気が付くとガランとすいているSLにひとり揺られていたアドマイヤベガ。このSLに乗り合わせていたのは、友人、ライバルたち、そして最愛の────。
この人生という名の列車は、まだ終点には行き着くことはない。

※2023/12/39コミックマーケット103にて頒布された合同誌「冬来たりな馬、春遠からじ」にて寄稿した短編小説になります。

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人生という名のSL

 

 

 ゴトゴトと心臓の鼓動のような響きが聞こえる。気が付くとアドマイヤベガは石炭の溜息をはき出す汽車の中にいた。

 飴色のコンパートメントに座るのは彼女のみで、辺りに乗客は誰ひとりとしていない。車窓の外は平凡な道路と、その上を走る車やバイクが汽車を追い抜いていく。遠くでは何人かのウマ娘が駆けているのが見えるが、それ以外はどこもかしこも真っ白な雪原である。アドマイヤベガはそんな外の景色を見送っていた。

 

「もし、そこの麗しいお嬢さん。切符を拝見してもよろしいかな?」

 

 声がかかる。顔を上げると見知った顔があった。

 

「オペラオー」

「やあアヤベさん。SLの旅は順調かな? それとも始まったばかりかな? 嗚呼、いや、答えなくてよいとも! ボクにはもうお見通しだからね!」

「相変わらずやかましいわね、あなたは。それにその恰好……」

 

 アドマイヤベガの呆れたように視線を送る先にいるテイエムオペラオーは、なぜかこの蒸気機関車の車掌の恰好をしていた。鮮やかな金髪の上から被った制帽、制服をきっちりと着こなし、胸元には立派な蝶ネクタイが燦然と輝いている。

 

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたねアヤベさん。そうさ、今のボクは車掌でね、この汽車という舞台で皆の旅路の先へ導くのがボクの役なのさ」

 

 テイエムオペラオーは誇らしげに自分の役目を語る。

 

「ボクはこの汽笛の音とともに現れては消えていく、一瞬の役者に過ぎないのだけれど、それでも旅する者たちにとっては唯一無二の道標だからね。何しろこの汽車は片道だけ……つまり終点まで行くだけで戻りはしないものだから、皆の『降り時』まで連れていかねばならないのだよ」

「……まあなんでもいいけれど。ほら、切符よ」

 

 アドマイヤベガは傍にある鞄から薄黄色の切符を取り出し――何故鞄の中に切符が入っていることを知っているのか、そもそもいつ切符を買ったのかという疑問が一瞬過った――車掌に差し出した。

 

「……それにしてもここってすいてるのね。いつもこうなのかしら」

「ああ、嘆かわしいことにこのボクが車掌をしているというのにこの線はいつも赤字線でね。ほら、外を見てみなよ」

 

 言われて車窓を見ると一面雪原だった外にはいつの間にか線にそって道路ができており、その端にあるウマ娘ロードの上をウマ娘たちが駆けていた。まるでこの列車と並走するかのように走る彼女たちが速いのか、それとも汽車が遅いのか、一向に汽車が追い抜く様子はない。

「どうやら彼女たちはのろまなこいつに乗るよりも走った方が早いと思っているようでね。乗っているだけで居ても立っても居られなくなって、すぐに降りて走り出してしまうのさ」

 まあ、気持ちは分からなくもないけどね? オペラオーはそう言って肩を竦めた。

 

「それで私しかいないのね」

「他の車両にはお客さんもチラホラ乗っているよ。キミが良ければそこへ行かないかい? ここじゃ寂しいのではないかい?」

「いいわよ、別に」

「そうかい? ではボクはこの辺りでお暇するよ。他の車両のお客さんの切符も見なければならないからね。ああ、アヤベさんがどうしてもというのであれば――――」

「いいわよ、別に」

「むぅ」

 

 出鼻をくじかれて不満げな顔を浮かべつつ、オペラオーは去って行ったが、しばらくすると去っていった方から高笑いがうっすら聞こえてくるのだった。

 それからしばらくアドマイヤベガは再び車窓の外を眺めていた。切れては走る窓の風景。進むにつれて白く平坦な風景が、山の目立つ風景へと変化していった。降り積んだ雪が、日を受けた所は銀のように、雲の陰になった所は鉛のように、寒々しい輪郭を描いている。そして雲が空を動くたびごとに、山は居住まいを直したかのように姿を変えていった。やがて汽車はガタンゴトンという単調な音では済まなくなってきた。レールと車輪がこすれる音の間隔が縮まっている。ガタガタ、ガラゴロと揺れる汽車は次第に速度を上げ、辺りの白一色の中を一直線にひた走った。雪をかぶった山間の盆地を、右から左に横切っていく。汽車の煙突から出る煙が、後ろへ後ろへと流れ去って行く。アドマイヤベガは何をするでもなく、その風景を流し見ていた。

 そんな彼女の背から可憐な声がした。

 

