「そいじゃあ……嬢ちゃん、とでも呼ばせてもらおうかい」
「なら私は……サンラクが兄貴で、エムルがカシラだったし、組長?」
それは自分も思ったがド直球過ぎないかとサンラクは思ったが、当のヴァイスアッシュは笑いながら『はっはっは!構わねぇよ!』と言っていた。
ちなみにクロは泣きながら実体を解除してレインの意識の中に戻った。相当食事が非常食になったのが辛かったらしい。
「サンラクから聞きました。組長は、私に会いたいと言われていたとか」
「ああ、その通りだ。どうしても嬢ちゃんに会ってみたくてな、無理を頼んじまった。 ……幾つか聞いてもいいかい」
「なんなりと」
すると、ヴァイスアッシュは言葉を選ぶようにして考え、視線をレインへと向けた。
「嬢ちゃん。お前さんがあいつの志を……窮極を継承したってのは、本当かい?」
「まだ未熟な身ではありますが、事実です。私は窮極に至りました。ですが、師匠ほど完成されたものではありません。言うならば、未完の窮極というところでしょうか」
「なるほどなぁ。あいつはどうやら、本当にいい弟子を持ったらしい。……こうして対面するだけで分かる。嬢ちゃん、相当強いな。あいつが全てを託そうと思ったのも頷ける。 ――礼を言わせてくれ。あいつを、ウェザエモンを安心させてくれてありがとうよ」
そして、全員の表情が驚愕に染まることになる。
ヴァイスアッシュがレインへと謝辞を伝えるとともに、目を伏せて頭を下げたのだ。
一国の王が、首領でもある者が頭を下げる。それが、どれだけ大きな意味を持つか理解していないサンラクやレインではない。
驚き、困惑した。だが、ヴァイスアッシュにとってはそれだけ大きなことなのだ。レインが成し遂げたことというのは。
全力のウェザエモンと相対し、窮極を託され、そして彼の未練でもあった名のない獣にも認められこの世界に呼び戻した。彼の意思は受け継がれ、次世代。『二号計画』の末裔へと継承された。それはきっと、ヴァイスアッシュにとっても、そして、彼のよく知る『主』にとっても望んでいたことだろう。彼の主、彼女もまた、刹那やウェザエモンとは深い縁があったのだから。
「お止めください。一国の主が、頭を簡単に下げるなど」
「それほどのこと、と受けとってくれや。あいつはな……本当に馬鹿野郎で、嘘が下手くそで、無理ばかりしやがるどうしようもない奴だった。だけどな、誰よりも嫁さんと未来のことを考えてたんだ。 ……俺等ぁ、どうしてやることもできなかった。【墓守】となっちまったあいつをどうしてやることもできなかった。そして、あいつの真意、嬢ちゃんが出会ったって言うあいつの本音の意思にすら気がついてやれなかった。馬鹿野郎は、果たしてどっちだったんだろうなぁ」
キセルを吹かせると、ヴァイスアッシュは天上を仰ぐ。その表情には後悔と、未練が浮かんでいた。
「だからよぉ嬢ちゃん。ありがとよ、あいつを安心させてくれて。終わらせてくれて」
さて、と彼は続けた。辛気臭くなってしまった空気を変えるかのように。
「次の質問、いいかい」
「はい、なんなりと」
「それじゃあ遠慮なく ――嬢ちゃん。嬢ちゃんの刀、見せてはくれまいかい」
「それは、」
簡単には答えられなかった。この刀、『天征』はウェザエモンから託されたものだ。そして、今は自分の精神の中に居るようになったが、元々はクロが居たものでもある。自分の獲物だからこそ、わかるのだ。この刀はとてつもない力を秘めていると。それこそ、ウェザエモンが制御できずに封じたほどのものなのだ。
どうするべきか、そう考えて。また落ち込んでいるかもしれないが、精神の中へと戻ったクロに聞いてみる。すると。
『いいと思うよ。ウサギちゃん、少なくとも敵対しないって約束した以上何かすることはないだろうし。約束は絶対に守る相手だよ。 ……はぁ、ごはん』
そんな返事が帰ってきた。まだ落ち込んでるようなので、せめて惣菜くらい足してあげようと思い伝えると『おそうざい……メンチカツと牛肉コロッケ……シロだいすきぃ……』と返事が返ってきた。現金である。
「お惣菜を供物にしてクロから了承を得ました」
