カンピオーネとは、『神』を殺めてその聖なる権能を簒奪した超人達。神々とさえ比肩しうる力の所有者である。
彼等は覇者であり、王者であり、魔王なのだ。
不可能を乗り越え、神すら殺めた人間の行き着く先が神殺し。
魔王、ラークシャサ、
数多ある魔神の呼び名を冠されてきた神殺し達。彼等は死すら克服して甦る。
それは、護堂が雷帝の権能を用いて七番組寮周辺の醜鬼を瞬く間に消滅させた直後の事。
「──、───!」
「───♪︎」
「? 何だ?」
護堂が中庭の掃除をしていると、植え込みの向こうから楽し気な話し声が聴こえてきた。声から察するに寧と日万凛だと思われるが、一体何をしているのか。
少々興味が湧いて覗いてみると......
「寧~、くすぐったいよ~」
「おいおい......」
なんとそこは浴場であった。張り切った様子の寧に髪を洗われ、日万凛は気の抜けた緩い笑みを浮かべている。
見つかるとまた何か言われるかもしれない、護堂はそそくさと一番近い建物の陰に隠れる。
「入る前にちゃんと声かけてくれよ。ていうか、囲いが緩すぎる気が......あぁ、今まで男が居なかったから必要無かったのか──『カシャッ!』ん?」
一人で愚痴と納得を溢していると、どこか機械的な、例えばカメラのシャッターを切る様な音が響き......
「見ーーちゃった♡」
次いで悪戯が成功した様な、上がり調子の声。目を向けてみれば、タイムラプスよろしく徐々に大きくなっていく人型が。
「とうとう尻尾を出したねぇ管理人さん」
「駿河か」
その正体は朱々であった。右手にはスマホを持っており、先程のシャッター音はそれで写真を撮ったのだろう。
朱々は得意気にスマホを振る。
「びっくりした? アタシの能力は縮む事もできるんだー」
「そういや京香がそんな事言ってたな......、で? こんな所で何してんだ?」
「むー、思ってた反応と違うけど...まぁいいや。最近管理人さんを見てたんだよ、男ってどんな生き物だろってさー」
護堂がもっと慌てる様な反応をすると思っていた朱々は口を尖らせるが、次の瞬間にはスマホの画面を護堂に向けて満面の笑みを作る。
「そしたらコレ! 超いい瞬間でしょ!?」
その写真は入浴中の寧と日万凛、そしてその手前に護堂の後ろ姿を捉えた画だった。見様によっては、護堂が覗きをしている様に見える。
護堂は「高校時代にもこんな事あった気が」と思いながら、一応言ってみる。
「そりゃ誤解だ、消してくれよ」
「組長はどう思うかなぁ? ねじ切られちゃうよ?」
「それは脅し、か......?」
朱々は追い打ちのつもりか、京香の名前を出す。
引っ張られる様に護堂は頭の片隅で京香を思い浮かべ、この件が京香の耳に入った場合を想定してみる。
京香の性根や戦いを知って短いが、仮に戦ったとして
特に、護堂を目の敵にしている上に、京香を心酔している日万凛とか。
「大切なのはシゲキだよ」
護堂が頭の中でどうしようか考えていると、朱々が不意にそう語る。
そして、実に小生意気な目で要求を告げた。
「この写真バラされたくなきゃ、アタシの奴隷になってよ管理人さん」
◆
数日後。
「うーん、恋愛漫画ってアタシ的にはワクワクしないんだよね~。やっぱ冒険活劇の方が燃えるわ、そう思わない? 管理人さん」
寮にある朱々の自室にて、ベッドに寝転がる朱々から話を振られる護堂。実に雑多でゴチャゴチャとした彼女の部屋の片付け中であった。必要最低限の物しか私室に置かない護堂とは大違いだ。
「ったく、部屋ぐらいは自分で綺麗にしてくれよ」
「文句言わない言わない! 管理人さんは、もうアタシの奴隷なんだからね」
護堂の注意を軽くあしらいながら、朱々は例の写真を見せつける。
「コレ、バラされるの嫌でしょ? 怖いよ~組長の粛清は」
