を抱えての回避は間に合わない!だったら…)

 

「わっ!?」

 

 アーサーはルルの足を掬い、隆起させた土で場外へ弾き飛ばす。そのままオーディアを抱えつつ剣を構え直すと、イナシで力の方向を調整しながら吹き飛ばされた!

 

「オーディア!敵はあいつだけか!?」

 

「っうん!だけどルルが!」

 

「俺たちであいつの注意を引き続ける!巻き込んで悪いが付き合ってほしい」

 

 圧倒的アウェーで未知の種族と戦いつつ、2人の面倒を見るのは不可能である。自分を囮にして…というのも彼女たちの身体能力では難しい。

 故にオーディアの目と自分の武力でこの場を乗り切るというのは合理的な結論だろう。無論、最適解でないことは承知しているが。

 

(ルルちゃんも修羅場を経験している、判断力に期待するしかない…なるべく早く済ませないとな)

 

「防いだ?貴様いま 我の攻撃を"防いだ"のか?…カカカなるほど!この場所を知るだけはある」

 

 霧の向こうから巨大な影が迫ってくるのが見える…どうやら関心はこちらに向いているらしい。

 オーディアを背後に隠しつつ、まずは敵の情報を得ることにした。

 

「その言い草…ただの武器では防げない攻撃だったようだな」

 

「いかにも。我の"魂狩大鎌(ごんしゅだいれん)"は虚ろな器をすり抜ける代物でな。それを防げる貴様がここにいる理由は明白だ」

 

 人智を超える能力から察するに、彼の持つ大鎌も古代魔導具の一種なのだろう。仮に騎士団を連れきていたら、無駄な犠牲を増やすところだった。

 幸いにして相手はおしゃべり、アーサーはもう少し掘り下げることにする。

 

「それだけ強力な武器があればスペアは必要ないだろう。それとも器ではなく魂が目的なのか?」

 

「鋭いな。奴を屠るのに雑多な骸兵では役者不足…この地に眠る強力な魂が必要なのだ」

 

(あやかしの一族は特に強力で危険と聞く。そんな奴らが入念に準備したい相手…?)

 

「あの場所は我らでも容易には辿り着けなくてな。しばらく彷徨っていたところに貴様らが…極上の魂が現れたぁ!」

 

(…!2時の方向から大鎌が来るよ!)

 

 オーディアの警告通り、霧の中から現れた刃を弾いて軌道を逸らす。耳の機能が落ちたせいかもしれないがこの鎌─風を切る音がしない。恐ろしく静かなのだ。

 

 アーサーは隆起させた土を飛ばして反撃するものの反応がない。相手はその場から動いてすらいないようで、どうやら本体も無生物をすり抜けてしまうらしい。

 

 キシャルシオンの土を操る力が無意味となると…形勢はさらに不利になる。旅の中で数々の危機を乗り越えてきたが、今回は指折りだ。

 

「む、結べたよアーサー。これで落ちない…と思う」

 

「ありがとう。なるべく早く終わらせるよ」

 

 いつの間にか結んでいた即席のおんぶ紐で密着する2人。この世ならざる者に干渉できる特異点コンビによる戦いが今、始まろうとしていた。

 

「愉しませてもらうぞ、欺瞞に満ちた亡者よ!」

 

─────────────────

 

 みんなはどこに行ったのだろう。深い霧の中で得られる情報は恐ろしく少ない。確かなのは擦った背中がヒリヒリと痛むことくらいだ。

 咄嗟の判断で突き飛ばされたルルは少しの間呻いたあと、ようやく身体を起こして手のひらと、背中の擦り傷を塞ぐ。しばらく温存していたこともあり、魔力はすっかり元通りだ。

 

「これからどうしよう…?」

 

 遠くで音が聞こえる気もするが方角までは分からない。おそらくアーサーとさっきの骨…ハングスカルが戦っているのだろう。足手まといと判断された自分を残して。

 

 かつてエイジャーは言ってくれた。いちばん前で剣を振るだけが戦いではない、傷を治すことも重要な役割だと。

 だが傷を治せる相手はそのエイジャーだけだ。いま同行しているアーサーには通用しないし、そもそも彼は不滅の肉体である。

 

「…セレーネ!起きてる?」

 

 ルルの叫びに呼応してネックレスが─セレーネなる人物の魂が淡い光を放った。

 

─今しがた。…なるほど、事情は把握しました

 

「あれ絶対強いよ!アーサーだけじゃ大変!」

 

 尊厳のため積極的にはやらないが、ルルの肉体と親和性のあるセレーネは記憶や感情をある程度読み取ることができる。現在地、敵の詳細─そして足手まといと見做された事への反骨心。

 

─あやかしの一族は今までの常識が通用しません。特別な武器を持つアーサーに任せるべきではありますが…それでは納得しませんよね

 

 セレーネの問いに何度も首を縦に振る。人格がリセットされてからの経験か、それとも往来の性格か。アルフ族にしてはずいぶん好戦的な宿主に、どこか懐かしさを覚える。

 アーサーなしではこの先困るのも事実。セレーネは少し考えた後、ある提案を思いついた。

 

─丁度いい機会です、そろそろ使い方を覚えましょうか

 

「使い方?」

 

─このネックレスも古代魔導具です。訳あって深い休眠状態にありましたが…貴方の影響で少しずつ力を取り戻しつつある

 

「おおー…!何が出来るの?」

 

─そうですね。まずは…

 

─この霧を晴らしてみましょうか

 

 

 

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