ウェザエモン戦、開幕
決戦当日。約束の時間前にレインはある場所を訪れていた。
『征桜領域』。師匠と呼ぶ相手と出会った場所。だが、そこには見知った風景があるだけだった。
見上げる先に存在する、星空と夜の闇。荒れ地の中央で咲き誇り、花びらを風に舞わせる巨大な桜の木。
その真下に、いつも居たはずの相手はもう居ない。
あの日。レインが彼、"ウェザエモン・アマツキ"に託された日。彼は、『これが最期だ』と言った。そして、その翌日から彼の姿は消えていた。
何度訪れても同じだった。その翌日も、またその翌日も。彼は現れることはなかった。それでもレインは、決戦当日まで毎日必ず一度はここを訪れた。訪れ、暫くの間桜の下で過ごすと、エリアを出る。それを毎日繰り返していた。
そして、それは今日で最後なのだろうなという確信めいたものがあった。
「師匠、遂に今日だよ」
返される言葉はない。
仏頂面で無愛想だが、優しく言葉を返してくれる声も。
武人とはなんたるか、ということを熱く語る声も。
懐かしむように過去を語る声も、もうない。
「最近、ちょっと生活が変わったんだ。まだ……ちょっと困惑してて。でも、すごく暖かくて、安心できて、幸せで。これが師匠の言ってた、刹那といる時に感じていたものなのかな?」
そこには、現実とかわりがないほどの光景がある。
星と月がある。
風と花がある。
世界は廻り、生命がある。
そう。自分はプレイヤーという存在かもしれない。だが、確かに己の師はシャングリラ・フロンティアという世界の過去に生きていたのだ。
神代で何があったのか、師は多くを語らなかった。
それでも、時折懐かしむ表情や、後悔の篭った言葉を確かに自分は聞いた。
「真実を知りに行け。そう言ったよね。 ……うん、行くよ。そして、例えその先に何が待ち受けようと」
そっと。右手で左腰にある刀の柄を撫でるように手を当てる。
「――私の『窮極』が、全てを斬り拓く」
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「ようサンラク。どうだった?俺がおすすめしたエナジードリンクは」
「あれやっばいな……エナジーカイザーが砂糖水に思えるわ……。まず多用はできないわな」
「俺も前に飲んだんだけど、まあもう飲もうとは思わないなー」
「ん?それまたなんで?」
「ほら、あれエナドリ独特の匂いっていうかさ、あるだろ?あれ物凄くキツいじゃん、ライオットブラッドの新フレーバーは特に」
「ああ、それはわかる。確かに、ちょっと換気を考えるレベルでキツかったが」
「まあキツいってのもあるんだけどさ、レインがああいうの苦手でさー……特にキツいやつ。だから最近はエナドリ飲むにしても頻度落としてるしキッツいのは辞めてんだよ。代わりにコーヒーとか飲んでるけど」
「カッツォ、なんかお前の生活どんどん健康的になってない……?」
「サンラク、俺はわかったんだよ ――健康状態がいいほうが、ゲームも仕事も捗ると」
オイカッツォは痛感したのだ、休息と食生活の重要性を。そしてそれが、自分のコンディションに繋がりゲーム、そしてプロゲーマーとしての試合にかなり影響してくると。実際に数字を見ればわかる、総合勝率8割から約9割に上がっているのは明らかに違いがあるのだ。
プロゲーマーの勝率においては、例え1%変わるだけでもとんでもない数字だ。それが色々と生活を見直した結果劇的に上がった。1%どころではなく約10%だ。流石に無視できないしとんでもない数字だ。
それに、何よりも"同居人"が作ってくれる料理はうまい。オイカッツォは自炊ができないわけではないし、料理はできるほうなのだが、どうしても時短目的でコンビニ弁当や宅配式のレンチン弁当を摂ることが多かった。しかし、暖かくおいしい食事とは満足感と安心感がある。そして、同居人とキッチンに立つのはとても楽しい。本当に彼女には頭が上がらない。
「効率と数字って重要だろ」
「それは同感だがなんかお前の場合ギャルゲー的なバフかかってそう。リアルで」
「…………ま、それはあるかもな」
「んんん?」
とんでもない言葉を聞いた気がした。サンラクは思う、もしかしたら聞き間違いかもしれない。一度、耳鼻科にかかるべきだろうかと。
そういえばオイカッツォの動き方が、最近変わったような気もする。理を突き詰めたような動き方なのに、強気と言うか。いわば、"確実で強い攻め"をするようになったというか。迷いのなくなった、そんな動きを。
