なんだこの相手は。
街の外の平原。そこでやっと見つけ出した相手と相対し、京極が感じたのはその言葉に尽きた。
なんだの相手は。理解できない。恐ろしいほどに強い。
自身のやり方で、必ず相手には宣戦布告を行っていた。そして今回、それを了承されて戦いに挑んだ。
しかし、相手側からも申し出があった。
――『あなたは、正々堂々とした人。だから、真正面から戦って首を獲る。 ……お互い、スキルの使用はなし。純粋な力量だけで勝負しよう。私は、あなたとはそんな真剣な戦いをしたい』
胸が熱くなった。心の奥に燻っていた、いわば燃え残ったような灰に火がついたような感じがした。
嬉しかった、心が踊った。自分を一人の武人として見てくれたのが。そして、武人として相対し、首を獲ると宣告してくれたことが。
「……ははっ、最高だ」
今の自分が到達できる龍宮院流の剣術の最大限での活用。自分の眼と直感に従い、それをフル動員させての仕掛け。己の全身全霊を賭けての死合。そんな中で、京極は確かに感じていた。
――今の自分では、この相手に届かない。
だが、例え届かなくとも。例え及ばなくとも。それでも、この相手は真正面から自分の全力を受け止めてくれる。死合の中で、刃を通じて相手と通じ合える。言葉はない、自分に向けられているのは純粋な殺意だ。だが、しかし。その中に同時に存在していた。自分のことを見ようとしてくれる姿勢が、想いが。
「ああ、これは。 ――敵わない訳だ」
敵わない、届かない。今の自分では、どうやってもこの相手に対して刃を届かせることが出来ない。最初の数回、刃を向けて相対しただけで、京極はそれを感じ取った。しかし、だからどうしたというのだ。これほど心躍る、熱くなれる死合はそう巡り会えるものではない。
刀とは、元来「切断力はあるがまともに攻撃を受け止めるにはよろしくない武器」である。では、その武器でどう戦うのか。相手の攻撃を紙一重で躱し、相手の急所に最短で攻撃を叩き込む。その二つの基本動作を極限まで突き詰めることこそ、龍宮院流の極意である。
そうして、その片鱗はこの相対する相手にも感じ取れた。居合術、それは納刀状態から繰り出される素早い一太刀から成る剣技である。この相手は、最初は自分の攻撃をすべて躱し見に出ていた。どれだけ仕掛けても、まるで先が見えているかのように全ての太刀は回避されてしまっていた。
そして、放たれた一太刀。本能的にもし無理に下がっていなければ、間違いなく直撃していたであろうそれを見た時に悟った。『ああ、なんて美しく。そして綺麗で、冷たい刃なのだ』と。
だが、そんな絶対零度の刃の持ち主である相手は、自分との対話を選んでくれた。回避しようと思えば、全ての太刀を紙一重で避けて、続く太刀を放てたはずだ。なのに、そうせず真正面から刃を受け止めてくれている。
誉れだ。この相手は、自分を知ろうとしてくれている。死合を通じて、本質を見ようとしてくれている。
嬉しい、楽しい。もっと知りたい。この人の剣をもっと知りたい、感じてみたい。酷く長い間忘れていた、子供がはしゃぐように心が騒ぎ出す感覚。最早、それは止められなかった。
「……その太刀筋、知ってる」
「――え?」
突然、相対する相手からそんなことを言われて京極は目を見開く。知っている、つまり。自分が使う龍宮院流についてということだろうか。
「驚いた、最初の一太刀からそんな感覚がしてたけど。でも、こうやって打ち合ったらよくわかる。その太刀筋は、龍宮院流。あのおじいちゃんの、剣だ」
ドクン、と。心臓が跳ねる。今、この相手はなんと言ったのか。
おじいちゃん、と。確かにそう言わなかっただろうか。
「あ、う……っ。なんで。私、僕の。 ――あなたは、一体」
貴女は一体、何者なんだ。そんな言葉が出そうになった。
だが、しかし。自分の中で暴れ回るぐちゃぐちゃになったそれを、無理矢理抑え込める。
何をしている、京極。『龍宮院京極』。
今は、違うだろう。考えるのは後にしろ。
――今は、ただ。この焦がれるほどに強く、美しい刃を持つ相対者に対して礼儀を尽くすことが最優先だろう。
「――失礼を致しました。死合の最中、心を乱し動揺するなど、相対する貴方に無礼でした」
