「サンラク、ちょっと交代して」
「っと! ――ん?了解!スイッチ!」
レインの『違う』という言葉。それに対してペンシルゴンがどういうことなのか、と聞こうとした瞬間には彼女は動いていた。
何やら真剣な眼でウェザエモンを見ており、無感情さの中に何か鋭いものがあるようにも見えた。
その状況にオイカッツォも思考の海から自身を浮上させレインを見る。
本来ならば、第一フェーズでレインはサンラクのサポートをメインとして動く計画だった。このフェーズの主目的はサンラクのモーションに対する理解と、オイカッツォのデータ収集だったからだ。
そして、レインの第一フェーズでの役割はあることを判断してもらうこと。開幕時点で彼女が動いたということは、何かが引っかかったということだ。
サンラクがスイッチを行い、ターゲットがレインに変更されるのを確認すると一度下がる。同時、ウェザエモンがターゲット変更先であるレインに対してゆらり、と。居合の構えを取った。
神速の居合、【断風】。だが、その構えを見てなお、レインは肉薄するために加速する。無茶苦茶だ。その加速では回避が間に合わない。そうペンシルゴンが思った時だ。
「【断風】」
「遅い」
ウェザエモンが抜刀モーションに入る瞬間、同タイミングでレインが居合を放って【断風】を打ち消した。
「ははっ……なにそれ」
実際に目にするのは初めてだった。確かに、オイカッツォからは未来視にも近い直感と言われて大概だと思っていたが、こうして実際に見ると理解する。とんでもなく規格外だと。
ペンシルゴンでも【断風】のモーションを完全に視ることは不可能だ。あまりにも速すぎて視覚情報で追いきれないからだ。恐らく、強化系のバフを使用していてもあれは厳しい。それをレインはバフも使用することなく、平然とした顔でパリィした。
「……ん?」
「どうしたペンシルゴン?」
「問題発生か?」
一度下がってきたサンラクと近くで状況分析をしていたオイカッツォがそう言うが、違う。
「錯覚?いや、違う ――エフェクトが、吸い込まれた?」
「はぁ?」
「何いってんの」
サンラクとオイカッツォが怪訝そうにするが、大真面目だ。二人も真剣なペンシルゴンの表情を見て、なにかが起こったのだと察する。
そして、それを二人も理解することになる。
再びウェザエモンが【断風】を放つ。だが、レインはそれを涼しい顔をしてパリィして見せる。その瞬間だ。パリィ成功時のエフェクトが発生したと思ったら、それがレインの刀の刀身へと吸い込まれた。
「あれは、スキルか?」
「いや、違うね。レインちゃんは今のところ、パリィ以外のバトルスキルを使用していない。だから……バフではないと思う。カッツォくん、心当たりは?」
「ない。いや、俺もシャンフロのスキル周りとかまだよく知らないけどさ、あんなスキルがあるわけじゃないんだよね?」
ペンシルゴンは返答として頷いて見せる。彼女はレベル99のプレイヤーであり、シャンフロをやり込んでいるプレイヤーでもある。ましてや、プレイヤーキラーをやっていた関係上ゲーム内のバトルスキルについては熟知していた。
少なくとも、『剣客』や『侍』などの刀を使用する職業であんなスキルはない。
パリィ成立直後、即座にレインは前に動く。対してウェザエモンも即座に構えを戻し、剣戟が開始される。
「【雷鐘】」
そんな状況が続き、先に動いたのはウェザエモンだ。まるで、パターンやチャートに従ったような動きでレインより距離を取るように下がると刀を上に掲げる。【雷鐘】の発動モーションだ。
【雷鐘】は広範囲スキルだが、ヘイトが分散していればするほど規模が大きくなる。しかし、現時点ではヘイトはレインへと固定されている。空に雷雲が立ち込め、落雷が発生する。
だが。
「……やっぱり、違う」
レインはその落雷を最大加速状態で回避しながら再びウェザエモンへと接近。近接戦闘を継続したのだ。しかも、抜刀した刀で数度、落ちてくる落雷を切り払って。
そして、その時にも発生したのだ。切り払い成功時に発生するバトルエフェクトが、刀身へと吸い込まれる現象が。
「サンラク、ありがとう。交代しよう。スイッチ」
「ん?お、おう。じゃあ行くか!」
サンラクが入れ替わりでウェザエモンのターゲットを受け持つ。そして、入れ替わる形でレインが下がり、ペンシルゴンとオイカッツォの近くに戻ってきた。
「ペンシルゴン、カッツォ」
「おかえり。色々聞きたいけど……先に話を聞きましょうか。なにか気になることがあったのよね?」
