魔都精兵のカンピオーネ   作:合将鳥

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【二十一世紀初頭、新たにカンピオーネと確認された日本人についての報告書より抜粋】


 ペルシアの神・ウルスラグナは、複雑な属性を所有する神です。
 元々は主神ミスラに仕える軍神であり、後世のゾロアスター教においては武力に秀でた守護神として崇拝されるようになりました。

 この神は十の姿に変身を遂げるという特性を備えています。
 始めは強風の姿で現れ、雄牛、白馬、駱駝、少年、鳳、雄羊、山羊、そして黄金の剣を持つ人間の戦士へと化身します。

 ウルスラグナは次々と姿を変えながら常に勝利を掴み取り、崇拝者にも勝利を齎す存在──即ち『勝利』を神格化した神だと言えます。


 草薙護堂とは、この勝利の神を殺害し、カンピオーネとなった少年なのです。





変・尺・視、荒野の二人

 

 護堂と京香の邂逅から一日。

 

 京香の発案により、彼女の拠点である魔防隊七番組寮の管理人に就く事になった護堂は、寮内の把握も兼ねて京香に頼まれていた清掃を行っていた。

 

「……しっかし、清々しさや平穏って言葉とは程遠い光景だな」

 

 一見、旅館の様にも見える寮舎。その玄関先から外に広がる魔都の景色に、護堂は呆れた様に呟いた。

 空は常に雲に覆われ、緑の見当たらない岩肌が一面に広がる。それが延々と続いて変わらないままなのだから、溜息の一つでも吐きたくなる。

 ぼやきつつも道具を纏め、寮内に戻ろうとすると。

 

 ボッ──!

 

 僅か数m程離れた地中から、逸れの醜鬼が現れる。今にも襲い掛かる勢いだった為、迎え撃とうとするが、それは杞憂に終わる。

 

「これは……結界か?」

 

 醜鬼が腕を振り下ろした瞬間、その攻撃が大きな音を立てて何かに阻まれる。

 どうやら寮舎を中心に醜鬼の侵入を阻む為の結界が張られている様で、それが護堂への攻撃を防いだようだ。

 それから十秒もしない内に、バリバリと音を立てて電光が走り醜鬼の身体が崩れていった。

 

「ザルな様に見えて、案外ちゃんと対策してるんだな」

 

 事前に説明を受けた気もしつつ(実際、昨日京香と共に寮に立ち入った時に説明された)、それを忘れて感心した様に溢す護堂。

 と同時に、より上位の魔獣や神獣、ましてや神や自分達カンピオーネが侵入しようとした時はどうなるかわからないだろうな、とも考えた。

 

 

「大丈夫ですか護堂さん!?」

「お、寧か。俺は大丈夫だぞ」

 

 

 そこへ護堂を心配する様な、子供特有の甲高い声が聞こえてきた。

 見れば、この場には場違いに思える水色のワンピースを纏った女児が駆け寄ってきていた。

 

 彼女は大川村(おおかわむら) (ねい)。弱冠十一にして、立派に魔防隊七番組の一員である。……とは言っても戦闘能力は皆無に近い様で、能力の関係的にも索敵が主な任務らしい。

 

 

 因みに、護堂はそれを説明された時「万里谷(まりや)達みたいだな……」と学生時代からの付き合いの姉妹を思い浮かべた。

 

 

「まぁ、こんな近くに出たのは驚いたけど」

「七番組の管轄は、魔都の裏鬼門の位置になります。だから醜鬼もいっぱい、それにそこら中に出るんですよ」

 

 護堂が率直な感想を伝えると、寧は魔防隊とその管轄について説明を始めた。

 

 

 魔防隊は一から十、その中から不吉な数字である四を抜いた九組に分かれ、東京都と同等の広さである魔都の調査と醜鬼討伐を担っているそうだ。

 そして現在の総組長がいる十番組を中心に、北から八方時計回りに一、北東に二、東に三と続いていき、其々鬼門/裏鬼門に当たる二番組と七番組の管轄は特に醜鬼の出現頻度が激しいらしい。

 

 

「成程なぁ」

 

「コラ、何をくっちゃべってるのよ草薙護堂」

 

