洪水が起きたから方舟が作られたのではない。
方舟が起動したから洪水が発生したのだ。
ある種の逆説的な考えと言っても良いだろう——しかしながらそれは単純な考えであったとしても、それを実際に考えつく人間が居たとしても、わざわざ口に出す人が居ただろうかと言われると、答えはノーだ。
「……洪水を起こそうとしているの? マリアは」
水面は問いかける。
さりとて、マリアは答えない。
「答えてほしいの?」
マリアの言葉は、真っ直ぐ突き刺さった。
しかしながら、それを遮る術を水面は持ち合わせていない。
「……答えてくれるのなら」
水面は、少し躊躇ったがそう言った。
「何かそう言うと、こちらが悪いことをしている気分になってくるよね? まあ、事実だから否定しないけれどさ。とはいえ、答えてあげるのは吝かではないし」
マリアはそう言うと、一言だけ言った。
「……水面ちゃん、あなたはこの世界をどう思う?」
◇◇◇
上条達は、マリア=ファルスサードをどう対処すべきか作戦会議を行っていた。
そして、一つの結論を見出した。
「マリア=ファルスサードを、止める。それしか方法はない」
「第一の解答ですが、その通りです。活かすも殺すも、あなたの自由ではありますが」
「いや、出来るならそこまではしたくない。けれど、もし何か誤った考えで行動しているとするのなら……それをぶち壊すことぐらいはした方が良いんだと思う」
右手を見る。
幻想殺し——魔術や科学の様々な力を、打ち消すことの出来る上条当麻固有の力。
しかしながら、マリア=ファルスサードはその対抗策を知っていた。
「……幻想殺しを潰す方法を知っている。これは非常に厄介であると考えられます」
ミーシャの言葉も尤もであった。
実際、幻想殺しが一つのワイルドカードになっていたところはある。幻想殺しさえあれば何とかなった、と上条が考える事件も数多いし今回もそれに頼ろうとばかり思っていた。
つまり、幻想殺しさえあれば何の問題もない、と高をくくっていたのだ。
「それが、徒になった——ってことだよな」
上条は呟き、深い溜息を吐く。
「何か策はありますか?」
サーシャの言葉に、上条は頷くことが出来なかった。
策はない、と言ってしまうのは駄目なことだ。上条は思う。
さりとて。
直ぐに何か画期的なアイディアが浮かんでくるのかと言われると、それもまた違った。
完全に暗礁に乗り上げた——上条はそう思っていた。
「なに、しょぼくれてんのよ」
鬱屈とした空気を切り裂いたのは、美琴だった。
「アイディアがなくたって、先ずは行動しないと何も始まらない——そう思うけれど?」
「何だか、御坂の割にはまともな話をしているような……」
「あたしはいつもまともな発言をしているでしょうが」
ここが屋内でなければ、美琴は問答無用で雷を上条にぶちまけていただろう。
しかしながら、そんなコメディタッチな展開をしている余裕も最早ない。
「第二の解答ですが、確かにそれもありなのかもしれません。これから、策を考えるよりは……」
「まあ、確かにそりゃあその通りなのだろうが……」
上条は、少しだけ後ろ向きだった。
とはいえ、やらなければならない。
「第三の解答ですが、ここで彼女を食い止めなくては大変なことが起こります。分かりますでしょう? ノアの方舟を起動させること——それを、マリア=ファルスサードは目的としている。それを実現させてはならないのです」
「ノアの方舟……。さっき聞いた話だよな? 確か洪水が起きたから作られたのではなく、方舟が起動させたから洪水が発生した——って」
「第四の解答ですが、その通りです。マリア=ファルスサードはそれを知っていた……。ノアの方舟の危険性を。そして、この世界の歪なバランスも分かっていた。魔術サイドと科学サイドの歪な関係性とパワーバランスを、今こそ洗い流してゼロからやり直そう——と」
「そんなこと……出来るのかよ?」
「というか、何故学園都市にそんなものがあるのかが疑問なんだけれど」
「さあ? それは、そちらのトップに聞いてもらわないと分かりませんね?」
ともあれ。
方向性は固まった。
倒すべき相手も——明確に見定まった。
上条は、右手の拳を強く握る。
「……さあ、向かおう。この遊園地のメイン施設——『ノアの方舟』に」