赤カビ病を治すアテがある─そんなアーサーの提案により濃霧の森に足を踏み入れたルルたちは、大峡谷に住まうあやかしの一族 ハングスカルに出会う。
ある目的から強い魂を欲していたハングスカルは3人に目をつけ戦闘となるが、濃霧と無生物のすり抜けという搦め手に翻弄される。果たして未知の種族を退け、目的の場所にたどり着くことはできるのか…
「3時、胴狙い…!」
「次は6時、真上…!」
「11時、足元…!」
警告された方向から現れる刃をいなし続けるアーサー。濃霧の中では少しでも距離を離されれば見失うため、オーディアの目だけが頼りである。
彼女もそれを理解しているからか、吃音する暇もなく絶えず指示を出し続けている。だが所詮は戦闘経験のない子供…声には疲労の色がくっきりと浮かび上がっていた。
「…!正面5メートル先にいる、よ!」
「ありがとう。少し揺れるぞ…っ!」
アーサーは足場を隆起させて急接近、正面のハングスカルへ一閃を見舞う。…が見かけによらず頑丈な腕に阻止され、胸部で揺らめく鬼火には届かない。
腕を蹴って視認できるギリギリの距離を取り、足場を操り撹乱する…無生物をすり抜けるハングスカルには目潰しが効かないため、動きで翻弄しつつ隙を伺う。
だがそんな努力を嘲笑うかのように、可動域の限界がない首を回して常にこちらを捉えていた。
「カラカラカラ…貴様の動きは一拍遅い!後ろの娘が足手まといなんじゃないか?」
「黙れ!動きの不備は俺が至らないだけのこと!」
そう反論してみせるが状況が苦しいのは事実である。
視認→指示→実行のロスタイムは戦場において致命的だし、あまり激しい動きをすればオーディアに負担がかかる。
かといって配慮した動きでどうにか出来る相手でもなく、打開策は見えないままだ。
唯一希望があるとするならば今の肉体には体力の限界がないこと…攻撃パターンを読み切ればオーディアを休ませつつ持久戦に持ち込み、糸口を見つけることができるはず。
だが相手が思い通りに動くことなどない。ハングスカルはアーサーを弾き飛ばすと、困ったように顎をしゃくった。
「なかなか音を上げぬな。では心を折るとしようか」
そう言って大鎌を使い足元に陣を描く。すると陣の内側から小さな鬼火たちがぽこぽこと生まれ、骸骨の姿を形成していくではないか。
─カラダ カエシテ…
─オンナ コドモ…
─ムスメ ムスメニアイタイ…
骸兵たちは灰色の半透明で輪郭もぼやけており幽霊のようだが、発せられる言葉には意思があり、それらは明らかにこちらへ向けられている。
「あ、アーサー気を付けて…すごく嫌な感じ」
「あれが骸兵…今の俺でもわかるほど"死"の臭いが強すぎる」
試しに土塊を飛ばしてみるが効果はない。やはりハングスカルと同じ特殊な存在のようだ。
「禁羨術"反魂香"。貴様にはお誂向きなこの術で遊んでやろうではないか」
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一方こちらはルルサイド…彼女がセレーネから提案されたのはこの地を包み込む霧を消し飛ばし、アーサーらの戦いを補助することだった。
曰く。彼女の魂が宿る首飾りにはある種の封印が施されており、今までは力を使うことができなかった。
しかしルルが身につけていた事で少しずつ封が緩んでおり、外部から魔力を補填してやればあるいは…という状態らしい。
─この霧は自然現象ではありません。おそらくこの地─正確には石室を隠すための細工でしょう
「だから風の力で消せるってこと?できるかなぁ」
ルルは霧に肺いっぱいの空気を吹き付けたり、手で仰いだりしてみる。当然その程度では何も変わらないが…セレーネは続けた。
─風とは生命を運ぶもの…力を正しく引き出すことができれば、この地に眠る魂が応えてくれるはず。ところで…
─弓はありますか?以前持っていたはずですが…
確かにサザンの街を出る際に護身用として借り受け、使っていた時期があるものの、しばらく出番がない。まだ記憶を覗いてはいないが、最後に使われたのは相当前だった気がする。
イタズラがバレた子供のようにぴくり、と肩が跳ね、瞬きが増えるルルを見てセレーネは察した。どこかに忘れてきたのだと…
─まあ、無くては駄目、というものでもありませんが…相手が相手なので油断はできません
「あやかしの一族ってそんなにすごいの?エイジャーたちもよく知らないって言ってたよ」
─そうですね…イソーで戦った大きな虫と、騎士団の裏切者を覚えていますか?