「はいはい......」
バレる事そのものよりもその後の方が面倒な為、護堂も朱々の脅しをあしらいつつ部屋の掃除に戻る。
漫画やぬいぐるみは勿論、使用済みのタオル、下着を含めた衣類まで脱ぎっぱなし。護堂は落ちていたパンティを拾うと朱々に確認する。
「なぁ駿河。年頃の女子として、こういうのは俺が手に取って宜しいもんなのか?」
「まぁあんまり妙な反応したらキモいけど、管理人さん顔色一つ変えないし。こういうのはただの散らかった衣類として対応するでしょ」
「......昔っから、自分でやらない奴が身近にいるからな」
まぁそういうところも魅力の一つ、信頼の証だと思えるようになったのは出会って暫く経ってからなのだが。
脳裏に紅の似合う金髪の麗人を思い浮かべながら、整理の為に下着を拾うと『カシャッ』とシャッター音が。
「......」
「今のもネタとして使えそー」
「......はぁ」
◆
「つっても、覗きは冤罪な訳だしなァ。案外穏便に説教だけで済む可能性も...」
掃除終了後。朱々の部屋を後にした護堂は、共有スペースを抜けて玄関口に向けて歩いていた。
護堂が危惧しているアレコレは、京香が口頭の説教だけでなく実力行使的手段に出た場合の話だ。京香はあれで結構忙しい立場らしく、案外拳を交える展開にはならないのでは。
なんて楽観視をし始めていると、どこからか打擲音──というより打撃音が聴こえてきた。一方的なものではない、互いに打ち合っている様なリズムだ。
音の正体が気になり、足を進めた護堂の目に入ったのは。
「もっと迅く鋭くだ日万凛! 反撃の隙を与えるな!」
「はい!!」
その発生源は京香と日万凛だった。寮を覆う結界の外に出て、刀も能力も使用していない徒手空拳の組手だ。以前義姉の付き合いで見た型の演武の様に流麗で、しかし実戦の様に苛烈。
京香の身体能力の高さは理解していたが、それに能力抜きで食らいつける日万凛も中々のものだ。性格や口の悪さは兎も角、所作や身嗜みから割と格式高い家の出だと予想していたのだが......本人の資質と家柄は比例しないらしい。
「む」
──ボゴォッ グウウゥ......
護堂がそんな事を思っていると、二人のすぐ側で醜鬼が一体湧いて出た。
「醜鬼!」
「一体なら丁度いい、見ていろ!」
言うが早いか、京香は即座に飛び出し醜鬼に肉薄。次の瞬間には殴蹴交えた打撃の雨を叩き込み、醜鬼を瞬く間に退治した。
「連続技とはこうだ日万凛」
「能力無しで! 流石組長!!」
日万凛は感動した様に目を輝かせていたが、護堂は逆に頭を抱えたくなった。
(......マズイな、
やはり朱々の方をどうにかするのが最適なのか。それを考えていると、背後から服を引っ張られる感覚が。
振り返れば、視界の下の方に寧の姿が。
「おう、寧か」
思考を切り上げ、鷹揚に応える護堂。
因みに、親しさで大差無い日万凛と朱々を名字で呼ぶのに対し寧を呼び捨てにするのは、年下であるのと単に名字が長いからである。
「上司として伝達がありますっ」
張り切っている様子の寧に苦笑しながら、顔だけでなく体ごと寧の方に向ける。
「もうすぐ組長と日万凛さん、そして寧は会議に行きますので、朱々さんとお留守番していて下さいね」
「駿河と?」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
今まさに思考を割いていた人物と二人きりとは、タイミングが良いのか悪いのか。寧は「朱々さんはとてもいい人ですから、この機会にたくさんお話してみると吉かもしれませんね」と言っているが、その背後の木陰には悪どい笑みを浮かべて手招きしている朱々の姿があった。
(今度は何を思いついたんだアイツは......)