「……本当に、綺麗な刃だね。そして、あなたのその在り方も」
「最高の誉れです。 ……どうか、まだ至らぬこの未熟者の刃。見届けていただければと」
「その全力、私の『窮極』で受けて立つよ」
息を吸い、眼を閉じる。刀を正眼に構えて、ただ相手を見据える。
この相手に小細工など通じない。やれることは、ただひとつ。
真正面から全力でぶつかり、紙一重で攻撃を交わし、ただ一撃で屠る。
それを全て刹那の時間でやってのける。そうでなければ、届かない。
相手は、居合の構えだ。姿勢を低くして、左腰の刀に右手を添えている。
ああ、楽しい。気分が高揚して思わずどうにかなりそうだ。
シャンフロを始めて良かった。そう思うと同時、思う。
知りたい、この相手のこと。沢山話したい、色んなことを。
だが、それは後だ。今はただ―――
「征きます」
構え、吠え、駆け抜ける。
自分の全力を、最大の速度。最高の一撃をこの相手に見て貰うために。
そうして。
「その刃、まさに極みへと向かわんとする刃。確かに見たよ――見事、天晴なり」
そんな言葉と同時。京極の視界は傾いた。
傾き、回転し、そして。意識が消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「姉様と呼ばせて欲しい!」
「……ペンシルゴン、たすけて」
「あー……いや、原因作ったの私なんだけどさ。いいんじゃない?ほら、PKが一人減って優秀な仲間が増えたと思えば……。いや、本当ごめん」
どうしたらいいのかわからない、というように。まさに飼い犬が飼い主に助けを求めるような視線を受けてペンシルゴンは本当に申し訳ない気持ちになった。そもそも、京極とレインが戦う原因になったのは自分なのだ。つい、知り合いだからという理由で自分の可愛がっている、かつ自慢の忠犬系後輩であるレインの凄さについて語ってしまった。
その結果、強者と聞いて京極が飛んでレインを探しに行ってしまった。そして、今回の一件である。最終的に京極が首を斬られた。
PKがキルされるとどうなるのか。罪の重さに応じての罰金、全アイテムロスト。等だが、京極に限ってはそこまでカルマ値が高くなかった。よって、罰金のそこまで重いものではなかったのだがアイテムロストがかなりの痛手だった。
しかし、それも解決されてしまった。なんとレインがアイテムを京極に返還したのだ。しかも、彼女が戦利品として受け取ったものも京極本人から『勝者に戦利品を渡さないなど、無礼極まりない』と押しつけに近い形で渡したものだ。
なお、その時の会話についてだが。
『京ちゃん、改心する?してくれると嬉しいな。これからは私とPKの首を斬ろう』
『僕の刃を受け止め、認めてくれたことは最高の誉れでした。 ――この身は刃なればこそ。どうか、ご存分に』
そんな会話がなされていた。そしてその後に『姉様』発言である。なお、レインからの京極への呼び方は『京ちゃん』である。曰く、両親の実家の関係者で多分知ってる人だからだそうだ。
「いやー、まさかうちに来るとは想定外だったんだけど。はい、じゃあ改めて。京極ちゃん、ようこそクラン『旅狼』へ。ちょっと最近ログイン率みんな安定してなくて申し訳ないんだけど、ちゃんとした顔合わせはまた後日にしよっか」
現在のログインは、ペンシルゴン、レイン、クゥ、そして新しく加入した京極だけである。オイカッツォは仕事関係、ジンも同じだと聞いている。サンラクはリアル事情で今日はログインしていなかった。クゥは何やら取込み中のようで、クランチャットで『ちゃろー!よろしくね!立て込んでるから挨拶はまた今度!!』と返事が来ていた。
「さて。じゃあ私はもう行くよ、ちょっとクラン関係のことで立て込んでてさー……。園長ちゃんも警戒してるんだけどさ、『黒狼』がどうやら接触図ろうとしてるんだよね」
「面倒事?」
「うーん、そうなるかなあ。よりによってタイミングが悪い。今、ジンさんも忙しいみたいでしょ?クラン関係のこういった内政出来るのがジンさん不在だと私と園長ちゃんだけなんだよねえ。当面、熱りは冷めそうにないし私含めた4名は単独行動はやっぱり避けたほうがいいかも。ぶっちゃけ、かなり面倒くさいことになると思う」
