キヴォトスの生徒と先生がイチャイチャしたり、傷ついたりする話   作:古魚

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尾刃カンナ 〇

ある日のシャーレ、先生のスマホが震える。

 

「ん? キリノから?」

 

 何の用かと電話に出てみれば、爆発音にも負けない声量でキリノの声が響き渡った。

 

「先生! 助けてください! 局長が! カンナ局長が!」

「ど、どうしたのキリノ!? カンナに何か……」

「壊れましたぁ!」

 

 

 時間は少し遡る。

 

「カンナ局長、お疲れ様です! 中務キリノ、巡回任務終了いたしました!」

「ああ、お疲れ、報告書をまとめたら休憩に入ってくれ。この後の指示は追って出す」

「了解しました! それで、あの、局長……」

 

 

 巡回終了の報告をしていたキリノは、カンナのある行動に目が止まった。

 

 

「なんだ? 私は忙しいんだが」

「どうして空のマグカップをずっと口元へ運んでいるんですか?」

 

 それは、部屋を入ってから数十秒ごとに、マグカップを傾けていることだ。しかし、キリノが部屋に入った時から既に、そのマグカップには何も入っていない。

 

「……すまない。新しいコーヒーを入れて来る」

 

 自分のおかしな行動に自覚がなかったカンナは、数秒自身のマグカップを見つめた後、そう言って席を立った。しかし、いきなり立ったことで立ち眩みを起こしふらつく。

 

「局長! 大丈夫ですか?」

 

 慌てて駆け寄ろうとするキリノを止めて、カンナは首を振る。

 

「大丈夫だ、ちょっと、立ち眩みがしただけで―――」

「あ~ねご~防衛室からお電話っすよぉ! それと、前回のシラトリ区暴動の報告書はどうなりましたー? いや~4轍目って聞きましたけど大丈夫っすかぁ?」

 

 勢いよく開け放たれた扉、大きな音を立てて副局長のコノカが入って来る。それに驚いたカンナは再び姿勢を崩し、慌てて机に手をつく。直後、ビリッという嫌な音。その音を境に、部屋の中には沈黙が訪れる。

 

 キリノは顔を真っ青にし、驚かせた張本人のコノカは額からダラダラと冷や汗を流す。

 ゆっくりとカンナは手を退けると、その下には『シラトリ区暴動概要』と書かれた書類があった。勢いよく手をついた反動で、紙束の上層は破け、下層はぐちゃっと皺が付いている。

 

「報告書は……今、書き直す。防衛室の電話は……電話は……」

 

 カンナの耳がピクピク震えたと思えば、手に持っていたカップをそっと机に置く。

 

「あ、えっと、姉御? 電話は、私が対応しておきます! 報告書も、全然ゆっくりでいいんで! むしろ私が――」

「もうやだあああああああああああ!」

 

 コノカが必死にフォローしようとした直後、カンナはその場にへたり込み、大声を上げて泣き始めた。

 

「局長!?」

「姉御!?」

「もうねむい! つかれた! おしごとしたくないいいいい!」

 

 4轍目の昼目前にして、カンナは壊れた。

 

「し、しっかりしてください局長!」

「やだああああああ! わたしもともとあんぜんきょくがよかったの! こんなしょるいとかでんわとかわかんない!」

 

 びえーんと効果音が似合う大泣きをしながら、カンナは床を転がる。

 

「こ、これはヤバイ! と、とにかく先生呼んで! あたしはこの様子が見られないように人払いしてくる!」

「は、はいぃぃ!」

 

 

 キリノから電話を受けた先生は、コノカの力を借りて、カンナをシャーレへと連れて来た。二人はヴァルキューレに戻って局長の不在は何とかするから、局長を頼むと言い残して去って行った。

 

「さて、引き受けたは良いが……」

 

 カンナの方を向くと、ソファーに座ってこちらを見ていたカンナと目が合う。

 

「ん? なあに? ぱぱ」

「どうしたものか……」

 

 完全に幼児退行状態のカンナに、先生は頭を抱える。いくら先生とはいえ、ドクターではないので、精神療法の知恵など持ちえない。この状態のカンナと出会った第一声が、まさかの『ぱぱぁ!』だったことを思い出すと、先生の頭痛は悪化いた。

 

 そうして頭を抱えていると、カンナが先生の側により、顔を覗き込んでくる。

 

 

「ぱぱ? どうしたの? 頭、痛いの?」

 

 

 普段からは想像もつかないような甘い声。鋭い目ではあるが、穏やかに瞬きを繰り返し、ギザギザと鋭い牙は、恐怖よりも愛らしさを引き立てている。

 

