「んぁ……?」
意識が覚醒し、リアル。現実世界へと引き戻されていく。ヘッドギアデバイスではなく、かなりいい値段のするフルダイブ専用チェアから身体を起こすと、人の気配がした。この部屋の主、オイカッツォ。魚臣慧は苦笑すると立ち上がり、部屋の一角にあるベッドへと足を運ぶ。
「やっぱり来てたのか。声かけてくれても良かったのにな」
自分のベッドを見れば、そこには『すぅ……すぅ……』と。穏やかに眠る少女が一人。
背は160センチほど。腰ほどまである銀灰色の長髪にラフなパーカーとジーンズの少女の名は『
「玲ー、れーいー?お休みの所悪いんだけど、起きてくれるかなー」
「ん……」
眠たげな目が開かれる。寝起きでまだ覚醒しきっていない黒混じりの碧の瞳が自分をじっと見つめている。
「――慧? 今日はカレーだよ」
「久しぶりに食いたいなって思ってたところだよ、いつもありがとう。 っと、おはよう玲」
「うん、おはよ」
ふぁ、と。欠伸しながら伸びをしている、マイペースな幼馴染に対してやれやれ、というようにため息を付く。
現在、部屋には色々な家具が置いてある。慧が優勝した大会のトロフィーを飾る大型のガラスケースや、大型のワイドモニターにフルダイブ用のチェア。最初はそれくらいしか置いていなかったのだが、この幼馴染の心配や意見を取り入れて今ではちゃんと睡眠を取るためのベッドや、調度品としてのソファなどが設置されている。
彼としては、寝るのは別にフルダイブチェアで毛布などを使えば休めるし別にいい、と言っていたのだが幼馴染。玲が反対した。曰く、『ちゃんと休まないとだめ、慧はプロなんだからお仕事に支障出るよ?』と言われてしまった。最初は渋っていたが、あまりにも心配されるので最終的にそこそこいいベッドを購入して、自身の特技でもある『徹夜』についても理由のないものは一切しないようにして、少なくとも休息と睡眠はちゃんとそこで取るようにした。
その結果、彼は睡眠と休息の重要性を理解した。
とにかくちゃんと休んだ後は身体が軽い。大会に向けての調整などでは頭の回転がとても冴える。更に言えば、今まで生活が摂生しているとは言い難い彼だったが極力規則正しい生活になり、こうしてよく世話を焼いてくれる幼馴染が作る食事のお陰で大会でのスコアは一気に良くなった。本当に頭が上がらないのだ。
「呼んでくれてもよかったんだぞ?」
「慧、大会近いって言ってたから」
「あー……気使わせたか。悪いな」
「ん、大丈夫」
今の状況は、この二人にとってはいつものことである。慧からすれば、幼馴染が"いつものように"自分の住んでいるマンションにやってきているだけであり、玲からすれば"いつものように"幼馴染の自宅に行っているだけである。もしこんな状況であるということを、彼の外道仲間であるサンラクやペンシルゴンが知れば罵倒や煽りの前にまず言葉を失うだろう。そして思うだろう、『なんでこいつリアルでそういうゲームやってんの?』と。
「そういえばなんだけど」
「んー?」
「慧に報告とかがある」
「ん、それはリアルのか?最近大学忙しそうだったもんなー、なんかあった?」
「そっちは特に。シャンフロのほう」
「ほほう?」
ひとまず、暗めの自室にずっといるのもどうかと思ったため、慧が『とりあえずリビング行くか―、あー……コーヒーくらいは淹れるから座ってろ』と言って部屋を出て隣のリビングに行く。
玲は現在大学生。それも、結構いいところの理系学生である。よく大学についての話を慧は聞いていたため、てっきりそのことかと思ったが違うようだ。シャンフロのこと、と聞いてどんなことかと思いつつキッチンでコーヒーを淹れる。
この幼馴染はポーカーフェイスというか、昔から表情の変化が少なくて読みにくい。加えて口調からも同じように感情が読みにくい。だからどんなことかと予想しようとしても、読めない。なので本人からどんなことを聞かされるのか少しワクワクしつつ、言葉を待つ。
「私、VRゲームってダクアヴェしかやったことなくて。ちょっとよくわからないんだけどね」
「玲はプレイヤースキルがおかしいというか、本当意味がわからないから問題ないだろって思ってあれ勧めたけどさー……まさかあんなことになるとは思ってなかったんだよなー……。それ考えれば、あの世界における近接最強の存在を生み出したの俺か、なんてことをしたんだ俺は。まあさておき、なんかあったの?」
「うん。 ―――本気で戦って負けた。真正面から叩き斬られた。すごく悔しい」
「……は?」
思わずコーヒーを淹れる手が止まった。同時に、思考が停止した。負けた、誰が?玲が。この幼馴染が負けた?しかも、真正面から?