レインは頷いてみせた。そしてじっ、と。現在サンラクと戦闘を続けているウェザエモンを見た後。
「あれは多分だけど、違う気がする」
「違うって、何が?」
「何度も師匠とは刃を交えたし、何度も斬られた。だからわかる。 私の知っている師匠……ウェザエモンじゃない」
「詳しく聞かせて」
シャンフロでは、設定や世界観が攻略の鍵となることが多い。そして、その傾向は七つの最強種になると顕著である。
「まず、動きが違う。師匠の【断風】は油断して構えを見逃したら避けられないくらいの速度で撃ってくる。しかも連続で。なのにあのウェザエモンは太刀筋は早いけど構えがゆっくりすぎる。まるでモーションをわざと見せてるみたい」
レインは戦闘を続けているサンラクを見ると、『サンラク、どう?』と呼びかける。
「くっそ早ぇ!よくレインはこんなのを平然とパリィできるな!でも……ちょっと慣れてきた! ――ああ、当たりだ。こいつのモーション、固定化されてる」
「うん、だろうね」
再び攻撃を回避することに専念するサンラク。しかし、既に6分が経過した今、開幕と比べてかなり彼には余裕が出ている。
それは、あることに気がついたからだ。事前情報として、NPCであるウェザエモンの情報を貰っていた彼は、実際に交戦してみてあることを実感した。
「ペンシルゴン、言ってたよね。【墓守】のウェザエモンを最初、機械系のモンスターだと思ったって」
「え?うん、言ったけど……。でも多分、それは間違いで」
「多分、それは当たりだよ」
「どういうこと?」
「サンラクは多分もう気がついてる。師匠……ううん、あのウェザエモンは動きの動作が固められている。例えば」
レインがウェザエモンを指差す。丁度、サンラクが距離を取った瞬間、【断風】の動作に入った。
「どこを狙うにしても、一度どこかで刀の位置を固定する。だから、どこを狙っているのかが推測できる」
その言葉通り、ウェザエモンは一度腰に構えた刀の柄をやや上に傾けて、一瞬だが位置を固定した。そしてサンラクの視線はそれを捉えている。同時、彼が姿勢を低くする。『なるほどなぁ……それは頭狙いだ!』と、叫んで。
【雷鐘】も同じだ。特定のパターンやプレイヤーの位置になると、必ず【雷鐘】を発動する。
「決められたパターンに従って、決められた行動をする。人らしい動きがなくてあまりにも無機質。つまり」
「機械、ってこと?」
肯定するように頷いた。そして、ペンシルゴンの近くで思考の沼に潜っていたオイカッツォもまた、『なるほど』と呟いた。
「古風な言い方だけど、決められた技をボタン入力で出してる、って感じだな。 ……ああ、そうか。レインの言いたいことが分かった。ペンシルゴン、レインの話にあった戦術機甲だ」
「ははーん……なるほどね。第一と第二フェーズのウェザエモン本体の動き方は知る限り変化しない。つまり、設定に基づくなら――機械。戦術機甲が自動で動いているってことかな」
確かにウェザエモンの攻撃は鋭く、理不尽極まりない。しかし、その動き方そのものが決まっているのだ。人らしい応用性がないということは、パターンさえわかれば回避できる。そして、そういった類のことは、サンラク。そしてオイカッツォの得意分野だ。
「でも、それだとおかしいんじゃないかな……?あの鎧の中にはウェザエモン本人が居るのよね、その本人関係なしにずっと鎧が機械的な動きをしていることってあり得る?もし、私の推測通りなら、ウェザエモンはアンデット属性。機械とアンデッド両方の属性を持っている? うーん……」
「……私も、それは疑問。師匠は自分を眠らせてくれって言った。じゃあ、本人は何処に居るの?」
相手は最強種の一角だ。機械的なパターンがギミックだとして、それだけで終わるわけがないのだ。なぜなら、もしそれだけなのだとしたら、ウェザエモンという存在がどこにもいないことになる。つまり、今戦っている鎧は、ただの人であったなにかが詰まっているだけの機械ということになる。
それは絶対に有り得ないのだ。
10分が近い。既にサンラクはウェザエモンの攻撃パターンを把握しており、モーションの癖も見切っていた。
【断風】の発生速度や【雷鐘】の誘導追撃、【入道雲】の中範囲薙ぎ払いは確かに驚異的だ。しかし、今戦っている全員は並のプレイヤーではない。使用してくる技もそこまで多いわけでもなく、現状全員はレインからNPCのウェザエモンの尋常ならざる攻撃について報告も受けている。