ルルはこくりと頷く。寄生体を植え付け死の淵に追いやったクレイヴモスと、組織を裏切ったブラヒム・リッチ…どちらもエイジャーを苦しめた悪い奴、忘れるはずもない。
─強力な魔族は強い負の感情や魂が核となります。対してあやかしの一族は大衆の"漠然とした恐怖"で成り立っているのです
「たいしゅう…?ばくぜん…??」
─森の中にいたとしましょう。同じ場所でも夜の方が不気味と感じるはず。それはなぜ?
「うーん…暗くてよく見えないから?」
─人は"不確定なもの"に恐怖を感じる。彼らはその"不確定"が集まって生まれた存在なのです
「ってことは…霧を飛ばしてあやかしの一族を見やすくすれば…!」
─存在が確かになり戦いやすくなる。それに彼の正体も…いえ、まずは霧の対処に集中しましょう
「分かった!すぐマスターしちゃうから待っててね、アーサー!」
ふんすと鼻を鳴らして張り切るルル。その気合いに応えるように、首飾りの装飾が僅かに変型したことに気付くことはなかった…
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─ドウシテ コドモガ…
「"ドラウグブレイド"!」
肉体の強奪を試みる者は腕ごと叩き斬り。
─ウデガ イタイイタイイタイ…
─コドモ、コドモ…!
─ァーウ…
「くっ…"レヴァナント・サヴレイ"!」
遠心力を載せた斬撃で四方から群がる者を一掃する。
一体どれだけの時が経ち、どれだけの亡者を斬り捨てたのだろう。スタミナの概念から解き放たれ、時間感覚が曖昧なアーサーには分からない。指標となるのは背中でぐったりしているオーディアくらいだ。
陣から湧き続けている骸兵はとにかく数が多く、恨み節をぶつけてくるので精神を削られる。それなりに世界の影も見てきた自分でこれだ、エイジャーのような情け深い者は耐えられないだろう。
ハングスカルの姿は霧に包まれたままだ。宣言通りこちらが折れる様を眺めているのか、あるいは不意打ちを狙っているか…生殺与奪の権はあちら側にあり、その事実が体感時間をさらに引き延ばす。
せめてこの霧を晴らし視界を確保できれば─魔力を持たぬ今の体では、かつて得意だった風魔法は使えない。アーサーの感情を汲み取った刀身もまた、悔しそうに色付くのだった。
─これだけの怨嗟に晒されてなお手を止めぬとは見事な精神力。ますます貴様の魂が欲しい!
「断る!ここで朽ちるために蘇ったわけではない!」
斬り捨てる骸兵たちに何も感じないわけではない。魂だけで現世に縛り付けられ、永遠の渇きに苦しむ恐怖はもうひとつの未来の姿だ。
自分は幸運にも肉体を、何かを成す権利を得て舞い戻った。だからこそ石室に辿り着き解決の糸口を掴まねばならない…覚悟を乗せた剣は次々と斬り伏せていき、ついに陣からの供給が滞り始めた。
─仕入れたばかりの魂をこうも減らすとは…癪な男よ
「今な…まさか人里を襲ったのか!?」
─否。死の匂いを嗅ぎつけ赴いてみればすでに死屍累々…我は有効活用したまでだ
返ってきたのは意外にも否定だった。こちらの心を折るつもりならば、自身の成果として誇った方が得なはず…わざわざ嘘をつく意味はない。
それに死を糧とする彼が死屍累々と呼ぶほどの惨状…もし事実ならば調べる必要があるだろう。
「虐殺が起きたのはどこだ!言え!」
─貴様が知る必要はない。なぜなら…ここが2度目の死地だからだ!
オ オ ォ オ ! ! !
ォォ オ ォ オ ! ! !
