2話分と設定鍵を更新予定の増量版でお送りします。
「おい、お前」
「……泣いてない」
「はぁ……まだ何も言ってないだろうがよ」
とある会社、とある階層、とある装置の前。
シャングリラ・フロンティアというゲームの心臓であり脳であり魂であり。つまりは世界の中枢サーバールームがある部屋で、その創造主は静かに震え。歓喜し、感動の涙を流していた。
「律」
「……!?」
天地律。白衣の女性の名前であるが、この相手。継久理創世から直接名前を呼ばれることは殆ど無い。大体が『あなた』『アブラムシ』などの、抽象的な言葉や暴言に近い言葉だ。長い腐れ縁故に、もう気にしていないが。
そんな創世から、名前を呼ばれて目を見開いた。しかもその声は至って真面目であり、モニターの中の映像をもう一度見た後、空を仰ぐようにして、深く息を吸った。
それと同時にあるのは、息を吸う呼吸が震えていたこと。そして、鼻を啜るような音に、目元をその容姿に似合わないジャージで拭う動作だった。
「あー、ジャージ。ちゃんと洗っとけば良かった。汚いわ、これ」
「なら、ついでに顔もしっかり洗っとけよ。ンな顔、人前に出せねぇだろ」
「……うっさい。わかってる」
軽口。だが、それはきっと今の自分を誤魔化すものだろうと律は感じていた。なら、それに乗ってやるのも腐れ縁というものだ。だから、彼女は『フン』と、鼻を鳴らしていつものように、変わらないやり取りをして見せる。
「まさか、あのウェザエモンが踏破されるなんてね。 ――律、色々話す前に答えなさい。あなた、『コアデータ』を使ったわね?」
本来なら舌打ちでも返すべきなのだろう。だが、律はため息と同時に目を伏せる。そして、彼女もまた真面目な声のトーンになる。
「ああ、使った。使うべきだと判断した」
「……そ。ならいいわ」
「なんだよ。てっきり本気でキレると思ってたんだが」
「あなたが作ったものが適当な、吐き気を催すような私の世界を冒涜する何かであればそうしてたわ。でも、そうじゃなかった。 ……律、あのウェザエモンは、私のウェザエモンを本気で再現していた。実際、私が見たものも描いていたものそのものだった。そこにコアデータを使って、更に完璧なものに近づけた。その世界で生きている、本当の生き物に近づけた」
「……ああ、そうだよ。私だってな、お前の描いたものをどんな理由があっても好き勝手触って改竄して、思うことがなかったわけじゃねーっての。だから、せめてと思って作った。シャングリラ・フロンティアの世界にこっそりと。本当のウェザエモンの物語を隠して実装した」
「そうして、万が一も想定して世界の根幹に関わる真実の物語もシャングリラ・フロンティアに組み込んだ」
「わかってんじゃねえか」
お見通しだな、と律は思った。
ウェザエモンを思い描いたのは創世だ。そして、本来のその形をいわば到達がほぼ不可能に近い隠し要素としてシャングリラ・フロンティアの中に実装し。そして、通常のゲーム進行では明らかになることのない、『神代の真実とウェザエモンと刹那の願い』を実装した。
ガラにもなく本気で取り組んだ。何度も舌打ちをしたし毒も吐いた。それでも、投げ出す気だけはなかったしやり通す気でいた。少なくともどんな理由があっても創世の世界を踏みにじったのは自分だ。だからせめて、シャングリラ・フロンティアという世界の何処かに本来の形の何かを残したかった。
ゲームである以上、理は必要だ。実装する以上、イベントやクエストとして実装しなければならない。仮にほぼ不可能な条件だったとしても、世界そのものを創り、管理する自分達も定めた理というものに従わなくてはならない。自分達が決めたことでさえ守れない者に、何かを創る資格など無いと思っていたからだ。
だから律は理に従って作った。条件達成がほぼ不可能な条件に、まともに戦えなければ即終了で二度と発生しないというトリガー。だが、それらを超えてその先に到達するのならば――そこにあるのは、『神代の真実の一部とウェザエモンと刹那の願い』だ。
このイベントを介してでなければ獲得できない、特殊職業のひとつ。託されるという形で渡され。出会うことになる、"神代の禁忌と呼べる武器と、本来物語の根幹に関わることのない、真実を知る、特殊なデータを使った存在。コアデータと呼ばれるものを使ったNPC"。
だが、それらと出会うためにはたった一人のプレイヤーだけが到達できる一度だけの挑戦で、コアデータを組み込んだウェザエモンに認められる必要があった。そんなものほぼ不可能だろう。
