最期を告げる、評決の日に。いつか三人で囲んだテーブルで一人、酒を飲みながら。

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「辞めるのは晴れた日って決めてる」

 

 

 

 

 

 ――――その言葉を聞いてから、十年と半年ちょっと経った。

 

 珍しく砂塵も、硝煙も、空覆う灰雲さえもない、砲弾も降り注ぎやしない、青い青い空の下。壊れかけのラジカセから流れるニュースを、ただ一人静かに聞いていた。

 かつて毎日のように出撃と帰還を繰り返したこの、砂漠のど真ん中の根城に来ることも、随分少なくなった。年に一度。こうして、パラソル付きのテーブルに集って酒を飲む。ただそのためだけに。

 

 

 無限に続くと思われた戦いも、ついに最期の日を迎えようとしている。三大勢力における無期限の停戦宣言が今夜、ついに履行されるのだ。

 

 

 長いようで短い、そんな十年だった。来る日も来る日も戦い続け、戦いの節目ごとに与する勢力を変え、あるいは変えなかった日々。大体勝ち、時に負ければ這う這うの体で逃げ出して、時にはタワーから飛び出したイカれた兵器の相手をする。気が乗らないときは戦場に出ず、稼いだ貯金で乗り切って、また気が向いたら戦場に戻る。そんな、傭兵としての道行き。

 

 苦しかった。辛いこともあった。でも最後の最期に纏めるんならば、あの日々はきっと楽しかったのだろう。そう結論付けざるを得ない。全ての始まりを――――砂漠での二つの勢力のぶつかり合いを眼下に、へたくそな鼻歌に端を発する口論をコックピットで聞いていたのがついさっきのように思い出せる。

 

 淡々とラジオから流れる三大勢力による戦闘の、最後になるかもしれない戦況のニュースを、聞き流しながらについ笑う。

 

 ひと時も忘れたことはない。戦い終えた後、マギーは一番にシャワーを浴びていた。ファットマンとそれを待つ間、ラジカセのスイッチを入れて、あちらこちらのニュースを聞く。

 

 どの傭兵団が暴れ回っただの、壊滅しただの、シリウスの進軍が遅れてるだの、ヴェニデの内部粛清があっただの、EGFがまた訳わからん事言いだしただの。それを聞いて、二人で呆れたり、笑ったり。そうしているうちにマギーが戻ってきて、そしたら三人で冷えた酒で乾杯する。

 

 萎び切ったしょっぱい肉を齧り、由来も知らぬ酒を呷り、ファットマンと馬鹿みたいに笑って。マギーから酒よりも冷ややかな視線を浴びて。また酒を飲んで、笑う。

 

 言い出すことは終ぞなかったが、実は酒は苦手だった。でも皆と酒を飲むことは、それを忘れるくらいには楽しかった。

 

 

 一人で酒を呷り、それのもたらす酔いに微睡んでいると、出会う以前からファットマンが使っていたというラジカセがノイズまみれのニュースを吐き出す。戦場はまだ大盛況らしい。最期の稼ぎ時と、今までどこに隠れてたんだかも分からない傭兵が大挙して戦場に集っているという。

 

 何日か前、初めてそのニュースを聞いた時。最初は気乗りしていなかった。今更戦場に現れても、昔のように暴れられるかは不安だった。でもしばらくすると、身体がどうしようもなく昂って、結局、最後の祭りに乗り込んだ。

 

 楽しかった。

 

 なつかしい顔もいた。初めて見る奴もいた。かつてからずっと戦い続けているような、笑えるような奴もいた。

 

 やはり"ここ"なのだと、マギーの叫びを思い出した。

 

 時間の許す限り、あらゆる戦いに、あらゆる機体を駆って顔を出した。指が擦り切れるまで合図を送った。でも、最期の今日は、戦うよりもやりたいことがあった。

 

 テーブルには、既に自分ひとり。テーブルには、三人分の酒。マギーの命日には毎年そうしてきた。太陽が登りきる前に、ヘリに乗って二人、ここに降り立つ。使わなくなって久しいこのアジトも、ヘリの離着陸だけはできる様にしてあった。

 

 でもそれも、今日が最後だ。

 

 日が沈む前にと、ファットマンがここを発った。『もう少し』と引き留めたが、『晴れてるうちに辞めるのがいいのさ』と笑顔で返されて、ぐうの音も出ずに見送った。

 

 ここにいる意味は、もうない。コウノトリは巣に戻らない。鴉も飛び立つべきだ。すぐにでも。

 

 でもどうしようもなく、ここを離れるのが口惜しくて。一人になってもまだ、こうして酒を飲んでいる。

 

 頭に回ったアルコールの力にテーブルに突っ伏していれば、日の沈み始めた地平線に"タワー"が見えた。不思議とここしばらく、タワーからのふざけた兵器群の出現報告は聞かれなかった。戦いの終わりを前にして気を利かせているのか…………いいや、"財団"の事だ。きっと見下ろして、馬鹿にしているんだろう。

 

 

 "黒い鳥"なんて、人類の希望と同じ、馬鹿げたおとぎ話にすぎない。

 

 

 戦い続ける限り生き延びてみせる。そうファットマンが答えたことへの意趣返しか。戦いが形式的にとは言え終わる。それでもなお、お前たちは生き延びていけるのかと。そう無言で問うているのだ。

 

 

 人は人によって滅びる。それが必然だ。

 だがもし、君が例外だというのなら…………ならば、生き延びるがいい。

 

 

 あの日答えた通りに、()たちは生き延びた。だが、これからも生きていけるのか。戦いの音沙汰が無くなって、それでも生きることが、戦い続ける事が出来るのか。

 

『当然でしょ』

 

 ふと顔を上げると、机に頬杖をついたマギーが不機嫌そうにつぶやいた。

 

『戦いこそが、私たちの魂の場所。どうしようもなくここにいたいと、心から思い続けてきたんだから』

 

 酩酊と微睡みが生み出した幻影は、さも彼女であるかのように言い切った。それに、苦笑しながらに目を向けて、その影を瞼に焼き付けようとして、瞬きひとつの間に消え去って。

 

『好きなように生きて、好きなように死ぬ。誰のためでもなく』

 

 チェアに寄りかかって、どうしようもなくダサいサングラス――――なのに彼が身に着けると、羨ましくなる程にかっこよく見えたそれ――――をかけたファットマンが、白い歯を見せてこちらに笑みを向ける。

 

『それが、俺らのやり方だったろ』

 

 違いないと苦笑すれば、父のように慕っていた太った幻影もまた消えていて。いつのまにか日が沈んで夜の帳が下り、戦いの終わりの時間が、評決の日が目の前に迫っている。ラジオからも戦闘の終結を告げる放送が、不明瞭なノイズと共に聞こえてくる。

 

 ついにか。そう思いを馳せていれば、見知らぬ男の幻影がいつの間にか現れてテーブルに寄りかかっていた。そいつはラジカセのスイッチを大仰に切って、似合わない真剣な顔で、真剣な声で、笑う。

 

 

 

 証明して見せな、"黒い鳥"。お前には、その権利と義務がある。

 

 

 

「ああ」

 

 

 体を起こし、誓うように頷く。戦い続けてみせるさ。()たちが、生き延びてゆく限り。

 

 

 

 椅子に座ったまま、夜空を見上げた。一人酒を掲げて、心の底から笑った。

 

 

 

 乾杯だ。生きるために戦ってきた、誰もに。最期を告げる、評決の日に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――(そら)の彼方に一つ赤い星が瞬いて、静かに応えてくれた気がした。

 

 

 

 






MISSION COMPLETE




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