画面に流れているオリジナル番組の音、隣からうっすらと聞こえる歌声、何か聞き覚えがあるような曲。四方八方から音が聞こえてくる、このカラオケという場所はあまり好きではない。狭いし、うるさくて落ち着かない。それに、
「100点見たの私初めてかも」
「青山君歌うっまぁ~」
「まあね。」
俺が自分からカラオケに行こうと言うと自慢したがっているように思われるのがよくない。別にこうやって褒められるのは嫌いではないが。
「女声使いこなしすぎじゃない?もうちょっと可愛い感じのを予想してたのに、もう。ガチじゃん。」天川はそう言うと残念そうにこちらを見る。
「ごめんね。天才で。」
「すっごいどや顔…ちょっとムカついてきたな」
「私は青山君が楽しそうで嬉しいけどね。亜香里の心は汚れてるなぁ。」
「お?なんだ?やるか?」
「俺のために争うのはやめてよ二人とも。」
「こんなとこで言うセリフじゃないからねそれ」
そんなやり取りをしているとスピーカーから次の曲の音が流れ始める。「あ、私の番。」黒羽はマイクを握って立ち上がった。
「あの歌のあととかハードル高いわー」
もう一度歌が上手すぎてごめんなさい、と謝ろうかと思ったが流石に嫌味っぽいのでやめた。それに歌いだした彼女の表情は別にそこまで困っているように見えない。
天川はそんな彼女に合わせて合いの手を入れている。笑顔の二人を見ているとこちらの口角も釣られて上がっていくようだった。存外、カラオケボックスに入ってからは楽しい雰囲気が続いていて心地が良い。
最初こそ『女子』会と名付けられた会合に入っていってよいものかと思ったが、二人の人間性故かそんな不安も消し飛んでしまったように感じる。
そう。二人の人間性故だ。まるで勝喜みたいな優しくて清々しい人間性に俺は受け入れてもらっているんだ。これほどありがたいことはないし、許されるなら2人と友達として付き合っていきたいなとそんな風に感じる。だけど、だからこそ眩しく見える時がある。あいつも彼女らも。
「青山?どう?私の美声?」
黒羽の呼びかけに対して彼女の方を向くと胸を張っている彼女の姿が見える。いつの間にか歌い終わっていたようだ。
「まぁまぁかな。僅差で私の方が上手いと思うよ。」
「由羅にはきいてないんだけど?」
「俺より上手かったよ」
「嫌味か?」彼女は画面の87.1の数字を指差したあとそう言う。
俺は反応に困ってとりあえず笑ってみせたが、気にくわなかったみたいでヘッドロックをかけられてしまった。
楽しい時間というものは、あっという間に過ぎていくものらしい。3人で楽しく歌っていたらすぐに時間になってしまった。11月ということもあり、外に出るとすっかり周りは暗くなってしまっていてそんな風景に寂しさを覚える。聞くと二人は電車通学らしく、俺も駅を通った方がそこからは家に近かったため駅までは一緒に帰ることになった。闇の隙間を埋めるように並べられている蛍光灯の元、俺たちは談笑しながら歩いていく。
「結局、ずっと100点って。やべーな青山。」
「歌に関しては天才的だからね俺は。
…ホント楽しかったな。また行こうね」
「もちろんだよ青山君。なんなら明日行こう?」
「部活サボる気?」
黒羽のツッコミに「たはは」と笑う天川。冗談で言ったつもりなのだろうが目が割と本気だった。競技が好きだがキツイ練習は好きになれないという気持ちはわからなくもない。内心俺は彼女に同情した。
「ま、そーなると帰宅部の俺は明日一人で帰る感じか。」
「寂しいならバレー部来る?」天川が素早くそう言う。昼間の冗談と言い、俺のことをバレー部に入れたいのだろうか。
「それだけは勘弁」
「んーけどさ。」
黒羽がそう言って話を遮る。黒羽の方を見るとちょうど彼女の顔の後ろにあった蛍光灯が眩しくて思わず目を細めてしまったが
「ん?どうしたの?」と何事もなかったように俺は彼女に答えた。
「いや、男子どもも薄情だよねって思って。喧嘩して気まずいとは言えいきなり青山を一人にするなんて。」
思わぬ方向に話題が飛んだことで俺は少し黙ってしまった。確かに傍から見たらそう見えるかもしれない。実際は俺の方から一方的に避けまくっただけだが。