「ア~ヤベさんっ」

「……! 驚いた。貴女も来ていたのね」

 

 カレンさん。アドマイヤベガがそう返すとカレンチャンはにこりと笑った。

 

「すごい偶然ですよね! カレン、ここから見える景色がレトロな感じでウマスタ映えする~って聞いて。それで別のコンパートメントにいたんですけど、アヤベさんが同じ列車に乗ってるって聞いたんです」

 

 カレンがそう言ってアヤベの座る席の対面に座った。アヤベの目の前にいる彼女はお気に入りらしい白いブラウスの上に薄桃色のコートを羽織り、首からマフラーが巻かれている。

 

「アヤベさんはどうしてここに? あっ、もしかして遠出の天体観測とかです?」

「……まあ、そんなところかしら」

 

 正直な所、自分が何のためにこのSLに乗っているのかアドマイヤベガ本人としてもわかっていない。けれども閑古鳥が鳴く客車をいくつも引いているせいでウマ娘の足よりも遅いこんな蒸気機関車にわざわざ乗っている理由などそれぐらいしか思い浮かばないのも事実だった。

 

「む。もしかしてアヤベさん適当に返事してます?」

「別に。……あ、そういえば」

「あ、誤魔化した」

「誤魔化してない。……その、菊花賞までのことなのだけれど」

「え?」

 

 ふとアヤベが切り出した話にカレンはきょとんとしたが、すぐ何の話か思い当たったらしい。

 

「あ、夏合宿でのことですか? もう、カレンは気にしてないって前から何度も言ってるじゃないですかっ」

「それもあるけれど……。カレンさん、毎回私のレースの時応援に来ていたでしょう?」

 

 思い返すのは今までのレースのこと。デビュー戦、未勝利戦、ラジオたんば杯、弥生賞、皐月賞。日本ダービー、京都新聞杯、そして菊花賞。アドマイヤベガが出走したそのすべてのレースをカレンチャンは見に来ていた。

 

「あの時の私はひたすらに勝つことだけを考えていたから。レースに勝って、その勝利を捧げることさえできれば、他はどうでもよかった」

「アヤベさん……」「けれど」「……!」

「けれど……菊花賞が終わってから、今までを振り返るようになって。それであなたが私のレースを見に来ていたことを思い出したの。それとあなたに心配をかけていたことも。だから、その。……ごめんなさい」

 

 そういって彼女は頭を下げた。ダービーの後、聞こえてきた『彼女』の声を誤解して以来、アドマイヤベガは視野狭窄に陥っていた。その結果行ったのが贖罪と称した過剰なトレーニングである。原因のわからない足の痛みを誤魔化しながら闇雲に走り続けながらも、その無明から脱することはできなかった。その後の夏合宿においてもそれは晴れないまま、焦りと苛立ちと苦しみだけが募り、遂には偶然会ったカレンに強く怒鳴ってしまった。結局、暗がりに月の光が差したのは菊花賞の後で、ようやく自分を顧みる余裕ができて、初めて同室の住人の心配に気が付いたのであった。それからすぐに謝罪した上、カレンからは気にしていないと言われたが、それでも心のどこかで尾を引いている。気にしていないとは言うが、謝るだけ謝って、はい終わり、ではなんとなく納得がいかない。そういう意味での謝罪であった。

 

「――――、」

 

 そんなアヤベの姿を見てカレンは思わず神妙な面持ちを浮かべた。それでいくらか頭の中でものを考えた後、「はぁぁぁぁぁぁ……」と、心底呆れたようなため息をついた。そして。

 

「アヤベさん! 顔を上げて!」

「……えっ?」「ほら早く!」「え、えぇ」

 

 急なカレンの剣幕に困惑しながら顔を上げる。

 

「アヤベさん顔カレンの方に寄せて!」「か、カレンさん、何を」「はいこっち見て!」

 

 言われるままに顔を寄せ、横を向くとそこにはスマホの内カメラの画面があった。

 

「ちょ、ちょっと」

「はい、さーんにーいちカワイイ☆」

 

 パシャリ。合図とともに鳴った音がカメラの撮影音だと気づいた頃にはもう遅かった。呆然として顔の向きを戻すとそこには「うん、一発で成功☆」と満足げな表情を浮かべるカレンがいた。完璧なアングル、ポジション、そして最高のカワイイ表情。げに恐ろしきは僅か三秒にも満たぬ早業でそれら全てをこなしたらしい。恐らく最速自撮りステークスなどというレースでもあろうものなら問答無用の完全無欠の大差をつけての一着であろう。

 ――――というのはともかく。

 

「ちょ、ちょっと。急に何……?」

「はい、これで手打ちですっ」

「手打ちって……」

 

 はい、と返事をするカレンはしてやったりという顔をしている。

 

「もう、アヤベさん、カレンが気にしてないって言ってるのにずっと引きずってるんですから。だったらもうこうでもしないと納得しないでしょう?」

「……それは」

 

