キヴォトスの生徒と先生がイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
アビドスの一件以降、他校の書類の処理が滞っていたこともあり、仕事に追われる日々が続いていた。しかし、あの一件でホシノがヒナに迷惑をかけたとして、ゲヘナの治安維持を少し手伝っていることで、外勤案件で最も多いゲヘナへの出張がなくなり、負担自体はそこまでのものではない。
「とはいえ、この量はしんどいぃ」
終わった書類を処理済みというカゴに移す。
アビドスでのごたごたのせいで、しばらく当番が決まっておらず手伝ってくれる生徒もいない。
「はア……コーヒー、追加で入れて来るか……」
先生は、コーヒーカップを持って執務室を出ようと席を立つ。
「ん、その必要はない」
すると、それを遮るように扉が開いた。
「シロコ? やあ、珍しいね」
黒いドレスに伸びた背、大人びた声と瞳に変わってはいるが、どこかあどけない顔つきの生徒。別の世界のシロコ、シロコ・テラーだ。
「先生が書類に忙殺されていると、風の噂で聞いた。だから、手伝いに来た。これは差し入れ」
ガサッとレジ袋を差し出すと、その中には栄養食や缶コーヒー、カップ麺などが入っている。その袋を机の上に置き、先生の机の上に置かれていた書類をごそっと持っていき、当番用の机に移動する。
「あ、えっと、シロコ? その辺の書類の処理の仕方は、まだ教えて―――」
「ん、必要ない……前、やったことあるから」
一枚ササッと終わらせると、ムフーと言わんばかりに見せつける。
「そっか……プレナパテスに、教わっていたんだね。じゃあ、お願いしようかな」
「任せて」
先生の机の上に缶コーヒーを置いたシロコは、ふわりと髪をかき上げ、書類に取り掛かった。
静かに時間が流れて行き、夜も更けていく。差し入れのカップラーメンを食べ、栄養食を食べ、日付がもうすぐ変わると言う頃、遂に先生の集中力が切れた。
「あああああああ、もう無理! もう疲れた!」
「ん、先生が壊れた」
コクコクと居眠りしていたシロコが顔を上げ、目を擦る。
「ああ、ごめんシロコ、起こしちゃったね。ここまで手伝ってくれたし、送って行くよ」
腰を上げて、腕時計を確認する先生。と、同時にピタリと動きが止まる。
「……アビドス行きの終電、無くなっちゃったね?」
ちらりと時計を確認したシロコは、嫌に蠱惑的な声でそう囁く。
「ご、ごめんシロコ。こんな時間だと、リンちゃんとかももう帰ってるだろうし、車の手配も……」
「ん、必要ない。今日はここに泊まる」
「はい?」
先生は思わず聞き返す。
「聞こえなかった? 今日はシャーレに泊まる。先生の仕事もまだあと少し残ってるし、居眠りしちゃった分、夜通しで手伝うよ」
机を片付けたシロコは、伸びをして席を立つ。
「それじゃあ、私は先にシャワー浴びちゃうね。先生は休憩室で寝てていいよ」
思考が追い付かず、フリーズしている先生を他所に、シロコは執務室を後にした。
「……え? え?」
とりあえず気持ちを落ち着かせようと、書類の仕分けを進めていると、さっぱりとしたシロコが執務室に入って来る。服は変わっていないが、湿った髪と、シャワーで少し赤くなった頬のシロコは、何食わぬ顔で当番用の席に着いた。
「先生、休んでいいよ? 後は私がやっておくから」
「い、いや。生徒に任せて休むなんて、そんなことはできないよ。それに、こんな遅くまで生徒と二人きりでシャーレに居たら……」
「はぁ、先生。お願いだから、夜はちゃんと寝て。体調を崩してからじゃ、遅い」
シロコはそう先生を説得するが、意地でも先生は仕事を続けようと書類に手を伸ばす。
「……はあ」
その素振りを見て、シロコは再びため息をつくと席を立ち、先生の腕をがっしり掴む。
「とりあえず、シャワー浴びて来て」