「お、おう……。なんつうか、本当この世界楽しんでるなあいつ……」
左腰から刀を鞘ごと外すと、それを横にして両手で持ってヴァイスアッシュへと渡す。
瞬間。ヴァイスアッシュの表情が苦悶に歪んだ。まるで、痛みや苦しみを感じるかのように。
「っ!?……こいつは」
「あの、組長。大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな……。 なるほどなあ。これは、あの時代の人間には扱えないってのは間違いない」
そのままヴァイスアッシュは、鞘から刀を抜こうと柄へと手をかけて。
――止めた。
彼の表情や身体の動作には、普段の彼を知るものなら信じられないものが存在した。それは、理解できないものを見るような眼であり。そして、刃を抜こうと手をかけたそれが、僅かに震えていたのだ。
「ふぅっ……。なるほど、こいつはとんでもねぇ刀だ」
「あの、顔色が」
「ん、ああ。すまねぇ、大丈夫だ。 ……嬢ちゃん、聞いていいかい」
ヴァイスアッシュは刀をレインへと丁寧に返すと、尋ねた。焦燥しきった顔で、だ。
「この刀を使っていて、違和感とかはねぇかい。体調が悪くなるとか、変なものが見えたり、聞こえたりとかな」
「……?いえ、そのようなことは全くないです。むしろ、この刀、『天征』はとても扱いやすいです。私の動きにどこまでもついてきてくれる。まるで、身体の一部になったみたいに扱いやすいです」
「ははっ、なるほど。やはりとんでもねぇやつだな、嬢ちゃん。 その刀はな、嬢ちゃんと同じくらいとんでもない刀だ。恐らく俺等でも御せないほどの暴れ馬だ。だが、そいつが嬢ちゃんを完全な使い手として認めている。その上で、そいつも全力以上の力を出そうとしている」
真剣な表情のヴァイスアッシュは、告げる。
その刀の。クロの器としてではなく、武器として持つ『天征』の力を。
「その刀はな、生きてるんだよ。生きていて、成長することで使い手に力を与え、共に成長していく力を持っている」
その言葉が何を意味するかと言えば。
神代の時代、天津気刹那はかつての世界そのものを滅ぼしかけたクロを受け入れられるだけの器であり。そして、生きていて成長する武器を作り上げたということに他ならなかった。
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「まさか、こんな事態になるなんて」
焦りの言葉。それを漏らしたのは慧だ。
玲が兎御殿を訪れている頃、GGCのための調整、ジンに頼んで付き合ってもらっている今日の分の特訓を終えてダイブから現実世界に戻ると、頭を抱える原因となる連絡がスマホに来ていた。
スマホにある通知は複数あった。その中には、玲からのメッセージもあり。『夕食前までには戻るね。ご飯ちゃんと作るから食べて。無理、しないようにね』と書かれていた。
そんなに無理をしていただろうか、と思い自身の身体状況を確認するようにして息を吸う。確かに、倦怠感はある。きっと、心配させているんだろうなと思うが――今は、無理をしたい、そう思うのだ。自分の覚悟をちゃんと示すために。だからどうか、GGCが終わるまでは許して欲しいと心の中で思う。
そして、問題だったのは次の通知だ。それは、エキシビションマッチに出場予定だった他のメンバーからのものだった。
一人は家の関係の事情。そしてもう一人は不幸があったようで、出場を辞退するという連絡だった。
事情が事情故に仕方ないとは思う。しかし、問題はこのままでは出場メンバーが足りないということだ。他のチームメンバー、『Nu2meg』、夏目恵は参加してくれるようだが、それでもメンバーが足りない。
どうする。そう考えている中、スマホの電話が鳴った。
「……もしもし」
『ちゃろー!やあやあ慧くん、なんか大変なことになってるみたいだねー?』
「ちっ……情報早すぎないか、時雨。というか、エントリー情報だぞ、なんでFPS部門のお前が知ってる」
『んー?私を誰だと思ってるのかな、慧くんは』