「……無念の死には同情している。だがここは生者の世界…人々の未来を奪うというならば斬るまでだ!!!」
再び這い出てくる大量の骸兵たちを斬り捨てていくアーサーの太刀筋は正確で、もはや一片の容赦もない。少しでも早く終わらせてやる事が今できるせめてもの弔いだからだ。
ハングスカルの姿は依然として霧の中、仮に骸兵を根絶やしにしたところで、不利な状況は変わらない。
彼が持つ大鎌は無生物をすり抜けるため、土壁で襲撃経路を誘導することもできない。何か、何か策はないか─
(奴は無生物をすり抜ける。魂さえあれば…そうか!)
何かを閃きキシャルシオンを地面に突き立てるアーサー。繰り返すようだが相手は無生物をすり抜ける存在、土壁や落とし穴は無意味だ。
─武器を置くとはヤキが回ったか!?人間にしては抗った方だと記憶の片隅に残しておいてやろう!
「そんなものいらないさ。何故なら…」
「…!?」
「勝負はここからなんでね」
これまでの余裕が崩れるのも無理はない。アーサー目がけて振り下ろしたはずの魂狩大鎌が受け止められているのだから。
慌てて霧の中へ身を隠すハングスカル。追撃をかける事は可能だったが、本能がそれを許さなかった。あれがただの偶然とは思えないのだ。
(反応をみるに奴は音に鈍いはず。目が霧に慣れたか…?)
シルエットが浮かばぬよう距離を取り、大きく背後に回る。アーサーの方に動きはなく、目で追っている様子はない。
音を立てぬよう慎重に近付くがやはり反応はない。今度こそ完璧な隠密、存在に気付いていないと判断していいだろう。
(やはりただの偶然…無駄な足掻きだったようだな!)
魂を刈り取るべく振り下ろされる無慈悲な大鎌。濃霧の中背後から、音もなく襲い来る攻撃に反応できる者などいない。
…はずだった。刃はまたもキシャルシオンによって受け止められた。土を盛り上げ、硬質化させることで質量のアドバンテージを埋めながら。
「俺の五感で位置を把握するのは不可能。だから"みんな"の力を借りることにした」
「なんだと…!?小娘の他にも仲間がいたのか!」
「いるさ。ここにな」
そう言ってアーサーは足元─変哲もない土へと視線を移す。
「お前の能力は無生物のすり抜け…逆に言えば魂ある生物には干渉せざるを得ないんだ。どれだけ小さくても」
虫や植物の種、目には見えない微生物が無数に暮らす土は生命のるつぼ。アーサーはその特性を利用し、彼らを通してハングスカルの動きを把握したというのだ。
「あり得ぬ!人間が矮小な魂を従えるなど!!!」
「キシャルシオンは大地に干渉する古代魔導具、大地に生きるみんなの声だって拾えるさ。最も、聞こえるようになったのは一度死んだおかげだろうけどな」
「通るかそんな理屈が!おのれ…!」
ハングスカルは再び霧の中へと姿を隠す。
今の説明を聞く限り、探知のカギは持っている剣と地面。どうにかして剣を奪う、または浮けばよいのだ。依然としてアドバンテージはこちらが握っている。
そのことはアーサーも承知しており、持久戦に持ち込まれると厳しい。把握できるのは位置だけで、攻撃の方向やタイミングは経験則で補っているからだ。
(なんとか焦りを引き出して攻勢に移させないと。でもどうやって…ん?)
土中の生命たちがざわめいている。ある者は喜び、またある者は恐怖…その反応はハングスカルではなく、もっと大きく根源的な何かに向けられているようだ。
あたりを見渡すと草木がざわめき、霧がゆらいでいることに気付く。どうやら風が吹き始めたらしい事を察したあたりで、背中のオーディアが目を覚ました。
「大丈夫かオーディア。俺が巻き込んだばかりに…」
「き、気にしてないよ。それよりこの風…立ってると危ないかも」
どういう事だ?という問うより先に体が動く。少なくともこの状況下において、彼女より優れた危機感知を持つ者はいないからだ。
そしてアーサーの判断が正しかった事はすぐに証明されることとなる。地に伏せたのもつかの間、風がどんどん強まっていくではないか!