 寧の説明に感心していると、後ろから刺々しい問いが投げられる。

 振り向いてみれば、腕を組んだ目つきの鋭い黒髪の美人。年の頃は、護堂と外見上同年代に見える。

 

(あずま)か。どうした?」

 

 護堂に問われ、七番組副組長・東 日万凛(ひまり)はつっけんどんに告げる。

 

「ご飯の支度をしなさい。もうすぐ哨戒から戻って来る組長の分もキチンと作るのよ」

「オイオイ、食事の準備も管理人の仕事か?」

「魔都ではそうなのよ、というか感謝しなさい?」

 

 日万凛は一度言葉を区切ると、如何にも不機嫌を前面に出した表情で護堂に詰め寄る。

 

「男のアンタが自分達と同じ場所で! 同じ物を食べるのを許可されているんだから! 組長の慈悲でね!!」

(当たりが強いな。大丈夫か、コイツ……)

 

 かなり強めの言葉を浴びせられるが、護堂としては可愛いものだ。特に堪えるものではない。どちらかと言うと、花盛りの女性としてその口の悪さはどうなのかという方が気になった。

 

 

 尚、そんな護堂の疑問について後日京香に訊ねてみたところ、この世界では程度の差はあれ女性から男性への当たりは似た様なものらしい。不思議だ。

 

 

 それから少し時間は経ち。哨戒から戻って来た京香と共に、七番組の面々は食事の席に着いた。

 

「ん~~! 管理人さんの料理美味しいっ!」

 

 真っ先に声を上げたのは、駿河(するが) 朱々(しゅしゅ)。七番組の中で寧の次に若手であり元気印、一番槍だそうだ。また、護堂が会った組員の中で唯一の短髪である。

 食べ盛りの様で、ややマナーが悪くガツガツと食べ進めている。

 

「食にこだわりは無いが、栄養バランスが取れているのは良いな」

「寧にも料理教えて下さいっ!」

「……お、おかわりしてあげる」

 

 他の面々からも概ね好評だ。護堂はややがさつで面倒臭がりな雰囲気とは裏腹に、護堂は学生時代から料理を作る機会も多く、人に出せるだけの料理だって出来るのだ。……まぁ、面倒になってすぐに手を抜くが。

 

「そりゃどうも」

「この調子で皿洗いや温泉の掃除も頼むぞ」

「空き部屋の掃除もね」

「ヘイヘイ。……あ、そういや」

 

 適当に指示を聞きつつ、ふと思いついた事があって京香に視線を向ける護堂。

 

「なぁ京香、緊急の出動とか無いなら少し外に出てもいいか? ずっと中にいると身体が鈍りそうでな」

「? あぁ、構わんぞ。奴等は一時間と間を置かず出てくる時もあれば、一週間以上出てこない時もある。だからいつでも連絡を取れて、且つ直ぐ集合出来るのであればいい。……勿論、家事もしてもらうが」

 

 京香から外に出る許可が取れた為、護堂は自分の食事に戻ろうとする。すると……

 

 

「……アンタ、なに組長の事呼び捨てにしてんのよ?」

「本人が良いって言うんだから良いだろ?」

 

 

 日万凛が鬼の形相で唐突に、何処から取り出したのか、剣を突き立ててきた。否、よく見れば取り出したのではなく、どうやら日万凛の腕が剣に変化している(・・・・・・・・・・・・・・)らしい。

 日万凛はそういう能力なのかと思いつつ護堂が反論すると、京香が口を挟む。

 

「女子しかいない寮だ、男の管理人を快く思わない者もいるだろう。だが家事の腕は立つし、私の能力にも必要だ。そこは皆にも受け入れてもらおう」

 

 そこで京香は日万凛だけでなく、寧と朱々にも目を向ける。

 

「何か不始末をやらかしたら、主である私が(・・・・・・)護堂を捩じ切る。それでいいな?」

「「「はい」」」

 

 京香が護堂を脅す様な文言で三人を説得する。やや顔を赤くして、"主"の部分を強調して言っていた気もするが、誰にも気づかれていない様だ。

 そして護堂の方は、京香が自分を捩じ切ると宣言した事に苦笑が浮かびそうになった。

 

