キヴォトスの生徒と先生がイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
そうしてお茶会を楽しんでいる間に、時間は刻々と過ぎていく。
「もう15時ですか……遅いですね」
ふと時計を見て、ナギサはそう呟いた。
「何か約束でもあるの?」
「いえ、約束をしている訳ではないのですが……なにやら先生が、本日の午後、私に渡しておきたい書類があるとかで、連絡があったのですか……」
ミカもそう言えばと思い出す。先生が会いに来てくれると言ったのに、まだ一向に連絡すら来ない。
「確かに……先生、私に会いに来てくれるって言ってたのに……」
もうすぐ日が傾き始める。そんな時間になっても、一向に先生の姿は見えない。
「……まあ先生のことだ、どこかで生徒の悩みを解決しに奔走してるんじゃないか?」
セイアはそう言って席を立つ。
「すまないが、私はこのあと用事があるからここで失礼するよ。先生と会えるといいな、ミカ」
ナギサとミカは、手を振ってセイアを見送った。
「ナギちゃんは何もないの?」
「はい、私は、今日一日ミカさんとご一緒できるよう、予定を全て開けておきました」
「あはは、ナギちゃんってば、私のこと好きすぎでしょ~」
「うふふ、勿論です。先生が訪ねてくるまで、二人で待ちましょうか」
そうして二人きりで過ごすことさらに数時間。
「ナギサ様、先生がお見えです」
「……ようやく、ですか」
時刻は19時、既に日は沈み、二人は夕食を取った後のことだった。
二人が場所を移し、テラスのこじんまりとした机を囲んで座っている所へ、ボロボロになった先生が、大切そうに紙袋を抱えてやって来た。
「せ、先生? どうしてそんなボロボロになってるの!?」
ミカが慌てて席を立つ。ナギサも思わずティーカップを置き、様子を窺う。
「あはは、ちょっと色々あってね……随分来るのが遅れちゃった。とりあえず、ナギサ、これが言っていた書類だよ」
「あ、はい。確かに承りました。先生、どうぞ座ってください。随分お疲れのご様子ですね」
ナギサに言われた通り、先生は差し出された椅子に腰を下ろす。
「ま、まあね。トリニティ自体には、お昼過ぎには着いてたんだけど、色々あってね……」
先生はそう誤魔化すように笑う。確かに、先生の言葉に嘘はない、ただ「色々」の部分を、ミカに言う訳にはいかないのだ。
「何があったの?」
そんな先生の思惑とは裏腹に、ミカはぐいぐいと先生に近づき、問いただす。
「私、先生が来るの、いい子でずーっと待ってたんだよ?」
「あ、ああ。本当にごめん。でも、なんとか今日中には来られたから、許して欲しいな」
ぷくーっと頬を膨らませ、やや不満げなミカ。
「やだ、なんで遅れたのか訳を教えてくれなきゃ許してあげない!」
「困ったな……」
苦笑する先生。それを面白がったのかナギサもそれに便乗する。
「そうですね、折角の誕生日だと言うのに、ミカさんをここまで待たせた罪は重いですよ、先生?」
逃げ場がないと悟ったのか、先生は観念したのか、両手を上げて話す。
「ちょっと正義実現委員会の手助けをしていただけさ、それであちこち走り回ったり戦闘に巻き込まれたから、ちょっと服が汚れちゃっただけだよ」
「……私が正義実現員会への命令権を持っていることは、忘れていませんよね?」
「ああ、嘘は言っていない」
ナギサは肩をすくめ「どうやら本当のようですね」と納得する。
「ふ~ん……まあいっか」
ミカは尚も不満そうな顔をするが、気を取り直して先生の顔を覗き込む。
「それで? 先生、何か言うことはないの?」
「ああ、そうだね」
乱れた服を直し、改めて先生はミカに向き直る。
「お誕生日おめでとう、ミカ」
「えへ、面と向かって言われると照れちゃうな~ありがとう、先生」
そんな二人の様子を見て、少しため息をつくナギサ。目の前から溢れ出て来るムードに、居心地の悪さを感じていた。
「お二人の邪魔をしては悪いですね……ミカさん、ちゃんと消灯時間までには部屋に戻ってくださいね? 私はここで、失礼します」
「行っちゃうの?」
「ええ、今日は目一杯ミカさんを独占できましたし、消灯時間までのわずかな間ぐらい、先生との時間を楽しんでは?」
一礼すると、ナギサはテラスを去って行った。
「……行っちゃったね」
「そうだね……」
ナギサのお付きの生徒も去ったため、完全に二人きりの空間が出来上がる。
「……ミカ」
「は、はいっ!」
急に名前を呼んだため、ミカは驚きながら顔を上げる。
