いつものように学園に行き、授業を受けて放課後は友人とともに部活動に励むという、”当たり前”の日常を過ごしていた青年。
だがその日常は、夏の始まりのある日を境に、一瞬で奪われることになる。
これは、”当たり前”の日常を奪われた青年たちの物語である。
―――幸せとはいったいどういうものを指すのだろうか?
それは、僕が日々思い続けている疑問だった。
好きなことをしている時?
それとも好きな人と一緒にいる時?
僕にはその答えはいつまでたっても分かることはなかった。
「……朝だ」
ふっと、まるで水面に物が自然に浮いてくるように、僕は目を覚ます。
軽くあくびを噛み殺しながら、僕たちの通っている学園……姫宮学園の制服に着替える。
今まで来ていた服はハンガーにかけてクローゼットにかけておく。
(そろそろかな)
かけ終えたところで、そんなことを思っていると、
「兄さん、ご飯できたで―」
離れた場所からそんな女性の声が聞こえてきた。
「すぐ行くよ!」
そんな声に相槌を打ちながら、僕は自室を後にする。
「おはよう、兄さん。今日も早起きなんだな。感心感心」
「おはよう珠美。今日もありがとうな」
リビングにやってきた僕に、人を寝坊助のような言い回しで声をかける腰まで伸びた銀色の髪の少女の名は、
僕の両親の遠縁の親戚らしく、両親が亡くなったため朝井家で引き取ることになったのだ。
そこまでにはいろいろな経緯があったのだが、それは割愛したい。
あの時の親戚の人たちの邪魔者を押し付けあうようなやり取りは、思い出しただけでも気分が悪くなるのだ。
特に、当事者であればなおさらに。
引き取った彼女が、僕の住む姫宮にやってきて五年ほどの年月が過ぎていた。
ここに来た当初は、話しかけると、警戒した様子でにらまれたり、冷たい言葉を投げかけられたりと、関係は最悪であったが、一二年ほどしてようやっと家族らしく接することができるようにまでなっていた。
「何を言うてるの。こらウチが好きでやっとることやし、気にせんでええって。それに兄さん料理下手だし」
「う゛っ!? 本当のことだけど、言わないで」
にやにやとからかうような笑みを浮かべる珠美に、どことなく敗北感を覚えながら、僕は自分の席に着く。
そして僕の正面に珠美も腰を落ち着けると箸を手にして
「「いただきます」」
と、手を合わせながら言って食事を始める。
「学園のほうはどう? 充実してる?」
「大丈夫だって。ウチにはつばさがいてくれるんやし」
どことなくあきれたような笑みを浮かべながら相槌を打つ珠美に、”そうだったな”と相槌を打つ。
今、彼女の口から出てきた”つばさ”というのは、珠美にできた唯一の友達の名前だ。
彼女曰く、”人づきあいが苦手”な珠美は今まで友達ができたことはなく孤独の学園生活を送っていた。
僕もひとのことを言えないが、そんな彼女のことを心配していたのだが、僕の通う姫宮学園に入学して少ししてから”ウチな、初めて友達ができたんよ”と、嬉しそうに話してくれた時は自分のことのように喜んだものだ。
その相手が部活の後輩でもあり、たまたま仲良くなった友人の家族の名字と一緒であったことが分かったときには、驚きを隠せなかった。
「っと。それじゃ、僕は先に行くから戸締まりはちゃんとね」
「今日もまた朝練?」
「そんなところ」
珠美のどことなく寂しげな声色に申し訳なく思いながら、応えると、足早に自室に戻ってカバンを手にする。
そしてそのまま珠美に声をかけてから、自宅を後にするのであった。
徐々にその勢いを増す暑さを感じながら、やや駆け足で学園に向かう。
これが、僕……
これからも続くと疑わなかった日常。
そう……あの日が訪れるまでは。