「うん、そうだね、ちょっと頭痛いかも……」

 

 そんなカンナを見てため息をつくと、カンナがそっと手を伸ばし、先生の頭を優しく撫でる。

 

「痛いの痛いのとんでけー! ぱぱどう? 痛くなくなった?」

「そうだね、今ので全部どっか行っちゃたかも」

 

 もういいや。先生は心の中でそう呟いた。もうこの状態のカンナを受け入れ、精一杯甘やかし、明日元に戻っていることを期待しようと、そう考えたのだった。ある意味、カンナの可愛さに負けたと言っていいだろう。

 

「カンナ、何かしたいことはある?」

 

 そう尋ねるとカンナはパーッと顔を明るくし、「うんとねうんとね!」と言いながらからだを揺らが、グーと先生にも聞こえるほど大きなお腹の音を鳴らすと、「えへへ」とはにかむ。

 

「おなかすいた」

「ちくしょうかわいいな」

 

 断末魔のような一声を残し、先生は一先ずカンナを部屋に置き、自身はエンジェル24へと足を運んだ。カンナに食べたいものをリクエストしたところ、オムライスと返答が返って来たからだ。

 普段料理をしない先生だが、別にできない訳ではなく、人並みに作ることはできる。

 

「お待たせカンナ、オムライスできたよ」

「わーい!」

 

 執務室内の机でお絵描きをしていたカンナの前に、皿を置く。それを見たカンナは、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 

「おいしそう~!」

 

 いそいそろカンナは机を片付け、流しに手を洗いに向かう。その姿を後ろから見ながら、育ちがいいなぁなどと考えている先生。手を洗い、満面の笑みで席へと戻って来るカンナ。動きはまるでイブキの用だが、見た目はしっかりカンナのまま、事情を知らなければ、先生は泡を噴いて倒れていただろう。それほど、脳のバグを疑う光景だった。

 

「いただきまーす!」

 

 

「ごちそうさまでした!」

 

 終始幸せそうにオムライスを食べるカンナを、先生はニコニコしながら見つめていた。

 食器を片付け、お腹が膨れたカンナは、先生とともにお絵描きに興じ、トランプで遊び、探偵ウサギシリーズの新作を読んだ。そうこうしている内に日も傾き始める。

 

「もうこんな時間か……カンナ、そろそろシャワーを浴びておいで、お布団に入る準備をしようか」

「はーい」

 

 先生は、明らかにカンナが一切帰る様子がないため、コノカの手配によって、お泊りセット一式をシャーレに届けてもらっていた。

 

「さて、カンナのベッドを用意しておかないとな……」

 

 カンナが着替えを持ってシャワールームへ向かったことを確認し、先生は休憩室の一部屋にリネンの準備をする。

 

「シャワーを一緒に浴びようとかまで言ってこなくて本当に良かった……いや、本当に……」

 

 小さい子は一人でお風呂に入れない子も多い。そのことを考えると、カンナが共にシャワーを浴びようと言い出すのではないかとひやひやしていた。しかし、予想外にもそんなことはなく、カンナは先生の言う通り、おとなしくシャワーを浴びに行った。

 

「小さく……はなってないが、精神年齢が幼くなっても、カンナはいい子だな……」

 

 そうしみじみと感じる先生だった。

 

 

 カンナがシャワーから上がった後、用意した部屋に連れて行き、ベッドへと寝かせると、先生もシャワー浴びる。ただ、一人ベッドに寝かせると、明らかに不満げな表情をしたことだけが、引っ掛かっていた。

 

「さて、私は少し仕事を片付けてから……」

 

 急を要するものは終わっていたが、貯めてもロクなことがないのはよく分かっているため、先生はそうぼやきながら執務室へと戻っていた。

 

「カンナ? どうしたの?」

 

 部屋へ戻るとそこには、ベッドに寝かせたはずのカンナがソファーに座っていた。

 

「パパ、一緒に寝よ? 一人じゃ寂しい」

 

 今にもくぅ~んと鳴き声が聞こえてきそうな表情で、カンナはそう先生に迫る。

 

「そうは言っても……さすがに生徒と同じ布団で寝るのは……」

 

「生徒の足を舐めたり、混浴したり、二人きりで夜を越したり、ベッドに潜り込まれているというのに、私と一緒に寝るのはだめなのですか?」

 

 ぼそぼそと、低い声でカンナは呟く。

 

「か、カンナ?」

 

