とある魔術の大遊園地≪カーニバル≫   作:natsuki

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第十九話

「そうなんだ」

 

 マリアは笑う。

 

「優しいね」

「違うよ」

 

 水面は首を振った。

 

「優しくなんかない」

 

 優しかったなら。

 もっと早く気付けたかもしれない。

 もっと早く止められたかもしれない。

 もっと早く手を伸ばせたかもしれない。

 そう思うから。

 

「……ねえ、マリア」

 

 水面は呼ぶ。

 妹の名前を。

 

「どうして」

 

 声が震える。

 

「どうして、一人で決めちゃったの」

 

 マリアの笑みが少しだけ弱まった。

 

「一人?」

「そう」

 

 水面は言う。

 

「いつもそうだった」

「苦しいことも」

「辛いことも」

「全部自分だけで抱え込む」

「誰にも相談しない」

「誰にも頼らない」

「誰にも見せない」

 

 言葉が止まらない。

 止められない。

 

「そんなの、ずるいじゃない」

 

 マリアは黙っていた。

 

「わたしだって」

 

 水面は拳を握る。

 

「わたしだって、あなたの姉なのに」

 

 その言葉で。

 空気が止まった。

 マリアの瞳が大きく見開かれる。

 初めてだった。

 彼女が感情を露わにしたのは。

 

「……姉」

「そう」

「血なんて繋がってない」

「本当の家族でもない」

「でも」

 

 水面は笑った。

 少しだけ。

 泣きそうな顔で。

 

「それでも、わたしはそう思ってた」

 

 昔から。

 ずっと。

 マリアは何でも出来た。

 頭が良かった。

 才能があった。

 人より先を見ていた。

 だから皆は彼女を特別扱いした。

 だが。

 水面だけは違った。

 

「あなたが転んだら心配した」

「泣いたら慰めた」

「ご飯を食べなかったら怒った」

「風邪を引いたら看病した」

 

 水面は一歩前へ出る。

 

「それって、姉じゃないの?」

 

 マリアは俯いた。

 長い金髪が揺れる。

 

「……ずるいな」

 

 ぽつり、と。

 彼女は呟いた。

 

「何が?」

「そういうこと言うの」

 

 小さく笑う。

 だが。

 その声は震えていた。

 

「わたしが弱くなっちゃうじゃん」

 

 その瞬間だった。

 初めて。

 初めて水面は理解した。

 マリアは強くなんてなかった。

 ずっと。

 ずっと。

 ずっと。

 ずっと——苦しかったのだ。

 世界を憎んでいたのではない。

 世界に絶望していたのでもない。

 ただ——耐えられなかった。

 才能ある者が潰れていくことが。

 救われない人が居ることが。

 理不尽が消えないことが。

 だから。

 全部やり直そうとした。

 

「マリア」

「駄目だよ」

 

 彼女は首を振る。

 

「もう駄目なんだ」

「まだ間に合う」

「間に合わない」

 

 即答だった。

 まるで自分自身に言い聞かせるように。

 

「………………もう、方舟は起動する」

 

 ごごごごご、と。

 巨大な振動が響く。

 床が震える。

 天井が揺れる。

 祭壇の奥で巨大な光が灯った。

 

「見て」

 

 マリアは振り返る。

 

「始まる」

 

 世界を書き換える儀式。

 神話の再演。

 ノアの方舟。

 

「これで全部終わる」

 

 彼女はそう言った。

 まるで救済を語る聖人のように。

 だからこそ。

 水面は前へ出た。

 

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