「本当にごめんね、折角の誕生日なのに、こんなに待たせちゃって」
「いいの、全然! こうして会いに来てくれただけでも、嬉しいの」
ミカの顔は、微かに紅潮している。二人きりと言うことで、嫌でも意識してしまっているのだ。
「そう言えば、ミカにプレゼントがあるんだ」
思い出したように、先生は紙袋をミカへと差し出す。
「先生も何かくれるの?」
ワクワクと言うより、ドキドキと鼓動を跳ね上げさせながら、ミカはその紙袋を受け取る。中には、黒い長方形のケースが入っている。
「正直、女の子は何を上げれば喜んでもらえるのか分からなかったから、選ぶのは大変だったけど……どうかな、気に入ってくれると嬉しいな」
ミカがパカリとそのケースを開けると、水色の三日月型のジュエルが光る、シルバーのネックレスが仕舞われていた。
「あんまり、私の給料だと良い物は買えなくて、プラチナじゃくてシルバーになっちゃったけど……ミカには、ずいぶん助けられたからね。こうして、恩返しをしたかったんだ」
あっけにとられているミカに、穏やかな笑みを浮かべる先生。そっと箱の中のネックレスを手に取り、ミカへと近づく。
「ミカの髪はピンクだから、きっと水色が綺麗に映ると思ったんだ。月は、皆が見えないところで優しく見守っている君のイメージにピッタリだと思ってね」
「ちょ、せんせ、近い―――」
まるで抱きしめるかのような形で、先生は前からミカの首に手を回し、ネックレスのリングを止める。
「……うん、思ってた通り、良く似合ってる」
顔を真っ赤にして、慌てるミカ。すでに頭は処理限界を迎えている。
「あ、ありがとう……先生。大事にするね」
処理限界を迎えた脳は、時として、理性をガン無視して言葉を発させることもある。
「……ねえ、先生。一つだけ、お願い聞いてもらってもいい?」
「何かな?」
「今夜、今夜だけでいいから……私に、騙されてくれない?」
「また私を、君の部屋に軟禁するのかい?」
「……違う」
首を振り、ぎゅっと自身のスカートを握りしめながら、ミカはお願いする。
「今日は、今夜は先生が、私を連れ去って。囚われのお姫様を攫うように、私を――」
その時、タイミングよく先生のスマホから着信音が響く。「すまない」と断って電話に出る先生。切なそうな、悔しそうな表情でスカートを握りしめ、ネックレスに目を落とすミカ。
「……それは本当かい? 安全確保のため、か……分かった」
電話を切る先生。少し考えた後、先生はミカへと向き直った。
「……先生?」
先ほどまでとは雰囲気が違う様子に戸惑うミカを他所に、先生はその場に膝をつく。
「事情は言えないが、どうやら君の願いを、かなえてあげられそうだよ」
「それって……」
先生は膝をついたまま、ミカの手を取る。
「お望み通り、私は今夜、君を攫わせてもらうよ……一緒に来てくれるかな、お姫様?」
「ッ―――! はい、喜んで!」
三日月が浮かぶ空の下で、二人はテラスを飛び出したのだった。
♦
一方その頃……。
「全く、ミカさんの誕生日だと言うのに、やってくれましたね?」
ナギサは正実が捕らえた、ミカの部屋にグレネードを持ち込もうとしていた生徒たちと向かい合っていた。
「はぁ。ほんと、まさか昼の暴動が、今夜のことから目を逸らす陽動だったとは、考えたもんっすね~」
正実のイチカが、やれやれと言わんばかりにため息をつく。
「お昼にも何か?」
「ああ、報告してなかったっすね。いや~実は、ミカさんを狙っての暴動がお昼にもありまして、たまたまいた先生が協力してくれなかったら、大ごとになるところだったんすよ~」
ナギサは、何故先生がかたくなに遅れた理由を話そうとしなかったのかようやく合点がいった。
「まったく、どこまでも貴方は、生徒想いな方ですね、先生」
「んん? 何かあったっすか?」
「いえ、この方たちの処分はそちらに任せます」
「了解っす。後ほどハスミ先輩から、今日のことは、報告書が上がると思うっす」
(全く、貴女は運がいいのか悪いのか……まあ、結果的に今夜はずっと一緒に居られるでしょうし、喜んでいるのでしょうね……)
少し歩いて、はっと気づくナギサ。
(誕生日、夜、男女二人……ま、まさかミカさん、一線をこえるなんてことは……)
今夜も、ナギサの震えは止まらなかった
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1.第二次エデン条約編
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3.ゲヘナ風紀員編