「ぶっちゃけると、『旅狼』としても。それから
「……何故、と聞いても?」
「わかってるでしょ。モモちゃんでも『黒狼』は完全に制御できない。言い方悪いけど、以前のウチの愚弟とはまた違った方向で拗らせてる選民思想の奴が多いせいで、クラン内でも揉めてるし我先にと走って独断行動するマヌケも居る。はいじゃあここで情報を更に一つ。 ――そっちのメンバーがレインちゃんをお祭りに乗じてPKしようとしてた奴らの中に手駒混ぜて襲ったの。私知ってるんだよね」
ペンシルゴンの視線は冷たかった。とてつもなく冷たく、明らかに怒っていた。サイガ-100は知る由もないが、いくらペンシルゴンから見てもレインがまず負けることはないだろうという状況でも、大規模クラン。それもトップクランの人間が闇討ちで自分の可愛がっている忠犬系後輩を襲ったとなれば、少なくとも黙っていられない。
「『黒狼』は信じるに値しない。だから、ここにはクランとして呼ばなかった。でも、まあ友人としてはモモちゃんのことを信用してるし苦労してるのも知ってる。だからこそ、『黒狼』とは同盟は結べないけど代替案だよ。サイガ-0ちゃんを『旅狼』に入れれば良い」
これは、ペンシルゴンが自分で考えたものだ。理由としては大きく2つある。まず、サイガ-100。リアルでの知り合いでもある『斎賀百』を友人だと思っているからこそということがひとつ。
どうやっても今も『黒狼』は信用できない。そして、今後もそうだろう。それこそ一度クランを解体でもして体制を一新でもしない限り、信用回復というのは不可能だ。だからこそ、ペンシルゴンは『『黒狼』ではなく『サイガ-100』に情報を与えつつ、そして自分達にとっても利益になる条件』を考えた。かつ、それが出来るだけサイガ-100の益となる方向に収めることが出来るもの、だ。
2つ目に、先日のレインの発言だ。恐らくだが、『サイガ-0』はレインの知り合い可能性が高いと踏んでいた。そして、自分はサイガ-0が誰なのかということを知っている。
友人である彼女の妹を、今の『黒狼』で腐らせるのは勿体ないとペンシルゴンは考えた。加えて、もしサイガ-0を引き抜くことが出来たなら、という打算。そして、友人への配慮と、レインの関係者を泥舟で沈ませたくはないという思いもあった。
だからこそ、サイガ-0を『旅狼』へと引き抜くのだ。
「本音で話すよ?ぶっちゃけさ、今の『黒狼』って沈みそうで沈まない泥舟だよ。いくらモモちゃんや、数名の幹部陣が有能でも肝心の組織が制御できない状態になってる。危うさを抱えている、本当ならいつ沈んでもおかしくない。でも、組織の内部の陳腐なプライドを持つ奴らと、上のモモちゃんをはじめとした有能な数人で奇跡的にバランスが取れて沈まない。 ――だけど、それが永続するとも言い切れない」
「……恥ずかしい話だが、そうだ」
「うん、だから私は考えた。モモちゃんはまあ私の友達。そんな友達のいっちばん大切なものと、『黒狼』ではなくモモちゃんやサイガ-0ちゃんに対して何がプラスになるのか。それでいて、私達にとって何が一番プラスになるのか」
ちらり、とペンシルゴンはここに居る『旅狼』メンバーを見た。サンラク、レイン、京極。全員が極めて高い実力の持ち主であり、戦力としては間違いなくシャンフロの中でもトップクラスだと言い切れる。
ここに居ないメンバーもまた全員規格外のバケモノだ。プロゲーマーとしても最近更に強くなっているオイカッツォ。何もかもを支配するような戦術眼と天才的な射撃力を持つクゥ、全てを叩き潰すほどの力と知力を備えたジン。
だが。それでもまだ戦力は必要だとペンシルゴンは考えていた。
相手はこの世界そのものだ。この世界の真実であり、最強種と言われるバケモノ達。そんな相手に信用できる規格外の戦力はどれだけあっても困らない。
「サイガ-0ちゃんを通して、『旅狼』をはじめとした
「な……それは」
「サイガ-0ちゃんの考えは一旦抜きにしたとして、モモちゃんのメリットは幾つかある。まず、一番欲しいと思われる『夜襲のリュカオーン』をはじめとした、ユニークモンスターの情報をクランとしてではなく個人として得られること。そしてこれが一番重要なんじゃないかな?」
ペンシルゴンはサイガ-100を見た。そしてその言葉は、間違いなくサイガ-100にとっては心の奥底では望んでいることだったのだから。
「『泥舟』から、サイガ-0ちゃんを岸に降ろせる。岸におろしてしまえば、沈む心配はない」
サイガ-100が目を伏せた。観念したように。
『黒狼』は現在、かなり危うい。新大陸の件を含めた案件に、今回のウェザエモン踏破という出来事に起因する内輪揉め。そこに自分の妹である、サイガ-0を巻き込んでいるのは事実。そして、サイガ-0のネームバリューや才能に甘えていたのもまた事実だ。
