夜明けまで溶けない魔法は
君にだけ教える嘘
#02.You Sing The Best Song And I Dance The Best Dance.
「うそでしょ? 食べ方汚過ぎない、チーズバーガーの…………」
『済まない、本来はもっと社会性や社交性があるのだが、今のガンマは記憶を失っていてね。空腹が支配する中ごちそうを前にして、色々自制がきかないのだろう』
「ごちそうっていったってマ〇ドなんだけど……?」
「――――――、ん?」
一心不乱。一心不乱。一心不乱。一心不乱。
銀の大男、ガンマは食らいつく。盛られたチーズバーガーの山。黄色いパッケージの山。手を伸ばし、開き、かぶりつく。ガツガツと、ガツガツと。一つ一つ。飛び散る肉汁。チーズやパテの破片。ガツガツと、ガツガツと。口に放り込むと、くしゃりとラップを潰す。投げる。そして手を伸ばす。マリは頬が引きつった。
山が消えるころ、バーガーに遮られていた朝日が差し込む。
ファーストフード店は、人もまばら。段々と増えて来る時間。
ガンマは笑顔で手を合わせ、感謝の言葉。戦闘中と打って変わり、子供のような表情である。
「ごちそうさん。いやぁ、食った食った。久々か? ハンバーガーとか食うの」
「これマジ? ニ十個を一食でとか、フードファイターじゃないんだから……。てっきり持ち帰ると思ってたのに」
「ありがとな、アンタ。えーっと……」
「マリよ、マリ・シェパード。正確にはマリ・ウルフギャンギーナ・ランタオ・スラッシュハウト・シェパードだけど、面倒だからマリって呼んで?」
ぴくり、とガンマの眉がわずかに動く。
ほう、とガンマの隣に置かれたラジカセから声がする。
じろりと彼女を見るガンマ。どこか仔犬を思わせる容姿に、妙に発育の良い身体。身体は鍛えられていない。しかし、何か頭のどこかに引っ掛かりを覚える。
『「ウルフギャンギーナ」「シェパード」ねぇ……。運命とやらは妙なところで悪戯を仕掛けるらしい。日本の死神は、縁、とか言ったかな?』
「知らん、忘れた」
『そうかい? そうかなぁ……、いやそうかもしれない。君がそう言うのなら、そうなんだろう』
「何、どんな状況かなぁ……? ってそんなことより!
一晩泊めて、食事も奢って、ちゃんと約束果たしたんだから、教えてよ!? 昨日のアレとか」
「本当に聞くのか?」
口を左右に引き、眉を寄せるガンマ。嫌そうである。一方ラジカセは「そう言うなよ」と軽い調子。
『もし本当に「エルウッド達の」孫かひ孫かというのなら、これは中々興味深い。記憶を失っている君に関しては、作為すら感じる。意図的に誰かが五線紙に音符を乗せているのだとすると、中々皮肉が利いているじゃないか』
「だから忘れたって言ってるだろ」
『それでも残るものは、あるはずだ。かつての君がそうであったように。かつてのC・T・スミスがそうであったように』
「これマジ? 完全に私置いてきぼりにして会話進んでるんだけど……。完全に世界観、二人で閉じてるんじゃねーの?」
腕を組んで首をかしげるマリ。両腕で強調される123.4cmのバストの圧。たゆん。昨晩、ボタンが壊れたシャツはそのまま。谷間が見えるが気づいていない。一瞬、その擬音につられるガンマ。ちらり、と
『投げナイフも継承していないのなら、それは時代が平和になったということだ。何も恐れることはないさ、ガンマ』
「…………知らん」
『おやおや。……済まないね、マリ。では、話をしてあげよう。
ゾンビについて語る前に、まずはそのゾンビとは何であるか――――』
ラジカセが紡ぐ言葉。男性の声。どこか飄々とした声。ガンマを諭すような声。そもそも、しゃべるラジカセからして謎でしかない。だが、マリはその言葉の続きを待った。
『――――「
※ ※ ※
ともかく、その死者の指輪だ。生を求めし虚ろなる
時間と空間、因果、そして生と死の境界の破壊、だ。