 その時、

 

 

「あっ」

「! 何か視えたか寧」

 

 

 突如寧が虚空を向いた。そこへ京香が質問を投げる。それによって気が逸れた護堂は訳が分からず、どういう事かと説明を求めると、朱々が耳打ちで教えてきた。

 

「ねいっちは千里眼持ってるんだ。レアで凄い能力なんだよ」

「千里眼……?」

 

 千里眼と聞いて、増々万里谷姉妹みたいだと思っていると、寧が何か伝えようとする。

 だが……

 

「えーっと…うーん……、あー……」

 

 寧は唸りながら部屋をウロウロする。その姿は顔を洗った後にタオル探してるようにしか見えなかった。

 しかしすぐにキリッとした目になり、京香に結果を伝える。

 

「門が出現しています! 南に五キロ!」

「出撃だ! 乗り物は三!」

 

 そして京香の号令の下、其々が装備を整え戦闘態勢に入った。

 

 

 

 そして。

 

「乗り物って、俺も含むのかよ……」

 

 車で向かった日万凛と寧、バイクで向かった朱々と空になった車庫を見て、護堂は「乗り物は三」の意味を理解した。

 

「準備できたか?」

「あぁ。で? どうすんだよ、抱きかかえればいいのか?」

「そんなところだ。……さ、さぁ、早くしろ」

 

 顔を赤らめながら、京香は《主従反転・無窮の隸鎖(スレイブ・オルタナティブ)》を発動する。

 そして当然、対象は京香自身。鎖に繋がれた首輪が京香の首に現れる。

 

「だから、俺には別に……っていうか、お前大丈夫なのか、それ使って」

「……こうして発動してしまうと、既に身体が勝手に動いてしまう。……それに何故か、この後どうすればいいか、分かる。だから……、頼む」

「……後でどうなっても怒るなよ?」

 

 羞恥を耐える表情で告げられれば、護堂も折れるしかない。

 京香と同じ様に、護堂もこの後どうすればいいか頭に浮かんでいる。それに任せて、護堂は京香に口付けた。

 

 爆風と光に包まれる二人。煙が晴れれば、昨日と同じく狛犬の様なプロテクターを纏った護堂。

 

「…よし、我等も征くぞ」

「分かったよ。……ただ、抱きかかえるんじゃなくて──」

「じゃあどうやって……、っ!?」

 

 護堂が抱きかかえ以外の方法で現場に向かうと言い、京香がどういう手段か問いかけると、護堂の身体から黒い靄が立ち上がり、そこから何かが飛び出した。

 その何かとは──

 

「馬、か……?」

 

 それは馬だった。黒く燃える、八本脚の大馬。今にも走り出さんとする爆発力を孕んだ唸りを上げて、鋼の様な剛脚で地面を掻きながら護堂達を見ていた。

 

「頼むぞスレイプニル。そら京香、乗せてやるから」

「ちょ、おい! 自分で乗れる…!」

 

 スレイプニルと呼ばれた黒馬にサッと跨った護堂は、流れる様に京香の腕を掴んで自分の後ろに乗せる。

 

「コイツはそこらのスポーツカーとか戦闘機より速いから、落ちない様に捕まってろよ」

「……! わ、わかった」

 

 数秒、捕まる場所を探した後。何に捕まるかを理解した京香は、顔を赤くしながらも護堂に抱き着いた。

 

「じゃあ飛ばすぞ!」

 

 

 

 瞬間。音も風景も置き去りに、風の壁を突き破る感覚があった。

 

 

 

 

 

 ほぼ同時刻。七番組寮から数㎞先。

 護堂・京香に先行していた三人の背後から轟音と土煙が迫り……

 

「先に向かっているぞ!」

 

 その声と共に、黒馬に跨った護堂と京香が追い越していった。

 

「あれが護堂さんの……、凄いですね!」

「何アレ……(馬? それにしては、脚が……)」

「……」

 

 素直に感心する寧、顔を顰める日万凛、どこか思惑有り気な朱々。いずれにしろ、三人は先行から一転、今度は二人を追う形になった。

 

 

 

 

 