「わかった。じゃあ、当面は複数人で行動するよ」
「うん、お願い。ただ、接触図ろうとしてるのは『黒狼』だけじゃないっぽいんだよね。『ライブラリ』とかも多分動いてる。よっぽど不味いことになりそうなら、迷わず『SF-Zoo』の拠点に逃げ込んで、園長ちゃんもそれを推奨してたし。私有地だから他のプレイヤーは絶対に入れないから」
『っと、リアルの話するんだったよね? 私はこれで行くから、何かあったら連絡して』とペンシルゴンは告げると退出する。
「あー……その、姉さま。色々と聞きたいことが」
「うん、とりあえず今ここプライベート設定にしてあるらしいから何話しても大丈夫だよ」
「それじゃあ……聞きたいのですが、どうして龍宮院流をご存知なのですか?それから、その。祖父のことも」
「そうだね、何処から話そうかな。 ……私ね、リアルでおじいちゃん。富嶽おじいちゃんとは顔見知り、というよりは知り合いだったんだ。といっても、本家に顔を出してる時に会うくらいだったんだけど」
「は……?え、本家?」
本家。そう聞いて京極の中で出てくるのは、自分の家か従兄弟の家か。もしくは、別の本家かどれかだった。しかし、恐らくではあるが斎賀家の関係者ではない、そんな気がしていた。では、何処かと考えたら。
「祖父が関わっていた本家……刀、刃。でも、僕は面識がない? ……まさか」
あった。可能性のあるものがひとつだけ。
祖父が関わっていた家柄、というよりは場所で、自分も話を聞いたことがある所。
生前の祖父が、ある言葉を言っていたのを思い出す。
「天叢雲……剣の宮司!?」
「ん。そこまで」
京極の顔色が一気に変わる。レインの両親の実家。熱田本家は、斎賀家や龍宮院家など、昔から長く続く家系。旧家や家柄から神事に関わる所、そして剣というものに関わる家とはとても深い関係にあるのだ。
京極はレインのリアル。玲には会ったことがない。だが、話には聞いたことがあった。それも、祖父から。
――『あの少女は、天才でありながら剣の神、そして大神様に愛されておる』
――『いつか、縁があればお前にも会わせたい』
「じゃあ、改めて。 私はレイン。 ――リアルでは、『熱田玲』って名前。よろしくね」
ああ、会えた。
祖父との約束は果たされることはなかった。だが、しかし。こうして、予想もしない形で会うことが出来た。
あの祖父が、『未だ未完にして、それは『極致』へと至る器』とまで称した。その相手に。
「っ……。僕は、京極。『龍宮院京極』と言います。よろしくお願いします。姉さま!」
いつか、会いたいと望んでいた。そんな相手と奇縁から刃を交え、褒めてもらえた。誉れだ、最高の誉れだ。
京極は目元を拭うようにすると、息を整え。心の底からの笑顔をレイン。玲へと向けた。
予告編でレインのことを姉様呼びしていたのは京極ちゃんです。
京極ちゃんが仲間になりました。これからはきっとレインと二人で仲良くPKの首を天誅することでしょう。
富嶽おじいちゃんは存命時にレインちゃんとは知り合いでした。剣の心得についても多少教えていた。
京極ちゃんですが、ちょっと改変入れてるのが、かなりシャンフロ側の物語に絡んできます。幕末編は予定してるんですが、終わった後も向こうに行きっぱなしというわけではなくシャンフロに戻ってきて今後の『旅狼』の活動などに関わってきます。ペンシルゴンの忠犬系後輩がレインだとすれば、レインの忠犬系後輩が京極ちゃん。彼女もどんどん脳筋の魂に染まっていく。
また、彼女はもう既に祖父の至りたかった領域に進むための方向に踏み出してます。富嶽おじいちゃんは総合的に「相手を一切見ていない」という状態ですが、京極ちゃんは「相手を見て、それを理解したうえで技を繰り出して勝利する」という方向に進んでいます。「経験則」ではなく、「眼で見て理解する」というのを徹底して、理解した上で叩き潰すというスタイルに進んでいる。
脳筋らしい「プレイヤーとの対人戦を楽しみたいから」という点と、戦いを通して相手を理解し、自分も成長するという、まさに『身体は闘争を求める』、『