慧を持ってして、玲は最早反則染みたプレイヤースキルとセンスがあると思っている。彼女はプロではないが、もし対人で倒そうと考えたら正直そこらのプロでは無理だろうと思っている。少なくとも、ゲーム経験が浅く1タイトルしかVRゲームをプレイしていないとはいえ対人というフィールドで彼女に勝ったプレイヤーを、慧は二人しか知らない。
「負け、た?……玲が。シャンフロで?」
「うん。頑張ったんだけど、だめだった。とても悔しい」
驚愕しながらも頭を回転させる。可能性として考えられるのは、プレイヤーキル。シャンフロではプレイヤーキルが有効である。だが、正直慧としてはこれはかなり怪しいと言うか信じられないと思っていた。仮に、複数人で襲われたとしてもありえないだろう。その程度で、止められるわけがないのだ。だとするなら、かつて彼女に勝利しているプレイヤーほどの相手がプレイヤーキラーに存在したかだ。
「プレイヤーキルか?」
「ううん、対人じゃないよ。確かに一人でやってる時に何度か襲われたこともあるけど、静かにしてもらったから」
「ああ……喧嘩売った奴ら南無」
おそらく全員、もれなく首を獲られたか真っ二つだろう。そう思いつつも心の中で合掌した。
「プレイヤーキルじゃない……?じゃあ、モンスターか?でも、いくらレベルが格上だったとしてもシャンフロはレベル差があっても戦えるゲームだから、玲がそう簡単に負けるとは、」
ピタリ、と言葉を止めた。
プレイヤーキルではなく、玲はモンスターに負けたという。彼女が負けるほどのモンスター、そう考えた時ある言葉が。外道仲間であるサンラクのある言葉を思い出した。
『シャンフロには七つの最強種っていうとんでもなく強いモンスターが居てだな。
プレイヤーによって名前が判明してのはまだ4体だけだとか』
『サービス開始からこれまで、そいつらを倒せたプレイヤーは居ないんだと』
『で、その内の一体とやりあって――』
「ッ!?まさか、」
『ズタボロにやられた』
思い出す、その言葉を。
そして、ある推測に行き着く。
可能性として、ある話だ。事実、サンラクは最強種と遭遇し、敗北している。
「玲、聞いていいかな?」
「うん?」
キョトン、と。不思議そうに首を傾げ、それにあわせて彼女の銀灰色の長髪が揺れる。慧は呼吸を整えて、自分の行きあたった推測を口にした。
「一体、"どいつ"にやられた?そいつ、ユニークモンスターとか出てなかった?」
可能性として考えられるのは、玲も最強種。ユニークモンスターに遭遇した可能性だ。
あのサンラクが負けた相手で、未だシャンフロで撃破が確認されていない存在。
もし、その内の一角と遭遇しているとすれば有り得る話だ。
「ううん、出てなかったよ?」
返されたのは、違うという言葉。だとするなら、一体何にやられたのか。ユニークモンスター以上の何かがシャンフロには存在しているのか?そう考えた時だ。
「名前は……『【極致】の残滓ウェザエモン』。だったかな?色々やってたらユニークシナリオ?とかいうのが出て。それ進めてたらバトルになって負けた」
「は……はぁぁぁあああああああ!?」
どうかしたのか、というように幼馴染がこちらを見ているが、思わず大声を出して驚いてしまったことも含めて仕方ないのだろうと慧は思った。
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時間は深夜を回った頃。真っ暗な部屋には二人の影がある。
「――色々言いたいことはあるんだけど、まずは説明してもらってもいい?」