「で? 今回も醜鬼を蹴散らせばいいのか?」

「今回、私達の任務はアレが消えるまで見守る事だ」

 

 急制動と同時にスレイプニルから飛び降りる二人。そのまま流れる様な動きで、護堂は京香の言う"アレ"とやらを見る。

 

「……アイーシャさんの『洞穴』か!?」

「…? 突発的に表れるタイプの門だ。現世と魔都を繋ぐ、な」

 

 まさか知り合いの傍迷惑な産物かと身構えてしまう護堂だが、どうやら京香によるとそうではなかったらしく、ホッと安堵する。

 

「現世側から人間が迷い込むケースもあれば、醜鬼が現世側に行ってしまうケースもある。大抵は数時間経てば消えるから、我々はそれまでここで番をする」

「……現世って言い方、なんかここがあの世みたいだな」

「地獄の様な場所ではあるだろう」

「確かにな。……まぁ、実際に行った事無いけど」

 

 説明を受け、護堂は率直な感想を伝える。

 あの世。地獄、冥界、黄泉平坂。名称は異なるが、何れも死後の世界の事。悪魔の領域に足を踏み入れた事はあれど、死から遠くかけ離れた護堂には、これが地獄の景色かなど想像に任せるしかない。

 

「数十年前に現れたこの空間は何なのか。何故女性だけに能力を与える桃が存在するのか。謎は全く解明されていない」

「へぇ。……! おい京香。来たみたいだぞ」

 

 ふと物音を捉え発生源に目を向ける護堂。続けて京香に声掛けて指さすと、そこには大量の醜鬼。途端、眼を鋭くする京香

 

「アイツ等も生態系は謎だ。だが確実に人に害を及ぼす」

「行くか?」

「……待て。日万凛達が向かった。あっちは任せて私達はここで門の番だ」

 

 見れば、確かに醜鬼の群れに向かう三人の姿。それを確認し再び門の監視に戻ろうとして、二人の背後にも醜鬼が地面から現れる。

 

「まぁ、ただ見張るだけで済む訳無いか!」

 

 それでも特に焦る訳でもなく、"雄牛"の化身を発動して殴り飛ばす。やはり硬さは無い様で、殴った先から土塊の様に崩れ去る。血が噴き出すより先に塵になって消えていく様は、爽快感より先に拍子抜けの感覚を護堂に感じさせた。

 

「うむ、やはり私の見込んだとおりだ」

 

 護堂を見て満足気な表情になりながら、自身も醜鬼を斬り捨てていく京香。

 尚、京香の倒した醜鬼達は血を流し、その死骸も残っている

 そのまま二人で門周囲の醜鬼を一掃したところで、不意に護堂が問う。

 

「そういや、任せたとはいえあっちは大丈夫なのか?」

「日万凛達の事か? 心配無い、見てみろ」

 

 護堂と京香より多くの醜鬼達と戦う事になった三人が気になって京香に訊いてみるが、心配無用という返事。目を向けてみれば……

 

 

 バババババッ───!

 

 

 機関銃へと姿を変えた右腕から、無数の弾丸を降らす日万凛の姿。

 

「がおーっ!!!」

 

 その少し向こうでは醜鬼に囲まれた朱々が巨大化し、その剛脚を集団の頭上に振り下ろした。

 

「へぇ、駿河はあんな能力だったか」

「朱々は自分の身体の大きさを自由に操作できる。巨大化も縮小もお手の物だ」

「こりゃ確かに杞憂だったか」

 

 

 そのまま程無くして醜鬼の群れを討伐し、先に帰路に就く三人。それを見送っていると、門も徐々に小さくなって消えていった。

 すると状況終了と判断したのか、京香の能力も自動的に解除される。

 ならば必然的に……

 

「なぁ、もしかしてまた……」

「あ、あぁ、アレだ。……ただ今回は、前回よりは軽い筈だ」

 

 説明しつつ、代償によって動かされる京香は護堂の手を掴み、自身の胸に宛がった。その勢いのまま護堂の頭を引き寄せ、口づけを結ぶ。

 

「──ぷはっ、おい京香! これのどこが軽いんだ!?」

「わ、私に訊くな! ん──」

 

