ひがいましまし おもひでぼろぼろ(ぶつり)
集音装置を備えた基地内のメインカメラがもたらす映像に、指揮所の中にいる者たちは皆、釘付けとなった。
響き渡る銃声、爆音、悲鳴。
ややあってサブカメラからの映像に目を移せば、十字砲火をものともせずに駆け抜けていく姿がそこかしこに、まるでコマ切れのように映っている。
アビドスは最早
どこの学校からも増援など来るはずの無い学校だったはずだ。
なのに、何故。
借金を積み重ねて広大な土地を奪った。
――――残ったのは猫の額と言わんばかりの僅かな土地だけだ。
借金を積み重ねて余裕を奪った。
――――有効な打開策を模索する事すらできていなかったではないか。
そしてついには
あのいけ好かない黒服の主導であった事はまさしく業腹だったが、それで幕引きとなるはずだっただろう?
何故、何故、何故、何故。
「理事長、この基地から退避してください! そう長くは持ちません!!」
「馬鹿な……」
指揮所に備え付けられたモニターの中で、暗い深緑のオーバーコートが踊っている。
立てられた襟と、目深に被られた規格帽の僅かな隙間から輝く金色の目が、此方のカメラを覗いて嗤っている。
我がPMCの基地の只中で、まるで子供が散歩でもしているかのような気安さで、地獄が闊歩している。
「何が……何が起こっているのだ……!?」
「お気を確かに! ヤツはすぐにでもここを嗅ぎ付けますよ!?」
歩兵部隊の、十重二十重のロボット兵が、まるで出来の悪い玩具のように手足をこぼれ落としながら空を舞っている。
AIによる制御で誤射が起こらぬように配置されている兵士達が、本来あり得ぬ誤射の危険性からロクに発砲できていない。
それも当然の事だろう。ロボット兵を蹴り壊した反動まで利用して、まるでピンボールか何かのように戦場を飛び回る相手などそもそも想定されていない。
大盾を構えた前衛のロボット兵など更に悲惨だ。身を守る盾ごと真っ二つにへし折られ、後ろの兵たちを巻き込みながら、防弾仕様であるはずの壁のオブジェとなった。
皆が皆、絶えず砂の舞うこの地を、その身から流れ出るオイルで染め上げている。
堅牢な陸の覇者、ただの銃弾など意にも介さぬはずの戦車が、まるでジオラマの中にある樹脂製模型のように潰され、爆散している。
ブーメランか何かのように投げられた大盾が突き刺さり、真っ二つに割り開かれた戦車の陰で、頭を抱えてまるで何かに許しを乞うかのように蹲って震えている士官が見えた。
だと言うのに、その情けないにも程がある有様を笑う者も、怒鳴る者も居はしなかった。
――――彼は、見逃された。既に自らに銃を向けていなかったからなのか、それともAI制御のロボット兵ではなかったからなのか、それは分からない。
拡大していく被害の中で、
貧窮した学校の装備では有効打を与える事すら困難なはずの、制空権を得た攻撃用ヘリコプターですら、地に堕ちた。
割り開かれた痛ましい有様の戦車から摘出された砲弾を、わざわざ砲を使うまでもないと言わんばかりに驟雨の如く浴びせられてはひとたまりもない。
小脇に抱えた箱から取り出しながら手で投げつけられたとは到底思えない、幾多の大穴を晒して黒煙を上げるだけの置物に成り果てている。
挙句の果てには空になった箱まで投げつけられて、未だ空に居座っていた残機のローターが飛び、新たな置物が出来上がる始末だ。
この有様を見せられ、戦闘部隊同士が死力を尽くして潰しあった結果だと言われれば納得する者は多かろう。しかし、この有様がたった一人の人間の手で引き起こされたなどと言われ、信じる者など居はしまい。
だというのに、モニターの中で、ヤツは嗤い続けている。
もはや闇雲にバラ撒かれているだけに等しい、その総量だけは確かな銃火の海の中で、穴あきの規格帽から伸びる耳を右へ左へ動かしながら。何かを探しているかのような仕草を見せながら。
その頻度と方向性が絞られていっている様が何よりも恐ろしく感じられて仕方がない。
「いやはや、流石、と称賛すべきですね」
「…………何だと?」
怒号の飛び交う指揮所の中に突如として現れた途端、聞き捨てならぬ事をのたまう輩であると言うのに。確かな熱を帯びながらも、静かに響き渡るかのような一声は、まるで総身に冷や水を浴びせられたかのように感じられた。
それは、この場に居る者全ての注目を集めるのに十分であったのだろう。皆が皆、扉の前に佇むこの男を見ていた。
飄々と悪意を滲ませる態度が常の男が、この黒服が、今にも手を掲げて喝采をあげよう程に熱を帯びるなどと、想像だにしなかった。
「神秘と一口で言いはしますが、そこに内包されている
「…………自前のオカルティシズムを披露したいだけなら他所でやるといい」
「
こちらの怒気など意にも介さぬ、とばかりに手を広げ、まるで聴衆に演説でもしているかの如く。朗々と語り上げるその声の主から目を離せないのは何故だ?
