「違う」
「え?」
「終わらない」
水面は首を振る。
「だって」
一歩。
さらに近付く。
「わたしが終わらせない」
マリアが息を呑む。
「あなたを連れて帰る」
震える声で。
それでも確かに。
水面は宣言した。
「何回逃げても」
「何回拒絶されても」
「何回嫌われても」
そして。
「わたしは、あなたのお姉ちゃんだから」
方舟が起動する。
世界が揺れる。
だがその瞬間。
マリアの瞳から、一粒だけ涙が零れ落ちた。
◇◇◇
方舟は、起動した。
最初に起きたのは振動だった。
地鳴り。
地震にも似た揺れ。
だがそれは自然現象ではない。
もっと巨大で。
もっと異質で。
もっと根源的な何か。
まるで世界そのものが軋みを上げているかのようだった。
アーク・アイランド全体が揺れる。
観覧車が軋む。
ジェットコースターが停止する。
噴水の水面が波立つ。
そして空が――歪んだ。
「……何だよ」
上条当麻は思わず呟く。
空が割れているように見えた。
雲が裂けている。
否。
雲ではない。
もっと奥。
空という概念そのものが引き裂かれているような光景だった。
紫色の光が空を走る。
巨大な光の輪が出現する。
誰が見ても異常だった。
誰が見ても理解出来ない現象だった。
「サーシャ!」
上条は叫ぶ。
「これは!」
「術式です!」
サーシャも叫び返す。
「方舟が神話を再現しようとしている!」
「再現ってレベルじゃねえだろ!!!!」
その瞬間だった。
轟音。
巨大な影が落ちる。
「――ッ!!」
上条は咄嗟に飛び退いた。
一秒遅れていたら身体ごと潰されていた。
フェンリル。
巨大な狼の前脚が地面を砕いていた。
コンクリートが爆散する。
衝撃波だけで数十メートル先のガラスが吹き飛ぶ。
「こっちを見なさいよ!」
美琴が叫ぶ。
青白い雷光が奔る。
数千万ボルト級の電撃。
普通の生物なら蒸発している。
だが。
フェンリルは止まらない。
電撃が身体に命中した瞬間。
その周囲の空間が歪んだ。
まるで何かが書き換えられたように。
そして。
雷は消えた。
「はぁ!?」
美琴が目を見開く。
「今度は何よ!」
「恐らく」
サーシャが歯を食いしばる。
「現象そのものを書き換えています!」
「つまり!」
「雷が効くという結果を消した!」
「反則だろ!」
上条は叫ぶ。
だが。
そんなことを言っている暇はない。
フェンリルが再び動いた。
速い。
巨大な身体からは想像出来ない速度。
弾丸のように突進する。
牙。
爪。
衝撃。
全てが必殺だった。
そして。
上条は気付く。
フェンリルは強い。
確かに強い。
だが。
「違う……」
上条は呟いた。
フェンリルは障害だ。
最大の敵ではない。
本当に止めなければならない相手は別にいる。