─生命もたらす原初の風よ。この地に蔓延る死と欺瞞を祓い、英霊たちの魂へと導き給え…
風に乗って届く声は無垢で活発な少女と、落ち着いた女性のものが重なっている。この風が両名によるものと理解したアーサーはさらなる一撃に備え、オーディアに覆い被さった。
「えっと…続きなんだっけ」
─必要な詠唱は終えました。貴方の技です、お好きなように
「そうなの?ん〜じゃあ…」
「"ヴェント・スコラーレ!!!"」
嵐かと見紛う強大な風の塊が、行く手を阻むすべてを吹き飛ばした。
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強風、烈風、陣風、突風…どれも強い風を表す言葉だが、これらはあくまで自然現象。見境なくすべてを破壊する災害である。
だがたった今この地を襲ったそれは確かな意思と、指向性の元に放たれたものだ。木々をほとんど損傷させることなく、霧だけを消し去ったのがその証拠である。
─スコラーレ…確か水切りを表す料理用語ですね。いつの間にそんな言葉を?
「ケインに教えてもらったの!じめじめした霧を無くすのにピッタリでしょ?」
ルルは自慢げに胸を張る。
アーサーは我が目を疑っていた。アルフ族の事は知っているつもりだが、こんな力の使い方は初めて見る。
人体の治癒だけでも規格外だが、ここまでの突風まで扱えるのはただ事ではない。間違いなくセレーネなる人物の入知恵だろう。
「ぐぅっ…貴様ァよくも霧を晴らしてくれたな!許さん!」
─ルル!後ろです!
だが事態はまだ解決していない。背後に回り込んでいたハングスカルの大鎌はルルを捉えていた。
「キシャルシオン!!!」
古代魔導具との連携ならばこちらも負けていない。アーサーが飛ばした土礫はハングスカルの目に当たり、攻撃を中断させる。生物ならばどれだけ小さくともすり抜けられないという弱点を逆手に取り、土中の微生物を瞬時に集めたのだ。
個々では気にも留めない存在とて、凝縮すれば蚊柱に突っ込むくらいの不快感は与えられる。それが自身の能力にかまけていた相手ならばなおさらである。
作り出したわずかな隙を突き、地面を波打たせてルルを手繰り寄せる。近くで見る彼女は声色より遥かに消耗した様子で、無茶をしたのは明白だった。
「力を絞るのがうまくいかなかったから全力出しちゃった…えへ」
「おかげで見晴らしが良くなったよ、ありがとう。それに…」
アーサーは改めてあたりを見渡す。どうやら彼女の風は霧だけでなく、骸兵までも消し去ってしまったらしい。
ここまでお膳立てしてもらったのだ、いい加減カタをつけねば年長者としての責任が問われてしまう。ようやく姿を晒したハングスカルに向き直ると、愛剣の切っ先を差し向けた。
「お前の優位はすべて失われた。いい加減諦めろ」
「フ…フフフ…カラカラカラ…!ほざけ人間!貴様らの魂は必ずや我が手に─」
『その姿…あなたは"ガシャドクロ"ですね?』
2人は言葉を遮った者に視線を向ける。その先にいたのは─
「…ッ!?!?なぜその名を、いや…貴様は誰だ!?」
別人のような空気を纏う少女に取り乱すハングスカル。一方のアーサーはというと、その現象を知っているからか冷静である。
重なった声に瞳の変色…セレーネの魂が肉体に憑依している時に見られる現象だ。
『あやかしの一族最大の弱点…それは真名を看破し存在を確定させること。そうですね?』
彼女の発言は間違っていないようで、ハングスカル─改めガシャドクロの存在感が急激に増していく。姿形に変化はないが、"そこにいる"という確信が強まっているのだ。
「セレーネさん、あなたは一体…」
「えぇい小賢しい!何者かは知らぬがまとめて葬ってくれる!」
再び描いた陣の中から湧き出た魂たちがガシャドクロを包み込み、甲冑へと形を変えていく…その姿は堕ちてもなお仇の首を討ち取らんとする武者のよう。
『今ならあらゆる攻撃が通じるはず…ですが敵方も本気の様子。お気をつけて』
アーサー無言で頷きつつ地面を操作し、2人を隔離する。そして真の力を解放したガシャドクロに対抗するように、土で巨大な腕を創りあげた。
「生ける屍なんて俺だけで十分だ。決着をつけるぞガシャドクロ!」