◆
時は進み、場所は再び朱々の私室。
「あ~~」
朱々が気の抜けた声を挙げる。意識して出たというより、思わず漏れだしたといった風だ。
「いいね~、鍛練で動かした体にスウッと効いて」
朱々はマッサージを受けていた。勿論、施術者は護堂だ。京香達三人がいなくなるなり、呼び出されたと思えばこれだ。
色気も危機感も無い薄着姿に一言二言苦言は呈しつつも、溜め息を一つ吐いて引き受けてしまうのが護堂だ。
「ねぇ、何でこんなに肩揉み上手いの?」
「まぁ色々あって、よく受けるからな。後、実家に住んでた頃は妹にやらされたし」
主に
「管理人さん、妹がいるんだ?」
「駿河もか?」
「ウチはお姉ちゃんが。三人姉妹でアタシが末っ子」
成る程、末っ子というならばこのワガママ気質も納得できる。なんだかんだ人を頼るのが上手い。
「パパはいなくてさ、ずっと女子校通いだから男子と話した事全然無くてね」
「だから俺が珍しかったのか」
「じ~~っくり観察してたよ。んで、面白そうだからアタシの奴隷になってもらおうって」
「その発想はおかしくないかー?」
「そう? 面白そうって何より重要だと思うけどな。魔都に来たのだって刺激を求めてだし」
護堂は思った。この少女、ある意味サルバトーレ・ドニの同類かもしれないと。
「ん~、肩ほぐれた! じゃあ対戦ゲームしよう管理人さん!」
「ゲームか、あんまりやった事無いんだよな......」
十分満足したのか、一つ伸びをした朱々は護堂に次の付き合いを求める。
朱々はテレビ台からゲーム機を取り出し起動する。どうやら格闘系の対戦ゲームらしい。
小中時代は野球、高校からはバイトと"まつろわぬ神"に関する彼是に青春を費やした護堂は、元々興味が薄い事もあってゲームの類いをしないし所持していない。
剣術バカのドニが暇潰しにネットゲームに興じると聞いた時も、何が面白いのか分からなかった位だ(尤も、ドニ本人も「思い通りに行かないのが面白い」らしく、純粋にゲームを楽しんでいる訳ではなさそうだが)。
「ま、なる様になるだろ」
「ふぅん? じゃ罰ゲーム有りにしちゃお。負けた方は一枚ずつ脱いでいくの。勿論奴隷に拒否権はありませーん」
「またおかしな事言い始めたな」
護堂は呆れながら、操作方法も定かではないコントローラーを握った。
そして......
『K.O!!』
「うわー! また負けたー!?」
「もう止めとけよお前......」
既に飽きを感じ始めた自分が操作するキャラクターの勝利演出を尻目に、呆れた顔の護堂。
それとは対照的に、トレードマークのカチューシャすら外し、上下下着一枚で青い顔の朱々。
実戦に限らず、ギャンブルも含めた勝負事において必勝を掴み取る護堂の才能は、対戦ゲームにおいても遺憾無く発揮されたらしい。
「明らかに初心者の動きなのに、なんでそんなに強いの!?」
「勝って当然、って気持ちでやってるからじゃないか?」
何でもない様にそう語る護堂。
護堂は"あぶく銭"というのが好きではないが、急遽金が必要になった時はフラッと競馬場や賭場に立ち寄り、毎度ものの数分で何億と稼いで帰ってくるのが護堂の勝負運。
慣れや経験の有無は問題ではない、『勝ち負けの概念が存在するなら勝つ』のが護堂なのだ。
途中、朱々は何度かズルをして新たに衣服を着込んだ(なんなら下着の重ね着もした)が、その悉くを敗北によって失って頼りない九割裸体に成り下がった。
「......っていうか、女の子がこんなカッコになっても何で管理人さんは平気なの!? 普通もっと反応するもんじゃないの?」
「......ノーコメントで」
護堂の配下には、常に痴女の様な格好をしていたり、脱衣に抵抗の無い者が少なくない数いる為、正直そういう雰囲気にならない限り早々反応もしないのである。
「あーもう! 男の裸って見た事無いから、罰ゲームって名目で見てやろうと思ったのにーっ! ......何かムカつく! こうなったら無理矢理脱がせて見てやる!!」
「力競べは止めといた方がいいぞー?」
自棄になったのか、コントローラーを放り投げ物理的に護堂に迫る朱々。怪我をさせるのもと思い忠告した護堂だが、それが却って朱々の堪忍袋の緒を切ったのか、朱々は護堂の腕を掴んだまま徐々にその肉体を大きくしていく。
「ゲームじゃないんだからさ。アタシに、力で勝てると思ってんの?」
能力を発動させた朱々が、勝ち誇った顔で護堂に問いかける。ゲームで負け続けた鬱憤に加え、元々の身長差の関係で見下ろされている様に感じていた不満もあるのだろうか。
そんな訳で、自信満々で余裕たっぷりな朱々の顔を見上げるかたちになった護堂は──
「
朱々に掴まれたままの左腕を振るい、彼女を投げ飛ばした。
「? ──ッ!?」
訳も分からぬまま地面に激突し、朱々は混乱する。
能力を使って巨大化している自分が、腕力で放られたのもそうだが、自分はさっきまで部屋にいたのではなかったか? 何故、寮の外にいる? 何故、護堂は寮を背に立っている?
