そういえば、まだ確認していなかった。
レインがふと思い出して向かったのは、インベントリアだった。最近立て続けに色々とあったため、ペンシルゴン達から『開封不可能の巨大な箱』について確認して欲しいということをつい失念していた。
現在は夜。今日のログインも自分とペンシルゴン、サンラクと京極だけである。ジンとクゥからは
『ごめんなさいね、ちょっとどうしてもやらなきゃいけないことがあって暫くログイン率が下がるわ』
『GGC前の調整でちょっと慌ただしくするね!ま、私が勝つから安心して。私を止めたきゃレインかジンさん連れて来いって話だよ。応援来てくれると嬉しいし尊みが溢れて完封勝利しちゃうかもしれないから是非来て!』
クゥへの返信として『慧も出るし、現地には行くよ。とりあえず私とジンさんの予定』と返しながら、そういえば、もうすぐだなと思う。
GGC。世界的なゲームイベントであり、様々なジャンルのゲームの新作が発表される場でもある。特に注目なのは、シャングリラ・フロンティアと同じエンジンを使用したゲーム発表であり、その新作を用いてのエキシビションマッチも予定されていた。
その中の格闘ゲーム。ギャラクシア・ヒーローズ:カオス。そのゲームに慧はプロゲーマーとして参加し、ある相手と戦うと話を聞いていた。
全米最強が所属する、チーム『スターレイン』。その一軍と4対4での対戦を行い、そこには彼にとってある種因縁の相手とも呼べる存在が居る。
シルヴィア・ゴールドバーグ。全米最強にして、格闘ゲームにおいては全世界最強レベルの存在。慧が未だ勝ったことのない相手であり、本人も彼女との対戦に闘志を燃やしていた。ただ、最近の様子はレインから見て少しおかしいようで。自分の前では取り繕ったようにいつもの顔を見せてくれるが、隠しきれていない。何やら切羽詰まったような、いまだかつてないほどの真剣さでなにかに取り組んでいる。
自分は慧を応援したいと思っている。だが、最近はどうにも無理をしているようにも見えた。レインには、それが少し心配で仕方なかった。
あの日を境に、少し慧は変わったなとも思った。ウェザエモンを踏破し、自分が無理をして倒れた日。心配する慧に、震える身体で抱きしめられた日。翌日からは何事もなかったかのように彼は振る舞っていたが、分かる。彼が、心の奥底で何かを本気でやろうとしていることが。それがなにかはわからないが、それでも。最近の彼を見ていると無理だけはしないで欲しい、と思った。
「誰かを、好きになる。か」
インベントリアに保管されている機獣。それを見て、ふと思う。刹那は何を想ってウェザエモンのために、この機獣達を作ったのだろうかと。
恋をする、ということがどういうものかわからない。誰かを好きになる、という感覚がわからない。
家族。兄や姉、両親。親族に対するそれは親愛や家族愛だろう。
クゥやジン、ペンシルゴンやサンラク達へのそれは友人のもの。友愛だろう。
では、オイカッツォ。慧に対してのものは?