言っている意味が分からない? これマジって? あー、実際目にしなければ理解が難しいか。いや、そうだね。君は死後の世界というものを、どの程度信じているだろうか。魂が天国か地獄か、あるいは現世をさ迷い歩くか。煉獄で「考える人」に見降ろされてる可能性もあるが。
うんうん、
ともかく、そういった不可逆であるはずのことを、「死んだものは蘇らない」という世界の大法則を、指輪は帳消しにできる。その際に生まれるもの、副産物こそ、「不死の秘薬」ゾンビパウダー。
いまいちピンと来ていないか。そうだねぇ……、ガンマの分かり辛い例えを出すのも良いが、シンプルに教えておこう。
ゾンビパウダーは「命」という概念を上から付与するもの。
死者に使えば、本来なら存在しないはずの命を与えられることで、死んでいた事実「そのものが」掻き消される。
同時にそれは、既に生きている者に使えば、命という概念同士が激突し、お互いがお互いを延々と食い合い、高め合い、循環し、そして「死ぬことが無くなる」。
このゾンビパウダーを求め、死者の指輪を集める荒くれ共は、かつてパウダーハンターなどと呼ばれていたりもした。そして今のゾンビハンターは、このパウダーハンターの系譜を継いでいる。
要するに、荒くれ者共ということさ。そこのガンマ含めてね。
※ ※ ※
「まあ私そんな……、自分の目で見たことを幻覚だって現実逃避するほどヤワな女じゃないし? あれだけドンパチやってニュースにもなってないって、そりゃ、何か裏社会とかの色々が動いてるってのは、わからないでもないけど。
で、そのゾンビパウダーがどうしたの? 想像はちょっとつく気がするけど」
『話を続けよう。先ほどゾンビパウダーは「副産物」だと言った。そして今の
ラジカセは語る。生と死の境界の破壊、それこそが全ての問題であったと。
『
緩やかにではあるが異教の神々……、この国では悪魔と呼ばれるかな? あるいは大竜か。そんな彼らの手によって、中途半端に巻き戻されたのがこの世界、この国、この大陸だ』
「もう何言ってんだかわかんねーよオイ?」
「人の説明を判りにくいだとか言っておいて、お前も大概じゃねぇかスミス」
やはり引きつった笑みのマリ。ハン、と鼻で笑うガンマ。ラジカセは、やれやれと。声のみで応え、続けた。
『つまり、死者は死者である限り「完全に死ぬことが出来ない」んだ。特に強い想いを残し、残り続け、徐々に徐々にとその魂の在り方のバランスを崩してしまったのならね』
「魂のバランス?」
『君も見ただろう? 靄のような、霞のような魂を。本能に堕ち、快楽を貪る魂を』
マリは息を呑む。脳裏に、昨晩ガンマが斬り殺していたゾンビたちの映像。フラッシュバックするそれらに、確かに、影が映っていた。
『生と死の世界に境界が無い以上、魂は肉に紐づく。肉が朽ちれば、魂は還る。逆に言えば、その間に堕ちたなら、肉はもはやありもしないはずの欲に突き動かされ、目覚め、そして動き出す』
「それが、ゾンビ……」
『動き出した肉体は、かつての肉体としての欲を満たすため、生者を襲う。肉を喰らい、そして「魂を喰らい」、より生前に近い、否、それ以上の快楽を貪ろうとする。そういった無軌道なゾンビたちを斬り払い、この大陸の生と死の調整を行うのが、ゾンビハンターと言えるだろう』
「……とりあえず納得したけど、話、壮大過ぎて笑っちゃうぜ?」
いきなり生と死がどうこう言われてもね。引きつった笑み。マリの表情に、ガンマは半眼。「だろーな」と笑う彼に、愛想笑いのマリ。
『ゾンビ事件は、表向きは行方不明の事件が多い。だからそういった調査を兼ねて、僕とガンマは私立探偵を表の職業としている。……僕はミュージシャンが良いと言ったのだが、ガンマがロックもメタルも好かないというからね』
「聴く分にはともかく、演奏しようとはならねぇよ。本職に失礼だろ」