「部屋壊しちゃ悪いと思って外に出たけど、そういやアイツ下着だったな......おぉーい、大丈夫かー?」
「え...? いや、それより何で──」
護堂が頭を掻きながら声を掛けてくるが、朱々は痛みの確認より現状認識の混乱で頭が支配されていた。
思い出した様に声が戻ってくると、朱々は当然諸々を護堂に質問しようとする。
だが。
──ドオオオオォォォォン!!
突如、寮の裏手から山崩れの様な轟音が鳴り響く。
二人が目を向ければ、そこには寮の全高を優に越す巨大な醜鬼が迫っていた。
「はーん、アイツ等個体差激しいんだな」
「......なんかよく分かんないけど、管理人さんはここで待ってて!」
護堂が呑気に感想を述べていると、朱々は何がなんだか分からないという顔をしつつも、疑問を一旦脇に追いやり駆け出した。
「一人でどうにかする気か?」
「一人って......管理人さんは組長がいないと何もできないでしょ!? 男は弱いんだからじっとしてないと!」
「......しょうがないなァ、ったく」
護堂は振り返らない朱々に嘆息すると、「ま、危なくなりゃ割り込めばいいか」と見守る事にした。
◆
(サイズ差で圧倒? 良い作戦だね、だけどこっちは更に上を行くけどね。アタシが桃で得た能力──)
醜鬼への独白を浮かべながら駆ける朱々。ニヤリと一つ笑い、その身体を一気に醜鬼に迫るサイズへ変化させる。
(《
朱々はそのまま「ズゥン、ズゥン......!」と怪獣映画の様な足音を響かせながら醜鬼に迫り、腕を振りかぶる。
「はいどーーん!!」
そのまま固く握った拳を振り抜き、巨大醜鬼の顔面にクリーンヒット。醜鬼は背にしていた山々を巻き込みながら吹き飛び沈黙、勝負は一撃で決まった。
「はぁー、大きくなるのは疲れる疲れる」
「やるもんだなァ、駿河のヤツ。......! 駿河、気ィ緩めんな! 後ろ見ろ!」
「えっ? ──あぐっ!?」
能力を解除して元のサイズに戻ろうとする朱々。だが丁度中間サイズになった辺りで、見物していた護堂が何かに気付いたか注意を向ける。しかし完全に気を抜いていたのか、反応の遅れた朱々は振り返りきる前に不意打ちを食らってしまった。
「もう一体隠れてたのか、セコ......」
そこにいたのは別の醜鬼だった。サイズとしては先程の醜鬼より少し小さい位、通常個体に比べれば十分大きいものだった。
朱々は倒れそうになる身体を力任せに踏み止め、再びサイズアップして新手と向き合う。
すると間も無く、山間から通常サイズの醜鬼が何体も現れ巨大醜鬼に集う。そのまま醜鬼達は溶け込む様に巨体に吸収されていき、巨大醜鬼はものの数秒で巨大化した朱々の倍の大きさにまでサイズアップした超巨大醜鬼へと変化した。
「ひゃー、そんな事もできるんだ。面白!」
初めて見る現象なのか面白がる朱々だが、咄嗟に避けた攻撃が腕を掠めたのを見て考えを改める。
(......ちょっとやばいね)
◆
「"刺激"じゃ済まないだろこれは......」
そんな朱々を、護堂はいつの間にか寮の屋根に登って見ていた。腕組みしながら朱々を見るその顔は、困った奴と言いたげだ。
思わぬ不意打ちを食らった上、油断から要らぬ怪我まで負った様だが、まだ致命的ではないし闘志も燃えている。
「おっ、今のはいいのが入ったな」
そうこうしていると、格闘戦を繰り広げていた朱々の鳩尾に、超巨大醜鬼の鋭い拳が一撃。息が詰まった朱々は数度よろけ後退る。それにより、更に幾つか掠り傷を負う。
「さて、と。ここいらが潮時か」
◆
ビュンッ───ゴシャ!
