ヒリつくスピードにあふれ出す血潮
自由なんて知らなくていい 才能何て知らなくていい
夜明け前に愛を連れ出そう
愛を連れて駆けだそう
#01.Take my love until dawn.
スローテンポな音。金属の音。叩きつけられる音。カンカンと耳障りな音。
うなされ、女は意識を取り戻した。そしてすぐ気づいた。肩が痛い。手首が痛い。腕が動かない。冷たい。吊るされた鎖が女の両手を縛っていた。脚は固定されていない。しかし関係ない。どちらにせよ動くことは出来ない。腕を引きちぎりでもしなければ不可能だ。そして、そんなことは不可能だ。
視線を下ろし、自分の身体を見る。上から123.4、56.7、90。そのせいか、視界の半分は、胸の谷間。邪魔されて見えない。しかし痛みも寒気も何もない。乱暴されてはいないだろうと、一息ついた。
ちかちかと、安定しない光。女は薄目で周囲を見る。外には誰かいそうだが、この
「ファ〇ク! ファ〇クだよファ〇ク! どうする……?」
思わずつぶやいた、
どれも失敗だ。状況は好転せず。喘ぐ声に合わせ、胸元のボタンが一つはじけ飛んだ。
程なくシャッターが開かれる。金属の反響。身に痛い音と共に、刺激臭。さっきから嗅ごうとしていなかったそれ。意識的に無視していたその匂い。
――――鉄錆の匂い。腐った肉の匂い。「うごめく死体」の匂い。
人種は様々。白人。黒人。アジア人。どれも体に入れ墨。パーカーに、マスク。それらをかつてしていた痕跡が、立ち上がる死体には残っている。
大半は身体が
数で言えば十人か、十
理性が溶けて、食欲に侵された顔。そのどれもが、自分を「女として」見ていない。
そのことに気づいた彼女、マリ・ウルフギャンギーナ・シェパードは表情が引きつった。
「これマジ?」
初見。
そう錯覚できたのも数秒。多くのゾンビが喜び、叫ぶ。「
今は「肉」と「魂」に。
「ホントにこんな所で殺されたくないんだけど、私ぃ!? こんな、許せるか!
サリカ…………」
女は、親友を探していた。
名はサリカ。サリカ・タリカ・ナイトヘッド。チアリーダーで、カーストは当然上位。均整のとれたプロポーションに黄金比の愛らしい笑顔。嘘か冗談かのような、そんな彼女。出会った時に思わず「これマジ?」と確認してしまった程の、まるでコミックのヒロインのような彼女。
『どういう意味よ? これマジって』
『ごめんなさい。えっと……、いや、まあ、ごめんなさい』
『よくわからないんだけど。貴女だって、これマジ? って言いたくもなるわよ。身長に対してプロポーションのバランスがどうかしてるでしょ……』
『何ぃ? 何って言ったか今もう一回言ってみなさいよ、あぁん?』
お互い凄みはしたが、それも長続きせず。
お互い妙に、波長が合ったと言うべきか。
お互いすぐに打ち解け、笑い話になった。
共にスクールで切磋琢磨し、時に笑い、時に怒り、時に悲しみ、時に大笑いし。
青春の1ページと揶揄するくらいには、女にとって彼女は最も親しい友であった。
『ユーグ君、格好良い……』
『ねー? ……えっ、もしかしてサリカ狙ってる?』
『当然! 当たり前当たり前。あんなにハンサムな同年代の男なんて見たこと無いし、実家もけっこう太そうだし、ねらい目でしょ』
『へ、へぇ…………あ? そうだよね、ハハハハっ!!』
『……ねえ、貴女つまり、そういうこと?』
『…………マジムカツク』
『沸点、低ぅ!』
好きになった相手が被りケンカしたこともあった。テストの成績で競いあい、チアリーダーの座をかけて険悪になったこともあった。
だが、最後まで仲違いすることは無かった。彼女の感情が、決して一方通行のものではなかった。その証左のように、彼女たちは何年も交友を続けた。
だからこそ、彼氏を置いて失踪したサリカのことを、彼女が探さない訳はなかった。