 的を射ていた。要するに、アドマイヤベガは償いとか贖罪というと大げさだが、何かカレンチャンに対して何かを返さねばならないと考えていた。少なくとも、彼女に迷惑をかけた分は。よってその清算方法はカレンによる()撮りで果たされたということである。

 

「はいっ、じゃあこれでその話はおしまいということで! アヤベさんもそれでいいですよね?」

「……あなたがそれでいいなら、いいのだけれど」

「いいんですっ」

「……そう。……ありがとう」

「はい♪ あ、そうだ」

 

 この写真ウマスタに上げてもいいですか? そう言って無邪気に笑うカレンを見てアヤベの表情が緩む。心の中で抱えていたものが一つ無くなり、肩の荷が下りたように吐息を漏らす。

 とはいえ。

 

「それは駄目」

「えー」

 

 さもありなん。

 

 

 それからしばらくアドマイヤベガとカレンチャンは和やかに話し合っていた。学園でのこと、レースのこと、休日にあったこと、最近の流行のこと。などなど。夏合宿以来寮でも気まずい雰囲気でとても会話なんて成り立つものではなかったので、久方ぶりの談笑だった。

 しかし、残念ながらその歓談はいつまでも続くものではなかった。

 

「あっ、そろそろカレンの降りる駅かも」

「そう。……じゃあ、ここでお別れね。また寮で会いましょう」

「はいっ。アヤベさんの降りる駅は、まだ先ですか?」

「そうね、きっと」

 

 SLは相変わらずガタゴトと風を切って進む。時折嘶くような音を立てて黒煙を吐きながら、地図に定規で一本の線を引いたように、どこまでも一直線にひた走っている。アヤベにその降りる駅がいつなのか見当は付かないが、いずれわかることだろうとなんとなく考えていた。

 

「あ、じゃあ今のうちに記念撮影しませんか?」

「さっきしたでしょ?」

「それとこれは別です~。ねえ、いいですよね?」

「……。……はぁ、好きにしなさい」

「やたっ」

 

パシャリ。それから再びスマホカメラの撮影音が鳴った。カレンのスマホに写ったアヤベは先の写真のように呆然としていた表情ではなく、穏やかな表情で薄く口元が緩んでいた。

 

「ふふ、こっちも上手く撮れたっ」

 

ちょうど汽車はブレーキの余韻を残して停車し、大きなため息をついたかと思うと扉を開く。その駅で降りる乗客は一人もおらず、またその駅から列車に乗り込む者もいなかった。しかしそれでもカレンは立ち上がった。そして。

 

「あ、そうだ、こっちの写真はウマスタに上げておきますね♪」

「……はっ!? ちょっと、それは聞いてない!」

「あ、じゃあもう着いたので降りますね! アヤベさん、また寮で~♪」

 

 いたずら成功、と言わんばかりに笑うカレンチャンは、そのまま停車した汽車を降りて行った。

 

「待ちなさい! ちょっと!」

 

 アドマイヤベガは立ち上がってそんな彼女を追いかけようとして、汽車の扉を出ようとするが、その寸前で汽車の扉は一人でに閉じてしまった。もうその頃には駅のホームにもカレンチャンの姿はもうなかった。逃げられたらしい。

 

「……はぁ。寮に帰ったら絶対消させる」

 

アドマイヤベガはそう言ってしばらく扉の前を見つめていた。なんだかんだ言っても彼女とて嫌がっている者の写真を無理に上げるような性根はしていないはずである。……いや、どうだろうか。ウマスタとやらはやっていないが一応確認しておくべきだろうか。

そう思いながら元の席に戻ろうとその背に振り返ったその時、アドマイヤベガの視界は突如として異変を感じ取った。

 

「……っ!?」

 

 汽車の客車の中の景色は突如としてぐにゃりと歪曲し、ぐるぐると視界が回っていく。例えるならばめちゃくちゃに転がしたスノーボールのように。椅子や窓、そしてその奥の風景すら万華鏡を覗いたようなありさまで、やがてそんなめちゃくちゃな世界も次第に暗幕を張ったかのように仄暗い空間へと変化していった。

 

「一体何がどうなっているの」

 

 アドマイヤベガは呟く。瞬く間におかしな世界――そもそもどこぞのやかましい世紀末覇王が車掌を務めるSLというのも十分おかしいが――へと変貌したが、しかし一方彼女自身の身体には何の影響もないように感じる。感じる、と書いたのは視界が書いている通り真っ暗闇なわけで、視覚で今の状況を確認できないからである。

 

「……何が何だかわからないけれど。どこか出口を探さないと」

 

 そう思い暗闇の中一歩目を踏み出す。すると視界の彼方から、一筋の光が横切った。闇の底がボンヤリと明るくなって、その明るさの帯が少しずつ太くなると、アドマイヤベガの視界も次第に明瞭になっていった。

 

「……ここって」

 

