「青山君のお父さんってさ…」
「うん。ニュースで言ってたよね」
「あいつも将来そうなるんだろうな」
「おい、聞こえるぞ」
嘲笑や哀れみの声が数えきれないほど周囲から聞こえてくる。正面から言ってくるようなやつはほとんどいなかったが、たまに面白がってインタビューごっこをしてくるようなやつも何人かいた。そいつらを殴り倒すと被害者面をされて、いつの間にか俺が全面的に悪いという話になっている。先日までの扱いとのギャップに困惑しつつ、逃げることはプライドが許さなかったため毎日学校には行った。ただただ、辛く苦しい時間だった。
断片的に脳裏に流れたソレは気持ちのいいものではなかったが、連想するワードを聞いた時に勝手に思い出してしまうのだからしょうがない。荒くなった息を抑えるために何度も深呼吸をして、震えが完全に止まるのを待った。
「あれをもう一回か…」
自然と口からそんな言葉が漏れた。事件を起こして噂を起こすということはそういうことになる。改めて考えるととても憂鬱だ。
少し温かくなったコーヒーカップを手に持ち、それを口に運ぶと少しだけ落ち着く気がした。頭が冴えるような苦さが俺を冷静にする。加減さえ間違えなければ以前ほどのことにはならないだろうし、もちろん自宅に記者が現れ取材されるなんてこともない。
「大丈夫だ。」
『多分』と付け加えてしまいそうなところを押さえ、自分に言い聞かせる。ふと、窓を見ると情けない自分の顔が見えた。多分、この顔を勝喜が見たら優しく笑いながら相談に乗ってくれるんだろうな。いやその前の「大丈夫だ」と情けない独り言を言っていることからいじられるかもしれない。どちらもリアルに想像が出来て、それを考えていると自然とリラックスできたような気がしてくる。
「大丈夫」
確信を持ってもう一度そう言った時の自分の表情はいつも通りの美少女に戻っていた。作戦が失敗して学校に居にくくなったらこの顔を活かしてアイドルにでもなればいい、なんて少し自惚れ過ぎだろうか。
「それにしても遅いな」
携帯を見ると19:18と時刻が表示される。約束の時間からは20分ほど遅れているが相手はそう言う男なので仕方がない。むしろそういう男だからこそ巻き込むことに抵抗が無いと言える。
事件を起こすのに巻き込むと言っても、暴力沙汰を起こすとか、ましてや殺人をするわけではない。周りのやつらが興味を持って、雑談の時の話題に出るようなそれぐらいの話題性で良い。
そしてもう1つ。この作戦には利点がある。それは俺が悪者になることで、『勝喜と俺が喧嘩別れをした』という噂が流れたとしても勝喜に正当性を持たせることが出来る。ほとんどの人間はよく知らない人物に1つ悪いところが見えた時、その人物を悪い人だと思ってしまうというのが俺の持論だ。俺が問題を起こせば『青山徹がクズ過ぎて昭井勝喜がキレた』といったような感じで都合よく周りの解釈を変えることが出来るだろう。
さて、ということでここから俺は『男漁りを始めたクソ女(元男)』として色んな男に声をかけまくる。元男として男からも、もちろん女からも、嫌悪感を買うであろうこの作戦。なにより俺と実際に付き合おうというもの好きはほぼ存在しないと思われるので、何人かに『付き合おう♡』というだけで作戦終了というお手軽さだ。男女のしょうもない恋愛事象なんて下らないことこの上ないが、なるべく人には迷惑をかけず話題性がある学生の事件と言えばそれだ。手軽さ、話題性、被害者、どの方面から見ても完璧な作戦。俺は自分の才能に辟易した。
「悪い悪い。ちょっと遅れたわ。待った?」
「まぁちょっと待ったけど許容範囲内。練習で疲れてるところ悪いね。お疲れ様。」
今回の待ち合わせ場所は学校近くにあるカフェにした。前みたいに校舎裏では寒いし、色々と思うところがあって萎える。なによりここはあそこと真逆の場所で人目につきやすい
男は謝罪のあとに部活バッグを席の横に置くと、目の前の椅子に座りこちらに微笑んだ。この男の名前は夕空 来希。俺が避けまくっていた元友人の1人。
表向きには勝喜らとともにサッカー部の活動に勤しむ親しみやすい副部長である。
「でさ、どういう風の吹き回しだよ?俺が青山に呼ばれるなんてさ。」
「んー?いや。付き合ってほしいなって。」
「付き合う?」
「うん。男女のお付き合い。」
内心吐き気がしたが、ちゃんと笑顔で言い切った。何が悲しくて俺が男に付き合って欲しいなんて言わなければいけないんだろうか。
ただ、夕空も他人ムーブをしてきた元男相手からいきなり交際を申し込まれて了承するなんてことはしないだろう。そこだけは確定しているので安心だ。
夕空は鳩が豆鉄砲をくらったように唖然とした表情をこちらに見せている。前から気に入らないと思ってたからこんな表情を見れることだけは得した気分になった。それ以外は最低だが。
「無理にとは言わないけど?」返答を急かすように1言声をかけてみる。
「あまりに唐突でびっくりしたわ」
「だろうな」
「じゃ、付き合おうか。」
「…は?」
「なんだよその反応。青山が言ったんだろ?お付き合いよろしくお願いします。」
「え?いや…は?」
こいつがここまで節操のないやつとは流石に俺も予想していなかった。多分目の前の男の性欲はそれはもうとどまるところを知らないのだろう。…とにかく俺の作戦はいきなり瓦解した訳で作戦の変更を余儀なくされたわけだ。といっても違う策など考えておらず、俺は頭を抱えるほかなかった。
