キヴォトスの生徒と先生がイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
「んん~あー、後でいいっすか? 今こっちもいそが――」
スマホで通話していたイチカの背後から爆発音が響く。
「ロケット弾だ!」
「イチカ先輩! このままだとまずいです!」
泣き目になりながら正義実現委員会の生徒たちが、交戦を続けている。
「と言うことで、かけ直すっす」
ため息交じりに通話を終えると、イチカは前線へと戻って行った。
正義実現委員会二年生、仲正イチカは憂鬱だった。
「今日で今月何度目っすかぁ?」
「ああん? 大人しくそっちが引き下がってくれりゃあ、あたいらだってこんな大ごとにしねえよ!」
「いや~正義実現委員会やっている以上、それは無理な相談っすね~」
近頃、トリニティ自治区内で不良生徒たちの暴動が激化している。その原因は、正義実現委員会の委員長であり最大の暴力装置でもあるツルギが、体調を崩して寝込んでいるためだ。
症状自体はただのかぜだが、抑止力が居ない今を好機と見て、不良生徒たちは己の欲望のために活動を活発化させている。
「皆さんのおかげで、先生との休日の予定が全部パーっすよ? 一体どうしてくれるんです? 先生も忙しい中時間を割いてくれたって言うのに……」
本音を漏らしてため息をつくイチカ。まだ不良が何か言っているが、気にも留めない。
本来であれば、イチカは今日、先生と町へ出かける予定だった。先生が褒めてくれたギターを持って、どこかの公園で一日ゆっくり過ごすはずだった。
「はあ……寂しいっすね」
先生と関り、自分に素直になれと言われて以来、イチカは先生への好意を無理に隠そうとはしなかった。熱中できるもの、趣味が見つからないと言っていた彼女だが、もはや先生といることが唯一の趣味と言っても過言ではないほどに、イチカの中で先生は大きな存在となっていた。
もとより、今日の予定を立てたのも、最近先生と会う機会が減り、どことなく寂しさを感じていたために、イチカがお願いをしたのが始まりだった。
不良の引き渡しを終え、一旦学校へ戻ろうと帰路に着いていた時、イチカは先生の後ろ姿を見つけた。普段閉じている目が開き、口角が緩む。声をかけようと喉まで音が出かかるが、その隣に生徒がいることを見て、思わず声を飲み込んだ。
「……あれは、確か阿慈谷ヒフミさん、でしたっけ」
先生の隣にいるのは、トリニティ学園の中で、狂信的なペロロ様信者であるヒフミだった。普通に声をかければよかったものの、イチカはそれを躊躇った。
「はい! それでですね――」
「ヒフミは相変わらずだね」
二人から聞こえて来るペロロについての話題。いや、「趣味」についての話題。それが、イチカには眩しかった。
「いや~やっぱり熱中できるものがある子は私とは違うっすね。こう……なんだか、きらきらしてるっす」
少し離れた位置で二人の背中を見つめるイチカ。そんなイチカの心の中に、一滴の黒い雫が墜ちる。
『私との時間のはずだったのに』
今日先生に仕事が無いのは、イチカとの時間を作るためだった。しかし、そのイチカに予定が入ってしまったため、一日先生はフリーな状態になっている。全ては自分のせいだと言うのに、イチカは先生に対して、ほんの一瞬ではあるが、黒い感情を向けてしまった。
「って、私は何を考えてるんすか……」
首を振って、今の思いを払拭する。そうしている間に、イチカのスマホに着信が届き、新たな仕事が課された。
「はいはい、今いくっすよ」
先程浮かべてしまった自分の黒い思いを振り払うように、イチカは仕事へと向かって行った。
♦
忘れようと仕事に打ち込むイチカ、だがどうしても、黒い感情は消えてくれない。『自分のためにあったはずの時間が他人にとられている』『自分のための時間を他人に上げてほしくない』『自分との時間にこだわってほしい』。
考えないようにすればするほど、思いは強烈に、より私欲が溢れるものとなって行く。そして、それに拍車をかけるように、行く先々で、イチカは先生を見つけてしまった。