 赤茶けたポリウレタンの道。壁と天井は無機質な灰色で、天井の両端を等間隔に照らす蛍光灯の群れ。この景色をアドマイヤベガは知っている。見慣れていると言ってもよい。なぜならそこは――――、

 

「レース場の地下バ道……。それにこの格好……」

 

 地下バ道。言うまでもなくパドックに出たウマ娘たちが本バ場に出るまでに通る道。ということは、自分が今レース場にいるということを察するのは容易である。そして自分はいつの間にかレース場にお誂え向きな格好と言える勝負服を身にまとっている。パドックから本バ場へとつながる地下バ道。身に着けた夜空に似た色の勝負服。

 

(これじゃまるで……)

「アヤベさん!」

「……! トップロードさん」

 

 アドマイヤベガはその声の主に気付くと、ナリタトップロードはにこり、と表情を緩めた。彼女もまた薄紫を基調とした勝負服を身にまとっているということは、いよいよ以てレースに出る寸前のような光景である。

 

「もうアヤベさんと一緒のレースも何回目ですかね? 何度もレースで競えるなんて、私、嬉しいです! すごく!」

「……」

 

 案の定、というべきか、レースに出る寸前のようではなく、実際にレースに出る寸前らしい。ここまでくるとアドマイヤベガは既に今までのことはすべてそういう『夢』なのだとなんとなく認識している。だとすれば目の前のトップロードもまた夢の存在なのだろう。けれどもそんな夢のトップロードの瞳に宿る闘志はというと、本物と遜色ない力強い火が燃えているようだと感じた。

 

「アヤベさん?」

「っ! ……そうね。私もあなたとレー、『はーッ、はっはっは!!』……はあ」

 

 アドマイヤベガは自分のセリフを遮るやかましい高笑いを聞いてため息を吐いた。今の彼女の胸中を代弁するならば「またお前か」である。

 

「やあやあアヤベさんにトップロードさん。君たちともこうしてまた競うことができるとは!! こんなに嬉しいことがあろうか!!」

「オペラオーちゃん、それに……」

「はわ……わわわ、わ、私もその、うれしいですぅ……!」

 

 人の夢に何度も出てきて恥ずかしくないのかと問われても「恥ずかしくないとも!!」と即答しそうなオペラオーの傍から、ひょっこりと顔を出したのはメイショウドトウだった。

 

「ドトウちゃん!」

 

「そう、我が生涯の宿敵、白鳥の騎士にとってのフリードリヒ伯爵。ボクの望む四重奏(カルテット)を響かせる最後の一人。それが遂に揃ったのさ」

 

オペラオーがまるで自慢するかのように言うと、ドトウは言葉を選びながらゆっくりと話す。

 

「わ、わた、私……本格化が皆さんよりも遅くって、それでクラシック戦線、出られなくて……。だ、だけどっ……私、み、皆さんとたくさん走りたいって、思ってて……。そ、それで、ようやく本格化がきて、こ、こうして、あの、皆さんと同じ場所にまで、た、たどり着けたので……。な、なのでぇ……あのあの……その。わ、わわわ私、アヤベさんにも、トップロードさんにも、オペラオーさんにも、か、勝ちたい、です……!」

 

 アドマイヤベガは静かに驚いた。そこにいたのは引っ込み思案な友人の一人ではなかった。この日のために彼女なりに鍛えてきたらしい心と身体。それに伴って滾る気魄(きはく)。先んじてクラシック戦線を駆け抜けたアヤベたちに追いすがり、そして超えることを目指す一人のウマ娘、メイショウドトウがいた。

 彼女の宣誓とともに自然とその場の空気にぴりぴりとした緊張感が走る。本番のたびに感じてきた、小太刀の先を背中に当てられているような、神経がひりつくような感覚。今までのレースではアドマイヤベガはそれを生半可な結果を出すわけにはいかないという強い義務感によるものだと思っていた。しかし今はどうだろう。競いたい。負けたくない。勝ちたい。そういう思いでできたものが全身を震わせる。柄ではない自覚はあるが、それがどこか、心地よい。

 

「わ、私だって!」

 

 そんな雰囲気に当てられたらしい。ナリタトップロードが声を上げた。

 

「ドトウちゃんや、オペラオーちゃん、アヤベさんが積み上げてきたものがすごいのはわかっています。でも私もたくさんトレーニングして、たくさんトレーナーさんやいろんな人に支えてもらいました。だから、絶対に負けたくないし……それに、アヤベさんには、オペラオーちゃんでも、ドトウちゃんでもなく、私が――ナリタトップロードが勝ちたいんです……!」

 

 両手をぎゅっと強く握って、ナリタトップロードは三人を見回す。そしてアドマイヤベガをその双眸に捉えたとき、その瞳には確かな炎が灯っていた。

 

「……そう」

 

 そんな闘志を受けて、アドマイヤベガは静かに返す。ツンと取り澄ました素っ気ない態度。しかしその胸の内は熱く、その熱で心にある何かが震え、躍動する。返す刀でトップロードを見る目は怜悧でありながら、そこには青い炎が迸っているかのような闘志があった。

