「人間は、その肉体の器に囚われている」
窓のないビル。
アレイスター=クロウリーは、誰も居ない部屋でぽつり呟いた。
否、そう思っていただけで——部屋の片隅に、一人の少女が立っていた。
「……また、理事長サマの講義が始まったみたいだけど」
「逃げるつもりかね?」
「いいや、全く。そのつもりはないけど?」
少女は笑みを浮かべ、歩き出す。
肩までかかる長い黒髪をカチューシャで纏めていた。
セーラー服というか、女子学生の制服を着ていたけれども、その豊満な一部分のせいでつんつるてんになっている。
アレイスターは深い溜息を吐き、
「仕事はどうした?」
「あの金持ち老人だらけの会議ならば、とっくに終わらせたけど? ツマラナイことこの上ない。理事長サマが一言言えば、あっという間に会議は終了どころか二度と開催されなくなるのだけど」
「……それはしない。何故ならば、統括理事会が居なければ学園都市は成立しない。彼らにはせいぜい——」
「知っている。言わずとも、ね」
だけど。
少女は、言葉を接続してさらに話を続ける。
「学園都市に起きる様々な事態に、流石に静観を決めている理事もちょっと考え出しているけどね。例えば、理事長を交代させようとか」
「そんなこと、あいつらが出来るとでも?」
アレイスターは冷酷に事実を告げる。
「私からしてみれば、幾らでも代わりが居る存在だ。それこそ、一瞬でもクーデターを起こそうものなら、あっという間に捻り潰す。それが学園都市だ」
「……恐ろしいね、全く。けど、それがあるからこそここまでやってきたのだけど」
「人間は、その肉体の器に囚われている。それは、そういう欲望を抱いているからだ。渇きはいつまでも潤うことはない。超能力を開発したとして、そこにはやはり終わりがある。人間が到達する限界が、ね」
「……肉体から解放して、魂だけの存在になる、と? そんなことをしたって、人間は死んでしまっただけなような気がするけど。地獄や天国でもあるのなら、また話は別だけど」
「あるさ、天国や地獄くらいね」
アレイスターは続ける。
「超能力は、魔術とは対比しているようで、近しい物だ。魔術師もまた究極を突き詰めると、同じ到達点を思い浮かべる」
「それは?」
少女の問いに、アレイスターは言った。
「——神だ」
神。
この世界を作り上げた、原初たる存在。
「だが、」
アレイスターは不適な笑みを浮かべる。
「さらに——さらに上の存在が生まれる可能性があるとすれば?」
「神の上が、存在するとでも?」
「いずれ、誰もが分かる日が来る。この世界の全ての仕組みを覆すような、神という一言では片付けられないような、そんな存在をね」
「……アレイスター」
少女は、初めて理事長を名前で呼んだ。
「あなたが何を考えているのか、本当に分からないわ……。天才などと言われる私だけど、それでも」
「分かってもらおうなどとは思わない」
アレイスターは切り捨てる。
さりとて。
「これは確定した未来だ。それが現実に訪れれば——『計画』は一つ上の段階に進むことが出来るだろう。先ずは、その時が来るまでの準備を続けている。何時までかかるのかは、最早誰にも分からないがね」
そして、二人の会話は静かに終了した。