「いやーこれは明日が楽しみだね!こんな派手な花火はないよ!絶対大騒ぎになるし、トップギルド共が驚愕してるの想像したらもう最高だよ。 ……まあ、多分今頃地獄絵図だけど」
「ちゃんと二人にも伝えたよ、『プレイヤーキラーは生かしておけない、さーちあんどですとろい』って」
「そんな可愛く言っても出来上がるの地獄を超越した何かだよ……。一応怖いから聞いておきたいんだけど、私への判決は?」
「ペンシルゴンは友達って伝えてあるから大丈夫」
「それ聞いてとても安心した」
二人が見れば、「秘匿の花園」の入口から歩いてくる姿が二人。レインとペンシルゴンだ。二人は丁度入口前で合流し、歩きながら今まさに起こっているであろうことの話をしていた。
ペンシルゴンは歩きながら掲示板を開いてみたが、今の時点でもどうやらかなり騒ぎになっていることだけは伺えた。プレイヤーキラーが掲示板で『助けてくれ』と懇願する事態は中々に見られものではない。
スレッドの流れる速度が早すぎるかつ、現場の状況をリークしている人間の情報が錯綜しすぎていて混沌としているが、わかることはひとつある。プレイヤーキラーが一般プレイヤーに助けを求めるほどの事態、それが起こっているのだ。
それを仕向けたのは、まさに此処にいるレインとペンシルゴンである。
「でも、手引したのバレたら袋叩きにされるかなー?ま、その時は返り討ちにすればいっか」
「私はペンシルゴンの味方。安心して」
ふんすふんす、と。かの悪逆非道なプレイヤーキラーを滅ぼさなければならない、というようにサムズアップして見せるレイン。それに対して『心強すぎてこれもう勝ち確じゃない』と返していた。
なお、その気になれば現在大絶賛地獄すら生温い何かを作り出している二人ももれなく召喚されるのだが、ペンシルゴンはそれを知る由もない。
ペンシルゴン本人はそこまで意識していることではなかったのだが、レインからペンシルゴンに対しての好感度はかなり高い。それは、レインがペンシルゴンからの態度や対応を見ていたというのもあるが、直感的に『悪い人ではない』と判断していたからだ。そして、レベリングスポットから観光スポットまで丁寧に教えてくれた上に、時々相談にも乗ってくれる。なのでレインからの評価はすこぶる高いのだ。
つまりレインは、ペンシルゴン本人はまったくもってそう思っていないし、かわいい後輩のようなものとしか思っていないのだが、番犬とも取れるのだ。フレンドの動物大好きな彼女と同様、プレイヤーキラーが襲ってこようとすればもれなく首が飛ぶ。
4人全員が揃うと、『さて』と。ペンシルゴンが言い全員にパーティー招待を投げる。
それを3人が承諾し、最終確認の後、彼女が準備した決戦用のアイテム、貴重な蘇生アイテムなどを分配した。
「作戦は以上。さて、そろそろ時間だね。 ……行こうか」
ウェザエモンとの決戦の場。花園の中心に出来た空間の綻びに4人は足を踏み出した。
決戦が、開始される。
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空間のほころびを潜る。するとそこは、レインにとっては見慣れた場所だった。
山の山頂を平らにして凹ませたようなエリア。その中央に存在しているのは、巨大な桜の木。草木一つないその平地の中、中央の桜だけが満開に咲き誇り、桜の花びらが舞っている。
とても見慣れた場所。だが、違う。致命的に此処は自分の知っている場所とは違う。そうレインは感じていた。
「――レインちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう、ペンシルゴン」
同じ場所なのに、致命的に違う場所。その世界の中央に存在する満開の桜の樹の下。そこに存在するそれを見て、レインは息を呑み思わず足が止まってしまった。それを見たペンシルゴンは気を使ってか、声を掛ける。
満開に咲き誇る桜には白銀に僅かに朱色を帯びた花弁。花弁そのものが重さに耐えきれず散ってしまうほどに咲き乱れる桜の花がそこにある。
そしてその根元には、簡素な墓標があり、それは確かにそこに存在した。
―――『ユニークモンスター 【墓守】のウェザエモンと遭遇しました』
無機質に流れるシステムアナウンス。それを確認した後、再度レインはそれを、【墓守】のウェザエモンを見た。