背を向けたモニターから響く、けたたましい爆音に負けないほどの嗤い声。今ここに居る我らの中で唯一、その声の主を視界の中に収めているこの男は、何故その歪な形をした顔をさらに歪め、笑っているのか。
くつくつと、抑えきれぬとばかりに漏れるその声に、この機械の体ではありえぬはずの背筋がじわじわ凍っていくような錯覚すら感じる。
だが、神秘だなんだと、そんな
戦争は数だ。
頑丈なキヴォトスの生徒であっても、銃で撃たれて痛いと思わない者など居ない。そして、そうであるならば倒せるのだ。ヘイローを、神秘を持たぬ我々であっても。
一般市民と違い、銃で撃たれても早々出血などはしないが、着実にダメージは蓄積する。頭を撃たれればその衝撃で脳震盪だって起こるのだ。
「神秘は一つのカタチを持たぬ、純粋なエネルギーのようなモノであるという説がありましてね。少々長いので要約すると、『その純粋なエネルギーを様々な個人の
つい、と黒服がその細腕を持ち上げ指さすのは、我らの背にするモニターではなく、その先にある、今なお地獄を作り出している存在に対してだという事は言わずもがなだろう。
皆がそちらへ視線を移すのを見取ったであろう黒服が、まるで我らの身体に染み込ませるかのように言葉を紡いでいく様に、どこか薄ら寒いものを感じる。
「先に私が手にした
ですが、と言葉にしないまでも聞こえてきた。
そうだ。小鳥遊ホシノは確かに強者だろう。小柄な体でありながら、恐ろしく頑強だ。手に持った薄いシールド一枚で戦車砲を軽々と防ぐなど一体なんの冗談だと怒鳴りたくなる。キヴォトス最高の、等とこの黒服が嘯くだけはあると認めよう。
だが、この有様はどうだ? ここまで馬鹿げてなどいなかっただろう?
「キヴォトスの生徒たちが持つ神秘、もたらす
カメラに向かって投げられたヘリのローターが迫ってくる映像を最後に、一つのサブカメラの映像が途切れた。
先の戦車を潰した大盾も大概だったが、こちらもまた馬鹿みたいな大きさのブーメランだな。
別のカメラで捉えた映像で、見事命中した事にグッとガッツポーズをかましながら、頭に射撃を受けても平気な面をしている姿が映っている。
せめて痛がるとか、そういう反応を見せろ。頭がおかしくなりそうだ。
「容器に水を入れるとしましょう。許容量が同じであっても、その容器の材質によって実情は異なってきます。保持するだけならば問題はない、はたまた最早触れただけで決壊する……等々。
――――そこに、水そのものが持つ重さを利用して水を吐き出すだけの蛇口などではなく、ポンプのような圧力をかける類の放水装置を取り付けても壊れない頑丈な容器があったなら?」
カメラに向かって放たれた自走砲の砲身が迫ってくる映像を最後に、二つ目が。
槍投げか何かをしているつもりか。
ロボット兵からの銃撃によって足元に落ちていた自走砲の榴弾が誘爆している中で、煙いとばかりに扇ぐばかりのヤツに眩暈すら起こり始めた気がする。
「ああ成る。ああも、成り果ててしまうのです。馬鹿げた膂力? 底知れぬ持久力? 視界に入ってすらいない弾丸を躱す? ――――結構! 個々の能力として見るならば似た事例が無いわけではありません。……神秘の総量が多い方々の中では、ですがね」
カメラに向かって馬鹿げた改造をされた拳銃から弾丸が放たれる映像を最後に、三つ目が。
両腰にまるでサーベルか何かのように吊るされていた、馬鹿げた長さのバレルを持つ拳銃。
拳銃のバレルをああまで延長したところで、得られるメリットなど無きに等しいだろう。所詮拳銃は拳銃でしかない。
だと言うのに、耐久性に秀でたこの基地のカメラがいとも容易く潰される始末。
「キヴォトスの神秘に紐づいた生徒諸君が、自壊せぬよう本能的に発揮するその力。…………ええ、
四つ目、五つ目、六つ目、七つ目――――
優先順位を上げたのか、次々にカメラが潰され始めた。モニターの映像は既に半数を切ろうとしている。
「全身全霊で圧を掛け、絞り出すようにしてもなお壊れぬ器からはじき出される純粋な
メインの集音装置付きカメラだけを避けるようにして、次から次へ消えていく。
「彼女が十全に、全力でその
最早熱を帯びる、どころではない。
あの顔の亀裂から漏れる白い煙のような光が、まるで湯の沸いたケトルを思わせる勢いで噴出しているのが横目に見えた。
…………長々と御託を並べているが、つまり、何か。
「先生との心躍る契約交渉の末、
貴様は…………!
「しかし、最早その顛末すらも心地よく感じてしまう。結果として彼女が、あの降雨シアが、不良生徒相手にじゃれる姿を覗き見る程度では最早満足などできなくなっていた、この目で! この有様を見ることができたのだから!!」
この黒服が体よく我らを利用しようとしているのは分かっていた事だ。そもそも隠そうとすらしていなかったのだから、当然だろう。
だが、その
「
我らを、カイザーPMCを単なるプリンキングの的とでも思っているのか?