親愛でもない、友愛でもない。敬愛と称するには遠すぎる気がして、ではなんだろうかと思う。
昔、自分の世界に色はなかった。何もかもに興味はなかった。
そんな世界に色をくれたのは。手を引いてくれたのは、彼だ。
近くに居て、隣りに居て。他愛のない話をして、笑顔を向けてくれて。
抱きしめられて、暖かかった。安心した。
それが、近くにないと考えるだけで怖かった。
また、失いそうで。昔の自分に戻りそうで。
必要とされたい。ずっと自分を見て欲しい。
置いて行かないで。何処にも行かないで。
そんな、真っ黒でぐちゃぐちゃとした気持ちがあるのは事実だ。
それを彼に見せたら、拒絶されそうで。怖くて。そう考えただけでどうにかなりそうだった。
この感情の名前を自分は知らない。だとするなら、人を愛するとはどういうことだろうか。そう疑問した所で答えは出なかった。
「……これかな」
考え事をしながらインベントリアの内部を進むと、目的のものが見つかった。
見た所、鍵穴のようなものはない。とても大きな黒い箱。大型トラックのコンテナのような大きさのそれは、少なくともシャンフロの今の文明レベルのものではない。恐らく神代文明のものと思われた。
「クロ、居る?」
「はいはーい。どうしたのシロ」
神代のことならば、彼女。クロに聞くのがいいかもしれないと思い呼んで見れば、すぐに出てきてくれた。自分と瓜二つの姿。色合いだけが対象的な彼女は興味深そうにそのコンテナを見ていた。
「……すごいものがあるね。これ、神代時代の戦略運用ユニットコンテナだよ」
「えっと、ごめん。それは何?」
「そうだね、わかりやすく言うと……ほら、周りにおいてある機獣ユニットがあるでしょ。あれと似たような武装や装備を運搬するためのコンテナ。拠点設置を想定されているものだったから、コンテナの中である程度自動的に補給や修理が行われる、戦いの時に戦略兵器として運用されてたものだね。 ……でも、おかしいな。それがなんでここに?」
「ここ、師匠が色々と保管していた場所らしいから、他の機獣と同じように保管目的とか?」
「んー、そうなんだけど。なんかこれだけ違うような? そもそもこのコンテナって、刹那が開発した装備を運用するために試作してたやつなんだよね。現場での運用は殆どされてなかったはずなんだ」
「それはまたなんで」
「ウェザエモンが四聖獣ユニットの時に派手にやらかして、それでこれを現場においたら余計面倒なことになるからだったかな。とりあえず開けてみたら?開け方はそこの黒いタッチパネルに手の平を当てる。もし開くならそれで開くはずだよ」
確かペンシルゴン達はやってみたが反応を示さなかったとのことだった。恐る恐る、手の平を真っ黒なタッチパネルにかざす。すると。
――『ユーザー認証完了。ロックを解除します』
開いた。ロックが解除された自動ドアをくぐり、巨大な箱の中に入ると。そこにあったものは
「これって……」
そこには、見覚えのある存在があった。
まるで眠るようにして身体を丸くし。動かないそれは――戦術機馬「騏驎」。
そして、見たことのない規格外戦術機甲が存在した。
――『ようこそ、窮極の継承者。規格外閃刀機甲【天照】のロックを解除します』
無機質なシステム音声がそう告げる。そして、レインの視線の先には、白い鎧と巨大な鞘に収められた刀が存在した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「まったく、どうしてこうも事態は急速に動くのか……驚きと忙しさでどうなかなりそうだ」
とある町中を歩く姿がある。ピンク髪のツインテール、碧眼に陶磁器のように白い肌。魔術師と言うよりは魔法少女と言うべきフリルを多用した衣装。そのアバターの完成度に、通行する他のプレイヤーが様々な視線を向ける。
驚愕、焦り、好奇。新規プレイヤーなどからの視線は好奇のものだが、上位プレイヤーからのものは違う。畏れにも、焦りにも似た視線を投げられる。だが、そのプレイヤーは動じることなく自分の目的を続行する。
「初のユニークモンスターレイド。是非ともその話を偉業を果たしたプレイヤーに聞きたいと思っていたのだが……こうも動きが早いとは。何が彼女と『SF-Zoo』を動かしたのやら」
そのプレイヤーの目的は、サンラク達との接触だった。しかし、ウェザエモンが踏破されたその日の内に、情報によるとそのプレイヤーたちはクランを結成。そして、それに合わせるようにクラン『SF-Zoo』が動いて同盟を結んだ。
