「そうなんだ」
マリアは笑う。
「優しいね」
「違うよ」
水面は首を振った。
「優しくなんかない」
優しかったなら。
もっと早く気付けたかもしれない。
もっと早く止められたかもしれない。
もっと早く手を伸ばせたかもしれない。
そう思うから。
「……ねえ、マリア」
水面は呼ぶ。
妹の名前を。
「どうして」
声が震える。
「どうして、一人で決めちゃったの」
マリアの笑みが少しだけ弱まった。
「一人?」
「そう」
水面は言う。
「いつもそうだった」
「苦しいことも」
「辛いことも」
「全部自分だけで抱え込む」
「誰にも相談しない」
「誰にも頼らない」
「誰にも見せない」
言葉が止まらない。
止められない。
「そんなの、ずるいじゃない」
マリアは黙っていた。
「わたしだって」
水面は拳を握る。
「わたしだって、あなたの姉なのに」
その言葉で。
空気が止まった。
マリアの瞳が大きく見開かれる。
初めてだった。
彼女が感情を露わにしたのは。
「……姉」
「そう」
「血なんて繋がってない」
「本当の家族でもない」
「でも」
水面は笑った。
少しだけ。
泣きそうな顔で。
「それでも、わたしはそう思ってた」
昔から。
ずっと。
マリアは何でも出来た。
頭が良かった。
才能があった。
人より先を見ていた。
だから皆は彼女を特別扱いした。
だが。
水面だけは違った。
「あなたが転んだら心配した」
「泣いたら慰めた」
「ご飯を食べなかったら怒った」
「風邪を引いたら看病した」
水面は一歩前へ出る。
「それって、姉じゃないの?」
マリアは俯いた。
長い金髪が揺れる。
「……ずるいな」
ぽつり、と。
彼女は呟いた。
「何が?」
「そういうこと言うの」
小さく笑う。
だが。
その声は震えていた。
「わたしが弱くなっちゃうじゃん」
その瞬間だった。
初めて。
初めて水面は理解した。
マリアは強くなんてなかった。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
ずっと——苦しかったのだ。
世界を憎んでいたのではない。
世界に絶望していたのでもない。
ただ——耐えられなかった。
才能ある者が潰れていくことが。
救われない人が居ることが。
理不尽が消えないことが。
だから。
全部やり直そうとした。
「マリア」
「駄目だよ」
彼女は首を振る。
「もう駄目なんだ」
「まだ間に合う」
「間に合わない」
即答だった。
まるで自分自身に言い聞かせるように。
「………………もう、方舟は起動する」
ごごごごご、と。
巨大な振動が響く。
床が震える。
天井が揺れる。
祭壇の奥で巨大な光が灯った。
「見て」
マリアは振り返る。
「始まる」
世界を書き換える儀式。
神話の再演。
ノアの方舟。
「これで全部終わる」
彼女はそう言った。
まるで救済を語る聖人のように。
だからこそ。
水面は前へ出た。