大鎧の姿ではあるが、中身はまだ10代の子供。そんな妹を自分はクラン内のゴタゴタに巻き込みかけている。何れは、クランの中からはサイガ-0としての名声を利用してユニークの情報を聞き出せ、などという発言だって出てもおかしくはない。
元々妹がクランに居るのは、ゲームに対しての慣らしのためだ。本当なら、慣れたら自分の意志で好きなクランに行き、好きなように活動して欲しい。だが、いつのまにか強くなりすぎた妹はそれができなくなりつつある。今後、できなくなってしまうということがサイガ-100は怖かった。
ゲームの中で、妹を集団や社会の中に存在するしがらみに閉じ込めたくなかった。
奥手で、生真面目で、興味のあることにしか関心をあまり示さない妹。そんな妹がゲームに興味を持ち、シャンフロを始めたいと言い出した時はそれはもう驚いた。
驚きはした。だが、自分のやっているゲームを最初こそぎこちなかったが、その内楽しむようにして遊ぶ妹の姿は自分も嬉しかった。最初こそ打算的な理由で始めたのかも知れない。だが、今はこうしてシャンフロという世界を一人のプレイヤーとして楽しむ妹の姿はとても嬉しいもので。もっと自由に、心の征くままにこの世界を旅して欲しいとも思った。そして、妹が望む気になる相手との関係についても、上手く行って欲しいと思っていた。
「……サイガ-0。お前はどうしたい」
サイガ-100としての方向性は決まっていた。だが、最終的に意思決定するのはサイガ-0だ。姉からそんな言葉を投げられて、サイガ-0は考え込む。
これは千載一遇のチャンスとも言える。事実、現在の『黒狼』は内輪揉めも多発しており、正直な所よろしくない空気があるのは事実だった。
姉が自分に気を遣ってくれているのはわかる。大切にしてくれていることも理解している。自分がゲームに慣れるまで、あれこれとレクチャーしてくれたことには感謝もしている。姉だけではない、マッシブダイナマイトをはじめとした姉に対して理解のあるプレイヤー達には散々世話になっている。
だが。現状の『黒狼』にこのまま居続けるかどうか、と聞かれると。答えは決まっていた。
それに。サイガ-0としてではなく、斎賀玲として『旅狼』には興味を持っていた。仲間に入りたい、と思ったこともある。
自分が心を寄せる陽務楽郎が所属するクランであり、そして。家の関係で関わりのある、熱田玲に、自分も縁がある魚臣慧もが所属するクラン。想い人に、姉のように慕っている相手が居て、姉のような相手の相方のような。自分が兄として慕う人物もいる。他のメンバーも全員が個性的でありながら、精鋭中の精鋭の集まり。やること全てが、見ているだけでも心をワクワクさせてくれる。
特にこれは、自分が主目的としていた陽務楽郎。つまり、想い人と近づく絶好のチャンスでもあるのだ。想い人と仲良くなり、兄と姉のように慕う二人のように一緒にプレイしたいと思ったことは少なくない。
「……私は」
「サイガ-0。クランリーダーとしての指示だ。 ――これが、最後の指示になるだろう」
なんだ、と思う。
「心に従え。 ……もう答えは出ているだろう? 今まで、よく私達に尽くしてくれた。礼を言う」
鎧の下。アバターの目を見開いた。
サイガ-100もまた、気がついているのだ。妹の想い人が『旅狼』に居ること。自分と同じでその方向に不得手ながら、仲良くなろうと努力していることを。そんな姿を、自分は姉として背中を押してやるべきだと思った。
それに、『旅狼』にはペンシルゴンが居る。仮に他のクランと敵対したりした時でも、彼女が居る限り負けはまず無いと思っている。本人はリーダーなど向いていない、と言うがその実は違う。『天音永遠』とは、現実世界でカリスマモデルと言われているように。他人の上に立つことにおいても、天才的な才能を持っているのだ。指導者、リーダー。そういったまとめ役を彼女はその天性のカリスマと才能でこなしてみせる。
直に彼女達と接触を図ろうとしたり、甘い蜜を求めて群がろうとする愚か者たちは知るだろうとサイガ-100は思った。『旅狼』とアーサー・ペンシルゴンだけは敵に回してはならないと。
「っ……。姉さ、 ――いえ、クランリーダー」
「なんだ?さあ、言え。お前の望むままの答えを」
そうして。巨躯の白き鎧は、サイガ-100を真正面から見据え。
礼を示すように、頭を下げた。
「今まで、お世話になりました。御恩は決して忘れません」
「おいおい、今生の別れじゃないんだぞ? お前の旅路に、幸あらんことを願っている」
