とある魔術の大遊園地≪カーニバル≫   作:natsuki

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第二十一話

「ちょっとアンタ!」

 

 美琴の声。

 

「どこ行く気よ!」

「決まってる!」

 

 上条は走り出した。

 

「マリアを止める!」

 

 フェンリルが咆哮する。

 空気が震える。

 次の瞬間。

 巨大な牙が迫った。

 だが。

 

「行きなさい!」

 

 超電磁砲。

 轟音。

 フェンリルの身体が僅かに逸れる。

 

「ここは私達が引き受けます!」

 

 サーシャが叫ぶ。

 術式が展開される。

 白銀の光が奔る。

 ほんの一瞬。

 フェンリルの動きが止まる。

 その隙を。

 上条は見逃さなかった。

 

「悪い!」

 

 そのまま走る。

 方舟の内部へ。

 奥へ。

 さらに奥へ。

 ただ前へ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 水面は泣いていた。

 気付けば涙が零れていた。

 目の前の少女も同じだった。

 マリア=ファルスサード。

 才能に愛された少女。

 世界を憎み。

 世界を救おうとした少女。

 彼女は震えていた。

 

「……どうして」

 

 掠れた声だった。

 

「どうして、そんなこと言えるの」

「だって本当だから」

 

 水面は答える。

 

「わたしはお姉ちゃんだよ」

「違う」

「違わない」

「違う!」

 

 マリアが叫んだ。

 初めてだった。

 今まで抑えていた感情が溢れ出す。

 

「わたしは誰も救えなかった!」

 

 震える声。

 

「才能がある人が死んだ!」

「夢を諦めた人が居た!」

「理不尽で潰された人が居た!」

 

 涙が流れる。

 

「だから!」

 

 祭壇の光が強くなる。

 方舟の術式が完成へ近付いていく。

 

「だからやり直すしかなかった!」

「マリア」

「全部リセットして!」

「マリア」

「最初から――」

「マリア!」

 

 その声は。

 別の方向から響いた。

 二人が振り向く。

 そこに居た。

 ボロボロになった少年が。

 

「上条」

 

 水面が呟く。

 肩で息をする。

 服は破れている。

 血も流れている。

 それでも。

 上条当麻は立っていた。

 

「……やっと見つけた」

 

 彼はそう言った。

 マリアを見る。

 真っ直ぐに。

 

「お前さ」

 

 ゆっくり。

 一歩ずつ近付く。

 

「世界を救いたいんだろ」

 

 マリアは答えない。

 

「なら」

 

 上条は拳を握る。

 

「もっとマシな方法考えろよ」

 

 沈黙。

 

「何で世界を救うために、今生きてる奴らを泣かせなきゃならねえんだ」

「……」

「何で水面を泣かせるんだ」

 

 マリアの肩が震える。

 

「何で一人で全部背負おうとするんだ」

 

 上条は知っている。

 そういう人間を。

 自分が犠牲になれば良いと思う人間を。

 自分だけが苦しめば良いと思う人間を。

 何人も見てきた。

 そして。

 何度だって否定してきた。

 

「そんなもん」

 

 上条は右手を掲げる。

 

「間違ってるに決まってるだろ」

 

 そして。

 祭壇へ飛び込んだ。

 轟音。

 術式が反応する。

 紫色の光が暴れる。

 世界を書き換える神話。

 ノアの方舟。

 それに向かって。

 幻想殺しが触れる。

 ぱきり。

 何かが砕けた。

 世界に走っていた亀裂が消える。

 空の光が消える。

 方舟が悲鳴を上げる。

 術式が崩壊する。

 神話が消滅する。

 

「――あ」

 

 マリアが呆然と呟く。

 終わった。

 世界は終わらなかった。

 洪水は来ない。

 リセットもされない。

 全て失敗だ。

 彼女の計画は。

 願いは。

 理想は。

 全部。

 その瞬間。

 誰かが抱き締めた。

 温かかった。

 柔らかかった。

 

「……みなも」

 

 水面だった。

 泣きながら。

 笑いながら。

 震えながら。

 彼女を抱き締めていた。

 

「おかえり」

 

 その一言で。

 マリアは崩れ落ちた。

 涙が溢れる。

 止まらない。

 もう止められない。

 何年も。

 何十年も。

 閉じ込めていた感情が溢れ出す。

 

「ごめん」

 

 掠れた声だった。

 

「ごめんね」

 

 それしか言えなかった。

 水面は首を振る。

 

「うん」

 

 そして。

 もう一度だけ。

 優しく抱き締めた。

 

「帰ろう」

 

 遠くで。

 フェンリルの咆哮が聞こえた。

 しかしその声は次第に小さくなり。

 やがて完全に消えていった。

 世界を書き換える狼は。

 主を失ったように。

 静かに消滅していった。

 

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