結局のところ、レインはリアルのほうで夕食を作っている途中でダイブより戻ってきたオイカッツォへと、電話があったこととその内容について伝えた。その結果、彼は目が点になるほど唖然としていたが、『ははっ……あの人外プロゲーマーと、"あの人"がね』と面白そうに、好戦的な笑みを浮かべていた。そしてレインへと、この件については暫く秘密にしておこうとも言った。どうやら、サンラク達をその時になって驚かせてその顔が見たいのだとか。
深夜0時を過ぎた頃。満月の夜にレインはペンシルゴンの案内のもと、とあるエリアへと足を運んでいた。
「ペンシルゴン、ここは?」
「うーん、簡単に言うと隠しエリアだよ。満月の夜に千紫万紅の樹海窟でさっきみたいな特定の手順を踏むことで入れる隠しエリア「秘匿の花園」。暫くこの洞窟を歩くとそのエリアに到着する」
先頭を歩くのは、ペンシルゴン。そして、その隣を歩きながら周囲を興味深そうに観察しているレイン。少し後ろから、サンラクとオイカッツォが続いて歩いている。
洞窟を暫く進むと光が見え、開けた場所に出る。そこには――
「……すごい」
「でしょ?私もね、このエリアが好きなんだよね」
見渡す限りの赤、赤、赤。空を見上げればそこには星空と満月があり、目前に広がる大地は、赤い花園となっていた。
彼岸花。見渡す限りの赤のそれが咲き誇り、夜空にはその花弁が舞う。
幻想的。なのだが、
「綺麗。でも……とても悲しいような感じもする」
「とても悲しくて、でもとても美しい。私もそう思うよ」
彼岸花の花言葉には幾つかの種類がある。「情熱」「想うのはあなたひとり」「再会」、などがその例だろう。開花時期や花の伝承からあまり縁起の良いものではない、と思われることも多い。
しかし、彼岸花とは冥府。つまりあの世に近い花とも言われており、現世とあの世をつなぐものでもあると考えられることもある。
―――刹那の狭間に、零れた願い
「歌?」
咲き誇る彼岸花に目わ奪われていたレインだったが、突然聞こえてきた声。歌声に反応してそれが聞こえてきた方向を見る。
そこで彼女は足を止めた。突然足を止めたことにペンシルゴンが『どうかした?』と気にしてくるが、なんでもないと返す。
視線の先。そこにあったのは、巨大な木。咲き誇る彼岸花の花畑の中央にあるのは、レインに見覚えのある木。枯れてはいるが、桜の木だった。
ふと。そこであることに気がつく。今自分の居るこのエリアの風景から、彼岸花をすべて無くして枯れた桜の木を咲かせたら、どうなるか。そう、同じなのだ。自分が師匠と呼ぶ、半透明で仏頂面の、とてつもなく強い相手が居る場所と。
考え事をしているとペンシルゴンと共に桜の木の真下付近にまでたどり着く。また同じように、見覚えのある場所。彼がいつも居る場所に――見たことのないNPCが存在した。
名を。『遠き日のセツナ』と言った。
「やぁやぁセッちゃん、また来たよ」
「あら、アーサー。また来てくれたのね。今日はどうし ……え?」
「セッちゃん?」
セツナは目を見開いて、ある方向を見ていた。突然そんなことになっているセツナを見てペンシルゴンはどうしたのか、と声を掛けようとしたが。
「そこの、白い髪の人。どうして、それを。 ――それを。その刀を、何処で手に入れたの?」
セツナの表情は驚愕に染まり、その視線はレイン。そして彼女の持つ太刀『彼岸ノ太刀』へと向けられていた。
「……ペンシルゴン」
「多分思ってるとおりだと思うから、言いたいこと全部言っちゃっていいよ」
視線をペンシルゴンに向けると、返されたのは了承の言葉。そして恐らく、彼女は自分の話を聞いてから今自分の考えていることとについて、話し合いの時点で当たりをつけていたのだろうと考える。だからこそ、自分とこのセツナというNPCを巡り合わせたのだ。
「この刀は、私の師匠から譲り受けた。前に使っていたものが、その……駄目になっちゃって。それで、どうしようか悩んでたらこれ使えって譲ってもらった」
嘘は言っていない。レインは、最初にNPCであるウェザエモンとユニークシナリオ進行の過程で戦った際に、武器を壊している。最初のウェザエモンとの戦いでの敗因は技量と実力の差だけではなく、『時間切れ技』。つまり、彼の全力の【天晴】に武器が耐えられなかったというのもあった。
その後にリスポーンし、どうやらお眼鏡には叶ったようでシナリオが進行。武器が壊れたことに気がついていたウェザエモンから、この刀を譲り受けたのだ。
「あなたの、そのお師匠様の名前を教えてもらえる?」
セツナの表情は真剣で。レインもまた視線を合わせるように目を見れば、そこには様々な感情が交錯しているように感じられた。期待、悲しみ、困惑、安心、不安。様々な感情をミキサーでぐちゃぐちゃにしたような、そんな何か。
ペンシルゴンはある程度わかっていたのだろう。だとするならば、このNPCはきっと――
