キヴォトスの生徒と先生がイチャイチャしたり、傷ついたりする話   作:古魚

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空崎ヒナ △

 この日先生は、ゲヘナに訪れていた。その目的は、風紀委員のねぎらいだ。

 

「ん? 先生か、どうしたんだ?」

 

 学園の敷居をまたいで最初に出会ったのはイオリだった。

 

「あ、イオリ。風紀委員が何やら大きな仕事を終えたって聞いたからね、そのねぎらいに――」

 

 そう言いながらイオリの前で膝をつく先生。その動作に悪寒がしたイオリは、その場から離れようと体を動かすが、一瞬先生の動きのが早かった。

 

「こうしてイオリの足を舐めに来たよ!」

 

 がっしりイオリの足を掴んで、口を近づける先生。イオリは顔を真っ赤にしながら先生の顔面を抑える。

 

「止めろこのバカ! 変態!」

 

 しかし、一向に先生は退かず、顔面をじりじりとイオリの足に近づける。

 

「離れろおおお!」

 

 そうして攻防を繰り広げていると、イオリの後ろからブーツの足音を響かせながら迫る影が一人。

 

「……先生、何してるの?」

 

 落ち着き払った、されどやや幼さの残る声色。そして、姿を見なくとも委縮してしまうような覇気。

 

「やあヒナ、丁度イオリのねぎらいのために、足を舐めていたんだ」

「ちょ、まるで私が舐めるように言ったみたいじゃないか!」

 

 げしっと後ろからイオリに殴られる先生。

 そんな二人の様子を見て、小さくため息をつくヒナ。

 

「はぁ……いつものね。それで、先生はゲヘナに何か用? 何か家の生徒が問題でも起こした?」

 

 いつものようにそう聞いて来るヒナ。

 

「いや、今回は風紀委員の皆をねぎらいに来たんだ。何か大きな問題を片付けてひと段落付けたと聞いたからね」

「ああ、スケバン大騒動のことね。確かに、それなら何も問題なく終わったわ。数が多くて少し手こずったけど、まあ想定の範囲内ね」

 

 ヒナはない胸を張り、そう答える。手袋をぎゅっとはめ直し、羽が小刻みに震える、まるで何かを期待している様にも見える。

 

「そうか、よく頑張ったね」

 

 先生はそう言うと、そっと手を伸ばし、ヒナの頭に手を乗せる。

 

「ん……」

 

 ゆっくりとその手は左右に動かされ、ヒナの頭を撫でるたびに、心地よさそうに羽は揺れ、瞳が蕩ける。心なしか、頬も紅潮している。

 

「なんで委員長は撫でるのに、私へのねぎらいは足舐めなんだよ……」

 

 ボソッとイオリが呟くと、先生はパッとヒナの頭から手を離し、再び背後のイオリの足へと飛びついた。

 

「だってイオリは、足舐めのが喜ぶでしょ?」

「なっ! 油断した!」

 

 一瞬の隙に先生はぺろぺろとイオリの足へと舌を伸ばした。

 

「この、ド変態があああ!」

 

 大きくイオリが足を振り回し、先生を吹き飛ばした。

 

「まったく! 委員長も、こんな変態と一緒にいたら何されるか分かりませんよ!」

 

 イオリはそう言い残してその場を立ち去った。

 尻もちをついて「あいたたた」と尻を摩る先生。その後ろには、複雑そうな目でそんな先生を見つめるヒナ。

 

「もっと、撫でて貰いたかったのに……」

 

 本当に小さな声でそう呟く。ヒナは不服だった。自分よりもイオリと話している時間のが長かったことに、撫でるのを止めてイオリの足へ行ったことに。そして、自分から甘えたいと言い出せない自分に。

 

「それじゃあ先生、私も仕事に戻るから。チナツとアコはマコトの元に行ってるから、しばらくしたら会えるかもよ」

「うん、分かった。ありがとうヒナ」

 

 さっと身を翻すヒナ。その際ちらりと、袖の下に隠れた、左腕の包帯を先生は見つけてしまった。

 

「ヒナ!」

「ど、どうしたの?」

 