「まぁ、あいつらも色々と思うところあるみたいだし。俺のせいでもあるし。」と、心にもないことを言ってみる。女になった途端体をべたべた触る方が悪いに決まっているが、俺が野郎どもを避けまくった挙句裏でそう言うのは何か違う気がしたからだ。
「それにしてもおかしい。薄情者たちだ。昭井なんて青山とセットみたいな感じだったのにさ。」
「あ。」
そうだった。俺の友達には勝喜も含まれているんだ。俺が『友達と喧嘩した』と伝えれば当然そこに勝喜も含まれるんだ。
勝喜はいいやつだ。俺と勝喜が喧嘩したなら当然勝喜の方に正当性があり、皆勝喜の味方をするものだと思っていた。だからその可能性を見逃していたのか俺は。ほんと勝喜がいないと駄目だな。わかってたことだけど。
「青山君?」
立ち止まってしまった俺の顔を心配そうにのぞき込む天川。顔を上げると黒羽も似たような表情でこちらを見つめている。
反省会は後にしないといけない。この場は弁解しないと。
「勝喜の場合はさ。本当に俺が悪いんだ。」
「え?」
「勝喜はさ。昔からすごい優しいやつで、すっげえ気が利くんだ。寂しそうなやつには声かけて、1人になりたいやつにはそういう対応をする。ただ明るいだけのやつかと思ったらそうじゃなくてちゃんと人を見てるすげえやつなんだよ。それにさいじめとかも許さねえし、陰口とかさかっこ悪いこともしない、そういった感覚がちゃんとしてるやつで近くにいる皆から信頼される。そんなやつなんだ。サッカー選手としてだけじゃなくてただのイケメンってわけじゃなくて人間として完璧なんだよ。そんなあいつとさ。俺が喧嘩したのなら俺が絶対悪いに決まってるんだ。そうじゃなかったらおかしいんだよ。あいつが悪いなんてことはありえないんだ。発端だって俺が女になったせいだから。ごめんね誤解するようなこと言って。」
言い終えたあと、冷たい北風が吹いた。熱くなった脳内を冷ましてくれるような冷たい風。少し荒くなった息を整えてもう一度二人を見ると、何か唖然としたような表情でこちらを見ているように感じた。何故そんな風に俺のことを見るのだろうか。俺はただ誤解を解いて謝罪しただけだと言うのに。
「えっと…まぁ今は私たちがいるからモーマンタイだよ。」
慌てたようにそう言う天川に対して黒羽も頷く。
「そうかもね。…青山。バレー部入る?楽しいよ?」
「なんだよ黒羽さんまで。俺はキツイのはもう嫌なんだよー」
俺の勘違いだったのだろうか。何か雰囲気を壊すようなことを言ってしまったのかと思ったが、普通に冗談を言いだした彼女を見て少し安心した。
「ほらほら早くいこ。電車に遅れちゃうよ」という天川に頷いて着いて行く。何事もなかったように俺たちは駅に向けて歩きながら談笑を再開した。
・・・・・・
帰宅後、洗面台で手と顔を洗って鏡に映った自分の顔を見る。ナルシストではないが、形的には結構整っているようにも思える。ただ表情は暗く青ざめたような色をしていてそんな顔面を台無しにしていた。
「醜いな」
そんな独り言を呟くと、自然と自嘲するような笑いがこみ上げてくる。
俺は何を考えていたんだろうか。あいつに迷惑をかけないため、お互いが普通に生きていくために絶交したのに。なぜこんな風になってしまった。
客観的に見たら今の俺は急に一人ぼっちになったやつで、喧嘩別れをしたとなれば他人から勝手に哀れまれ、被害者扱いされる可哀想なやつだ。それが勝喜の普段の行いを帳消しにするほどの偏ったフィルターになってしまう可能性、よく考えれば考慮できたはず。適当に嘘をついて誤魔化そうなんて考えが浅すぎた。
幸い、喧嘩別れをしたという情報は天川と黒羽の二人しか知らない。あの二人がぺらぺらとそのことを周りに話すことはないだろう。しかし教室で話したこともあって他人に知られているかもしれないし、二人がぽろっと他人に言ってしまう可能性もあり、その結果噂も広がるかもしれない。勝喜と俺が喧嘩をして交友が離れたなんて噂を今の状況で流されたら勝喜が悪者にされかねないんだ。そうなったら噂の火消しを早急に行う必要がある。…どうやって?
こみ上げる吐き気を無理やり抑えるため手で口を押さえる。大丈夫。まだ時間はある。じっくり考えよう。
「俺のまいた種だ。俺がどうにかしなくちゃ。こんな下らないことであいつの邪魔をするなんて駄目だ」
鏡に映る自分に言い聞かせるようにそう言い、俺は洗面台の電気を消した。