「それじゃ、行ってくる。当日は蓮さんに、京極と玲ちゃんも居るだろうから大丈夫だろうけど何かあったらすぐに連絡してくれ。 ……何度も聞くけど、身体は?本当に大丈夫か?」
「心配しすぎだよ。あれから、一度もあの症状は出てないし無理もしてない。一応実家から紹介のあった病院でも診てもらったけど問題なし。本当に大丈夫だから」
「……ならいいんだ。悪い、出発前に変な話をした」
GGC開催数日前、慧はボストンバッグにキャリーケースに荷物を詰めたものを自分の車に詰め込み、出発の準備をしていた。
この大規模なイベントは数日間行われる。現在の週の金曜日の夕方よりオープニングセレモニーが開催され、今回は祝日を含んで土日月でイベントの本祭が行われる。慧はプロゲーマーの一人として、今回のイベントに参加。格闘ゲーム部門での代表としてオープニングセレモニーから出場が決まっていたため、数日前から会場近くのホテル。ホテルグランドスプリームに滞在することとなっていた。
最近シャンフロにログインしていない慧だが、色々と驚いたこととがある。その中でも特に大きかったのは、『黒狼』についてだった。
慧と玲はサイガ-100という名前は知っていた。なんとなく覚えのある名前だな、とは思っており、サイガ-0についても同じだった。だが結局のところ名前だけで、ゲーム内部で顔を合わせたことは最初の接触まで一度もなかった。しかし、サイガ-0からの接触。そして、サイガ-0が『斎賀玲』だと判明した時点で、全てがつながった。つまるところ、『黒狼』に所属していた二人はどちらもリアルでの顔見知りだったのだ。
しかも、その内の一人は現在『旅狼』に移籍している。そして、当日は彼女も現地に応援に来てくれるらしい。
本来、斎賀玲は興味のないことに対しては本当に興味がない。冷たい、というレベルで見向きもしないのだが今回は訳が違った。
「でも、急に聞いて驚いた。欠員が出て、その補充メンバーがまさかサンラクとペンシルゴン……リアルだと楽郎君と永遠さん?でいいのかな。まさか二人になるなんて」
「身内情報だから内緒だぞ?当日は、まあ顔隠したりしての参加になると思う。流石にゲストで補充して身バレは不味い、特にペンシルゴン」
「うん、わかってる。……でも驚いたよ、まさかペンシルゴンが天音永遠だったなんて」
今回の補充にあたり、二人の了承のもとリアルの情報は玲にも伝わっていた。楽郎については『学生さんだったんだね、年下だったんだ。同い年くらいだと思ってた』といったコメントだったのだが、ペンシルゴンの正体について聞いた時はそれはもう驚いていた。
天音永遠。あまりファッション誌などに興味のない玲でも名前くらいは聞いたことがある。テレビでもよく耳にするカリスマモデル。大学の友人でファッション方面が好きな人間も居るが、そういった友人たちはよく天音永遠の話をしている。
ペンシルゴンは自分にとても良くしてくれている。話し方や接し方から見てもきっと年上の女性で、なんでもそつなくできそうな人なんだろうなくらいには思っていたのだが。それがこんな大人物だとは思っても居なかったのだ。
「空はどうやらもう現地入りしてるらしい。なんか自由気ままに会場周辺を変装もせずに歩いてるみたいなんだが、大丈夫かあいつ……。厄介ファンとかも居るだろ、あいつの場合」
「うーん……でも、副長さん?も一緒なんでしょ?」
「ちゃんとお守りとして一緒にはいるらしい。まああの人居れば大丈夫だと思うが……。何せ、プロゲーマーのチームの一員だけど、本職は現役のお国の執行官だからなあ」
現代では国家公務執行にあたり、その専門役職が存在する。主にあらゆる現場対応や法的処理などでの『執行』を行う、執行官。それが空のチームに居る副隊長と呼ばれる人物である。何故そんな人物がプロゲーミングチームに居るかと言われれば、色々な事情はあるがイメージ戦略的な意味もあった。
とにかく昔から公安などの公務執行機関の評判はあまりよくない。職業的には一流と呼べる立場なのだが、一般人からの視線はあまりいいものではない。昔ほどではなくなったにしても、俗に言う『せいぎのおまわりさん』などと、子供などから見られることは殆ど無いと言って良い。
その中でも公務執行官というのは、あまり目立たない役職である。もっとも、主に現場などでの対応であるため、一般人がその職務を知ることはほとんどないのだが。
閑話休題。ともかくとして、最近トップが変わった機関は、色々取り組むべきことはあると判断して組織改編に動き出している。そのひとつが、イメージ改善。つまり、現役の人間にエンターテイメントとして、何かやってもらいそれを配信しようというものだ。なお、これについてはほぼ成功。とても評判が良く、イメージアップに繋がりつつある。