「すっごい真面目じゃん貴方!」
「それにスミス、お前
『おやおや。彼女も彼女で物持ちが良い』
婆さん? 生前? 色々と疑問は出て来るが、またガンマとスミスは二人で閉じた会話をし始める。それを遮り、マリは両手をテーブルに叩きつけ、ガンマに迫る。
「じゃあ、お願い! 探偵をやってるっていうのなら、私の依頼を受けて! お金だって払うし、足りないなら何でもするから!!」
「…………何……、でも…………?」
『ガンマ、視線、視線』
一見硬派な風に表情を取り繕っているガンマ。しかし、視線はマリの目と、谷間を行ったり来たり。高速、あまりに高速。スミスがツッコミを入れる。
なお、マリは特にリアクションはとらない。確信犯である。色仕掛けである。
ガンマが答える前に、すぐさま自分のバッグへと手を伸ばす。がさがさと適当にあさる。取り出したのは顔写真と紙束。自作調査資料。写真に写っているのは、チアリーダー。元気よく脚を振り上げる、愛らしいブロンド髪の女。
「サリカ・タリカ・ナイトヘッド。私の親友。何か心当たりとか全然ないんだけど、いきなり行方不明になったから探してて、昨日、作戦立ててたらいきなり私、捕まったの」
『あのストリートギャングに関係があると?』
「わからないけど、足取りはこのあたりだから」
ふうん、と。彼女の手書きの調査書を見比べたガンマは、一言。
「もしその親友が、ゾンビに食い殺されていたとしたら――――どうする?」
「…………へ?」
「あるいはその親友が、ゾンビになってお前に襲い掛かってきたら――――どうする?」
「そ、そんなの、あるわけない、じゃない…………?」
『ゾンビに関わると、よくあることだ。被害者自身が喰われ、ともにゾンビに堕ちて、ハンターが両方とも殺さなければならないことなど』
昨日は運が良かったと、スミスがマリに語る。ガンマの確認は大げさではない。事実、よくある話なのだと。
少し俯くマリ。だが、悩む時間など秒もかからない。
「それでも…………、私は、サリカの友達だから。
だから、もしサリカがゾンビになってたら……、サリカがそんな酷いことになってるなら! あなたにぶっ殺してもらう! というか、私と一緒にぶっ殺して!」
「は?」『は?』
「サリカだって、きっと私にぶっ殺されるなら本望だと思うもの! そんな風になっちゃったら、流石に普段のサリカだったら、自殺してて不思議じゃないと思うしね!」
『ガンマ。この女、中々に悪魔みたいな思考回路をしているぞ』
「悪魔じゃねーよ!?」
『悪魔はみんなそうやって自分を悪魔でないと自称するものだ。まあ、魔王は魔王だと名乗りながら子供の命を奪うものだがね』
「例えわからねぇよスミス」
ヘンな答えだ、とニヤリと笑い。ガンマはサリカの写真に注目する。身体はマリほど極端に出て引っ込んで出てはいない。特に胸部。マリの胸部は豊満であった。サリカもそれなりに大きい。じーっと、写真故にガン見。胸、腹、脚、いたるところをじーっと見ている途中、首元のネックレスのように紐通しされた指輪を見て、ガンマは顔をしかめた。
「……この指輪は?」
「へ? それは……、私があげた指輪。お祖母ちゃんからもらったやつ。私と、サリカで、一番大事にしてるものを交換して、お互い一番信頼し合ってる! って、そんな感じで」
「スミス」
『嗚呼、それは…………、まさかまだ、持って居たとはね。本来の機能としては失われているとはいえ』
首をかしげるマリに、ガンマは向き直り。
「コイツは
「え? え? えっ、コレが!? うっそでしょ貴方そんな!!?」
思わずガンマから写真をひったくり、何度も何度もその指輪の部分だけをじっと見るマリ。何でそんなものがウチに!? と驚く彼女だが、ガンマもラジカセも答えない。
「覚えてねぇけど、つまり、そうか」
『やはりエルウッド、とうよりウルフィかな?