先生は、今日一日をトリニティで過ごしていた為、トリニティの他生徒たちとの交流を、否が応でも見せつけられた。
「あーヤバいっすね、これ……そんな風に見せつけられたら、私も、我慢できなくなりそうっす」
日が傾くにつれイチカの戦闘は暴力的になって行き、少しずつ繕っていた穏やかな性格が剥がれ落ちて行った。
このままではまずいと思ったイチカは、今日の仕事を終えるなり、すぐにモモトークを開いた。この感情を鎮めるために、すぐにでも先生との時間が欲しいと思ったからだ。
素早くアプリを起動すると、友達の欄から速やかに先生を選択し、メッセージを送る。
『先生、今日は急な予定が入っちゃって申し訳なかったっす。それで、今日の埋め合わせをしたいんっすけど、明日か来週の週末、空いてたりしないっすか?』
返信は思いのほか早く帰って来た。
『お疲れ様、イチカ。今日のことは気にしなくていいよ。明日は予定があるから、来週の週末でもいいかな?』
「よしっ」
イチカは自室で小さくガッツポーズをする。
『りょーかいっす。それじゃあ来週の終末、楽しみにしてるっす』
「うん、私も、イチカと会えることを楽しみにしてるよ」
返信を確認して、イチカは上機嫌のまま、その日は眠りについた。
翌日、一日予定が無かったイチカは、ギターの練習に打ち込んでいた。先生に聞かせて以来、一人で弾くことはめったになかったが、先生に聞かせるためと成れば話は別だ。イチカは鼻歌混じりに、上機嫌な様子でギターを奏でていた。
しばらくして、ふと窓の外を見ると、そこには先生の姿があった。
「お? 今日は予定があるって言っていたから……何かトリニティでお仕事っすかね?」
少し考えたイチカは、何か手伝えることがあればと思い立ち、ギターを片付け、自分の部屋を後にした。
先生の姿を探して学園内を彷徨っていると、ティーパーティーのナギサと共に歩く姿を見かけた。なにやら仕事の話しとは思えないほど和やかな雰囲気であったのが気になり、こっそりとイチカは二人に迫った。
「本日は、お茶会へ参加してくださり、本当にありがとうございます」
「大丈夫、今日は何も予定が無かったし、ナギサとも話したいと思っていたからね」
「まあ、そう言っていただけると、私としても嬉しい限りです」
そっと草の陰から聞き耳を立てていたイチカは、二人がテラス席でお茶会を行う様子も見届けた。
「明日は予定があるって……他の子と楽しくおしゃべりする予定だったんすね」
自分でも、こんな風に思ってはいけないと自制するが、一度動き出してしまった激情は、もう止まらない。
「先生は、私よりほかの子を優先するんすね」
お茶会の間、親し気に二人は会話を続け、終える時に、先生はナギサの頭を撫で、手を握った。それらは全て、イチカがまだ経験したことのない先生からのスキンシップだった。
「あれ? イチカ、こんなところで会うなんて奇遇だね」
お茶会を終え、ナギサと別れた先生がトリニティの校門をくぐった先には、イチカが待ち構えていた。
「あははは~そうっすね。先生は今日、予定があったんすよね? お仕事っすか?」
「う~んまあそんなところだよ」
「嘘つき」
「え?」
イチカは、先生から帰って来た返答が、まるで自分と会わなかったことを誤魔化す嘘の様に感じ、反射的にそう呟いた。しかし、すぐに明るい表情で誤魔化す。
「なんでもないっすよ~お仕事お疲れ様っす」
「ありがとう、それじゃあ私はまだやることがあるから――」
「待つっす」
その場を離れようとする先生を、イチカは呼び止める。
「ちょっと付き合ってもらえないっすか? そんなに時間は取らせないんで」
「いや、ちょっと―――」
「お願いするっす。ほんと、ちょっとでいいんで」
イチカは目を開いて、そう先生に問いかける。その瞳に、光はない。
「そこまで言うなら……」
イチカの真剣な様子を見て、先生はイチカに付いていくことにした。
トリニティ学園内の隅、ほとんど物置と化している教室に、イチカは先生を連れ込んだ。
「それで用は一体……イチカ?」