サイガ-100にはある予想があった。近い内に、『黒狼』は2つに割れる。そうなった時、妹は旗印にされる可能性もあった。そんなことを許してなるものか。妹の道を誰かに踏みにじらせるなど、絶対にさせたくなかった。
だからきっと。これでいいのだ。そう想い、サイガ-100は安心したように頷いてみせた。
「ペンシルゴン、サイガ-0を頼む」
「……うん。任せてよ。絶対、モモちゃんの信頼は裏切らないと誓う」
『旅狼』が手にしたのは、強固な3クランによる、対ユニークモンスターに対する同盟。そして、サイガ-0という新たな戦力だった。
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「さて。メインの話はこれで全部なんだけど……ちょっと、通達しておきたいことがある」
まだなにかあるのか、というような視線がペンシルゴンへと向けられる。ユニークモンスターに対してのクラン同盟に、身内内での談合的な話ではあるがサイガ-0という人材の引き抜き。これだけでもかなり大事ばかりである。
「通達というより、んー……これはモモちゃん達への根回しかな。茶番の用意とも言う」
「おい、なんかとても嫌な予感がするが?」
「流石だね、伊達に付き合いが長いわけじゃないね。踏み込んだ話になるけど、今『黒狼』って荒れてるでしょ。本題の前に確認したいんだけど、モモちゃんはこの先どうするつもりなの?」
本来、クランの内情について聞くのはタブーだ。そして、同様に本来ではあれば応えるはずもないのだが今は状況が違う。
サイガ-100は疲れたようにしてため息をつくと、少しづつ話し始めた。
「……この話はサイガ-0にも初耳の話になるが、私の懸念点についてはペンシルゴン、お前によって解決された。だから話そう。わたしは、一部のメンバーと共に『黒狼』を離脱するつもりで居る」
「流石に驚いた。想定しなかったわけじゃないけど、実際に聞くとちょっととんでもないことだよね、それ」
「恐らくお前も起こり得るシナリオとして想定しているだろうが、『黒狼』は近い内に問題を起こすと想定している。しかも、私でも抑えきれない大失態、やらかしをだ。私は別の派閥、トップクランとしての優越感に浸るためにクランを設立したわけでもない。 ――うちの妹を、他人のくだらん見栄や尊厳のために傀儡とするためでもない。そんなこと、もってのほかだ。断じて許せるものか、反吐が出る」
その言葉に対して鎧の下で驚きを顕にし、姉を見たのはサイガ-0だ。サイガ-100、斎賀百は厳しい人間である。現実世界でもそうであり、厳格で真面目な人間であるというのが自分からの評価だった。
そんな姉から、自分に対しての言葉が出た。それは思いやりであり、姉が妹を大切に思う言葉だ。斎賀百は、『クランと妹を比べるまでもない』と言い切ったのだから。
「こうしてサイガ-0を逃がせたのはかなり大きいんだよ、ペンシルゴン。間違いなく、お前が想定していた以上にな。 ……これで私は、次の一手に動ける」
「へえ……それは?」
「ああ。恐らく起こるであろう問題。それに乗じて私は『黒狼』に見切りをつけ、信頼の置けるメンバーで新たなクランを設立する。名誉も、栄光も不要だ。私が望むのは、夜襲のリュカオーンを追い、その事実を暴き出し。最終的に踏破すること。それが私の原点だ」
ペンシルゴンは笑う。そして、サイガ-100もまた同じだった。
二人の考えていることは同じだった。そう、思案するそれは。
『黒狼』というクランに対する、盛大な終わりを告げる花火であり、祭りなのだから。
「なら、よからぬことをはじめようか。モモちゃん」
ペンシルゴンは悪い笑顔で、魔王の如くそう告げた。
百さんはもしクランか妹かどっちを取るかと言われれば、妹を取ります。リュカオーンに対しての確執はありますが、それでも妹には代えられない。自分に異性との話もないことも理解しているからこそ、妹には折角いい人見つけられそうなんだし頑張ってほしいと思ってる。
サイガ-0の引き抜きは、ペンシルゴンが考えに考え抜いた相手にとっても自分達にとっても最も利があり感情も優先できる手段でした。これによって、サイガ-0は『旅狼』に引き入れられるし、ネームバリューを利用されることもない。サイガ-100は妹経由で諸々の情報を手に入れられるし、後々立場が自由になれば遠慮なく『旅狼』に味方できる。
そこまではペンシルゴンは考えてましたがこの時点でまさかサイガ-0がサンラクに想いを寄せているとは想定外でした。流石のペンシルゴンの目を持ってしても読めなかった。
一応シャンフロでの話はこの時点では会議あたりまでで、後数話挟んでGGC。リアルイベントの話に入ります。