 いてもたってもいられなくなった先生は、飛び上がってヒナの腕を掴む。唐突なその行動に、ヒナは顔を赤くしながら驚くが、先生が左腕の袖をまくったのを見て、手を振り払った。

 

「見ないで!」

「……その包帯、どうしたの?」

 

 ヒナは明らかに動揺した様子で、視点が安定しない。

 

「これは……その」

「解決したって言た事件で、負った怪我かな」

 

 ヒナの胸の中には、恐怖が蔓延していく。

 先生に傷を見られた。自身はその程度で傷を負ってしまうほど弱い。そう思われたら、宣誓から見放され、捨てられると考えていたからだ。

 先生が気にしてくれるのは、風紀委員長、ゲヘナ最強としての『空崎ヒナ』だと考えていたヒナは、それが崩れることを恐怖した。

 

 失望される。幻滅される。捨てられる。捨てられる。捨てられる。捨てられる。

 

 そんな思いが、ヒナの心中で渦巻いた。

 

「……本当に、よく頑張ったんだね」

 

 しかしヒナの想像に反して、先生はヒナの身体を抱き寄せた。

 

「せ、先生!?」

 

 驚きのあまり硬直するヒナ。そんなヒナの後頭部を優しく撫でながら、先生は告げる。

 

「痛かったよな……ほかにどこか怪我していないか?」

「う、うん……ここも、かすり傷程度だし」

「そうか……それでも、傷は傷だ。ヒナが一生懸命戦った証拠だ、ごめんね、もっと早く

気づいてあげられなくて」

 

 先ほどからかけてくれる言葉に、一つも失望の色が見えないことを不思議に思い、ヒナは尋ねる。

 

「がっかり、しないの……?」

「……どうして?」

「だって……私は、強いはずで……こんな傷を負わなくても勝てたはずなのにって、私の実力に、失望しないの?」

 

 動揺のあまり、途切れ途切れになるが、ヒナはそう問う。

 

「するわけないよ。確かにヒナが強いことは知っているし、頼りにしている。その信頼は、怪我したぐらいじゃ崩れないよ。むしろ、それだけヒナが頑張った証だから、めいっぱいヒナを甘やかすだけだよ」

「そう……なの……」

 

 ヒナが変わってしまったのは、この瞬間だった。

 

 けがをしても、先生は自分を見捨てたりしない。それどころか、怪我をすれば先生は甘やかしてくれる。ただのかすり傷でここまでなら、もっと、もっと大きな傷を負ったら?

 

 もっと大きな傷を負えば、先生はもっと私を甘やかしてくれる?

 

 ♦

 

 それから、ヒナは大きく変わった。

 

「アコ、もっと、もっと厳しい仕事はないの?」

「しかし委員長! ここ10日間毎日出ていて、しかも怪我も……」

「いいから! もっと、もっと!」

 

 アコが戸惑った様子で、ヒナへと次の仕事を説明する。

 そんな日が続く中、確実にヒナは傷を負っていき一ヵ月経った頃には、満身創痍でベッドに横なっているレベルだった。

 勿論、そうなってからは毎日のように先生がヒナの元を訪れた。そのたびにヒナは見たことのない笑顔で、先生から愛を噛みしめた。

 

 だが、それも長くは続かない。流石のギヴォトス人、数日も経てば傷は治ってしまう。

 

「ああ、治っちゃった……治っちゃた!」

 

 部屋で蹲るヒナ。

 

「また、先生がどこか行っちゃう! 嫌だ、イヤダア!」

 

 頭を抱えてフルフルと震える。震える体が、机へとぶつかると、がしゃりと自身の愛銃、デストロイヤーが音を鳴らす。

 

 ヒナは、何を思いついたのか、不敵な笑みを浮かべ、愛銃に手を伸ばす。

 

「そうだ……簡単なことだったじゃない」

 

 銃口を自身の腹部へ向ける。

 

「ああ、先生。次は、どうやって私を甘やかしてくれる?」

 

 恍惚とした表情でヒナは、引き金を引いた。

 

                           【ヒナEND:劇薬】

 

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  • 1.第二次エデン条約編
  • 2.アビドス復興編
  • 3.ゲヘナ風紀員編
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