カイザーを。大企業として名を馳せるカイザーコーポレーションを、狩りの獲物扱いだと?
ならば、背後から
粗方平らげた兵士たちを後目に、最後のカメラの前で、
その映像が途切れた瞬間の、黒服から漏れた感嘆の声が酷く癪に障る。
この基地は、終わった。
――――そして私の進退も、終わりだろう。
よりにもよって相手はあの『歩くゲヘナ』。タガが外れてしまえば、七囚人よりも遥かにタチが悪い輩による戦火を下手に延焼などさせようものなら、如何にカイザーと言えど軽い火傷では済まない。
そして、そうなってしまえば原因となった者の処遇など火を見るよりも明らかな事だ。このような襲撃を単独でこなせる存在に目を付けられるような事態を引き起こしたとあっては、トカゲの尻尾切りも止む無しと、この私ですら思うのだから。
ならば、感情と実益を兼ねて、この黒服が全て悪いという事にしておいた方が身の為というものだ。
「――――!!!」
してやられたのは私が見誤ったからだ。認めよう、私の愚かさを。もはや私の将来は明るい物ではない。だからこそ、私はこの機械の身体で出せるありったけの出力を発揮して、背後の黒服へ一矢報いようと、握りしめた拳を――――
「例えるならば、大自然の中でだけ垣間見る事のできる大瀑布。それそのものは芸術とは呼べまいが、美として認めるのは吝かではない」
「神話に謳われる英雄の如きあの雄々しさ。テクストとして貼り付けるまでもなく、
「そういうこったァ!!」
なんか増えてる。帰れ貴様ら。
◆
「あの直後の鋼鉄製の扉を力尽くでこじ開けた『Open Sesame』には恥ずかしながら興奮を隠せませんでしたよ……!」
「そもそも何でお前がここに居るの?」
「そろそろほとぼりが冷めたでしょうから、感想戦をしようかと」
「冷めるか馬鹿め。シアを呼んでやろうか?」
「是非」
「なに、無敵なの……!?」
シャーレでの残業デスマーチが一段落して、給湯室で一服しようとした矢先。
仕事を放棄しはじめた脳細胞で、アロナが騒いでいるのを後目に、鳴ったインターホンに応じて扉を開けてみれば、コイツだ。
また何かしでかすのか、すわシャーレに襲撃か、なんて警戒した瞬間に差し出される『わたくし、高級豆ですの』と言わんばかりの芳醇なコーヒーの紙カップ。
そもそもどうやって
「
「拘束した状態でシアの映像見せ続けて『アレはできますか?……できない』『ではコレは?……できない。そうですか……クックック……』なんてひたすら詰め寄ってたって聞いたけど」
「いえ、私も考え直したのですよ。私の探求は少々方向性を変えた方が結果として近道になるのでは、と」
「……生徒をあの手この手でかどわかそうとした輩が言っても説得力なんて無いからね。ホシノの一件だけでなく、それ以前に被害が出ている事も把握しているんだから」
「クックック……!」
接していて分かる。コイツ改心なんて一切していない。無理やり何らかの実験をした方が早いとなれば、躊躇せずにヤる。
コイツの『探求』とやらが何なのか詳しい事は分からないけど、生徒を
「残念です。シアさんとお腹を揉み合った先生であれば理解頂ける部分もあるかと思いましたのに」
「貴様何故それを知っている」
「いえいえ、引き締まりつつも女性としての柔らかさを失っていない事が見て取れるシアさんの見事な腹筋に、後からこっそり崩れ落ちてショックを受けていた先生の姿など見てはいませんよ?」
「ストーカーじゃない。素直に気持ち悪いわお前。それに、ショックなんて受けてない!」
「ククッ……ところで先生、こちら当方の芸術担当が美の探求と称して作り上げた痩身サプリなのですが……」
「喧嘩売ってるの?」
「クーックックック!!」
敵だ。私だけのではなく、女性の敵だ。
ひいてはキヴォトス全生徒の敵でもある。絶対に許すわけにはいかない。
「まぁ先生のようなお若い女性であれば、薬に頼るよりも運動をした方が健康的だと思いますが」
「さっきから刺してくるじゃんねお前ぇー!?」
「クククッ……そのようなつもりは一切ありませんよ?」
思わず投げつけたボールペンを事も無げに受け止められて、更に煽られるとは。
敵だ。敵でしかない。
「さて、麗しい女性をこうも怒らせてしまった男に残されているのは、最早逃げの一手のみ」
「そういう所まで最低なの?」
「クク、クックックック……!!」
何か不思議なゲートを使ってまで逃げるのか。
ここまで見事に駄目男ムーブをされると逆に冷静になる。
「ていうかボールペン返してから帰りなさいよ……。手に馴染んできたヤツだったのに……」
くろふく(いち)
しんちょー:たかめ
たいけい:すれんだー
せいかく:だめんず(くずふうみ)
けんきゅう:めいそうちゅう
ぼーるぺん:ですくにかざった