「ちょ、シロコ? 引っぱらないで!?」
抵抗する先生を、不満げに引きずりながらシロコはシャワー室へと向かい、先生を中へと放り投げた。
さすがに、そこまでされた先生は諦めてシャワーを浴びる。その後、外勤などにも着ていける仕事用のスーツとは違う、部屋着に近いラフな仕事服に着替えて、シャワー室を出た。
「シャワーも浴びたことだし、仕事を―――」
「んッ!」
執務室の方へと足を向けた先生の腕を、再びシロコが掴む。
「し、シロコさん? え、出るまで待ってたの? とゆうか、そっちは休憩室――」
「私は、休んでって言った」
「まって、まって! 引っぱらないでぇ!」
再びシロコに引きずられていき、先生は休憩室のベッドの上に放り投げられる。
腕組をし、仁王立ちして扉の前に立ちふさがるシロコ。先生は、これは逃げられないと悟り、ベッドへと寝転んだ。
「ようやく休む気になってくれた?」
「ここまでされたらね……」
苦笑しながら、先生がそう言うと、シロコは満足そうに微笑み、先生がいるベッドへと潜り込んでくる。
「え、ちょ!? シロコ!? ダメだって」
「ん、目を離したら、先生は仕事に戻るかもしれない。だから、こうして見張る」
もぞもぞとベッドに入り込んできたシロコは、先生へとしがみつく。
「先生と生徒が同じベッドに寝るなんて―――」
「私は、普通の生徒じゃないから、特別」
「いや、そうゆう問題じゃ……」
「それとも、私は……ダメ?」
震える声で、シロコは先生に問う。
「シロコ?」
シロコの声が一気に暗くなったことが気になった先生は、自身にしがみつく大きな生徒へと視線を落とす。
「私は、この世界の住人じゃない。この世界には、誰も殺していないシロコがいる。アビドス高校のシロコがいる……けど私は、もうシロコと言う名前を捨ててしまったから。アヌビスとして、皆を手にかけた……」
少しずつ、声に嗚咽が混じる。
「そんな私じゃ、先生の側にいるのは……迷惑?」
先生は軽く息を吐き、ぎゅっとシロコの身体を抱き寄せた。
「そんなわけ、ないでしょ……ずっと、そんな風に考えていたの?」
「……うん」
先生の問いかけに、シロコは小さな声で返す。
「こっちにきて、ホシノ先輩も止められて、過去とも向き合えたはずなのに、やっぱりまだ夢に見るの。皆がいなくなって、先生に銃を向けて……」
「そっか……今日私に会いに来たのは、そんな不安もあったのかな?」
シロコはより強く先生にしがみつく。それが、シロコなりの答えだった。
不安は揺らぎと成り、それは行動に現れ、シロコをシャーレへと向かわせた。書類を手伝うと言うのも、全部それの言い訳に過ぎなかった。シロコはただ、先生と同じ時間を過ごしたかったのだ。
「そうだよね……あんなことがあったのだから、シロコがそうやって不安になるのも、仕方がないこと、だね」
優しく白い髪を撫でながら、先生は続ける。
「過去をなかったことには出来ないし、記憶を消してあげることもできない。でもせめて、シロコの未来が明るいものになるよう、手伝うことはできるから、困ったことがあれば、何でも言ってね。大丈夫。私はどこにもいかないし、何があっても、シロコの味方だから」
「本当に? 先生は、私から離れたりしない?」
「もちろん、ずっと傍にいるよ」
その言葉を聞いたシロコは、埋めていた先生の胸から顔を放し、自分のことを柔らかな視線で見つめる先生へと視線を合わせる。
「……ん、言質は取った」
一瞬微笑んだかと思うと、シロコはそのまま腕を先生の首に回し、一気に顔を近づける。
「あ、ちょっ、し――」
驚く先生の口を、シロコの唇が塞ぐ。痺れるような甘い感覚が二人の脳内を駆け巡る。数十秒にも及ぶ長い濃厚な口づけを終えたシロコは、ゆっくりと口を離す。呆ける先生の口とは、未だに銀色の糸で結ばれている。
