ゴバッ!! と。
何かが水から飛び出てきたかのような音が響き渡った。
気付けば、上条の目の前には黒い獣の頭が飛び出していた。
口を大きく開けて、それを食べようとしていたのだろう。まるで餌を食べる狼のような立ち振る舞いだ。
しかしながら、それは遮られている。
上顎を抑えていたのは——上条当麻の右腕だった。
魔術だろうが科学だろうが、どんな異能であっても、ひとたび触れてしまえばその効果は全て無効化されてしまう——
「幾ら何でも、いきなり過ぎるだろ……!」
上条は言いながら、上顎をゆっくりと押していく。
本来ならば、体格差でそんなことが出来るはずもない——のに、獣の頭は引っかかることもなくゆっくりと後退していく。
「フェンリル。一度戻って」
マリアが言うと、獣の頭は少しだけ戻っていった。
しかし、空は開かれたままだ。何もない空間に突如として開かれた——破かれたようにも見えるそれからは、暗黒がただ立ちこめている。
そして、その暗黒の海に揺蕩うように、獣の頭が少しだけ飛び出していた。
「これが、フェンリルですか……」
サーシャの言葉を聞いて、上条はずっこけそうになる。
「感心している場合じゃないだろ、先ずはこいつを」
「……第一の解答ですが、同意します。フェンリルをどう倒すか、それが一番の課題です」
サーシャの言葉を聞いて、上条は二度頷く。
獣の頭は、元の闇に戻って姿を見せなくなっていた。
闇の向こうから、様子を窺っているのかもしれない。
「あはは。……成程ね? それが幻想殺しの力、って訳。確かにどんな物であったって無効化出来る力があるとは聞いていたけれど、嘘くさい話だったのよね」
「信じてくれたか?」
「厭でも信じるでしょう? それを見せつけられれば」
「諦めてくれるか?」
上条の言葉に、マリアは少しだけ沈黙したのち、唇を歪ませる。
「——まさか」
一息。
「まあ、幻想殺しという力があまりにもトリッキーであることは、十二分に理解したけれど。……ともあれ、困った話ねえ。魔術だけならともかく、科学でも解明しきれない力だなんて」
マリア=ファルスサードは歌うように言った。
「……少しは降参する気になりましたか? マリア=ファルスサード」
「サーシャ=クロイツェフ、貴方がそれを言う筋合いがあるとでも? 私の成し遂げようとしていることを、幻想殺しという外部の力を使わなければ止められない、ちっぽけな魔術師である貴方が?」
「別に良いだろ、力を借りたって」
サーシャよりも先に、上条が答える。
「どんな力を借りたって別に良いだろ、サーシャは——こいつは、危険だと思ったから助けを求めた。そんなことも分からねえお前に、学園都市をメチャクチャにされてたまるかよ!」
「……幻想殺し。純粋というか、何というか」
マリアは深い溜息を吐いて、上条の口上にそう反応する。
「さりとて」
マリアは小箱を撫でながら、笑みを浮かべる。
「そんな御託を並べたところで、フェンリルを倒すことが出来るとでも? フェンリルは倒せないよ、そんなことじゃ」
「そんなの、分からないじゃない」
言ったのは、美琴だった。
「話していることはぶっちゃけちんぷんかんぷんだけれど……、でも何かヤバイってのだけは分かる。そんな状況で逃げ出すつもりもないし何もしないつもりもない……。もう逃げるのは、こりごりだって自分が一番分かっているから」
美琴は、ポケットからコインを取り出し、照準を定めた。
照準は——未だ開いている闇だ。
「ちょ、ちょっと御坂さん? 御坂美琴さん? こんな状況で、至近距離で、それを使われてしまうと色々と不具合が出てきそうな気がするから辞めてほしいかなーなんて」
「うっさい、もう撃つわよ」
彼女の腕を砲台に、コインを電磁石に宛がって——彼女自身が生み出す高圧電流によって超高速で放出される、御坂美琴の能力名にもなった一発が、闇に向かって撃ち放たれた。
超電磁砲は闇に吸い込まれ、やがて遠くで大きな音が鳴った。
闇の世界はどれだけ広いのかはっきりとしない。そして、直線上にフェンリルが居るかどうかさえ危うい。
にも関わらず、美琴の放った超電磁砲は、少なくともマリアには驚きを持って迎えられた様子だった。
「……科学技術というのは末恐ろしいものね? 魔術とは似て非なるもの、油と水と言っても良い。そんな能力を……こう目の当たりにすると、学園都市の異質さが感じられるのかも」
「……超電磁砲が、効かない……っ!」
「避けろ、御坂! これは超能力で片付けられるような、そんなちゃちなもんじゃねえ。学園都市にずっと居るだけじゃ絶対に分かるはずもないし理解出来るはずもない……ある種、超能力の真反対に存在すると言っても良いぐらいの代物、」
上条は、一歩前に出る。
「——魔術だ」