ダメージが許容を越え始め、山を背に追い詰められた朱々は、苦し紛れに手近の岩を掴み投げつける。醜鬼の顔に命中こそしたものの、大したダメージは無いのか朱々を追い詰める足が止まる事はない。
(調子に乗って巨大化しすぎたかな、アタシの悪い癖......そろそろ戻っちゃいそう)
余程エネルギーを食うのか、はたまた時間制限があるのか、朱々の巨大化は解けそうになっていた。そこへ超巨大醜鬼が渾身の一撃を見舞おうと豪腕を振りかぶる。
これが入るのはマズいと本能的に察した朱々は、迫る拳を前にどう凌ごうか思考を加速させる。
「ほいストップ」
次の瞬間、その思考が唐突に打ち切られる。何故なら、朱々の顔面を狙い振り抜かれた醜鬼の拳が受け止められたからである。
誰に? 勿論、宙に浮かぶ護堂に、だ。
「──管理人、さん?」
「選手交代だ駿河、元に戻れ。巻き込んじまう」
護堂は朱々にそう告げると、醜鬼を投げ飛ばす。
墜落音と風切り音を響かせながら背中から地面に叩きつけられた醜鬼、シュルシュルと音を立てながら縮む朱々と共に、スゥ......と着地する護堂。
「駿河。これに懲りたら、もうちょっと慎重にやる事を覚えろ? さて......」
護堂は一言朱々に注意すると、そのまま起き上がろうとする超巨大醜鬼を見据える。
使うのは、友から簒奪した最も馴染む権能。
「主は仰せられた──咎人に裁きを下せと」
これは、神々から奪った権能を誇示する、神殺しの勝鬨である。仇敵たる神々へ向けた、人より生まれし魔王の挑発である。己が屠った神の力を掌握する為の、苛烈な意志の表明である。
天に住まう神々よ、地を往く神々よ、海に潜む神々よ。
我が言霊を聞き、陵辱された同朋の死に怒れ。
我が言霊を聞き、いずれ見える神殺しの暴虐を呪え。
我が言霊を聞き、最早逃げ場の無い己の悲運に哭き嘆け。
我は神々の怨敵である! 我は神力の簒奪者である! 無意識に刷り込まれた魔王の本能が、護堂にこの言霊を吐かせるのだ。
「背を砕き、骨、髪、脳髄を抉り出し、血と泥と共に踏み潰せ」
言霊は、破壊の権化たる神獣を呼ぶ為の聖句。
護堂の頭上では空間が歪み、この魔都とも異なる異界より裂け目が穿たれ、そこから漆黒の毛皮を持つ巨大な獣が飛び出そうともがき唸る。
神獣が降臨する気配を感じ取って、天は戦いて暗雲を呼び、地は恐れて微弱な地震を起こしている。
「猪は汝を粉砕する、猪は汝を蹂躙する。鋭く近寄り難き者よ──契約を破りし罪科に鉄槌を下せ!」
──グゥオオオオオオオン!!
完全に顕現した全長20m程の魁偉な大猪は、その雄叫びで衝撃波を、その歩みで地震を生みながら起き上がろうとする超巨大醜鬼に突進し、その牙と爪で巨体を穿ち引き裂き喰い千切る。
地を裂き山を砕く猪の化身は、潜んでいた他の醜鬼達をも気付かぬままに消し飛ばし、超巨大醜鬼は塵芥へと変えていった。
◆
「スゴ......」
朱々は始終を目撃し、只々感嘆を漏らした。
正直、今目の前で起こった事は何一つ理解できていない。護堂が突然空中に現れたと思ったら、超巨大醜鬼を投げ飛ばし、何事か唱えたと思ったら怪獣の様な猪が現れ、全てを薙ぎ払っていったのだ。
そして、猪がまるで幻だったかの様に消えていくのを見届けると、護堂は朱々に手を伸ばす。
「ほれ、帰るぞ」
「う、うん」
護堂はいつの間にか朱々の着衣を携えており、立ち上がらせた朱々に手渡す。
「常在戦場、なんて言わないけどな、もうちょっと真面目にやらないと取り返しのつかない怪我すんぞ」
「うっ、気をつけます......」
今回実感した事を改めて護堂に指摘され、素直に反省する朱々。護堂は「分かってんならいい」と朱々の頭を撫で、寮に向けて歩き出した。
そんな護堂の後ろ姿に、朱々は撫でられた頭に手を置き、先程の感覚を反芻する。
恋人、或いは父親というのは、こんな感じなのだろうか──
「何か、凄かったな......」
「? 駿河ー? 足痛めたかー?」
「! うぅん、何でもなーい!」
初めて生まれた感覚に戸惑いながら、朱々は護堂に急かされてタタタッと駆け寄っていった。
現在、世界には七人のカンピオーネがいるという。
嵐を呼ぶバルカン半島の狼王、ヴォバン侯爵。
武俠と方術を極めた武林の至尊、羅濠教主。
妖しき洞穴の女王、アイーシャ夫人。
知略と探索に長けた神速の貴公子、
五つの姿に変身する仮面の守護聖人、ジョン・
全てを斬り裂く剣と鋼の肉体を持つ、剣の王ドニ。
最も若く最新にして勇者殲滅の魔王、