「この世界は壊れてる」
マリアは静かに言った。
「科学と魔術は対立している」
「人は争い続ける」
「才能は浪費される」
「命は失われる」
彼女は笑う。
悲しそうに。
寂しそうに。
「だから一回全部やり直した方が早いよね」
その瞬間。
上条は理解した。
この少女は悪人ではない。
だからこそ危険なのだ。
善意だけで暴走している。
誰よりも。
誰よりも救いようがないほどに。
「フェンリル」
マリアが呟く。
「お願い」
巨大な獣が牙を剥く。
次の瞬間。
地面が爆発した。
フェンリルが飛んだのだ。
真っ直ぐ。
上条達へ向かって。
「来るわよ!」
美琴が叫ぶ。
青白い雷光が炸裂した。
轟音。
閃光。
超電磁砲が放たれる。
だが。
直撃したはずのフェンリルは止まらない。
「はあ!?」
美琴が目を見開く。
「何よコイツ!」
「上書きだ!」
サーシャが叫んだ。
「物理法則そのものを書き換えている!」
「つまり?」
「常識が通用しません!」
「不幸だあああああああ!!!!」
上条は叫びながら走り出した。
巨大な牙が迫る。
避ける。
地面が抉れる。
再び飛ぶ。
追い付けない。
速い。
速過ぎる。
だが。
上条の視線はフェンリルを見ていなかった。
その向こう。
マリアだけを見ていた。
あいつを止めなければ終わらない。
そして。
少し離れた場所から。
もう一人の少女もまた、マリアだけを見ていた。
「……マリア」
閖上水面は呟く。
震える指を握り締めながら。
ゆっくりと。
方舟へ向かって歩き始めた。
誰よりも先に。
彼女へ辿り着くために。
◇◇◇
世界の終わりは、案外騒がしく始まるらしい。
そんなことを考えながら、閖上水面は歩いていた。
背後では轟音が響いている。
雷鳴。
爆発。
何かが砕ける音。
誰かの叫び声。
フェンリルと上条達が戦っているのだろう。
きっと壮絶な戦いだ。
だが。
今の水面にはどうでも良かった。
見なければならないものは別にある。
追いかけなければならない人も別にいる。
だから彼女は歩く。
一歩。
また一歩。
巨大な方舟の内部へ向かって。
「……来たんだ」
声がした。
見上げる。
そこにはマリアが居た。
方舟の中央。
巨大な制御装置らしき祭壇の前に。
まるで最初から待っていたかのように。
「来ると思ってた」
マリアは微笑む。
水面は立ち止まった。
「そう」
「うん」
短い会話だった。
沈黙が落ちる。
昔ならば。
きっとこんな空気にはならなかった。
もっと笑っていた。
もっとくだらない話をしていた。
もっと近くに居た。
それなのに。
今は数メートルの距離が果てしなく遠い。
「ねえ」
先に口を開いたのはマリアだった。
「怒ってる?」
その問いに。
水面は少しだけ考えた。
「……分からない」
それが正直な答えだった。
怒っているかもしれない。
悲しいのかもしれない。
寂しいのかもしれない。
感情が多過ぎて整理出来なかった。