しかし生存の可能性が出て来たぞ、ガンマ。1890年代のアレ以降、死者の指輪は―――――』
「――――その話、詳しく聞かせていただけませんかね?」
ガンマたちのテーブルの横に、男が一人。声音は高圧的。サングラス。黒服。黒帽子。アタッシュケース。見るからに威圧感が強く、マリは冷汗。
男を見て、すぐさまコートの下に手を入れたガンマ。右の、機械仕掛けの義手を引き抜けば、拳銃。十字の刻印がされた、型の古い銃を構える。
見下ろす男の表情は、読めない。
「え? これマジ? 何、やってるのガンマ?」
「スミス」
『何をかけるかい? ガンマ』
「朝っぱらからテンション上がる奴」
銃を構えながら立ち上がると、ガンマはマリの方へ飛び、彼女の腰を抱き寄せ転がる。
転がりながら銃撃。三発。ほとばしる「黒い炎」。いつの間にやら、拳銃はあの炎を纏い、しかし燃えていない。
銃弾に打ち抜かれた男は、うめき声をあげるとその姿を変貌させる。
『人が丁寧に聞いたというのに、いきなり随分と粋がってくれますねぇ』
一言で言えば、蝙蝠人間。顔かたち、牙が大きくなり顔が横に歪み。両腕は翼のようになり、突如腐乱臭が漂い始める。
いきなりの銃撃よりも変貌した男の姿に、ファーストフード店は悲鳴に包まれた。
他の客を見て舌打ちをし、蝙蝠人間はサングラス越しにガンマを睨む。
ガンマもガンマで、左手に銃、右手にはチェンソーの刀。
『――――では、エミリオ・ルーファス・ジェットで……「アゲイン」!!』
アコースティックギターと思えない程の超高速、超連続の響きがラジカセから放たれる。
蝙蝠人間は、少しだけ顔をしかめる。
ガンマはニヤリと笑い、黒い炎を纏ったチェンソーを構え。
「テメェはどんな風に『死に直したい』?」
『弱りますねぇ、情報を聞き出さねば殺す訳にもいかぬわけですし――――』
そう言いながらも振りかぶる蝙蝠人間の腕を、ガンマはチェンソーの刀で受け、腹部に銃弾を放った。
「ふぅん? ガンマ…………、ゾンビハンター『黒炎の死神』ねぇ」
少女の声。暗がり。細いシルエットの手が見える。何かボタンを押すと、テレビ画面が切り替わる。
『馬鹿な……!? いかにゾンビハンターといえど、我が「
『作り替えるタイプじゃなくて、お前自身が憑依するタイプだったからな。繋がってる以上、そこを斬れば終わりだ』
ジャズにしては妙にロックのような音圧のする曲を流しながら、ガンマはチェンソーを振るう。そのたび、ガンマに襲い掛かろうとする、ファーストフード店の客や店員たちが、ばたばたと無傷のまま倒れていく。
空を切るような剣の軌跡。黒い炎のそれは、人には捉え難いはずの黒い靄のような魂魄の糸を、繋がりを切断していた。
「コイツ、ウチの奴でも『生前』結構強いぼんくらだったのに。まるで赤子の手をひねるようじゃない」
『ま、まさかその剣は―――――!』
『知らねぇよ、忘れたから』
黒い炎が鎖となりて、ガンマの手に巻き付く。それを見て逃げるように窓を破り飛び去ろうとする蝙蝠人間。
その相手へと、ガンマはチェンソーを投げる。速度は一瞬で高速。炎を推進力とし加速。ぎゃりぎゃりと音を立てる刃は、黒き炎を纏ってなおきらびやか。切れ味はむしろ増しているのかもしれない。
そんなものを、慌てて逃げた蝙蝠人間が回避できる訳もなく。背部から背を貫かれ、心臓から全身を焼かれ、そのまま街中へと落下。
鎖を引き、チェンソーを手元に戻すガンマ。距離や障害を無視した戻り方。圧倒的に意味不明な戦闘に、マリは引きつった表情。腰を抜かしているのか、背を柱に預けて、頬がぴくぴくしながら。
『これマジ? あれもゾンビ? 上半身と下半身のバランスが滅茶苦茶じゃないの……』
『そこはゾンビ次第だからな。人を一杯食うと、ああやって姿が変わるのもいる』
『あ、ありがと……って、そうじゃない!? あれ、あいつ手がかり! 何で殺したんだよふざけんじゃねぇよぉガンマ!』
『無茶言うなよ、面倒くせぇ……』
『面倒くさい!?』
立ち上がり、ぎゃあぎゃあと騒ぐマリ。ばるんばるん揺れる胸。彼女から顔を逸らしているが、ガンマの視線はちらちらとそちらに引き寄せられている。
そんな映像をぶつりと切り、少女はくすりと微笑む。
「まあ、あの子はともかくアナタの因縁については、詳しくは知らないけど。
…………どうやら全部忘れているみたいね? 彼は、自分が全ての元凶だったってことすら」
「………………」
その少女の隣に、燕尾服を着た誰か。長身、眼鏡をかけているのだけは分かるが、暗がり故顔かたちは不明。
ただ彼女の言葉に、少しだけ呻き。
「まあ、そこは私も関知しないからお好きになさって? ガンマンさん。アナタとあの死神さんのことについては……、後悔のないようにね?」
「…………」
彼女の言葉に何も言わず、しかし眼鏡の男は少しだけ頷き、帽子を被った。
不定期更新です(ガチ)