次話はキャラ視点の話です。
「っ⁉︎ 貴女……」
目の前にいる『妖精』の音央が驚いて息を飲んだ。
それと同時に俺の背後に、ピッタリと寄り添う暖かい彼女の感触が伝わってきた。
そう。これが、俺が感じていた熱の正体で……。
この子は……夢の中だろうが何処でも現れるんだ。
彼女は俺を『殺す』まで何処にいようと必ず背後に『存在』している。
それは、そう、間違いなく。
「一之江!」
「わ、私の夢を見るなんて……いやらしいっ!」
「ごめんよ、夢の中の君も綺麗だよ」
「うわっ、夢の中でも口説くとか……貴女は本当に真性のバカなのですね」
「可愛い女の子を口説くのは紳士の嗜みだよ?」
「ふむ……なるほど。私は超絶美少女ですからね。モンジが口説きたくなるのはある意味当然かもですね」
「……美少女なのは確かだけど、その自信は何処からくるんだい?」
「私、メリーさん。とっても可愛い美少女なの」
「可愛い美少女の姿をした人形に追われるのならある意味幸せかもしれないな……うん」
「人形萌えですか……変態ですね」
「いや、違うよ。一之江みたいな可愛い女の子には萌えるかもしれないけどね」
「うわっ、キモ……いやらしいっ!」
「ええっ⁉︎」
「まあ、キモンジらしいですね」
待て! なんだキモンジって。
「キモいモンジ。略してキモンジです」
「言い直せてないし、余計酷くなってる⁉︎」
「失礼。噛みまちた」
「違う。わざとだ!」
「噛みまちた」
「わざとじゃない⁉︎」
「そんな小ネタはどうでもいいのですよ」
「うん。そうだろうな」
一之江はどうも登場シーンでは小ネタを挟まないと気がすまないようだ。
シリアスな空気が苦手なのかもしれないな。シリアスな都市伝説なのに……。
だが、そのおかげで俺は冷静になれた。
「え、い、一之江さん……なんですか?」
「はい。ナイスバディに変身した一之江です。これでトリプルボインですね」
「え、え?」
一之江の言葉に動揺している
妖精の音央の方が無言になっているのは、一度一之江の登場シーンを見た事があるからだろうか。
まあ、狼狽えるのは仕方ない。
一之江はロア状態になっていても、ボインには程遠い洗濯い……慎ましい体つきをしているからな。
それにこれまで。『妖精』のテリトリーである『何者も踏み入れらないように固く閉ざした絶対の空間』である
だが、一之江は。
『月隠のメリーズドール』はいかなる空間にもやってくる。
俺を『殺す』まで、絶対に逃がしてはくれないのだから。
「しかし……早朝にキリカさんとイチャイチャしたかと思ったら、夢の中では本物の音央さんとイチャイチャし、んでもって今は妖精の音央さんとイチャイチャするために説得中ですか……節操ありませんね、ほんと」
グサッ、グサッと茨ではない痛みが俺の背中に何度も感じた。
何故だろうか?
茨の刺はたいして痛く感じないのに、この背中の痛みは妙に痛く感じる。
「浮気ばかりしてると刺しますよ?」
「刺されても止めらないな。浮気は文化だからねっ!」
ザクッ!
鋭い痛みが襲ってきた。
今までで一番の痛さだ。
「このスケコマシ野郎!」
「……そんなわけで手伝ってくれ」
「うわっ、否定しやがりませんね」
ハァ、と溜息が背後から聞こえた。
浮気は止めらない、などと言ったが……この背後を守ってくれる少女には感謝と申し訳なさが浮かんでくる。
「それで、どうしますか?」
一之江はあくまでいつも通り、冷静に尋ねてきた。
「この本物の音央さんを私が殺せば『神隠し』は滅び、既にみんなに認識されているあちらの『音央』さんが戻って来ます。私には『確実に抹殺する』という逸話があるので、例え神隠しだろうが神だろうが殺してみせます」
「……ああ」
一之江がこう断言するのは、より『そう在る』為だろう。
だから彼女は何が何でもどんな相手だろうが殺してみせる。自分が強くある為に。
「ですがその場合、ご本人であったこの方はもちろん消滅です。跡形も、記憶すらも誰の中にも残りません。
______もっとも、この方が消しまくった方々にしてみると、ある意味当然の結末ではありますが」
一之江のその言葉で確信した。
ああ、そうか。
彼女はわざと煽っているんだ、という事に。
彼女は音央がどういう『罪』を犯したのか、その『罪』にあったどんな『結末』を迎えるべきか、俺に示しているんだ。
「ちなみにこの方を殺さずにここを出た場合『神隠し』は残り、あちらの『音央』さんはまたこの事を忘れ……また『神隠し』が発生します。事件は終わる事なくいつまでも続くでしょう」
「……そうか」
前方の音央、後方の音央。
どちらからも苦い気持ちが伝わってきた。
「どちらにしますか?」
「解ってて二択にするのはやめような、一之江」
「解っていたから二択しか出したくなかったんです」