 赤面した京香は抗議の意味で叫ぶが、表情のせいで照れ隠しに見えてしまう。だが突っ込んでは藪蛇だと直感的に理解し、護堂は言及を避けた。すると京香は再び護堂と唇を重ねていく。

 そのまま代償行為は数分続き……

 

 

「帰るか……」

「うむ……」

 

 

 二人は精神的疲労を携えて帰途に就いた。

 

 

 

「遅かったじゃない。掃除とゴミ捨てやっといてよね、仕事でしょ」

 

 ちょっとした裏技を使って京香を先に寮に戻してから自分も戻ると、先に戻っていた日万凛に声を掛けられる。見る限り、早くも休息モードに入っていた様だ。

 

「おい東、帰ってきて早々に言う事がそれか?」

「文句言ってないでさっさとやる」

 

 護堂はやや呆れた声で抗議するが、聞き終わる前に日万凛は屋内に戻ってしまった。

 

「ったく……」

 

 溜息を吐きつつ、車両の清掃に入る護堂。その後数十分かけて車両や車庫の掃除と、その他周辺の整理を終えてから寮内に向かうと……

 

 

「今回の戦闘、武器の切り替えが遅かったぞ日万凛」

 

 

 そんな声が聞こえてきた。声と方向から推測すると、どうやら京香と日万凛が中庭にいる様だ。少し気になって覗いてみると、

 

「お前なら、まだ0.2秒は縮められる。やってみせろ」

「はい!!」

 

 どうやら反省点を指摘し、能力の鍛錬に付き合っているらしい。京香の叱咤を受けて日万凛の腕が変化する。

 護堂に脅しをかけた時は剣、先程の醜鬼戦の時は機関銃に変化していたが、どうやら日万凛の変化させられる武器は多岐に渡るようだ。

 

「……遊んでる訳じゃないか」

 

 ただ雑用を押し付けているのではなく、確りとその時間を使って自己の鍛錬に励んでいるのならば、護堂に否は無い。

 少しの納得と共に自室に戻ろうと身を翻し……

 

 

 ズズズ──……、ドオオンッ!

 

 

「な、何だ!?」

 

 急な揺れと轟音。地震かと思い外を見渡すと、結界の外に溢れる大小様々な醜鬼の大群。

 寧が「七番組の管轄は醜鬼の数が多い」と説明していたが、それを裏付ける様な光景だ。これが日常茶飯事なのならば、中々寮の管理人が定着しないというのも頷ける。

 そんな事を思いつつ護堂が踵を返すと──

 

 

「護堂!」

 

 

 

 

「うわっ、凄い数」

「あはは、盛り上がってきたねー」

 

 同時に、日万凛と朱々も戦闘態勢になって醜鬼の大群を眺めていた。巨大化した朱々はやや危機感が感じられない笑みを浮かべているが、その肩に乗っている日万凛の方は顔を顰めており、その心中は穏やかではない。

 

(朱々の巨大化は長く保たない、自分も攻撃できる方向には限りがある。結界があるとはいえ、寮ヤバいかも……)

 

 

 そんな事を考えていると、突如二つの影が空中に躍り出た。

 

 

「役割分担だ! 四方向から来た敵のうち、お前達で二方向を受け持て。残りの二方向は──私と護堂でやる!」

 

 

 

 

「護堂、行けるな」

「それなんだけどな、京香」

 

 宙に飛び出し、日万凛達に指示を出した後。抱き上げられた京香は護堂に問いかける。それに対し、護堂は何やら言いたい事がある様だった。

 

「東達に任せるって言ってたけど、やっぱ俺達で……俺が片付けた方が手っ取り早いと思うんだ」

「何だと? …………なぁ、護堂」

 

 すると、今度は京香の方が何か言いたげな顔になる。それに気付いた護堂は手早く拾う。

 

「何だよ」

「……後で聞かせてくれ。だから今訊く事は一つ、──出来るのか?」

「当然だろ? じゃなきゃ言うかよ」

 

 護堂は京香を安心させようと、敢えてカッコつけて笑ってみせる。それを見て京香も不敵に笑い「なら任せるぞ」と残して護堂の腕から結界内へ降りていった。

 