そして。たまたまその副隊長はVRを用いた実践訓練で極めて優秀な結果を出し、公務機関がイメージ戦略のために現役の人間にゲームをやらせるという企画で、その副隊長が空のやっていたゲームでとにかくやらかした。しかも本人は仏頂面で無愛想、真面目を形にしたような人物の上、当時の配信のコメントはお祭り状態だったのだが、もそもそのゲームをやっていなかったのだからよくわからず、『なにか不味かったでしょうか』とコメントする始末。
その放送は当然当時配信されていて多くの人間が見ていたし、空がそんな人材を逃すはずもなかった。そうして色々あり、公務以外の時にチームメンバーとしてプロチームの試合に出るようになったのだ。
「ゲームじゃなくて現実でも人間辞めてるような人だしなあ。なんか聞けば噂だから信憑性ないけど、大統領の娘救ったとか色々ととんでもない逸話結構ある人だし……。まあ、あの人居れば安全か」
しかし、随分と凄いことになったなと慧は改めて思う。
今回のGGCにおいて注目されていたのは、自分と空だ。両者ともに世界規模でのゲーマーであり、スターレインとの対決はゲーム界隈を熱狂させていた。空についても、彼女の好敵手である全米最強のFPSプレイヤー、『星の狙撃手』と言われる彼女の参戦は今回ないものの、空自身の活躍も注目されていた。相手はアメリカのトップチームの一角であり、事前のコメントでは『アメリカこそが最強だと証明する』とコメントされていたが、慧からすれば、もう結果は見えていた。『彼女』が居ない時点でもう見えている。
自分と、空。そして急遽参戦することとなったサンラクとペンシルゴン。現地には玲をはじめとして、ジンや京極、サイガ-0も来るという。『旅狼』メンバーが会場に勢揃いするのだ、中々に凄いことである。
当然現地で初の顔合わせになるメンバーも多い。一体どんなことになるのか、楽しみではあるという気持ちは慧の中にはあった。
「……ねえ慧」
「ん、どした」
「なんか慧、無理してない?」
「――それは」
そう言われれば、無理をしていると言わざる得なかった。
大会前ということもあって、シャンフロにはログインすらしていなかった。そうしてやっていたのは、ジンを相手にしての特訓と自分の弱さの克服。そして、『全米一』に勝つための覚悟と準備。
無理せず勝てるとは思わなかった。玲に伝えていない、自分の覚悟を無理せずに成せるとは思っていなかった。だから、とにかく最近の慧は無理をした。自分を追い込んで、ギリギリの所で自分を管理し続けた。
「無理は、してたかな」
「……やっぱり」
「でも、大丈夫だ。 ……それも、もうすぐ終わる。終わらせる」
「慧?」
一瞬、真剣な表情を見せてそれだけ言った慧はすぐに話題を変えるように笑顔を作った。
「心配かけた、もう無理はしないよ。 ……っと。そろそろ時間か、前夜祭からそっちに合流できると思うし、1日目もある。だから当日は一緒に空のこと応援しよう。あいつはきっと勝つだろうし、俺だって勝つさ ――そう、勝ってみせる」
それだけ告げると、慧は玄関の扉を開いて、玲へと向き直る。
「それじゃ、行ってくる。また会場でな」
二人にとっての大きな出来事となる、GGC。それが、始まろうとしていた。
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「さて、じゃあとりあえずシャンフロのことはおいておいて。 ――当日の話をしましょうか」
水曜日。GGCのオープニングセレモニーまで後2日という時、シャンフロ内のサードレマにあるNPCカフェ。「蛇の林檎」には複数人の姿がある。そうして、その中には久しぶりの姿もあった。
「それで、ジンさん。多少は聞いてるんだけどカッツォくんの状態はどうなの?」
「そうね、ひとまず今の彼が到達できるところまでは見えてると思うわ。……悪くない状態よ。後は、本人が自分の力を何処まで引き出せるかだけど、『全米一』に届くくらいにはなってると思うわ」
「ちなみに、具体的な勝算の程は?」
「そうねぇ……最高のポテンシャルを発揮した状態で、よくて五分ってところじゃないかしら。シルヴィアちゃんの情報は私も分析させてもらったわ、確かにすごい子ね。 ――でも、致命的な弱点がある。それは、カッツォちゃんからも聞いてるわよね」
「それは勿論。よくて今は五分。それを限りなく確実なものに近づけるためには」
「ペンシルゴンちゃんとサンラクちゃん、そしてもうひとりの子の協力が必須になるわね。……特に、鍵になるのはあなたよ、ペンシルゴンちゃん」