俺と一之江はお互いだけが分かり合える含んだ言葉を言いあった。
俺も一之江もとっくに選ぶべき『結末』は決めている。
なのにこんな確認をしたのはほとんどわざとだ。
……自分達が下した決断がどういう意味を持つものか。
それをお互いに再確認するための、通過儀礼みたいなものだ。
だから俺は、口を開く。
______3つ目の選択肢を突きつけるために。
「あのさ、2人とも」
「……はい」 「……何よ」
同時に前後から聞こえてきた音央の声、
俺は2人に向かってなるべく優しい声色で語りかける。
「君達も俺の物語にならないか?」
それは俺がこの夢に入る前から決めていた事だ。
「俺はどちらかを選ぶとか、どっちも選ばないとか出来ない。音央は……ああ、妖精の方のな。君は昔からの友人だし、一緒にいて楽しいし、君にバカって言われると何だか懐かしい気持ちになってホッとするんだよ」
「……バカって言われて嬉しそうにするとか、ヘンタイなんじゃないの……バカ……」
弱々しくも変事をしてくれた音央を見ると、やっぱり懐かしくてホッとする。
ああ、そうか。
俺は音央にアリアの面影をみていたんだ。
いや、『妖精』の方の音央だけにではない、な。
「そして、黒髪の方の音は……俺に優しくしてくれて、幼馴染みの武装巫女を思い出せたよ。
似てるからね雰囲気が……鳥の籠に入れられていた境遇とか、自己主張しないその性格とか。
そんな子を1人きりにさせるなんて俺には出来ないんだ」
もっとも、彼女と白雪は境遇こそ似ているが違う。
白雪は
そしてこちらの……『神隠し』の音央は世界から自由を奪われて生きている。
どちらの方が良い悪いのかは俺には解らんが……解っている事が一つだけある。
境遇こそ違えど、そんな子だからこそ俺は助けたい。
その気持ちに嘘偽りはない。
それに、こちらの音央なら俺が他の女子と会話するだけで襲いかかってきたりはしない……はずだしな。
「でも、それは……貴方を消してしまう為の優しさで……」
確かに彼女のその行いは……甘い言葉で獲物を食べる赤ずきんちゃんの話にそっくりだ。
でも、誰かを騙す為の優しさだったとしても、優しくされた事実は変わらずに残るんだ。
その時感じた気持ちは……嘘じゃない。
例え裏切られると解っていても。
それが嘘じゃないのなら、それはそれでいい時だってあるのだから。
「助けて欲しかったんだろう?」
「…………」
「俺は、どんなに悪い子だろうと、とりあえず助ける。償いとか、罰とか、そういうのは……消えたり、死んだりする事じゃないからな。
その気持ちを持って、後悔したり、苦しんだり、反省したり、悪夢に苛まれたりしながら、ずっと生きていく事が本当の償いだ」
それをしない、出来ない純粋な『ロア』みたいなオバケもいるが……。
この音央は人間で。
あっちの音央は人間と同じ感覚を持っている。
なら、2人共……ちゃんと罪に向き合って、その罪を背負って生きていける。
俺はそう信じたい。
いや……信じている。
「君が出してくれた御飯も美味しかったしね。俺は、俺に優しくしてくれる女の子はみんな大好きだ」
「私は……貴方も……消すつもりだったのに……っ」
「……脳天に風穴でも開けましょうか?」
そんな音央の言葉と一之江の呟きが聞こえて。
それと同時に背後から感じたのは身を凍らせるような寒気と背中に感じる冷たい金属のようなものの感触。
風穴を開ける、か。
ああ、懐かしいな……その台詞は。
そして後ろの方からひく、ひくっという泣き声。
……とんだ泣き虫だな、本物の音央は。
俺はやっぱり女の子の涙には弱いな。
なんとかしたくなってきた。
「優しさっていうのは、された方が感じるものであって、した方は気にしなくていいんだ。
キリカなんかを見てごらん。凄い優しくしてくれるけど、当人の中では全部計算だよ?」
「…………」
「一之江を見てごらん。なんだかんだ言って優しいけど、それは全部自分が消えないようにする為であって、自分のロアの力を強くする為でもあるんだからね?」
「まあ、そうですが。それに気づいていながら、貴方はキリカさんや私の優しさを信じていたりするのですね」
「そりゃ、どっちも俺にとって大事な物語……大事な子だからね」
「このハーレム野郎」
一之江は憮然とした物言いでそう言ったが、不満はいくらか軽くなっているようだ。
「一之江、お願いだ!」
「仕方ありませんね」
蔦は俺の全身を頑ななまでに包み込んでいる。
だから俺は自分の力だけではろくに動けない。
だが、一之江が俺の背にいる時は……。
______俺を阻む事なんて出来ないんだ。
「音央、聞こえているんだろう?」
俺の声にぴくっ、と反応した音央。
その姿は茨に囚われたままだ。
俺が音央に話しかけた直後。
俺は音央の、すぐ側に現れていた。
「
言葉が聞こえた人物の場所に一瞬で跳躍する一之江の能力。