 

「私は、負けない。勝ちたい。一等星になりたい。同じ時を駆けるどの光にも負けない。二度とは繋がらないような、どんなに遠い場所にさえも輝きを届けられる一等星に。だからもう、私は自分を抑えたりはしない。本気で私は勝ちに行く。だから――、」

 

 アドマイヤベガは一呼吸おいて、言った。

 

「だから、あなたも勝ちに来て。私の期待に応えて。あなたは、『期待には絶対応える』ナリタトップロードでしょう?」

 

 それはまるで恒星のフレアだった。彼女の核で次第に高まってきた情熱が、今まであった抑圧を破って、意識の地表へと噴き上がった。皮膚の表面がチリチリと粟立つような、そんなアドマイヤベガの青白い気魄が、彼女たちの周りをじりじりと漲った。それを受けてなお、ナリタトップロードは、メイショウドトウは、テイエムオペラオーは、それに動じることなく、むしろ応え、立ち向かい、そして笑ってみせた。

 

「ふふん、遂に賽は投げられたようだね。さあ、ここに宣言しようじゃないか。ボクらの時代の始まりを! 勝負しよう。何度でも競おう。終わらないカルテットを奏でよう! そして――その始まりを告げる勝利は、世紀末覇王たるこのボクが獲ろう!」

「いいえ、私が勝ちます!」

「わ、わわわ私が、か、勝ちましゅっ!」

 

 ここに、四つ星が結ばれる。九九の名を持つ星々が象る栄光、その一つ目が始まろうとしていた。

 

「――――私が勝つわ」

 

 四人はコツコツと硬質な音を立てて、地下バ道を歩き始める。線路の上を歩くかのように、足並みは自然と揃う。

かくして、役者はここに集った。大きなマントを翻し、ポーチの肩紐を握りしめ、栗毛の髪がふわりと揺れ、小さな星がきらりと輝く。

 無機質な蛍光灯の光が照らしていた地下バ道は、本バ場へと近づけば、近づくほど、次第にその周囲が明るくなっていく。出口の向こう側は乳白色の、薄霧が漂っているようにぼんやりとしている。それと同時に観客席から響く、ざわめきや歓声、誰かを待ち望む声援が聞こえてくる。アドマイヤベガは、その栄光の舞台への一歩を、

 

 

 

 

             

             

                

                  

                   

                    

                     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

た──────────…………

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

                       

 

 ――――――――。

 ――――――ん。

 

 声が聞こえる。

 どこからか、宙から、あるいは水底から、声が聞こえる。

 

 お―――――ん。

 お―ぇ――ん。

 

 声が聞こえる。

 遠い、遠い宙の向こう。二十五光年先の星から、声が聞こえる。

 

 お―ぇ――ゃん。

 ――お姉ちゃん。

 

 目を開くと、そこには水平線が広がっていた。どこまで進んでも終わりの見えない水鏡が空を映している。水面が見上げる空は、星が灯のようにゆらゆらと動いては、時折きらきらと瞬いていた。

見渡す限り不思議な世界だった。鏡のような水面が足元に広がり、どこまでも続いている。

 

「……ここは」

 

 アドマイヤベガは見知らぬ空間で一人呟く。

 ――否、知っているはずだ。覚えているはずだ。この世界は一度来たことがある。あれはそう。自らの脚が壊れる寸前だった時ではなかったか。

 

「もう。トップロードさんたちとのレースを夢の中で終わらせちゃったらもったいないよ。お姉ちゃん」

「…………え?」

 

 振り返る。それと同時に理解する。

 

(――……あぁ)

 

 これは夢だ。それもどうしようもなく都合がよくて、自分本位な夢。

 目の前にいたのは自分と瓜二つな少女。顔も、声も、何もかもが同じであるが、けれども自分を姉と呼ぶ彼女が自分自身などと言えるはずもない。

 

「……あなた」

「ふふっ。久しぶり……って言えばいいのかな? お姉ちゃん」

 

 そう言って笑う『彼女』は星空の下にありながらも地上の太陽のようで、アドマイヤベガは不意に泣きそうになった。きっと、その光があまりに眩しかったから。

 

「っ、……もう、会えないと思ってた」

 

 嗚咽をこらえながら、アドマイヤベガが言った。

 

「うん、あたしも嬉しいよ。でも――」

 

『彼女』は、困った顔を浮かべる。

 

「正確にはあたし、お姉ちゃんが倒れた時に会った『あたし』じゃないんだよね」

「え……?」

「なんていうか、まぎれもなくあたしはお姉ちゃんの妹なんだけどね? ここはお姉ちゃんの夢の世界だから、あたしはあの時お姉ちゃんの運命を持って消えた『あたし』じゃなくて、夢の世界のあたしなんだよね。だからここで出会えたっていうか、うーん……説明が難しいなあ」