彼女の足跡をたどった。辿った先で、ストリートギャングとの目撃情報。ローティーンからハイティーンまで、より取り見取りに浚っているという噂。夜な夜な、どこかの倉庫で女の悲鳴と、男たちの嬌声が上がるという噂。
直接乗り込む度胸こそなかったが、それでも何かしら作戦を考えていた。そんな矢先。対策も何もなく、いきなりの誘拐。
そして、このストリートギャング「だったはずの」ゾンビたち。
ゾンビ。いや、そう形容する他ないからこそ、ゾンビとしか呼べない彼等。
一体、サリカは何に巻き込まれたのか。
果てしなく嫌な予感が過る。噂の倉庫と、女の悲鳴。男たちの嬌声は、嫌でもこの後の自分の身に降りかかる展開を思わせる。
そして、ゾンビの一体の頭が「撃ち抜かれた」。
「えっ? これマジ?」
意識の外からの銃撃。銃声。火薬の匂い。腐乱した匂い漂うこの倉庫に、白い煙。
一撃で、ゾンビの頭部は全壊した。倒れ伏す胴体から抜け出る「黒い靄」。人型の靄。うめき声をあげる靄。頭部のあたりを押さえ、のたうち回る靄。
ゾンビたちは後方を見る。銃撃は後ろから。倉庫の入り口の方から。倒れた仲間のことなど、既に気にしていない。
拳銃を構えた誰かは、左手に古いラジカセを持っていた。
長身。銀髪。銀色のコート。2メートルはないだろうが、それでも大男。とはいえ身体は引き締まり、無駄な肉はない。ギャリギャリと機械が回るような音。よく見れば、袖から見える右腕は「シリンダーやバネ」のようなものが組み合わさった、機械仕掛けのようでもあった。
男はラジカセをその場に置く。そのまま立ち上がり、コートの裏側から何かを取り出す。
形状で言えばチェンソーが近いか。片手剣のようでもあり、しかし妙に歪な形。
ドクン、と心臓の音のようなものが響く。同時にドッドッドッドッと、剣の基部のエンジンが動き、チェンソーが振動と回転を始めた。
『今日は間に合ったようだね。「被害者ごと」斬らないで済むに越したことはないが、どうにも連中、最近は手が早い。即物的になっているくせに知能だけは高いから、始末に悪いと言えば悪いね』
「スミス」
『嗚呼。曲は何にするかい? ガンマ』
男の声に、応える声。録音のような声。ジジ、とノイズ交じりの声。声はラジカセのスピーカーから出ていた。マリは目を見開く。
ゾンビたちは銀の男を睨む。ガンマと呼ばれた男を睨む。
「……短い奴」
『ではスキン・チョーカーのアルバムから――――「マインドブリーチ」!!』
アッパーテンポのギターが響き、連打されるドラムの音が鳴る。
獣のようなシャウトがマリには煩い。
ドドドド、と剣の振動が加速し、男と剣から「黒い炎」が迸る。それが合図となり、ゾンビたちはガンマへと襲い掛かった。
最初は無策に突っ込んで来たゾンビ二体を、ひと撫で。
チェンソーに切り裂かれ、血は出ない。代わりに出るのは、黒い靄。
ばたりと倒れた腐乱死体。そこから上る靄は、やはり苦しんでいる。
ガンマは靄を掻き消す様に斬る。「もう一度」斬る。それだけで靄はその姿を消した。
ゾンビたちが慄いた。動きが分かれる。ガンマに突撃するもの。逃げ出すもの。倉庫の奥から武器を取りに向かうもの。突撃してくるゾンビが盾になり、武器の方へ銃撃は難しい。とはいえ受け止める様に撫で、斬り、肉の壁は一瞬でバラバラ。
ガンマの横を抜けようとしていた者も、銃撃、数発。「肉」を撃ち抜き、うごめく靄も「黒い炎を纏った」弾丸で一撃。
霧散する靄と同時に、段々と血の匂いが薄くなっていく。
『――――――――ッ!』
『喉が潰れて音にならないようだ、ガンマ。サビも終わる前に、綺麗に決着したまえ』
「…………」
砕けた顎で叫ぶゾンビ。ショットガンやナイフを手に持つ。ガンマめがけて特攻をかけて来る三体。
ため息をつき、ガンマは剣を振るう。身にまといし黒い炎。振るった軌跡の黒い炎。「鎖のような形」へと変化した黒い炎。