その結果、下手なことをすれば『SF-Zoo』を敵に回す、しかも、現在の彼女達の拠点は広大な私有地だ。クラン外のプレイヤーは入ることすら出来ず、入れるのはクランメンバーか許可リストに登録されたプレイヤーだけ。つまり、話を聞こうとしたり接触を図ってそれが度を過ぎると、『SF-Zoo』のクラン拠点に逃げ込まれる。そうされるとどうしようもなくなるのだ。
だが、諦めたものが多いわけではない。『黒狼』などは、なんとか接触を図ろうと悪戦苦闘していると聞く。自分達も同じだ。なんとかして接触を図りたいが、今の状況は中々に厳しい。どうしたものだろうか、と考える。
「やれやれ、本当に困ったものだ」
そのプレイヤーから発せられる声は、見た目に反していた。知性的な気配をひしひしと感じる、老成した男性の声。そんな声でそのプレイヤー、『キョージュ』はため息を付く。
そもそもの話。自分やクラン『ライブラリ』に彼等を害する気はないのだ。妻が所属するクラン、『黒狼』は躍起になっているが、自分達は話さえ聞ければいい。対価だって用意するし、迷惑をかけたいと思わない。何故なら、自分達はこの世界を考察するクランなのだから。
それに、個人的に気になる情報もあった。
「……レイン、か。いや、まさかな」
レイン。それは、ウェザエモンを踏破したプレイヤーの一人だ。ワールドアナウンスで告知された後、彼女についての情報は掲示板などに多く流れた。といっても、そのどれもがそこまで大層な情報ではなく。目撃情報などであった。
白い近代的なコートに、赤黒い鞘の刀。そして、白い長髪が特徴的なプレイヤー。町中やフィールドで目撃される時は、基本的に一人ではなくクランメンバーや友人と思われる者、そして『SF-Zoo』のクランリーダーであるAnimaliaと居ることが多いという。
出回っている情報で気になったのは、彼女の戦い方だ。
紙一重で攻撃を回避し、神速の太刀で首や急所を斬り、一撃でPKを斬り伏せた。
気になったのは、そのPKを行った、少し特殊な癖を持っているプレイヤーの書き込みだ。『攻撃が避けるようにして当たらない』『気がついたらキルされていた』『こっちが攻撃するより早く、攻撃がわかっているような動き方をされた』『ゴミを見るかのような冷たい目で斬られた、ありがとうございます!ご褒美です!全財産持っていってください!』などである。最後はキョージュとしてはどうでもいいが、それ以外の情報は引っかかった。
それに、少なくともそのプレイヤーは刀使いであり、ウェザエモンを踏破できるだけの実力を備えていたということになる。
そう考えると、思い出すのだ。
――『せんせい?』
記憶の中の声が聞こえる。
そんなに年月は経っていないはずなのに、とても懐かしく感じる声だ。
―――『これ、先生の書いた本?借りていい?』
―――『ん、先生の話は面白いね』
ああ、どうしても思い出してしまう。あの、剣の血筋に生まれた、一時期といえど自分の生徒だった少女のことを。真面目で、優秀で、本が好きな子だった。勉学や研究が好きで、よく自分の書いた本や論文、研究資料を興味深げに読んでいた。
彼女の両親の実家。そこで、剣舞をする彼女を見たことがある。まるで、大神や剣の神へと捧げられるようなそれは、目を奪われるほどに美しかった。
かつての教え子の才能については、その本家の人間。古い付き合いの友人から聞いていた。そしてあの子が、ある一件以降現実では剣に触れなくなったことも。
彼女を知るからこそ。かつての教師だったからこそ、思ってしまう。どうしても、教え子とそのレインというプレイヤーが被るのだ。
毎年、欠かさず年賀状などは送ってくれる。暑中見舞いもそんなに気を使わなくてもいいのに丁寧にメッセージまで添えて送ってくれる。だが、そういった機会位でしか連絡を取り合っておらず、ふと。元気にしているのかと思う。
故にこそ、どうしても確かめたかった。一度会えば、その違和感は晴れる。
恥ずかしい話だが、考察クランのリーダーとしての職務より、自分のその予感めいたものを確認したくて仕方なかったのだ。
だからこそ、接触を図りたいのだ。
今一度、どうしたものかとため息をつく。
そんな時だ。
メールが届いた。差出人は――『アーサー・ペンシルゴン』。
そのメールを開き、内容を確認したキョージュは呟いた。
望んでいたチャンスが来た、と。
おや、玲ちゃんの様子が……?
規格外閃刀機甲【天照】は某カードゲームの閃刀姫みたいなアレ。ウェザエモンが決戦前に色々やってた。なお、騏驎もユニットも、補給と修理用のユニットコンテナの機能も規格外エーテルリアクターがないので稼働していない。見つかれば起動する。
リアルでは玲はキョージュ(報ノ介さん)の元教え子。慧、玲共にキョージュとマッシブダイナマイト(桜さん)とも面識がある。