 

「さてと……"猪"は駄目、"白馬"は使えない、"山羊"は範囲不足。なら──」

 

 空中に残った護堂は、両足の裏に回転する炎を出現させ、それによって浮遊状態を維持する。

 そして護堂は、曇天に向けて腕を掲げて言霊を発する。

 

 

「──速き事迅の如く、(たけ)き事轟の如く、強き事また(いなずま)の如く。その声鳴(せいめい)は九つの天に渡り、人世(ひとよ)と冥土、禍福吉凶(かふくきっきょう)を支配する」

 

 途端、魔都の空を覆う黒雲の中で雷が活性化を始め、稲妻と雷鳴が頻繁に発生する。その動きは一点に収束する不自然なもので、向かう先は護堂の頭上。

 やがて雷を発する黒雲ではなく、雷そのものが空を覆う逆転状態になり──

 

(これ)(すなわ)九天応元雷声普化(きゅうてんおうげんらいせいふか)神鳴(かみなり)の帝の御業(みわざ)(なり)!」

 

 

 空を覆う光の天井が、無数の柱へと変じて降り注ぐ。

 光は矛、または砲撃となって醜鬼を殲滅していく。それは最早人が成せる事ではなく、正しく神の御業と呼ぶに等しい破壊の概念。

 しかし、この神威を操るのは神ではなく護堂。繊細な制御で寮やそれを覆う結界、その内側にいる面々を傷つける事無く、張り付き密集する醜鬼達のみを焼き払っていく。

 

 

「わはっ♪ 凄いじゃん」

「………!」

 

 無限に雷光が瞬く光景に朱々は楽しそうに笑うのみだが、日万凛はその圧倒的な殲滅を見て息を呑む。

 

(こ……ここまでの強さだったの、草薙護堂……!)

 

 その視線の先では、空に立ちまるで王者の様に無数の神鳴を操る護堂。従えるその一撃一撃は容易く地形を変化させ、醜鬼は跡形も残らない。

 

(組長が奴隷にする訳だわ……)

 

 

 

 

 

 そのまま護堂の権能によって数分と経たず醜鬼は殲滅され、日万凛と朱々は先んじて寮に戻っていった。

 それと同時、護堂は地上に降りて京香と合流する。

 

「ご苦労だったな、護堂」

「おう。京香もお疲れさん……って──」

 

 労いの言葉を掛けてくる京香に、護堂も返す。だがそこで、京香の違和感に気付いた。妙に顔が紅潮し、何やら息も荒い。今回の戦闘ではそこまで動いていなかった様に思うが……

 そこまで考えて、護堂はその理由に思い当たる。

 

「おいマジか!?」

「あぁ、マジだ」

 

 どうやらまた代償が発生していた様だ。ハァハァと息を吐きながら、護堂に触れてくる。しかも今の状態は、過去二回のソレよりも酷い様に見える。ならば必然、この後の行為も──

 

「と、取り敢えず! 移動するぞ!」

 

 何となく寮の近くはマズイと判断した護堂は、咄嗟に京香の肩を掴む。すると護堂の影が立ち昇って二人の姿を包み、数秒の後に二人の姿は寮より遠く離れた所にあった。

 

「ここ、は……?」

「寮から大体10km位の所だ、流石に寮の近くだと東達に見られるかもしれないからな。……まぁ、寧が能力使ったら見つかる可能性もあるけどな」

「……そうか、助かる。──ん」

 

 絶え絶えの息で礼を言いながら、護堂に口付ける。ナメクジの様に互いの舌を絡ませつつ、口腔を舐り唾液を交換する京香。昨日と同等か、それ以上の激しい接吻。

 同時にやや乱暴な手つきで隊服を脱ぎ捨て、紅潮した裸身を晒す。濡れそぼった秘裂も固く尖った頂点も隠す事無く、京香はそのまま護堂も脱がしにかかる。

 

「また、こんな……盛りのついた、ケダモノの様なマネを……!」

「まだ三回しか経験してないけどっ、凄い強制力だな……!」

 