尾を描くようなそれが、ゾンビたちを一気に凪ぐ。凪ぐと同時に縛り上げる。チェンソーを頭上に一瞬振り上げるガンマ。その軌跡に沿い、鎖も天井に吊るされる。
ぷらぷらと揺れる死体、三つ。蠢くそれらは、黒い炎に焼かれる。肉も、靄も。
『さすがガンマ、いつも見事な手際だ。しかし「
「……忘れた」
『そうだったね。それが「ほぐれた心」がまた固まってしまった所以になってるのだから、甚だ運命とやらは君にとって不幸でしかない。出来の悪い戯曲のようだ、僕なら編曲を繰り返すね』
恐怖から解放された。しかし、マリは困惑が勝った。訳の分からないやり取りをする男と、ラジカセ。ラジカセから声が聞こえるのも意味不明だが、男の方も当然意味不明だ。
ごう、と音が聞こえる。同時にマリの両手は自由となって、その場に倒れた。
「えっ……? マジ? 鎖なんか全部、燃えてるんですけど…………。
って、ひぃッ!?」
チェンソーごと投げ、マリの拘束を斬ったガンマ。そのまま纏われていた炎がマリの鎖を焼き、同時に撥ね返ったチェンソーがマリの手前に落ちる。
ほんの数センチほど。落下の場所は、マリの頭と数センチほど。マリが絶命したろう距離まで数センチほど。振動する刃に映る、震える自分の顔。チェンソーの振動か、あるいはマリの恐怖心か。
ラジカセを拾い上げ、そのチェンソーの刀をコートの裏にしまうガンマ。
明らかにチェンソーのふくらみが消え、はためく銀のコート。
ばくばくと、鳴る胸を押さえるマリ。一瞬その胸元の谷間をチラ見するガンマだったが、マリの顔を見て表情をしかめた。
「とりあ、えず、ありがと…………、ます」
「…………」
「な、何? その表情」
「………………」
「えっ、あ、あ、はい」
無言のまま差し出された手を握り、立ち上がるマリ。
マリの頭が、大体ガンマの胸元あたりの高さ。もともと身長は高いマリ。だからこそ、改めてガンマの大きさが際立つ。
そしてそのまま、何も言わずに背を向け立ち去ろうとするガンマ。
「えっウソ、マジ? 何もこの状況に、説明も何もなく立ち去ろうって訳!? 説明少なすぎるどころじゃないでしょ……」
待ちなさい! と走り出すマリ。しかし、ガンマは早い。単純な身長が、足の長さの違いに繋がる。ガンマとマリの歩幅の差ゆえ、倍以上の開きをもってぐんぐんと距離を離されていた。
しかし、転機。突如立ち止まったガンマが、そのまま前に倒れる。カートゥーンなら「ビターン!」とか鳴りそうな猛烈な勢い。思わずマリも「うっそでしょ貴方!」と二度見する。
恐る恐る近づく彼女。首だけ動かして、見上げるガンマ。ミニスカートが色々ギリギリだが、指摘する余裕もない。
「ちょっと信じらんない……!? うわっ、すっごい痛そうじゃない」
『僕が審査員なら、芸術点をくれてやりたいね』
「クァイ!?」
変な声を上げて飛び退くマリ。ラジカセが、マリに話しかけてきていた。
『妙な驚き方をする女の子だ。ふむ。…………僕はスミス。今は
「カセットテープ……、何だこの、えっと、何? レトロなお名前ですね?」
『無理に美点を探さなくても良いさ。
さて、倒れてるのは僕の相棒であるガンマ。先ほど君を助けた「黒炎の死神」と裏社会の一部では名の通っている私立探偵、兼、ゾンビハンターだ』
「ぞんび、はんたー……?」
『詳しい説明が欲しいみたいだね。まあ、あまり吹聴するものではないが背に腹は代えられない。条件付きで教えてあげよう』
「条件って、どんな……?」
ごくり、と唾を呑むマリ。彼女のスカートか胸かに視線が行ったり来たりしているガンマは、ぼそり、と呟く。
「…………腹が、減った」
「…………それマジ?」
『だからあれほど、事前にエネルギーを補給しておくべきだと言ったのに。「肉のある」君は「影」だけでスピリットパワーを補給できないのだから』
とりあえず運んで食事を与えてやってくれ、というスミスに、マリは頷いた。
不定期連載です(※投稿日)