部屋に入るなり、不審気な目でイチカを見つめる先生。イチカは、そんな先生と目を合わせないよう顔を伏せたまま、入り口の扉に、ガチャリと大きな音を立てて鍵をかける。
「……先生、先生は昨日、何をしていたんすか?」
「イチカ?」
「答えるっす」
物言わせぬ雰囲気の位置かに押され、先生は聞かれたことを答える。
「昨日は、トリニティで一日を過ごしたよ。ヒフミとペロロ様の話をして、放課後スイーツ部とか、シスターフッドの皆とも会ったね」
「本来私とのお出かけに使うはずだった時間を使って、っすか?」
まるで昨日一日の行動を咎めるような言動に、先生は不思議そうな表情を浮かべる。
「イチカ? どうしたの? なんだか今日は、様子がおかしいよ?」
「一体……一体誰のせいで、こうなってると思ってんすか……」
イチカはぐっと拳に力を入れ、自身の中にくすぶっていた黒い思いをぶちまける。
「先生には、もっと私との時間を大切にしてほしいっす! もっと一緒に居られる時間が欲しいっす! 今日だって、どうして私との埋め合わせを優先してくれなかったんすか! あのお茶会なんて、別にいつでもできたじゃないっすか!」
「い、イチカ? どうしたの、イチカらしくないよ」
息を切らし、荒々しく肩を上下しながらそう声を荒げるイチカに、先生は一歩後退る。今まで見て来たイチカの姿とはあまりにもかけ離れたその言動に、先生は怯んでいた。
「私らしくない? あは、何言ってるんすか先生―――これが本当の私っすよ? 列車の中でも見たでしょう? 私はもとより、こうゆう性格なんっすよ!」
言い切ると同時に、バンッと強く机を叩くイチカ。
「先生は、私に趣味をくれたっす……熱中できるものを、くれたっす……ギターじゃないっすよ? あれは確かに、先生に褒めてもらってから捨てずには取ってありますけど、私にとってあれは、先生との関りを維持するための一つにすぎないっす」
大きく目を開き、真っすぐ先生の瞳を見つめるイチカ。
「私の熱中できるものは、先生、あなたっす」
その目に光は宿っていないが、微かに頬は紅潮している。翼をふるふると震わせながら、イチカは続ける。
「私がずっと探していて、やっとそれを見つけたのに……ほかの子にとられるなんて、我慢ならないじゃないっすか」
イチカはじりじりと先生に歩み寄って行く。
「イチカ、私は先生だから、誰とでも等しく接するし、取られるとかそうゆうのは―――」
「先生がどうかは関係ないっす」
不穏な笑みを浮かべ、目を閉じることなくイチカは語る。
「これは私の素直な気持ち。先生を誰にも渡したくない、独占したい、私だけのものしたい……先生が言ったんすよ? 自分の気持ちに正直になれって」
イチカは先生を地面に押し倒し、その上に馬乗りになる。
「イチカ、ダメだ、止めろ!」
イチカの手がそっと自身の首に伸びていくのを見て、先生は自らがされそうになっていることに気が付く。しかし、今更もうどうしようもできない。先生の力では、イチカを振りほどくことなどできやしないのだ。
「大人しくして欲しいっす。この世界を離れれば、私は先生とずっと一緒に居られるっす。仕事に追われることもなく、ね」
がっしりとイチカは首を掴み、自分の手の中で衰弱していく先生の表情を愉悦の笑みで見つめる。
「ああでも、先生は女たらしですし、きっと天国には行けないっすね」
少しずつ抵抗が弱まって行く。イチカは、先生の息が止まる最期まで、手を緩めようとはしなかった。
「でも大丈夫っすよ、私も、先生をこの手で殺めてしまった以上、天国には行けないっす」
すでに動かなくなった先生の耳元で、イチカは小さく囁いた。
「一緒に地獄へ行くっすよ」
その後、キヴォトスで先生と仲正イチカの姿を見た者は誰もいない。イチカの部屋からは、ギターだけがイチカと共に姿を消していた。
《イチカEND:地獄行き》
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1.第二次エデン条約編
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3.ゲヘナ風紀員編