「言葉だけじゃ、私は満足できない。ちゃんと、証明してほしい」
月明かりの下、先生に馬乗りになったシロコは、先生の両肩を抑える。
「ま、まってシロコ! ほんとに、そうゆうのはまずいって!」
「さっきも言った。私は普通の生徒じゃない。それに、色んな経験をして来た。皆と同じ、子どもに見られるのは心外」
「いや、でも……」
まだ抵抗しようとする先生を見て、シロコは軽くため息をつき、再び先生の横へと戻った。
「それでも、無理強いはしない。本当に先生がダメだって思うなら、今は、さっきのキスだけで勘弁してあげる。でも、私は先生にして欲しい。私は拒まないし、先生を止める障壁は何もない。あとは、私を先生が受け入れてくれるかどうかだけ」
ムギュッと、シロコは自身の武器を押し付けながら、先生へと迫る。
「私は、先生を待ってる」
やけに切ないその声は、本気でシロコが、自分を求めているのだと先生に自覚させた。それでも、『先生』という立場を持っている以上、その要求を簡単に受け入れることはできない。
葛藤の末、先生は――――
翌朝、シャーレにはホシノとこの世界のシロコの姿があった。
「いやーまさかこんなにおじさんのことを使いまわすとは、委員長ちゃんも怖いね~」
「ん、それもこれも、ホシノ先輩が一人で突っ走ったのが悪い」
「あははは~それもそうだね~」
当番が決まっていないという話を聞いたシロコは、ホシノを誘って、手伝いにシャーレへとやって来ていたのだ。
「ありゃ? 執務室に誰もいないね。先生お出かけ中かな?」
「出かけてるなら、ちゃんとそうゆう書置きがある」
「それもそっか……休憩室で寝てるとか?」
「ん、ありえる」
意見が一致した二人は、休憩室へと足を運び、扉を開けた。
「おはよ~おじさんより寝坊助な先生を起こしに……来た……んだけど……」
ホシノは、休憩室の状況を見て、少しずつ声のトーンが落ちて行く。後から来たシロコも、部屋の様子を見て、怪訝そうな表情を浮かべる。
「や、やあ……おはよう、ホシノ」
同じベッドの上に、先生と大きいシロコ。
「ん、おはよう、ホシノ先輩と私」
「ん、説明して、私」
大きな欠伸をしながら、大きいシロコは答える。
「先生と一緒に寝た。それだけ」
「せーんーせーいー? ちょーっとおじさん話があるんだけど、来てもらえるかな?」
目元が一切笑っていないホシノ。
「ん、だめ。先生は昨日、私とずっと一緒にいるって言った。先生は渡さない」
「あはは~やだなーシロコちゃん、そんな先生の彼女みたいなこと言っちゃって」
「実際一回寝たんだし、彼女みたいなもの」
「ん、そんなの許さない」
ガチャリと愛銃を構えるシロコ。
「えっと、ね? ちゃんと話すから、一旦銃は仕舞おう? ね? ね?」
先生の必死な言葉は、ホシノのショットガンから響いた、ハンドグリップがスライドされる音でかき消される。
「先生から話を聞く前に、こっちのシロコちゃんにお灸をすえるのが先かな~?」
「ん、受けて立つ。先生を守るためなら、負けない」
大きいシロコの発言に、盛大にしたうちする二人。
シロコ・ホシノVSシロコの戦いは、夕方になるまで続いたのだった。
これ以降、大きいシロコはシャーレへと頻繁に表れては彼女面し、他生徒から鋭い視線を向けられるのは、また別のお話し。
読むとしたらどれがいい?
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1.第二次エデン条約編
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2.アビドス復興編
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3.ゲヘナ風紀員編