「まあ、いい。事情は知ってるだろ、今大変なことになってるんだ。要件はなんだ」
『イラついてるねえ。じゃ、私としても真面目な話をしよう! ――慧くんさあ、今回のGGCでここまで無理するのは玲のため?』
ドクン、と。心臓が鼓動した。その沈黙は肯定と取られるには明確過ぎて、電話先で空がため息をついた。
『ジンさんは何も言わないけどさ、でも君がそこまで必死になるなんてひとつしかないでしょ。流石の私も何かはわかんないけど、玲に関わることだよね』
「それは、」
『聞き方を変えよう。……なんでジンさんに頼まない?あの人なら、状況が状況なら受けてくれなくもないと思うよ』
「それは、出来ない。それだけは絶対出来ないんだ」
もし、ジンに頼めば引き受けてくれる可能性はある。彼ならば、リアルの立場があったとしてもそれすらも一種の演出ということにして世間を誤魔化して自分の力になってくれるだろう。
そして。もし彼がGGCに出ればどうなるのか。それは、明白だった。
「あの人の強さは知ってるだろ。お前や玲は特に」
『……まあね。私は接近戦苦手だからあれだけど、あの玲が"一度も勝ててない"っていうのはバケモノ通り越してるよ。あの人を日の当たる場所に出したら、それこそ大惨事間違いなしだよ』
絶対的な力。殆どの人間が抗うことすらも諦めるほどの、強者。それがジンだ。
「どうしても俺が出て、それで俺が決着つけて、覚悟見せないと駄目なんだ。そのためにジンさんには手を貸してもらってる」
『……本当、男の子だね。一体、何をそこまで覚悟してるのかな』
恐らく、空はある程度感づいているだろう。そう思いながらも慧は、言葉を告げる。
「もう二度と手を離さないための覚悟だよ」
『――あは。やっぱりね。やーっと覚悟決めた。これ以上ヘタレたら、ぶん殴ってやろうと思ってたところだよ』
「残念だったな。今の俺には、あいつしか見えてねえよ」
『いいね、男らしくてすごくいい。 ……それで?問題のメンバーは見つかりそうなの』
「……それを考えてる」
『一応ツテでプロゲーマー当たれなくはないんだけど、相手が相手だからねぇ……。それ考えると、正直居ない。というか、アレと格ゲーでやりあえそうなの私の知り合いだとジンさんくらいだよ』
慧はある相手と決着を付けたかった。自分が弱かったことによる負け、その精算のために。
シルヴィア・ゴールドバーグ。全米一にして、格ゲーにおいての世界最強。
「アテがなくは、ない」
『へぇ?あの全米一と少なくとも戦いになるだけの逸材だよ?』
「時雨、お前当日はFPSの新作ゲームでのエキシビジョンだったな」
『うん?そだよ?』
「速攻で片付けて、玲と一緒に居てやることはできるか」
電話先。愉快そうに笑う声が聞こえた。
『オーケー。慧くんの覚悟に免じて、パーフェクトゲームで勝利してあげるよ。多分ジンさんも一緒だろうから、ちゃんと見ててあげる。君の覚悟が、『
止む得まい、というようにして慧はため息を付いた。
「……とてつもなくデカい借りになるが仕方ない。あの外道共に頭を下げてくる。それで、一緒に地獄まで付き合ってもらうさ」
『天征』は神匠のヴァイスアッシュでも制御できない、神代のアーティファクト。せっちゃんの最高傑作にしてクロを一時的に封じるための器でした。
掻い摘んで言うと、専用ステータスを持つプレイヤーがもう一人居るイメージ。ゲーム的に言うならレインが強くなればなるほどその強さに最適化するために武器も成長する。世界観的に言うなら、"刀の力という点でだけマナを取り込んで制御する"。本世界観ではもしせっちゃんが諸々の問題がなくて生き続けていたら、マナの制御方法を確立させていました。それを限定的に先んじて形にしたのが『天征』。
ジンさんは公式大会とか公の大会は出禁です。というより、彼の周囲が表に出しちゃ駄目なやつだとわかっているので頼らないようにしている。本人も例外的な事態がない限り出るつもりもない。近接戦の才能に恵まれている玲でも、かなり善戦して押すことは出来ても勝てません。オールラウンダーにして戦術立案や指揮なども大抵のことはできてしまうのがジンさん。