 口ではまだ悪態を吐けているが、既に身体は持ち主を裏切り護堂への奉仕に注力している。

 そのまま護堂の身体に馬乗りになると、一度息を呑んで硬直し──

 

 

「奴隷の身でありながら……ご主人様の御手を煩わせてしまい、申し訳ありません。……ですので、私の身体で……昂ぶりをお鎮め下さい」

「……京香」

 

 

 

 暫しの間、京香は魔防隊の組長ではなく一人の女として、魔王の所有物として、美しき奴隷として。護堂の上を歌い舞った。

 

 

 

 

「なぁ護堂」

「何だ? ……あ~、もしかしてさっきの質問か。何が訊きたいんだ?」

 

 代償行為を終えて身だしなみを整えていると、不意に京香が問いかける。護堂は最初不審に思うが、すぐに京香から護堂への質問の約束の事だと思い当たる。

 

「……いや、やはりいい。また今度にしよう」

「……あいよ。また訊きたくなったら答えてやる」

 

 護堂は了承を出したが、京香は少し迷ってから取りやめた。何かしら思うところがあったのか、それとも"情事"を終えてすぐで感傷的になったのか、その辺りは定かではない。護堂もその辺りを察して、そのまま会話を打ち切る。

 数秒無言の時間が続き、護堂が京香に声を掛けて寮に戻ろうとすると、再び京香の方から口を開く。

 

「……護堂。月山大井沢事件を知っているか?」

「いや。……でもお前が話題にするって事は、醜鬼関連なんだろ?」

「十数年前、山間のとある田舎町に醜鬼が現れ、住民の殆どが亡くなった。……私はそこの、唯一の生き残りだ」

「……そうか」

 

 京香の醜鬼に対するスタンスは、単なる職務にしては激しすぎる気がしていたが、まさかそういう背景があったとは。

 護堂の周囲には──少なくとも同族内にはそういう目的で戦う者はいない為、護堂にはイマイチ理解し難い感覚だった。

 

「魔都の桃や醜鬼を資源だの研究対象だの言ってる連中もいるが、私は違う。こんな奴等の為に人が苦しむなどあってはならない」

 

 説明している内に力が入ったのか、腰に佩いた鞘を握り締める京香。

 

「速やかに潰す、その実現させる為にも力が必要なんだ。……それに」

 

 力強く語る京香の背を見つめていると、急にその声音を柔らかなものに戻して護堂に振り向いた。

 

「お前と一緒なら、その実現に近づける気がする。自然と背中を預けられる様な感覚で、相性が良いのかもな」

「かもな。俺もなんでか……お前とは上手くやっていけそうな気がするんだよな」

 

 京香の言葉に、護堂も首肯する。苦笑する護堂の顔を見て京香は微笑み、

 

「あぁそれと。日万凛が私の知らないところで色々指示を出していたらしいが、これからは配慮しよう。仕事ばかりではいざという時に潰れるかもしれんからな」

 

それから京香は顔を赤くして、照れながらも開き直った様な口調で護堂に告げる。

 

 

「そ……それにだな! 代償で仕方ないとはいえ、私をキズモノ(・・・・)にしたのはお前だ護堂! その責任は、取ってもらわないとな!」

「そ、そうだな! 俺も頑張らないとな!」

 

 

 

 二人の間に、何ともぎこちない空気が流れた。

 

 

 





【グリニッジ賢人会議に作成された、草薙護堂についての調査書より抜粋】(当時)


 既に述べた通り、草薙護堂がウルスラグナより簒奪した権能『東方の軍神(The Persian Warload)』には、幾つかの制約が存在するものと推測される。
 この為、彼は能力を自在に行使する事が出来ず、先達のカンピオーネ達が所有する様な絶対的権威を獲得するには至っていない。

 しかし、忘れないで頂きたい。

 不完全に見えても、彼は間違いなくカンピオーネである。か弱き人の子に過ぎない我等魔術師を凌駕する魔王の一人なのだ。
 尚、草薙護堂は当時も今も魔術/呪術の知識を一切持たない。
 これは、魔術師の上位存在がカンピオーネなのではなく、魔術師とカンピオーネはあくまで似て非なる者だという説の証明になるかもしれない……。

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