鋭い視線を向けるのは、『継久理創世』。世界トップレベルの天才技術者。シャングリラ・フロンティアを生み出したワールドクリエイティブ・アドミニストレーターと呼ばれる役職であり、大企業「ユートピア社」の創業者でもある。
「説明してほしいのはこっちだ。意味がわからない」
舌打ちの後に言葉を返したのは、『天地 律』。シャングリラ・フロンティアをゲームとして調整した天才であり、主にレイドなどの調整を担当している。
「先に言っておくが、"これはお前が思い望んだ通りのウェザエモンだ"。私は一切手を入れてない。だからまず遭遇の条件をとんでもなく厳しくして、プロゲーマーでも不可能に近い発生条件まで付けたんだぞ。提示したパラメーターリストにプログラム、そしてその動画を見ても信じられないか?」
「……ええ、そうね。これは間違いなく私が思い描いたウェザエモン。神代最強の英雄。それを体現した、あんたのクソみたいな調整が入っていない本来のウェザエモンよ。じゃあ、これは何?意味が、わからない」
声は震えていた。それは、恐れからなのか。それとも、喜びなのか。
少なくとも、その観た動画は彼女にとっては未知そのものであった。
――なぜなら。自分の思い描いた、神代最強の英雄。ウェザエモンがたった一人のプレイヤーと殺陣。いや、死合いを繰り広げているのだから。
「バトル条件は?」
「レベルは強制的に50に固定。ウェザエモンのレベルは200でレベル差150の状況で、本来お前が想定していた調整なしのウェザエモンと戦ってもらうことになってる」
「勝利条件」
「ユニークシナリオとして作成してはいるが真っ当なクエストじゃない。勝つことはそもそも不可能に設定してる」
「じゃあ、進行条件」
「AIの戦闘結果からの判定。まともに打ち合えなければ即時進行不可能かつ再発生しないようにした。お前の思い描いたウェザエモンと打ち合える奴なんて居ないと思ってたからそう……したんだけどなぁ」
律はため息をつく。本音を言えば、信じられないという思いでいっぱいなのだ。まともに進行できないだろうと設定したユニークシナリオ。それを進行させたプレイヤーが現れたのだから。
「信じれないのもそうだけど、このプレイヤー」
「ああ、そうだ。それは思ったよ。このプレイヤーな……」
二人は珍しく取っ組み合いもせず、ため息の後頭を抱えた。
創世としては、間違いなくこのウェザエモンは己の描いていたものそのものだった。にも関わらず、その存在と戦えているのが信じられなかった。
律としては、進行不可能に近い条件を付けたにも関わらず進行させたプレイヤーが出たことに対しての信じられないという思い。
モニターの中で繰り広げられるのは、ある戦闘映像のリプレイ。そこでは、神代最強の英雄と称される、生身の人間の姿で刀を持つウェザエモン。そして、同じく刀を持つ白い長髪のプレイヤーが数十分にも及ぶ死合いを繰り広げていた。
互いに繰り出すのは、神速とも呼べる速度で繰り出される純粋な剣戟や戦闘の応酬。互いの一手が、相手の命を確実に刈り取ろうとする一撃。
銀色の光が弧を描き舞い、時には激しくぶつかり合い、その音が大気を揺らす。
その最後は、仕様によって設定された『時間切れ技』というもので終りを迎える。
結果だけ見れば、プレイヤーの敗北だ。しかし。
進行判定を下すAIは『シナリオ進行判定』を下しており、最後のその瞬間のプレイヤーは、戦いの中での無表情から一転――楽しそうに笑っていた。
作者の脳内では主人公の容姿はケモ耳と尻尾のないアズールレーンの江風。
熱田と剣と言えば名前の由来がわかるかもしれない。
構成時点でゲーム内でのユニーク関連はウェザエモン関係と決めていました。