赤カビ病治療のためフタエノユリハを探すアーサーたちは、訪れた濃霧の森であやかしの一族 ハングスカルと戦闘にもつれ込む。
実体を持たぬ身体と死者を呼び寄せる能力に苦戦するアーサーだったが、あやかしの一族の弱点である真名を看破したことで戦況は一転するのだった。
「…あ、起きた。えっと今はルル…かな?」
ぱちくりと開かれた青い瞳を覗き込むオーディア。真名を看破した直後に倒れたルルの体は今、彼女の膝に横たえられている。
ルルはひとしきりうーうーと唸った後、気怠げに伸びをしてから起き上がった。
「ほんとの名前を呼ぶのに魔力を使ったみたい。やるなら言ってくれればいいのに」
「よ、呼ぶだけであんなに変わるのもヘンだし…セレーネさんはコトダマを使ったのかもね」
言霊とは言葉に宿るとされる、オーディアの一族に語り継がれている概念・呪法のひとつである。気分的なものとは別の、人体に対し実際に作用する超常的な何か。
一説では音に乗せた特殊な力で相手の魂に干渉するものとされているが…幼くして両親を亡くした彼女は詳細を知らない。
(セレーネさん、本当に色々知ってるよね…わたしの一族とも繋がりがあったのかも)
憑依はセレーネにとってもかなりの負担らしく、表に出てくるのはたいてい有事の際である。つまりきちんと話をするタイミングがないのだ。
もっとも会話が出来たとして答えてくれるかは怪しいところだが。魂のゆらぎで大まかな感情が分かるオーディアには見えているのだ。彼女が何かを隠していることを。
「…と、ところでそれは何?」
鞄を物色していたルルが何かを─野球ボールほどの大きさの、赤い玉を持っていることに気づく。そして質問に答えるよりも先に口元へと運ぶと、なんともわざとらしい不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふこれはね…ドーホーの秘密兵器!」
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「図に乗るな死に損ないが!"厩火事"!!」
大鎌から放たれる鬼火を腕状の土で防ぐアーサー。着弾地点には切り傷のような跡が残っており、単なる炎でないことを物語っている。
もう一方の腕で反撃を試みるも大鎌によって切断され、本体に届くことはない。だが今の反応こそが真名看破によって変質したという何よりの証拠…実体さえ掴めれば戦略は無限。
ようやくの出番にキシャルシオンも張り切っているのか、刀身が煌々と輝いている。アーサーは巨大な土の壁を生成すると横向きに構え…まるでバッターのようにフルスイングで打ちつけた!
「"マッドストライク"今のお前なら無視できないはずだ!」
キシャルシオンの幅広かつ異常に硬い刀身は打撃に向くが、その対象が土ならば初速はさらに上乗せされる。ライフルより速く、大きく、ぶつかれば散る弾にさすがのハングスカルも無傷とはいかず、纏う鎧をいくらか砕いてみせた。
(実体を捉えられるのがこうも厄介とは!それに骸兵も呼び出せぬ…小娘が吹かせた風の仕業か!?)
「余所見とは心外だな」
視線を逸らした隙に回り込んだアーサーの、渾身の一撃をすんでで受け止めた。土によって質量を上乗せされた兜割りは見た目よりも遥かに重く、骨がギィギィと悲鳴をあげる。
実体を捕捉されてしまった今、目の前の人間がいかに優れた戦士かを痛感する。古代魔導具を移動・攻撃・防御へ瞬時に活かせる者など、これまで数えるほどしか見たことがないからだ。だが…
(…!?この炎はまずい!)
篭手から噴き上がる鬼火に追撃を諦め、即座に距離を取り直すアーサー。不滅の肉体に慢心せず、恐れを抱いたのは豊富な経験則からくるものであり、魂を燃料に燃え盛るそれを避けたのはファインプレーと言わざるを得ない。
(次の一撃に合わせて焼き尽くしてやるつもりだったが…好機を欲張らぬとはなかなか)
強い魂に刻まれた素晴らしいSENSE…だからこそ手中に収める事に意義がある。再び魂狩大鎌に鬼火を纏うと、天に向けてくるくると回し始める。回転はやがて風を生み、鬼火を巻き込む竜巻と化した。
「"炎嵐野晒し"!屍人との逢瀬にはお誂え向きよ!」
斬撃を孕んだ鬼火が無数に振り注ぎ、荒れ狂う竜巻は何人も寄せ付けない。特に後者は軽くなってしまったアーサーには致命的で、足元を固定せざるを得ない状況である。
この暴風禍ではどこに流れ弾が飛ぶか分からないし、鬼火を食らうのは絶対に避けたい。様子見を続けて好転する状況とも思えず、またも不利に立たされてしまった。
(剣を放したら果てまで飛ばされそうだ…!どうやって奴を止めればいい?)
─ヴェント・スコラーレ!!!