「……よくわからないけれど。あなたは私の見ている夢の世界の住人ということ?」

「たぶんそんな感じ? お姉ちゃんが心の中で考えてたこととか、望んでいることとか、そういうのが夢に出るから、あたしも出てこれたって感じかなぁ」

 

『彼女』は両手を頭の後ろで組みながら説明すると、夢の仕組みなどあまり知らないアドマイヤベガはそういうものなのだろう、となんとなく納得した。

それから辺りを見回すと、紺青の空には燦々たる星々は一つずつ膚に谷の刻みを持っている。小さなハレーションを起しつつ、悠久に蒼海を流れ行く氷山のようだった。薄肉色、黄薔薇色、蒼白色のものもあれば、紫色が爆ぜて雪白の光芒を生んでいるものもある。あるいは金剛石や草の露、燐光を集めて出来た煌びやかな銀河の河床が、遠くの方で鮮やかな筋を描いてもいた。そんな脊髄骨の継ぎ目継ぎ目に寒気がしそうな美しい星の海を湖の表面が映している。

 星の光が弾け散る湖の上など、本来足から何処までも沈んでいきそうなものであるが、ここが夢の世界であるからであろう。彼女たちが何故かその上にしっかりと立っていた。

そんな世界でどうにも異物感のあるのが湖面の上に突き立って一本道を形成している白色の柵。それそのものは一見何の変哲もない物体に見える。それどころか、彼女たちウマ娘にとってはよく見慣れたレース場のラチと何ら遜色ない。

 

「……不思議な世界ね。まるで――、」

「レース場のよう?」

「……そうね」

「実際ここはレース場だよ。きっとお姉ちゃんの『あたし』に会いたいって想いと、走りたいって想いが混ざって生み出されたんじゃないかな」

「……そういうものなのね」

「そういうものだよ。ちょっと歩けば、ゲートも見えてくるんじゃないかな。行ってみる?」

 

 『彼女』の提案を聞いてアドマイヤベガが頷くと、二人は歩き始めた。

 不思議な感覚だった。銀盤より柔らかく、反面鉛より地に足が付く。それでいて靴の底と湖面の間に数センチの空白を踏んでいるような浮遊感。慣れない感覚のはずだが、何故か歩きやすい。

 見慣れない世界もしばらく歩いていくと、両端のラチで作られた一本道を塞ぐ物体も見えてきた。緑の塗装が施された見覚えのあるそれは、このような世界にあるものとしては奇妙にも、しかしここがレース場であるからか、どこか相応しくも見える。

 

「……本当にレース場なのね」

 

 アドマイヤベガが呟くと、『彼女』はでしょ? と返した。

 

「ここはあたしとお姉ちゃんしかいないけど、正真正銘のレース場だよ。まあ、ダートでも芝でもなく、水上だけど」

 

 でもお姉ちゃんが思う一番走りやすい感覚にはなるみたいだよ。『彼女』はその場で何度か足踏みしてみせると、ぴちゃぴちゃと音を立てながら、足踏みのたびに波紋が広がる。アドマイヤベガも靴のつま先からトントン、と水面を叩くと、なるほど芝やウッドチップのような感覚が伝わる。水に触れているはずなのに靴が濡れているようにも見えない。夢らしく都合のいい感触をしていた。

そんなことを考えていると、ふと、『彼女』が「ねね、お姉ちゃん」と声をかけた。

 

「レース場があって、走りやすくて、ゲートもあって。そこにウマ娘が二人いる。ってことはさ――、やれるよね、レース」

 

 そう話す『彼女』の口元はにやりと弧を描いていた。

 

「レース、って……。私と、あなたが?」

「そう! あたしと、お姉ちゃんが!」

 

 『彼女』が続ける。

 

「あたしね。お姉ちゃんと一緒に走ったのが楽しかった。トゥインクル・シリーズに出て、G1レースも、クラシック三冠のレースも一緒に走ったのも楽しかったし、嬉しかった。トップロードさんに、オペラオーさんたち。たくさんのライバルと競い合う楽しさ、芝を駆ける楽しさ。それから、一緒にレースを楽しめたことも。全部、全部楽しかった。それで、この世界でまたお姉ちゃんに会えたとき、思ったんだ。あたしたちがライバルと競ったように――、『あたし』も、お姉ちゃんと競ってみたいって!」

「っ、……――」

「だからね。だから……」

 

 あたしと勝負しよっ! お姉ちゃん! 『彼女』はアドマイヤベガを真っ直ぐ見て、心の底から楽しそうに言った。

アドマイヤベガはその笑顔を見ると、頭の中が白熱したようにちかちかした。胸中の奥が何だか燃えるように熱く、心臓がドクンと脈打って、心が波立ち騒ぐような高揚感を感じて。

 

「――ええ。受けて立つわ」

 

 気が付けば、素直にその挑戦に応じていた。

 

 