シルヴィアの最大の弱点。一度出てしまえばどうしようもないほどのそれをより的確に押し付けることが出来るのはペンシルゴンだった。単純な技量では、ペンシルゴンはシルヴィアに届かない。だが、別のフィールド。違う視点での戦いならば、ペンシルゴンが圧倒的に優位なのだ。
シルヴィアの最大の弱点。それは、『情報』なのだから。
「ペンシルゴンちゃんが別のゲーム。ユナイト・ラウンズでやったことについては、カッツォちゃんとサンラクちゃんから聞いてるわ。最期に派手に爆発オチをするなんて、中々に派手なことしたわね」
「あいつら……!人の黒歴史を……!」
「あら? 派手に一矢報いる、私はいいと思うわよ? ……さて。重要なのは、ペンシルゴンちゃんが向こうでやっていたことよ。同じことを貴女の最大のパフォーマンスでぶつけてあげればいい」
「同じことを……は、ははっ。ジンさん、中々えげつないこと考えるね」
「私は『決められたルール』の中で最も効果的な手段を選んでいるだけよ?それに、こういったことは得意でしょ?」
悪い顔で口元の笑みを強くするジンに対して、ペンシルゴンもまた悪い顔で応えた。
この場にいる、レインと京極、サイガ-0は『悪いこと企んでる顔してるなぁ』といったような想いでそれを見ていた。
「ペンは剣より強し、なんて言葉があるわよね。都合の良いことに、会場にはあらゆる条件がお膳立てされているわ。その過程までに盛り上げられたステージ、現地と中継で試合を見守る大量の観客、そうしてその状況で対戦相手に伝わる情報の熱量と情報量。 ……それらを支配することは、純粋な試合に勝つための『力』よりもっと恐ろしいものになるわ。貴女は間違いなく最凶最悪の『魔王』、『名無しの魔王』として語り継がれるでしょうね。 ――GGCなんていう大舞台でそれだけの派手な花火をあげられる、いかにも貴女好みじゃない?」
「くっ……ははっ。あっははははは!いいね、最ッ高だよジンさん!……ああ、いいねぇ。想像しただけでゾクゾクしちゃう。『実力』という面で勝利したつもりで居るスターレインに、情報という武器で絶対的な恐怖を与え、会場を支配する!私好みの最高の計画だ!」
補足するなら。ギャラクシア・ヒーローズ:カオスは純粋な格闘ゲームではない。単純に対戦相手と対戦して、勝敗を決め、何度勝てば勝利か。などというゲームではない。
勝利条件は2つ、1つ目、相手をノックアウトすること。これは単純だ。2つ目、広大なフィールドの何処かに存在する『ケイオースキューブ』と呼ばれるアイテムの確保である。
そして、このゲームは純粋な格闘ゲーム以外の要素を含んでいる。何せ、開発元がシャングリラ・フロンティアを参考として作成した上に、エンジンもシャンフロと同じものが使用されている。対戦フィールドには様々なオブジェクトやNPCが試合開始時にランダム配置される。それらをどう利用するのか、というのもまた勝敗の鍵になってくるのだ。
そう。ルール上、このランダム配置されるものに対して"これをしてはいけない"というルールは存在していないのだ。
ゲームがそもそもの話、よくある王道的なヒーローとヴィランの物語だ。故に、その戦場に明確な法はない。ヒーローが己の正義を掲げて勝利するのか、それとも悪が己が大義のためにヒーローを打ち倒すのか。それだけしか求められていない。
再びペンシルゴンがニヤリ、と邪悪な笑みを見せる。
このルールならば、いかに相手が格闘ゲームの実力が世界一だろうとなんだろうと、『天音永遠』という人間には圧倒的に有利なアドバンテージになるのだ。そして、会場のその時の状況や相手に対して発生する情報の質、ゲームの特性まで全てが彼女に味方していたのだ。
「世界最強とそのチームの顔に泥を塗って嘲笑う、最高の展開になりそうだ」
副隊長
VR:準人外
現実:人外
ゲームの中でしか出来ないこと、魔法やSF要素などに対しての適性があまりない。かわりに、現実にも存在し得る獲物であれば人外の動きをする。適正距離はオールレンジ。近接武器も使いこなすが、あくまで現実で存在するような武器の使用に限る。
空の所属するチームの副長で、空のお守り兼ボディガード兼ストッパー。年齢は空より少し上。現実でも人外みたいな動きをするとんでもない人。ギアスのスザクみたいな動きをすると言って伝わる人がどれだけ居るかは不明。某国の危機と某国トップの娘さんを救ったことがある。仏頂面で無愛想だが、ある一件で心奪われて空に一目惚れしている。
さて、ペンシルゴンの悪巧みが始まります。単純な実力では、ペンシルゴンではシルヴィアと戦えません。しかし、今回のエキシビションマッチは4vs4なので、全滅しない限り負けにはならない。なので、ペンシルゴンは彼女の土俵で相手チームへ刃を突き立てる模様。