「「な゛っ…!?!?」」
重なる両者の声は、再び巻き起こった突風がどちらにとっても予想外なことを物語っている。災害の如きそれを引き起こした少女の手に握られている、食べかけの赤い玉にアーサーは見覚えがあった。
それは魔力を即座に満たすという、アルフ族に伝わる秘薬…かつて雪山近くの集落で渡され、万が一に備えてエイジャーから預かっていたものだ。
だが秘薬がもたらす回復はあくまで前借り。後に相応の反動が襲うため、気軽に使っていい代物ではない。
またも無理を強いた己を責めかけたが、今やるべき事は他にある。アーサーは即座に気持ちを切り替え、倒すべき敵に向き直った。
突風により竜巻は相殺され、鎧もところどころ消えかかっている。まだ体勢を整えきれていないようだ。
隙を晒すガシャドクロの遥か後ろから、力いっぱいルルは叫んだ。
「私たちは大丈夫!だからやっちゃえ!アーサー!!!」
「…どうやら君に似てしまったようだぞエイジャー君。今度こそ決めるぞキシャルシオン!」
"マッドストライク"で牽制しつつ急接近、射程に入ったところで2本の腕を生成し、肉弾戦を仕掛ける。
ジャブ、フック、アッパー…思い浮かべた攻撃を実行するまでのラグはゼロに等しく、自分の体を動かしているよう。長きにわたって共に戦い、死してなお傍に居続けた相棒との連携に言葉はいらない。
(おのれ後手に回ってやれば…む!?)
疲労、あるいは油断…不意打ちから続く猛攻に生じた緩み。ようやく訪れた反撃のチャンスに大鎌を振るうも、そこにアーサーの姿はなかった。
「奴はどこへ!?」
「ここだ」
声のする先─否、無尽蔵にせり上がる土の先に彼はいた。鬱陶しい太陽と重なって見えるほどの上空から、覆い隠すほどの土を刀身に従えて。
対するアーサーの目に映るは無限の彼方…数十年各地を渡り歩き、知った気になっていた世界の本当の姿。闇よりも昏い大穴、深い蒼に染まる森、禁域とされている大峡谷の"向こう側"…
ヒトの寿命ではとても踏破しきれないであろう未知の数々を前にして、取り除かれたはずの心臓が高鳴った気がした。
目まぐるしく変わる支配者が植え付ける歴史が好きだった。小さな村しか知らぬ自分にとって、どこかにあるかもしれない可能性の宝庫だったから。
ニ度目の人生に終焉があるのかは分からない。だけど今は仮初の身体と魂があって、自らの意思で道を選ぶことができる。生者と何も変わらないではないか。
(この世界にはおかしな存在が山ほどいる。蘇ったくらいで理から外れた、なんて烏滸がましいのかもしれないな)
「キシャルシオン。この先どうするかはまだ決まらないが…お前の力が必要だ。もう少し付き合ってくれるか?」
その言葉を待っていた、とばかりに輝く刀身に笑みをこぼし、地上で迎撃の構えを見せるガシャドクロへと視線を戻した。
「お前に人の生き死にを決める権利はない!叩き潰させてもらうぞガシャドクロ!!」
飛ばした鬼火たちが圧倒的な質量を前に虚しく吸い込まれていく…死者を祓う小癪な風のせいで増援も呼べず、残るは手にした魂狩大鎌のみ。
万事休すと言う他ない状況に置かれたガシャドクロは自身を囲うように陣を描くと、その中にズブズブと沈み始めた。
「我の負けだ、ここは退くとしよう。だが後悔するなよ?貴様らが起こした抵抗は さらなる破壊を生むことになるぞ」
「どういう意味だ?」
「それを知りたくばディカイレ大峡谷に来い。尤も、たどり着ければの話だがな…!」
従えた土の衝突が濃霧の森を揺らす。揺れが落ち着いた頃にはガシャドクロの姿は消えていたのだった…
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ガシャドクロを撃退した3人は再び石室を探していた。一度晴らしたはずの霧はあたりを覆い始めており、うっすらと白けている。
疲れ果てた少女2人を土の馬で運びながら、アーサーはガシャドクロの捨て台詞を思い出していた。
あやかしの一族は大峡谷に巣食う凶悪な存在で、近づくものを食い殺すと長年噂されていた。現にガシャドクロも魂狙いで襲ってきており、友好的と言えないのは事実。
だからこそ最後の言葉─侵攻せんとする何かを食い止めているような口ぶりに違和感があるのだ。
(あれだけ厄介な連中が本気になるほどの相手、そもそも奴らは人間の味方なのか…?)
