失敗した、と思った。
人通りの少ない校舎裏は二人で話すのにちょうどいい場所だと思いていたが、11月下旬ともなれば日も当たらない場所では寒くて仕方がない。おまけに整備もほとんどされていないのか、目の前に並んでいる木から落ちた葉が山のように積み重なっていた。ムードもへったくれもない。
最後なのだからそういったリサーチや準備を入念にしてくるべきだった。
今更場所の変更など出来ないからここで待つしかないのだが。気持ちが萎え切ってしまっている俺に追い打ちをかけるように北風が吹く。カラカラに乾いた、肌が痛くなる風。両手をジャンバーにつっこみ、顔を冷気から守るため猫背の姿勢をとってみたものの言うほどの変化があるわけではなかった。
もう帰ってしまおうか。実際に帰りはしないのだがそう考えてしまう思考は多分寒さと怠惰に引っ張られている。
最近の俺は感情が負の方面に偏っている。突然降ってきた不幸に「何故」「どうして」と聞くことの無意味さを知っているのにふと理由を考えてしまう。『普通』を目指す俺に対してあんまりな仕打ちだ。今はこうして人生を普通のレールに引き戻そうとしているが、あんなことが何度も起こったら、たちまち心はマイナスに突っ切り普通を諦めるのだろう。
「ため息なんて珍しいな」
「人間だからな。するだろ。ため息ぐらい。」後ろからかけられた声に振り向かず答える。
やっと来たかと思う反面、”来てしまったか”とある種そのシチュエーションが訪れることに恐怖を覚えていたことを自覚していた。
そのまま振り向かず俺は、見ていても面白くない何の変哲もない枯れ木を凝視し続けた。
「校舎裏に呼び出されるなんて、最初告白かと思っちまったぜ」そんな軽口を彼は言う。
「そう思われるように書いたからな。お前の反応があんまりにも薄いから面白くないけど。」
「もうちょっとリアクションを取った方がよかったか?」
「気遣われる方が面白くないよ。勝喜のギャグぐらい面白くない。」
「それだったら面白いはずだけどな」
ハハハ、という彼の笑い声は大きさの割に響いた。人も物もない空間は音を反響させる。乾いた空気なら猶更。やはり失敗したと思ったが、だからこそ早く終わらせるべきだと考えた俺は笑顔をつくって振り向いてみる。
彼、昭井 勝喜の表情は言うほど笑っておらず、どちらかというと神妙な顔つきだった。ばっちりと合った目を逸らしてしまいたくなる気持ちを抑え込み、表情が崩れてしまわないよう心がけた。
「じゃあ本題に入ろう」
「なんか嫌な予感しかしねー」
「…これが良いか悪いかは勝喜の気持ち次第かな。」
一度大きく息を吸い込んで、風の音に負けてしまわないようにはっきりと言った。
「絶交しようぜ。俺ら。」
そう言われた勝喜はしばらくの沈黙を挟み、一度下げた視線をこちらを真っ直ぐに向け「なんでだよ」と言った。
この時の彼の表情から詳しく感情を読み取るのは難しかった。怒っているようにも見えたし、悲しそうにも見えた。ただ、少なくとも彼にとって悪い予感があたったのだろうということだけはわかった。
「いや、もう少し明るい別れを想像してたんだけどな。告白ドッキリもしたから。クソ寒いし。やっぱり場所間違ったか?」
「なんでだよ。いきなり、おかしいだろ」
「おかしいのはこれまでだよ。状況が変わったならそれに適応すべきなんだ。お互いのためにな。俺がこんなんになってんのに何も変わらずにいるお前がおかしいんだ。邪魔なんだよ。俺の普通の生活にお前は。」
「なに言って…」
「あと俺。前から言ってるけど男女の友情ってありえないと思ってるんだよね。じゃあな。元親友」
「おい」
勝喜は全然納得のいかないような感じで俺の肩を掴んだが俺はそれを振り払い、
「もう関わらないでくれ」