だとしても、創世が描いた形を何かで世界に残せればいい。そう、考えていたのだが。
「――まさか、クリア者が出るとはなぁ。それも、『窮極』モードのウェザエモンだぞ」
「あー、悔しい。すっごく悔しい!……でも、最高に気分がいいわ」
「てっきり癇癪起こして暴れ回ると思ってたんだが」
「残念だけど、他の有象無象はともかくとして最初にあの子がこの世界の一員として私のウェザエモンと戦えた時点で、私はあの子のファンよ。そして、あの子。レインってプレイヤーはこの世界の住人として強くなり、全身全霊の死闘の末に私のウェザエモンを踏破した。……ウェザエモンに、継承者として認められた。ああ、こんな嬉しいことはないわ。だって、そうでしょ?私が思い描いた世界とその存在を楽しんでくれてるんだから」
「ハッ、他人に土足で世界に入られることを嫌がってるお前からそんな言葉が出るとはな。 正直に言うとだが。このレインってプレイヤーほどの人間が出ることは想定してなかった。……だってな、アシストが振り切れてるんだぜこのプレイヤー」
「言ったでしょ。この子は、この世界の住人として踏破して見せたって。なら、少なくともどこかの誰かさんみたいに土足じゃないわ。 ああ、まあ確かにね……本当意味がわからない。アシストなしで攻撃とかスキルとか全部使ってるもんね、本当おかしい」
アシスト。それは、シャンフロ内部で発生する、内部データのアシストシステムのことだ。例えば、魔法。魔法は発動すれば、プレイヤーで言う標的を定めればある程度対象に対して飛んでいく。スキルについても同じだ。それを補正するのが、各種のパラメーターであり、それを内部データとして演算し処理されている。
それが、振り切れているのだ。
つまり、あらゆる点でシステムがプレイヤーに対してついていけていない。よってそのプレイヤーに発生するアシスト機能が処理を行えず、機能停止してしまう。本来ならば、スキルや魔法のターゲット補正が消えてしまうなど深刻な問題が発生しかねないものだ。だが、今回二人が見ているプレイヤーについては全く影響が出ていない。つまり、このプレイヤーはターゲットや細かな挙動などを、全て手動でやっているということになる。
「なんというか、ここまでとんでもないプレイヤーが出ると色んな感情吹っ飛んじゃうのよね。いや、純粋に凄いって感情はあるけど」
「本当にここまでのプレイヤーが出ることは想定してなかった。……いや、できるわけ無いだろ」
はあ、と。いつかと同じように二人はため息を付いた。
「――まあ、いいわ。この子はこの世界の住人として、理に従ってウェザエモンに認められ、そしてウェザエモンを踏破し、継承に至った。惜しみない賞賛と拍手を送るわ」
「まあ、そうだな。それについては同意見だ。本当に、すごいものを見せてもらった」
ああ、そうだ。 と、創世は続けた。
「気になったのよね、このレインってプレイヤー。何者? いや私、最近色々とやることあった関係で自分で調べれてないんだけど」
「……ああ、それはな」
律が言葉を濁す。少し様子がおかしいので、どうかしたのかと首を傾げる創世。
「開発者権限でデバイスデータやら諸々調べたんだよ。そしたらな」
「うん?」
「……職権乱用して個人情報調べたことについて、ちょっと不味い所から警告が来てだな。いや、最終的に話はつけたんだが」
「うん。 ……へ?」
「その、あれだ。判明はしたんだよ。けど、ちょっとな、うん……。尊い存在を敵にしそうになったというか、藪をつついたら八岐之大蛇が出たと言うか」
「……?訳が分からない、勿体ぶらずに言いなさいよ」
言葉を濁し続けた律が観念して、遂にある名前を創世へと伝える。
その言葉を聞いた創世はある意味色々と納得すると同時に、室内に大きな叫び声を木霊させた。
本家「何を見てるのかな。うちの狼様もキレてるんだけど」
やんごとない身分の人「やあ、何をしてるのかな?」
この世界線の妖怪首置いてけ本家「何してんの?首置いてくか?なぁ首置いてくか?」
律がやらかしたことを知った米国のマイケルさん「チョット、オハナシシマショウカ?」
マイケルさん……一体何処の大統領魂なんだ……。
なお、律と一緒に全力で対応した木兎夜枝の胃は致命傷を負ったが、奥さんの愛妻弁当で根性発動して耐えた。今回ばかりは創世が『なにしてくれてんの?』と割とマジでキレた。