「師匠の名前は、ウェザエモン」
きっと、ウェザエモンの関係者。それも、縁が深い相手なのだろう。
「そう、そうなのね。 ――きっと、彼は未来のためにそうしていたのね」
「未来、のため?」
「ごめんなさい。これはあくまで私の推測だから、具体的には言えない。でも……きっと、彼がその刀を貴女に渡したということは、もし貴女が聞けば答えてくれると思うわ」
「……わかった。じゃあ、直接聞いてみる。私からも、いい?」
「ええ。それから……いきなり挨拶もなしに質問をしてしまってごめんなさい。私はセツナ。よろしくね」
「大丈夫。私はレイン、よろしく。改めて聞きたい。師匠、ウェザエモンはセツナ、あなたにとって特別な人?」
「そう、ね。ええ、ウェザエモン……彼は私にとって特別な人。そうね、最愛の人だった、と言えばいいのかしら」
妙な違和感を感じた。まるで他人事にも聞こえる言葉。
そんな疑問を抱いていると、目の前にクエストウィンドウが表示される。
――『ユニークシナリオEX「此岸より彼岸へ愛を込めて」を開始しますか?』
――『ユニークシナリオEX「極致残影」が進行しました。「雪月花の時、最も君を懐ふ」を開始します』
恐らく、これがペンシルゴンの話していた『墓守のウェザエモン』と戦うための前提クエスト。だが、同時に進行したNPCのウェザエモンのクエストを見て、多くの疑問が湧きつつもクエストウィンドウの「はい」を押す。すると、セツナは一つ頷き、言葉を紡ぐ。
「ちょっとしたすれ違いで私が死んで……それからずっと、彼は私のお墓をずっと……そう、ずっと守り続けているの」
「待ってほしい。もし、そうだとするならウェザエモンが二人存在していることになる。私の師匠と、セツナの言う『墓守のウェザエモン』が」
これは、レインが疑問に思っていたことだ。ペンシルゴンからの話を聞いて、『墓守のウェザエモン』討伐の話を聞いてからずっと持っていた疑問。打ち合わせの解散後、オイカッツォと相談してこの話をサンラクに持っていったのだが、結論は出なかった。
シャンフロにおけるバグか、クエスト進行における設定ミス。つまるところ、運営開発側の何らかの要素があってそうなっているのではないのか、という話も出たが、クエスト進行は問題なく処理されている。推定ではあるが、どんな形であれユニークモンスター、七つの最強種絡みである以上本当に致命的なエラーや不具合であれば、すぐさま運営が動くはずだ。それほどにユートピア社の運営開発陣はこのシャングリラ・フロンティアという世界にこだわりと熱意を持っている。
なのに、それがない。ということは、現状の処理は恐らく正常なのだ。とすると、シャンフロの世界観設定などに基づいて、ウェザエモンが二人存在しているのには理由があるのだろう、という結論へと至った。
「私も驚いたわ。でも、レイン。貴女の持つその刀を見て確信した。さっきも言ったように、答えは私からは言えない。きっと、本人が全て答えてくれると思うから」
「……わかった。じゃあ、今度師匠と死合いする時にでも聞いてみる」
「え、えーと……?戦いながら話すのは確定事項なの……?」
「私と師匠の間では斬り合いはコミュニケーション」
「あー……うん。あの人らしいというか、なんというか。きっと弟子が出来て嬉しかったんだろうなぁ……」
セツナは呆れたようにして言う。後ろでは、サンラク達が話をしており
『やっぱりレインってシマヅソウルなんだなと思った』
『つまりレインちゃんの中では私達が煽りでコミュニケーションを取るように闘争がコミュニケーションってこと……?』
『だから言ってるじゃん、頭の良い脳筋だって。向こうでは対人でコミュニケーション取ってたぞあいつ』
などと言っていた。レインとしては、対人は会話とは別の重要なコミュニケーション方法だと思うがどうしてわかってもらえないのか。などと思う。実際、それでフレンドも沢山出来ているし交友関係も広がっている。
「ただ、ひとつだけ言わせて。きっと彼は、答えを見つけられた。だから――ありがとう、レイン。あの人と出会ってくれて」
「どう、いたしまして?」
セツナはどこか安心したように笑うと、今度はペンシルゴンを見た。
「アーサー。彼女をここにつれてきたということは、そうなのね?」
「うん、そうだよセッちゃん。この前連れてきた後ろの二人。そして、新たに力を貸してくれることにになったレインちゃん。私達4人で【墓守のウェザエモン】に、引導を渡す」
「――あの人はきっと、答えを見つけた。私と同じで、長い長い年月が経ったかもしれないけれど。それでも、永遠に叶うことのなかったかもしれない、願いへの希望を見つけた。アーサー、サンラク、オイカッツォ。どうか、あの人を眠らせてあげて。そしてレイン。あの人が世界と、未来のためにと願ったことを、どうか叶えてあげてほしい」
まるで、託すように。セツナは4人に対してそう言った。