 それに違和感を覚えた先生は動揺する。それを見て、カンナは焦ったように声色を戻す。

 

「や、やだー! わたし、パパと寝るの!」

 

 数秒の沈黙。先生は一度天を見上げた後、頷いた。

 

「分かった、じゃあ一緒に寝よっか」

「は、はい……よろしく、お願いします!」

 

 もう無理があるってカンナ! 心の中でそう叫びながらカンナの手を引き、先生は休憩室へと向かう。カンナは終始無言で俯いていた。

 

「……それで、いつから戻ってたの? カンナ」

 

 休憩室のベッドに入った先生は、カンナを見つめながら尋ねる。

 

「……すみません。シャワーを浴びてる最中に、正気に戻りました」

 

 二人の距離は、互いの息を吸えそうなほど近い。

 

「本当に、すみません。私は帰りますね、御迷惑をおかけしました」

 

 先生の表情を見たカンナは、そう言ってベッドを出ようとするが、布団の中で腕を掴み、先生はそれを止める。

 

「待って。この状態を望んだ本心すらも聞けてないのに、帰れなんて言わないよ」

 

 真剣な先生の表情に、カンナは俯きながら顔を赤らめる。

 

「良かったら、話してくれない? どうして、一緒に寝たいだなんて言ったの?」

「……眠れないんです」

 

 顔を上げないまま、ぽつぽつとカンナは語りだす。

 

「最近徹夜を続けていましたが、それ以前から、私はよく眠れないんです。眠るたびに、嫌な夢にうなされて、起きても体はだるく、いっそ寝ない方が楽なぐらいの時もあります」

「それは……どんな夢なの?」

「また汚職に手を染めてしまう夢、対処に失敗して、多くの住人に被害を出してしまう夢……先生を、守り切れない夢」

 

 カヤの一件、SRTの一件それらを経てカンナは、より一層『局長』という立場に重責を感じていた。日々の膨大な書類、クレーム、防衛室の指示、それらの疲労は責任とともにカンナにのしかかり、少しずつ歪を大きくしていった。それが決壊したのが今日だった。

 

「こんな状態ですから白状しますが、私は、先生の隣にいる時、先生が後ろにいてくれる時が、一番安心できるんです。とても心地よいんです」

 

 もぞもぞと布団の中で先生へと接近するカンナ。

 

「だから、こうして一緒の布団に入れば、嫌な夢も見ることなく、ゆっくり眠れるんじゃないかと、そう、思ったんです……」

 

 目の前にいるくたびれた少女に、先生は、先生としてより、もはや一人の人間として同情していた。

 

「いつもの私じゃ、こんなことを頼める気がしなくて……だから、こうして幼くなったふりをつづけ―――」

 

 カンナの言葉を効き終える間もなく、先生は自身に寄って来たカンナを抱き寄せる。

 

「せ、先生!? あの、これは……」

「よしよし、カンナは偉いね」

 

 背中をさすりながら、先生はカンナを抱きしめる。

 

「いいよ、好きなだけ甘えて。今日ここであったことは誰も知らない、私とカンナだけの秘密だから。皆の目を気にすることはないよ」

「……パパ」

「うん、パパだよ」

 

 先生の言葉を受け、カンナもぎゅっと先生の胸へ抱き着く。

 

「パパ、あ、頭を撫でて、ください」

「いいよ……よしよし、カンナはいつも立派で偉いよ。とっても凄い」

 

 甘く優しい声でカンナへ囁き続ける先生。

 

「パパ……」

 

 やがてうとうとし始めたカンナは、虚ろな目で先生を見上げる。先生の体温と布団で温められ、じんわりと火照った心に任せてカンナは囁く。

 

「だいすき」

 

 その言葉に、硬直する先生。だがカンナはそれを他所に、先生の腕の中で、すうすうと安らかな寝息を立てるのだった。

 

 

 後日、カンナは仕事に復帰し、華麗に仕事を捌き、ヴァルキューレ一同を驚かせて見せた。先生に対しても特段変わった様子を見せず、あの夜がまるで嘘だったかのようであった。それ以降カンナは徹夜をすることもなく、ストレスが溜まっている様子すら見せていない。

 

 だが、先生は知っている。先生だけは知っている。

 

『先生、今晩よろしいですか?』

『うん、いいよ。私も仕事を終わらせておくね』

『ありがとうございます。パパ』

 

 モモトークをそっと閉じる。

 

「さーて、可愛い娘のためにも、さっさと終わらせますか」

 

 何と言っても、尾刃カンナのパパなのだから。

 

《カンナEND:パパ》

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