「距離二四〇〇メートル、天気は晴れ、芝……芝? 芝ってか水バ場かな、これ」

「知らないわよ」

「だよね~、あ、あたし1枠1番取っちゃお~。いいよね、お姉ちゃん」

「この状況だと1番も2番もそんなに変わらないでしょ」

 

 一対一のレースなど併走トレーニングでもなければ行うことなどほとんどない。URAによる取り決めでは最低出走人数は五人となっているし、レース中にずば抜けて強い二人のウマ娘が最後の直線で一騎打ちするのでもなければマッチレースなど起こらない。

 当然、五人以上のレースを想定して作られている出走ゲートは、現在その収容可能人数と比べてたった二人しかいない殺風景な様相だった。

 

「……これ、私たちしかいないのにゲートは開くの?」

「開くよ? だってここは夢だから、自動で開くよ。多分」

「随分都合がいいのね……」

「夢だからね~」

 

 けらけらと根明に笑いながら『彼女』はゲートの中へと入ると、アドマイヤベガもその隣に立った。本能的に狭い場所を嫌うウマ娘にとって発バ機の中は窮屈だが、慣れたものである。『彼女』もアドマイヤベガの中で共に走ってきたからか、嫌がる様子はない。

 やがてしばらくするとアドマイヤベガも、『彼女』も無言になった。目に見えて集中している。スイッチが入ったと言っても良い。いつどのタイミングでゲートが開いて走り出してもいいように。スタートダッシュは早ければ早いほど良い。普通のレースはもとより、この一対一のレースではそれが顕著である。勝負に複雑な駆け引きはあまりない。二人しかいないのにバ郡に呑まれることもあるはずもない。だとすればこの勝負はあまりにも単純で――――。

 

 

「「……――ッ!!」」

 

 

 より速い方が勝つ。

 数秒も経たぬ内にゲートが開いた。スタートダッシュはほぼ同時に駆け出した。

同じ顔、同じ魂、同じ脚質でも生来の性格がそうさせたのか、初手で先頭に立つのは『彼女』だった。

 

「お先!」

 

 『彼女』はそう言葉を残し、ターフ、もとい水上を駆ける。アドマイヤベガはその一バ身ほど後ろを追い駆けている。二四〇〇メートル、左回りのコース。ダービーと同じ条件だ。踏みしめる感覚は何故かターフに似ていて走りやすい。つくづく都合のいい世界であった。

 

「あはは、ほんとにお姉ちゃんと勝負してる!」

 

 はしゃぐように笑う『彼女』のフォームに一切の澱みはない。当然だ。『彼女』がアドマイヤベガと共に走ってきたのならば、その能力に寸分違いがない。例えるならば同じスピード、同じ運転技術、同じスタミナの二台の車を同時に走らせるようなもの。言うなれば真剣勝負の機能テスト。その場その場での瞬間的な差別点が勝負を決める。

 あっという間に第一コーナーを曲がる。アドマイヤベガには気になることがあった。このレースが一対一であることから、普段のような駆け引きができない点だ。この後の展開の筋書きを違えてしまえば、いずれどこかで綻びが生まれるだろう。その綻びがどこから生じるのか。どれだけの綻びが生じるのか。自分はどうするべきか。予め決めておいた方が良いとアドマイヤベガは考えていた。

(それはあの子も同じ)

 アドマイヤベガは併走する『彼女』を見る。まるで鏡だ。あくまでスタートダッシュの際に『彼女』が前に出たが、言うまでもなく実力は互角だ。一バ身という差もどちらかが決めにいくだけであっという間になかったことになる。アドマイヤベガはコーナーでの加速を抑え、『彼女』の様子を窺っていた。

 

(私とあの子。スピードもスタミナもパワーも、何もかもが一緒。唯一違うところを挙げるとすれば――)

 

 性格の違い。物静かなアドマイヤベガと違い『彼女』はフランクで陽気。故に採る戦略も互いに違ってくるはず。その証拠に『彼女』は現にアドマイヤベガの前の位置を取り続けている。そしてこの距離感を保ち続けている辺り、少なくとも先手を取ることでこちらを牽制する狙いがあるのだろう。

 で、あれば。

 

(必ずどこかで先に仕掛けようとしてくるはず)

 

 彼女はそう考えていた。しかし同時に『彼女』もこちらの考えを読んでいるだろうとも。再三言うが、彼女たちは一心同体だったのだから。

 第二コーナーを曲がり、長いバックストレッチを駆ける。ここがダービーの時と同じようなコースであるならこの直線の長さはおよそ四五〇メートル。第三コーナー手前で緩い上り坂。そこから第四コーナーにかけて下り坂となる。ならばこの直線では体力を温存すべきだ。幸い『彼女』の後ろを付けていることでスリップストリームの恩恵を得ている。体力を温存すればするだけ最後の直線で有利な走りができるだろう。

 

「あっはははは!」

 