「…ーサー。アーサー!止まって!」
「おっと…キシャルシオン!」
アーサーの呼びかけで土馬が停止する。現在地の霧はまだ浅く、いくらか先を見渡せるので分かるが、周囲に変わったところはない。それでもオーディアの視線は確信を持ったように、真正面を向いていた。
「この先に何かあるのか、オーディア?」
「先というか、ここ…ほんの少しだけど歪んでる」
指を差されたのは何もないただの道、少なくともアーサーにはそう映っている。
だが今さら彼女の発言を疑う意味はない。当時のアーサーもいつの間にか到達していたような場所、何があってもおかしくはないのだ。
歪みがあるという場所を通過してみるが何も起きない。オーディアも後に続くが結果は同じ…満たすべき条件があると察し顔を見合わせる2人の間に、回復したルルが割り込んできた。
「魂は生命の風に応えてくれるってセレーネ言ってたよ。もしかしてここの事だったのかな」
確かに蔓延る霧を消し飛ばし、亡者の発生を抑えたあの風がカギというのはあり得る話…だがルルの消耗を踏まえれば、なるべく使わせたくないのも事実。
他の方法がないか思案するアーサーの目に留まったのは、彼女が提げている首飾りだった。
「ルルちゃん、その首飾りを借りてもいいかな」
「ん!でも風を吹かせるには魔力がいるよ?」
「その必要はないと思うよ…ほら」
そう言って掲げた首飾りに反応したのか、何もなかった空間に隙間が生まれる。特別な目でなくとも分かるほど明らかな変化に2人が驚く一方、ある種の確信を得ていたアーサー。
彼の地に到達する上で重要なのは資格の有無…周囲に人里が点在しているにも関わらず情報がなく、手つかずなのは侵入者を拒む霧のせい。
そのシステムを真っ向から突破する力を持つセレーネならば、資格を有していると考えたのだ。
特別な存在であることを疑う余地はないが、肝心のセレーネには沈黙したままだ。眠っているのか、わざと無視しているのかは分からないが…
アーサーは隙間に顔を突っ込み安全を確認すると、さらにこじ開けて中へと入る。苔むした階段は下へと続いており、かなりの距離があるようだ。
「何が起こるか分からない、2人とも離れないようにね」
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「うぅ…風が冷たい…」
「アルフ族は寒さに弱いんだったね…松明も点けようか」
空間の隙間から地下へと降りていく3人。光源など一切ない、ランタンの灯りすら呑まれそうなほどの暗闇は、心の奥底から無限の不安を生み出す。
それでも歩みを進めるのはわずかに通る風が出口の存在を証明しているから。もっとも、アーサーは知覚できないが。
「う、うっすらとだけど気配がする。そんなに遠くないと思う」
直後、まるでオーディアの言葉がカギだったかのように光が現れる。ずいぶん深くまで下ってきたとは思えない、あたたかな光が。
不自然な状況にも関わらず、3人が足早に階段を下ったのは一種の本能だろう。永く続いた闇から覗く光への羨望は、誰もが経験する原初の記憶なのだから…
光の先に待ち受けるのは大いなる生命の祝福であり、その法則はこの地とて例外ではない。階段を降りきった先に広がる光景に、2人は大きく目を見開いた。
「大きい木だー!あれ、でもここって土の中…あれ?」
「上からの光もあったかい…まるで地上にいるみたい」
未知の光源、未知の白い建材、そして人の何十倍もある背丈の巨大樹。その足元には無数の棺が並んでおり、中に眠る者たちを守るように根が被さっている。
霧に包まれた薄暗い森の地下にこんな空間があるなど誰が想像できようか。神が作ったとしか思えぬ神々しいその場所に、ニ度目のアーサーすらも深い感嘆の息を漏らさずにはいられなかった。
「ここが…アーサーが来たかった場所?」
「俺の時とは侵入経路が違うけどね。やはり特殊な場所なんだろう」
「ここに来ればフタエノユリハ?について分かるって言ってたよね。…それっぽいのは咲いてないよ?」
この空間にある植物は巨大樹のみで、足元には雑草のひとつも生えていない。光で満ちた場所にも関わらずである。
立ち入った際は気にならなかったが、冷静に観察すると不自然な点ばかりだ。まるでこういう空間を作るんだと、誰かが設定したかのような─
…まで至った考えを意図的に遮断する。理解を超えた何かに導かれてきた以上、それを疑うことは建設的ではない。もし自分たちを殺すつもりならば、とうの昔に実行しているだろう。
「ここで得られるのはおそらく情報だけだよ。手がかりがゼロに近い以上、こいつを頼るのが近道だと思ってね」
そう言ってアーサーは巨大樹の根によじ登ると手を差し出し、ついてくるように促す。どういう事かは分からないが、2人もまた導かれるままに幹を目指した。
「あらゆる知識を蓄えた果実の実る神木が、世界のどこかに存在する…とある地方に伝わる伝説だ」
「も、もしかしてこの木が神木…?」
果実と聞いて目の色が変わるルル。必死に探してみるが根元から見る限り、果実の類がついているようには見えない。
あくまで伝説、と苦笑しつつもアーサーは続けた。
「誰が言い始めたのかも分からない昔話、それでも語り継がれるのは理由があると思ってる。勝手につけた名前も伝説から借りたんだ」
複雑に入り組んだ根をすいすいと登っていくアーサー。彼が選ぶ道は不思議と安定しており、まるで巨大樹に導かれているよう。
そうして登り続けた3人の目に映ったのは半ば幹に埋没している台と。古く、大きく、分厚い一冊の本だった。
「俺はこいつを"全智の樹"と名付けた。そしてこの本こそが全智たる所以であり…」
「下で眠る英雄たちの願いの結晶だ」