巨大な方舟が視界の中央に鎮座していた。
アーク・アイランド最大のアトラクション。
否。
今この瞬間だけは、それを遊具と呼ぶにはあまりにも異様だった。
白い外壁。
巨大な船体。
まるで街の中心に山脈が一つ横たわっているかのような圧迫感。
それを見上げながら、上条当麻は眉を顰めた。
「……冗談だろ」
周囲に居る一般客はまだ事態を理解していない。
家族連れは楽しそうに会話をしている。
学生達は記念写真を撮っている。
恋人同士は次にどのアトラクションへ向かうか相談している。
誰一人として知らない。
あと少しで、この日常が吹き飛ぶかもしれないことを。
「ここですね」
隣でサーシャが静かに言った。
「ああ」
上条は短く返す。
返事をした瞬間だった。
ぞわり、と。
全身の産毛が逆立った。
嫌な予感。
説明出来ない不快感。
幻想殺しを持つ右手が、何かを警告している。
「来るぞ」
御坂美琴が前へ出る。
同時に。
ぱちぱち、と青白い電撃が彼女の身体を走った。
「……おや」
声が響く。
聞き覚えのある少女の声だった。
「ちゃんと来てくれたんだね」
振り返る。
そこには白いドレスを揺らす金髪の少女が立っていた。
マリア=ファルスサード。
彼女は相変わらず微笑んでいた。
まるで旧友と再会したかのように。
「歓迎するよ」
「歓迎される覚えはねえよ」
上条は吐き捨てた。
しかしマリアは気にした様子もない。
「そうかな?」
そう言って。
彼女は懐から小箱を取り出した。
鍵付きの小さな箱。
上条は知っている。
あの箱を。
あの中に入っているものを。
「マリア!」
サーシャが叫ぶ。
「やめなさい!」
「嫌だよ」
即答だった。
躊躇いがない。
迷いがない。
それが逆に恐ろしい。
「だって、ここまで来たんだから」
ぱちん。
小さな音がした。
箱が開く。
瞬間。
空気そのものが裂けた。
轟音。
衝撃。
周囲のガラスが一斉に砕け散る。
「っ!」
上条は反射的に顔を庇った。
その視界の先。
そこに居た。
巨大な獣。
狼。
いや。
狼というには巨大過ぎる。
建物と見紛うほどの体躯。
赤黒い毛並み。
黄金色の瞳。
存在しているだけで周囲の景色が歪んで見える。
「フェンリル……!」
サーシャが呟く。
獣は低く唸った。
それだけで地面が震えた。
「なるほど」
美琴が笑う。
引き攣った笑みだった。
「怪獣退治まで仕事に含まれているとは聞いてないんだけど」
「俺もだ」
上条は拳を握る。
嫌な汗が流れる。
勝てる保証なんてない。
だが。
逃げる訳にもいかない。
「マリア」
上条は叫んだ。
「まだ間に合う!」
マリアは首を傾げる。
「何が?」
「方舟なんて起動させるな!」
「どうして?」
「どうしてって……!」
言葉が詰まる。
マリアは本気だ。
本気で世界を救おうとしている。
本気で世界を壊そうとしている。
だから厄介なのだ。