その能力を使った俺の目と鼻の先には音央がいた。
俺は自分の体が傷つくのも構わずに茨の中に手を突っ込んだ。
そして音央の手を握った。
「……あんたは……本当に、バカよね」
「君もかなりのバカだけどね?」
ニヤリと笑いかけてそう言うと、音央はようやく______微笑んでくれた。
その顔には力はなかったが、ずっと悩んで閉じ篭っていた音央を笑顔に出来た。
その事実が何より嬉しい。
「……言いたい事、あるのだろう? 俺じゃなくて、あの子に」
俺は自分の背後にいるであろう本物の音央の方を指差した。
そう。今まで音央は知らない側だった。
だけどこれから先の『未来』を歩むにはそれじゃ駄目だ。
何も知らなかった音央も、知らせなかった本当の音央もお互いに向き合う必要があるのだから。
だから俺は2人に向き合う機会を与える。
「うん……解った」
『妖精』の音央にしてみれば『無知』という罪と向き合う形になる。
本当は辛いし、苦しいだろうが……それでも向き合わないと始まらないんだ。
2人の物語は。
それを知っているのか、茨の壁の中から自分が傷つく事も恐れずに音央は一歩を踏み出した。
向かう先は本物の音央の所だ。
「あっ……」
近寄ってくる妖精の音央に、本物の音央は一瞬ビクッとしたが、それでも逃げずにその場に留まる。
「……ごめんね、気づかないまんま、ずっと一人にしてて」
妖精の音央にしてみると、言いたい事はたくさんあるだろう。
自分の大切な人達を、妖精の音央にしてみれば『勝手な判断』で消していた相手なのだから。
______だが、音央のその瞳に怒りや憎しみといった負の感情はない。
浮かんでいるのは、いかにも音央らしい強がっている笑顔だ。
「これからは、あたしとずっと一緒にいましょ? あたしはロアだけど……でも、消えたくない。あたしを生み出してくれた貴女を消してまで生きたくない」
妖精の音央が血だらけになった手を本当の六実音央に差し出した。
その手を見た、音央は涙を零して……。
「でも……でも、私……っ」
「……うん、多分あたしも貴女も絶対に許されないし、今後も生きていくために誰かを消さなきゃいけない時だってあるかもしれない。でも、なんかもっと別の方法もあるかもしれないし……悪いヤツだけ神隠しにする、っていうのもアリかもしれないわよ?
だから、そういうのをもう一人で決めないで……一緒に、考えよう?
あたし達が消えない方法。
一緒に……仲良くやっていける方法を」
「……一緒にいても、いいのですか?」
「しゃあないもん。勝手に人、消されまくったりするよりマシだし……」
プイっと、顔を逸らしてそう言う音央。
音央が逸らした視線の先は……。
俺や一之江がいる方向だ。
つまり。
音央はきっとこう言いたいんだ。
大丈夫!
私達はもう、一人じゃないよ……と。
「助けてくれる、超御節介な仲間もいるみたいだしね?」
そう笑いながらウィンクする音央。
ああ、流石は雑誌モデル。
詩穂先輩と並ぶ学園のアイドル的な存在だけあって、やっぱり可愛いな。
「うっ……ひくっ……うあああああああああ‼︎」
そして……泣き虫な『神隠し』の音央は、大泣きしながら音央の手を取ると、その胸に顔を埋めて抱きついた。
直後、チャリーン、というDフォンのメロディーが鳴って。
俺は『神隠し』のロアを物語に出来た事に気付いた。
「『
これにて一件落着______かな?」
そう呟いた直後。
グサッ‼︎
「痛っ⁉︎」
何故か一之江に切り突き刺されたのだった。
「何故刺すんだ?」
「ニヤけ顔にイラっときました。
ですが、安心してください。
イラっとしたから刺したいと思うのは……貴方だけですから」
「その言葉の何処に安心する要素があるんだ⁉︎」
「特別扱いです。嬉しいでしょ?」
「ああ……嬉しすぎて涙が出てきたよ」
これは背中の痛みから出た涙ではない。
音央達が俺の物語になったのが嬉しくて出た涙だ!
そういう事にしてほしい……。
「……あ、あははっ! 見て、アレ」
「……え? ふふっ。疾風さんったら……」
そんな俺の姿がおかしいのか、俺の方を見た音央は笑い合った。
背中に刃物のような何かが刺さっていても……2人が笑い合っているのならいいや。
そんな風に思ってしまった。
笑いが収まってから、音央は俺に尋ねてきた。
「ねえ、モンジ……ちょっと聞いてみたい事があるんだけど」
「あっ、あの……疾風さん。私もあります」
「うん? 何かな?」
俺が尋ねると2人は息を揃えて同時に質問をしてきた。
『あんた(貴方)は結局、何者なのよ(ですか)?』と。
何者なのか、か。
もう、自分でもよくわかんないや。
ただ、その質問にはお決まりの言葉がある。
だから、その質問にはこう返すよ。
「______ただの高校生だよ。わりと偏差値高めな、