一番の懸念点は、データの不足。いくら事前に情報があっても、ウェザエモンについての実戦データが有るのはレインとペンシルゴンだけだ。サンラク、オイカッツォは実戦データというものがまったくなかった。
だが、それもクリアされた。第1フェーズ。既にサンラクは実際に戦うことで。オイカッツォはデータを集めることでそれを収集した。トライアルアンドエラーや実際の戦闘状況下でポテンシャルと発揮するサンラク、データを集めれば集めるほど理を突き詰めた動きになるオイカッツォ。まさにこの第一フェーズにより、二人は水を得た魚という状態なのだ。
そうして、遂に。
「ッ……!?来るか……!」
それまでウェザエモン相手に近接での立ち回りをしていたサンラクが飛び退いた。同時、レインとサンラクは視線を合わせる。
武器を構え、いつでも動けるサンラクの横。そこにレインが立つと、彼女もまた腰の刀をいつでも抜けるように構えた。
「カッツォくん」
「オーケー……なんとかするさ。レイン、サンラク!そっち頼んだ!」
オイカッツォもまた戦闘態勢に入り、前に出る。それまで『対価の天秤』の操作を行いながら状況を見ていたペンシルゴンも険しい表情となり、気を引き締める。
「……
錆び付いた声がそう唱えると同時に、フィールドの空に幾何学模様が展開される。それは足元から3Dプリンターで物質を形成するかの如く、巨大質量をこの場へと転送召喚する。
そうして現れたのは。巨大な、馬のような機械だった。
「ははっ……これは、足の生えたダンプカーだね」
オイカッツォがぼやきながらも、好戦的な笑みを浮かべる。
第二フェーズ。ペンシルゴンの情報では、ウェザエモンが戦術機馬【騏麟】を召喚する。
フェーズ進行条件は、再び10分間耐えきること。ただし、幾つか制約がある。
まず、騏麟とウェザエモンを近づけさせないこと。近づかせると人馬一体形態となり、手がつけられなくなること。恐らく、強制的に全滅のフェーズへと移行する。次に、ターゲットを最低2つに分散させること。騏麟のターゲットとウェザエモンのターゲットを持つ役割。それぞれが必要となる。
怖いのは騏麟のほうだ。いくらオイカッツォが極めて高いプレイヤースキルを持っているとしても、彼は理詰め型。データがなければ最初は苦戦を強いられる。切り札を用意しているペンシルゴンはまだ動けない。だから、ウェザエモンへの対応を二人として、状況によってはサンラクにオイカッツォのフォローにシフトしてもらう作戦だった。
ペンシルゴンにはある確信があった。恐らく、自分の知る第一と第二フェーズのウェザエモン相手であれば、レイン一人でも対応が可能であるということだ。第一フェーズでサンラクが主体となって戦ってもらったのは、彼にウェザエモンという相手を把握させるためだ。
ここからが本番。状況によってはウェザエモンの相手をレイン一人に任せることも見据えた第二フェーズが開始されようとした。
その時だ。
「……装備者の、生体データを、読み込み。エラー。装備者の過去のデータから、状況対応のための記憶を部分的に読み込み。成功。 ―――『
気配が、変わった。
ウェザエモンの気配が明らかに変化した。その状況に全員が驚きを隠せなかった。
「ペンシルゴン!なんだこれは!?」
「わ、わからない!こんなの……こんなパターン見たことない!ああ、もう!」
知らない。自分が今まで見てきたウェザエモンに、このような挙動は存在していない。
「ははっ、いいねぇ面白い。第1フェーズでモーション大体わかってきて余裕出てきたところだったからね!こういう想定外っていうのは最高に楽しいな!」
「同感。さあて、鬼が出るか蛇が出るか。 ……大穴で龍が出たりな」
「それは勘弁してほしいなぁ……!」
3人が軽口を叩き、レインが何やら張り詰めたような視線でウェザエモンを見ている。
ゆらり、と。ウェザエモンが動く。
「……【分け身】!」
ウェザエモンの姿がブレた。次の瞬間、そこに存在したのは、
3体になったウェザエモンだった。
【墓守】のウェザエモン、第二フェーズが開始される。
オートモードからこのウェザエモンは強化入ってます。ようこそ地獄へ。
作者が今回この話を書く時に聴いていたのは、銀の意志 Super Arrange Ver.。
台パンするレベルの【分け身】と言えば分かる人には分かるかもしれない。
ところでレインちゃんの刀は不思議ですね。エフェクトを吸収するなんてまるでマナを吸収する「二号計画」のプレイヤーと同じみたいだぁ……。