 第三コーナーに入り、突然、『彼女』が笑い声を上げる。思わずアドマイヤベガが怪訝な顔を浮かべていると、『彼女』は目線だけをこちらに向けて、囁いた。

 

「お姉ちゃん、楽しい?」

「えっ……?」

「あたしはね、すごく、すっごく楽しいよ! お姉ちゃんと一緒に走ってきたレースも楽しかったけど……。お姉ちゃんとこうして競えるなんて思いもしなかったから!」

「…………っ!」

「お姉ちゃんは、どう? 楽しい? きっと、そうだよね!」

 

 そう言うや否や、『彼女』は脚にグッと力を入れて加速した。それに反応して前を見ると、もう第四コーナーは目前だった。

 

「あの子……っ」

 

 先んじて仕掛けた『彼女』を逃がさないため、そしてここが仕掛け時だと確信したアドマイヤベガもまた加速する。最後の直線は長い。コーナーを先に抜け出した『彼女』から少し遅れて迫る。そして彼女の脚はここにきて最速に至り、並んだ。

 

「……! 来たね、お姉ちゃん」

「……」

 

自分の妹は思ったよりしたたかな性格だったらしい。けれども、あの囁きは嘘偽りのない本音だろう。そうでなければ――今のように、自分では見せないような獰猛な笑みで走ってなどいないはずだ。

自然と、頬が緩む。場違いな表情になっている自覚はある。少なくとも今まで走ってきたレースではこんな顔を浮かべてはいなかった。

 

(――ええ、そうね)

 

 先の『彼女』の言葉に同意する。今自分は――アドマイヤベガは、『彼女』と競うことを楽しんでいる。もっと走りたい。競いたい。いつまでもこうしていたい。そして、勝ちたい。

 

(勝ちたい……!)

 

 無視できないほどの高揚感。勝利への欲求。レースへの興奮。それらが際限なく昂ぶり、全身の血が沸き立つ。そしてひときわ大きな心臓の鼓動が聞こえたような気がしたとき。

 脳裏で硬い壁や硝子を力いっぱい蹴り破って、粉々に砕いたときのような。そんな感触と共に、それらが遮っていたものが堰を切ったように溢れ出した。

 

「――ッ!!」

 

 アドレナリンが脳を浸しただけでは説明が付かないほどの解放感。一陣の風が自分の中の全てを吹き飛ばし、心が快を叫ぶ。

気が付けば、目に見えるものすべてが冴え冴えとしていた。

 

「見ていて、『×××』……あなたのお姉ちゃんが強いってこと、見せてあげる……!!」

「……!! そんなの……ずっと昔から知ってるよっ!!」

 

 二人の彗星は弓矢の如く放たれた。二〇〇〇メートルのスイングバイで加速したふたご座流星群は、蒼炎の軌跡を残して一閃、通り過ぎたところには細かな粒子がその周囲にきらきらと舞っていた。文字通りの夢の景色であった。

 駆ける。駆ける。双星は星屑の海を駆けていく。二人の距離は連星のように引き合い続けている。一向にして差は縮まらず、しかしてゴール板の姿は急速に大きくなっていく。

 

「「――――――――――ッッ!!」」

 

 吐き出す息が白冷める。燃え上がる体温が恒星の如く夜空を焦がす。()れるほどの喉を響かせて、聴こえなくなるほどの叫び声を上げる。双子星が鳴いている。

 不思議な時間だった。一瞬の時間で駆け抜けた直線は二十五光年先まで続いているかのように長く感じた。夢の中でも相対性理論は健在らしい。このまま永遠に二人で走り続けたいとさえ思った。

 それから。どちらかが先にゴール板を踏み越えたその瞬間。どちらが勝ったのか、理解が及ぶその前に、夜空が白けだした。夜明けの光は宙のみならず、そのすべてを白く染め上げて行き。

 

 

『楽しかったよ。お姉ちゃん』

 

 

アドマイヤベガの目の前は白光に吞み込まれていった。

 

「――さん、朝ですよっ。アヤベさん!」

 

 はっとして目が覚める。気が付くとアドマイヤベガは寮の一室にいた。ベッドの側の窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。

 

 そうしてゆっくりと身体を起こしたとき、すでに起きていたらしいカレンチャンと目があった。

 

「おはようございます、アヤベさん!」

「……ええ、おはよう、カレンさん」

 

 時計を見る。まだ慌てなければならない時間ではないが、早起きなアヤベにしては少し遅い時間だった。

 

「珍しいですね~。休日とはいえアヤベさんがカレンより遅く起きるなんて。いつもと違ってカレンが起こす側になれちゃいました」

 

 カワイイ寝顔でしたよ♪ と軽口を叩くカレンに、余計なこと言わなくていいから、と言ってじとりとした目線を向けた。

 

「え~、ほんとにカワイイかったのに……。きっといい夢を見てたんだろうなあって」

「……そうね。夢は見たわ」

 

 

とても――良い夢を。

 


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