暗礁に乗り上げてしまった。
漸く目の前にマリア=ファルスサードが居たにも関わらず、だ。
「正直、このままもう一度対峙するのは得策ではないわよね」
美琴の言葉に、上条は頷くことしか出来なかった。
上条当麻が持つ力——幻想殺しの対処法を知っている。はっきり言ってそれは、非常に厄介だ。
「……確かに、そうだ。それに、あの謎の獣……で良いのか?」
「第一の回答ですが、フェンリル、ですね」
上条の質問に、サーシャは回答する。
マリア=ファルスサードが従えている、異空間に存在する獣——フェンリル。
それに対する突破口も考えなくてはならなかった。
「突破口、とは言うけれど。どうやって、アレを退治すりゃあ良いのよ……。皆目見当がつかないわよ」
「いえ、突破口はあります」
サーシャの言葉に、上条は目を丸くする。
「……あるのか?」
「グレイプニルもそうですが、我々が用いる霊装は全て条件があります。そうしないと永久に動き続けてしまい誰もコントロール出来なくなってからです。言ってしまえば、最終手段のような扱いではありますが」
「何なんだ、それは?」
「——所有者が行動不能に陥れば、自動的に停止するというものです」
行動不能。
簡単に言うその四文字は、色々深い意味を齎してくれるような、そんな気分だ。
「……具体的には?」
「別に命を絶つ必要はない、はずです。あくまでも行動が出来なくなれば良い。それは、魔術師としての終了も含むであろうと」
「魔術師としての終了?」
「第二の回答ですが、即ち、霊装の起動には魔術師でなければならないのです。つまり、所有者が魔術を使えなくなるということ……それが行動不能の定義であると言われています。真偽は定かではありませんけれどね」
マリアと水面は未だ地下通路を歩いていた。
「………………流石に教えてくれても良くない?」
水面の言葉を聞いて、マリアは踵を返した。
「何が、だ?」
マリアは首を傾げ、再度水面に問いかける。
「だって、ずっと教えてくれないじゃん? 何がしたいのか、ってことを」
「……毎回思うけれど、だったらどうして一緒にここまでついてきてくれたのかな? 普通、そこまでしないと思うのだけれどね。何がしたいのかを一切聞くこともなく、ここまでやってくるなんて」
「面白いことに対する嗅覚は強くてさ」
水面の言葉に、マリアは笑うことしか出来なかった。
「相変わらず、面白いね? まあ、だからこそ水面ちゃんらしいけれどさ」
「それ、褒めているの?」
「褒めているさ。精一杯の、ね」
「……なーんか、本当に褒められているのか疑問が浮かぶのだけれど、まあ、別にそこまでああだこうだと言う必要はないか」
水面はマリアを良く分かっていた。
分かっているつもりだったからこそ、そういう言い方だって出来た。
でも。
だからと言って——ここまで続けてくる必要もない訳だ。
マリア=ファルスサードは、わざわざ学園都市にやってきて方舟を使って——一体何をするつもりなのだと言うのだろうか?
「ノアの方舟は、どうして作られたのだと思う?」
「どうして?」
マリアの問いに、水面は悩んだ。
ノアの方舟の神話をそう深く知っている訳ではなかったからだ。知っていたとしても限界はある——そしてそれが真実という保証さえもない。
あくまでも、言い伝えは言い伝えだ。
存在すら危ぶまれていた程の、歴史的価値が非常に高いものなのだから。
「……方舟は、洪水が起きると予言されていたから作られたっていうのが、多くの歴史書なり神話を書き記した書物に書かれていること。しかし、それは大きな誤りだった。そもそもどうして誰も気付かなかったのか。或いは、気付くことはしなかったのか。気付きたくなかったのか……、まあ、それを今延々と議論する場面ではないのだけれど」
「マリア。あなたさっきから長々と何を……」
マリアと長く居るとはいえ、やはり未だに彼女の行動は読めないことが多い。
普通ならばしないはずの行動を、いとも簡単にやってのけてしまう。彼女についていく人間の身にもなって欲しいものだ、などと水面は思っていたが、しかしながら今それを考える場合でもない。
マリアの笑みは、妖艶であり底知れずであり——畏怖をも抱かせるものだった。
「……洪水が起きたから方舟が作られたのではない。方舟が起動したから洪水が起きたのだ——ということに。どうして誰も気付かないのかしら?」
マリアは、そう言って小躍りするような感じに、ある一定のリズムを刻んで歩いていくのだった。