・・・・・・
「夕空君と付き合ってるってほんと?」
そんな天川の問いかけに思わず野菜ジュースを噴き出しそうになる。いくらなんでも早すぎないだろうか。昨日交際を始めた(仮)の俺たちのことをもう天川さんは知っていたのだった。余程気になるのか黒羽もびっくりしたように目を見開いた後、こちらを見つめて返答を待っているような仕草だ。
「うん。付き合ってる。」
そう答えるのにはとてつもない抵抗があったが、噂を広げるために否定するわけにはいかない。それを口にした瞬間汗が噴き出るように出て体温がどこかに吸収されてしまうような感覚に襲われたが、しっかりと俺はそう答えた。
すると2人は顔を見合わせたあと声を合わせて
「やめといた方がいいよ」と言う。
俺も二人が夕空と付き合うと言ったら同じことを言うだろうなと思いつつ
「どうして?」
としらばっくれるのだった。
「だって夕空って8股したクソ男じゃん。というか青山って男の方g「そこは配慮しようか?触れないようにしようか?」
と生温かい配慮によって黒羽の口が塞がれる。
そう、夕空来希という男は表向きはサッカー部副部長の優男だが、過去に先輩や同級生、後輩、他校とありとあらゆる女子と同時に付き合っていた前科を持つ魔性のクズなのだ。…まあ俺はそれを考慮した上で巻き込んだわけだが。
「青山君って前は夕空君とも仲良かったじゃん?」
黒羽の口から手を離し、そう言いながらこちらをじっと見る天川。思わず目を逸らしたくなるほどに真っ直ぐにこちらを見るその視線は俺を諭しているようだった。
「まあ、そうだね。よく話してたよ。」
「だからそういうのは知ってて付き合ってると思うんだけど…その…それに人の彼氏のこと悪く言うのもあれだし…本当に付き合うの?大丈夫?」
「ごめんね心配かけて。まあ、あいつも悪いやつじゃないんだよ。大丈夫大丈夫。」
俺もまた真っ直ぐに彼女をみてそう言う。少しの沈黙のあと黒羽が立ち上がって
「…まあそう言うならいいけどね。由羅もシリアスになりすぎ~」と天川のことをつつく。
「そうだね。まあ浮気されたら慰めてあげるよ」
「それはありがたい天川さん。」
「浮気される前提なのひどいな。」
黒羽の言葉に三人で笑い合う。
ただ、何か少し。喉に引っかかるようなものがあって。自分が心の底からは笑えてないような気がした。
・・・・・・
『一緒に帰らん?』
帰り際そんなメッセージが夕空から届いた。もちろん今日もサッカー部は練習のはずだ。今から数時間どこかで暇を潰せというのだろうか。時間も金も勿体ない。
『部活終わりまで待てん。1人で帰る』
とメッセージを送り返したあと気づく。恋人にしてはあまりにも返事がそっけなさすぎると。送信取り消しをして今からでも「はーい♡待ってまーす♡」とでも送るべきだろうかと迷っているうちに既読がつく。
『りょ。交際初日からつれねえなぁ』
そんなメッセージが泣き顔とともに送信されてきた。実際初日からこのそっけなさは違和感が大きいだろう。早速選択肢を間違ってしまったようにも感じる。
浮気魔の夕空が一緒に登下校をしようなんて誘ってくるとは思わないから仕方のない部分もあるとは思う。もし浮気相手に見られたら大惨事になるわけだし。ということは今俺以外に付き合ってる相手はいないのだろうか。そのルックスとコミュ力で女をとっかえひっかえしていたあいつにしては珍しい気もするが。いや、夕空のことなんていつも理解不能だから考えるだけ無駄だ。これからのことについて考えなければ。
なんとなく夕空とは付き合う方向で作戦を立てているわけだが、このあとどうすべきだろうか。
それを昨日の夜から考えて
① 元の作戦通り色々な男に声をかけまくる
② 夕空を悪者に仕立てあげる
という2つの案まで絞り込んだ。
①は夕空が交際を了承したおかげで瓦解したように思えたが、夕空と同じように浮気という体をとれば作戦は上手くいく。学内は既に俺と夕空が付き合っているという噂が広がっているから声をかけるのは他校が中心になるだろう。元の作戦よりモラルに欠けているため作戦終了後他人からヘイトを大きく集めるだろうが、そこさえ目を瞑ればむしろ勝喜に行くかもしれないヘイトがこちらに集まるわけでとても都合がいい。
②は『俺と夕空が付き合おうとした時に、夕空が勝喜に嫉妬した』という噂を新しく流すというものだ。夕空が独占欲を拗らせて俺に勝喜とはもう会わないように言ったといった筋書きで夕空を悪者にしたて上げることが出来るだろう。ただ、これでは勝喜も噂に巻き込んでしまうし他人を悪者に仕立て上げて攻撃するのは流石に胸糞が悪い。今、勝喜の夢をみて苦しんでいるというのに夕空の夢も見る羽目になるのはごめんだ。
という諸々の事情から考えて①の案を続けていくのがいいはずだ。結局は元の作戦通りということで、悶々と考えた時間が無駄だったようにも思えてきて腹が立つ。
考え事をしている間にいつの間にか自宅前に着いていた。ストレス発散に甘いものでも食べようか、と自宅の玄関に手を触れた時
「よお男好き。今帰りか?」
そんな声が後ろからした。とても聞き覚えのある声だった。
「…勝喜?」
「おう。久しぶりだな」
後ろを振り返るとそこには部活動をしているはずの元親友が夕日に照らされて立っていた。