錆があるわけでもない、ひび割れ風化しているわけでもない。ただ、そこにあり続けるかのように存在する。いわば、機械的な存在。それが、静かに立ち上がる。
「…………」
一切の肌を見せない全身を覆う白と黒の機械装甲、顔すらも覆い尽くしたそこにはヒロイックなロボ特有のツインアイカメラ。双眸に光が宿り、身体の各部が微かに駆動音を立てながらも、こちらを見た。
「サンラク」
「おう。さて、行くか」
前に踏み出したのは、レインとサンラクの二人だ。
レインは静かに左腰の刀へと手を伸ばし、いつでも動けるように構える。そしてサンラクは双剣。『帝蜂双剣』を構える。
事前にペンシルゴンからは、知る限りの情報を共有されている。まず、戦闘条件。ウェザエモンに対しては一切のダメージが通らないことが確認されており、恐らく特殊勝利系ではないかと推測されていた。よって、第一フェーズを10分。そして第二フェーズを10分。合計20分間、ウェザエモンの攻撃から生存することがまず求められる。
だが、それも簡単ではない。ウェザエモンの攻撃は苛烈を極めるからだ。発生1フレーム疑惑があるという、【断風】。広域に対して攻撃を行う【雷鐘】、自身の後方以外の広範囲を薙ぎ払う【入道雲】。そのどれもが、レベル差150を強制されていることもあり、掠めたら即時戦闘不能に繋がる。更に言えば、ウェザエモンは戦闘に参加しているメンバーの数でステータスが変動する。よって、大規模レイドではなく少数精鋭での戦闘が推奨された。
ペンシルゴンは当初、ウェザエモンに対して極めて苦戦を強いられると想定していた。だからこそサンラクやオイカッツォという強力な戦力を用意した。しかし、そこに今回の戦いの要となる人物が参戦してくれた。それが、レインである。
ペンシルゴンからしてレインの実力は規格外だった。オイカッツォがプロゲーマーとして規格外であるという評価を下していたためどんなものかと期待していたのだが、期待以上どころか予想していないほどだった。
彼女の特異性や対人に必要なありとあらゆる要素。それを高いレベルで保有しているというだけではない。既に彼女は、ウェザエモンとの戦闘経験がある。それも、自分の知るものより遥かに化け物じみているウェザエモンに。しかも、一騎打ちでだ。
レインという戦力の登場により、ペンシルゴンは作戦を一度最初から再考した。負けは許されない、自分はなんとしてもセツナの願いを叶えてあげたかった。そして、完成したのが、
「暫くパターンを見させてくれ、悪いがサポート頼む」
「ん。わかった」
『
「さあて――お手並み拝見!」
サンラクがウェザエモンに対して加速する。対して、ウェザエモンは刀を構え
「断風」
機械的な、錆びついたような声。まるで感情を感じさせない声とともに相手が動く。
次の瞬間、ほんの刹那の時間の前まで、サンラクの頭があった場所を刃が通過し、その直線上に風が吹く。
姿勢を低くしてギリギリ回避したサンラクから『っぶねぇ!』と、言葉が聞こえる。しかし、ペンシルゴンの中では彼を称賛していた。発生1フレームの神速の居合。しかも、その副次効果として不可視の風の刃までが直線中距離までの範囲を攻撃する。早い、見えない、当たれば即終了という鬼畜のオンパレード。それを初見で見切り回避したのだ。
ちらりと横を見れば、オイカッツォが真剣な表情で戦況を分析しながらパターンについて呟いている。彼は理詰め型のプロゲーマーだ。よって、情報を与えれば与えるほど彼に有利になる。フェーズ1の目的は、サンラクのウェザエモンに対しての慣らし。オイカッツォのデータ収集。自分の後々のフェーズに対しての下準備。
そして
「―――違う」
レインに、あることを確かめてもらうためだ。
そして、そのレインのなにかに気がついたような呟きをペンシルゴンは聞いた。
慧くん、外から帰ったりダイブからリアルに戻ってリビングに行くと幼馴染がおかえりと言ってくれたりエプロン姿で料理作ってくれてる。よく自分も一緒に料理してる。
実は慧くんの戦績が九割近くまで上がった頃、シルヴィアや夏目ちゃんもその理由を考えたけど理由不明という結果でした。実際には幼馴染の意見による生活改善だった。加えて、ウェザエモン戦前のこの時点で覚悟完了バフがかかっててかなり動き方が強い動きになってる。これについても、動き方を見て変化したなって感じてるのはサンラクだけなので、この時点ではシルヴィアはそういった動きをすることを知りません。
おや……ウェザエモンの様子が……?