と捨て台詞を残しその場から逃げ出した。
・・・・・・
「また同じ夢か。」
枕元に置いてある携帯電話の起床時間を知らせるアラームがうるさくて目が覚めた。夢のせいでアラームが無くても起きただろうが。天川らと遊びに行ってからの数日間同じ夢を見続けている。
俺の罪悪感を刺激してくる最悪の夢だ。あんな形で自分から絶交した挙句、勝喜の悪い噂まで流れてしまったら俺はこれからこの夢に罪悪感を刺激されてどうかしてしまうだろう。だが解決策は一向にでないままだ。
学校をさぼってしまってしまいたいほど、考えに煮詰まっていたがそんなわけにもいかず、俺はベッドから起き上がって電気ストーブの近くでもぞもぞと準備を始めるのだった
・・・・・・・
あっという間に昼休みだ。考えど考えど悩みごとの結論は出ない。本当は飯を食べる時間も惜しいところだが、あれ以降天川も黒羽も俺の机に昼食を食べに来てくれるから無下には出来ないし、この時間はなんだかんだ楽しみでもある。いつも通りこちらに来た2人を尻目に俺は野菜ジュースの飲み口にストローを刺す。それを口に運ぼうとした際、じっとこちらをみる天川と目が合った。
「どうしたの?」
俺がきくと天川は不思議そうな表情で口を開いた。
「野菜ジュースだけで足りるのかなって。」
高校生活が始まってからずっとこれが自然だったから気にしていなかったが、確かに他の生徒と比べたら少ない。
「足りるよ。男の頃からこうだし。」
「もっと食べなよ~」
「由羅は食べすぎ。太るよ。」
黒羽の指摘に天川は黙ってしまった。天川が使っている机の上にはおかず2段とご飯1段の弁当箱。それに加え菓子パンが3つ。これはそう言われてもしょうがないといった感じだ。天川はとてつもないショックを受けたような顔をしているが自分では太ると思わなかったのだろうか。
そんなことを考えながらどんな風に慰めようか迷っていると、彼女は急に笑い出して
「しょうがない、共犯になってもらおう。」
と俺と黒羽にパンを1つずつ差し出すのだった。残った1つは普通に自分で食べるのかと驚きつつも、俺は首を横に振ってパンを返そうとする。
「元気ないんだから食べな?」
しかし彼女は返されたパンを受け取らずそう言った。何かを見透かされたようでドキリとする。
「元気あるもん」
「もんって」
失笑する黒羽。それで少し恥ずかしくなって俺は野菜ジュースを一口飲んだ。
「言っとくけど青山。バレバレだからね。授業中とかも俯きがちだし。悩みあるなら聞くよ。」
なんとか誤魔化せないかと思ったが2人の様子を見る限り無理そうだ。
こちらを見つめる2人に対して誤魔化すことを諦めたが、全てを赤裸々に話すのには抵抗がある。そこで俺は絞り出すように1言。
「噂ってどうやったら消えるかな。」と言った。
なにか思っていたものと違ったのかきょとんとした表情を見せる天川と黒羽。
「青山君なんか悪いことしたの?」
「してないよ?」
「犯罪者は皆そう言う…」
「してないよ?」
「時間が経てば噂なんか消えるでしょ。」
「出来れば時間がかからない方がいいかなぁ」
「青山。ワガママ。天川。」
「なんで雑に韻踏みながら全体攻撃するわけ?」
天川は腕を組んで少し考えるような仕草をしたあと、
「噂、噂かぁ。あんまり意識したことないけど。他に噂するような事件とかが起きればいいんじゃない?」と難しい表情で言った。
「あー。けどそんな都合よく事件なんて起きる?」
「それもそっか。」
2人が苦笑し合う中、俺は無言で野菜ジュースをすすった。この時俺の脳内には1つの考えが過ぎっていた。『都合よく事件が起きないのなら、俺が事件を起こせばいいのではないか。』
自分が望んでいた普通の生活を捨ててしまうような、そんな考えが。