魔都精兵のカンピオーネ   作:合将鳥

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 結局のところ、草薙護堂と羽前京香は対等ではない。

 京香はどこまでいっても『人』であり、『奪われた者』であり、『庇護される弱者』である。
 護堂はどこまでいっても『王』であり、『奪い支配する者』であり、『勝利すべき強者』である。

 ──王と奴隷の視座が同じであるなど、あるべくもない。



復讐の奴隷

 

 

 通常、現世と魔都は"門(クナド)"と呼ばれる偶発的に現れては消える渦の様な穴によって繋がる。

 だがごく稀に、一度出現してから開きっぱなしになっている常時開放型の門が存在し、それらは魔防隊によって厳重に管理されている。

 

 何故そんな話をしているのかと言えば、その常時開放型の門を通じて護堂が現世に来ているからだ。

 

 初の休暇を言い渡された護堂は、京香に誘われるままに五番組が管理する門を通じ、山形県の某所にある現世側の魔防隊施設に来ていた。

 京香が着替えの為に場を離れている為、護堂は一人外で待っている。だがその事を愚痴ったり、不満に思う事は無い。待つ楽しみと喜びを、護堂はしっかり解しているのだ。

 

 

「待たせたな」

「いや、対して待ってないぞ」

 

 

 故に、こういう時素直に「待った」と言ってはいけない事もわかっているので、護堂は何でもないと返すのだ。

 

 京香の装いはいつもの魔防隊制服と異なり、花柄のブラウスに白の膝上スカートという私服姿だ(オシャレ着なのか普段着なのかは知らないが)。尤も、トレードマークと思われる羽なのか角なのかわからない頭飾りはそのままだ。

 

「似合ってんな、それ。綺麗だ」

「っ! な、何だいきなり、世辞など言っても休暇は延びんぞ」

 

 護堂がそんな事を言うと思わなかったのか、慌てる様に語気を強める京香。よく見れば、耳と頬が微かに赤くなっている。

 

「俺がお世辞なんて言える程器用に見えんのかよ。本当に綺麗だって思ったから言ったんだ」

「そ、そうか......」

 

 何でもない様に本心だと語る護堂に気恥ずかしげ顔を逸らす京香だが、案外満更でもないのか嬉しいのか、その口角が僅かに上へ緩んでいた。

 

「んん! さて、電車に乗るぞ。お前は私のパートナーとして登録してある」

 

 

◆

 

 

 「パートナー」とは、女性一人が男性一人にのみ発行できるIDである。その女性と共に行動する場合、IDを持つ男性もある程度の権利が保証されているのである。

 護堂はこの制度を利用した京香によって、女性優先車両に乗り込んでいた。

 

(時間帯もあるんだろうけど、ガラガラだな......)

 

 通勤通学のピークを過ぎた平日の昼前という事を差し引いても、車両内は驚く程空いている。基本的に電車移動の機会が少ない(乗るにしても大体の場合は新幹線)護堂にとって、電車の普通車両というのはいつでもそれなりに混んでいるというイメージだった為に、意外なところで女尊男卑社会というこの世界の常識を実感したのだった。

 

 

 ──因みに、全くの余談であるのだが。

 

 護堂は女性に囲まれた環境というものに慣れている為に気付いていないが、車両内の他の乗客は皆護堂の事を見ていた。それもこの世界では珍しい、奇異ではなく最初から好意的な目でだ。

 

 "神殺し(カンピオーネ)"であると同時に、稀代の"女殺し(ドン・ファン)"である護堂。周囲から散々指摘され、その事を少なからず自覚している護堂であるのだが、その自認に反して自身の容姿に関する認識は甘い。

 

 護堂の周囲の女性は、基本的にその内面や立ち居振舞いに惹かれる場合が大半だが、存外容姿で好きになる者も少なくない。

 

 護堂は中学三年で肩を壊すまで野球一筋の体育会系で、荒事にも慣れていた為に付くべき所には確りと筋肉のあるがっしりとした体つきをしている。高校一年生にして180前後あった身長は、今や2m超えと欧米人と比べても見劣りしない。

 そこへ、「どんな女性よりも華麗に映える美貌」と称されるエリカ・ブランデッリをして「造りは悪くない」と言われる程度には整った顔立ち。

 

 そんな男が昨今の女性優位の風潮など知らんとばかりに、どこ吹く風と無関心に堂々している。物珍しさも相まって、一目で惹かれても仕方ない話である。

 

 

 と、そんな周囲など露知らず。護堂はふと隣に座る京香を見る。

 乗り込んで席を確保したかと思えば、直ぐ様腕も脚も組んで首を俯け、それから微動だにしない。

 

(京香の奴、寝てんのか......?)

「移動中は休むチャンスだからこうしている、お前も自由にしていていいぞ」

「! 起きてたのか」

 

 そうして注意を向けた瞬間、まるで心でも読んでいたかの様に京香が答えた。普段より気持ち一割程気が抜けた様に見える顔で、京香は手持ちのバッグから飴を取り出す。

 

「飴はいっぱい持ってるから欲しければ言え」

「お、おう......?」

 

 少々困惑しながらも護堂が受け取ったのを確認すると、京香は再び俯いて休息体勢に入っていった。

 何がなんだか分からないが、京香に倣いリラックスしようとした護堂の視界に、ふと電車広告が映る。

 そこにはこの辺りの名産品と思われるものと地名が描かれていて、護堂は知らされていない今回の目的地を悟る。

 

「.........」

 

 と同時に一瞬だけ京香に目を向け、直ぐに同じく目蓋を閉じた。

 

◆

 

 その後電車を降り暫く歩いた二人の姿は、とある霊園の中心部にある一際大きな石碑の前にあった。

 石碑には『魔都災害慰霊碑』と彫られており、恐らくは京香が以前言っていた彼女のみが生き残ったという「月山大井沢事件」の被害者達が眠っているのだろう。

 

「月山大井沢事件で現世に迷い出た鬼達は数十体いたが、中に特別強力な奴がいた」

 

 記憶を思い返しているかの様に遠い目で語る京香。そこには様々な感情が煮詰まり、一言で表現するのは難しい。

 

「今でもはっきり覚えている......そいつは角が異常に発達した奴で、私は"一本角"と呼んでいる」

 

 脳裏に浮かぶのは、無惨に原型を留めない友人や両親、大人達の亡骸と、ただ恐怖に泣き叫ぶしかなかった幼い自分の姿。

 

「魔都から迷い出た醜鬼共は、駆けつけた当時の魔防隊によって全滅......そう思っていた。だが隊の記録を読むと、"一本角"だけは門からまた魔都に逃げ戻っていた」

「......その一本角って奴が、まだ生きてたって訳だ」

 

 言葉が途切れる。ギリッ......と、強く歯を食いしばる音。漂う感情が一色に収束する。強く、鋭く、そして......醜く、研ぎ澄まされていく。

 

「あいつだけは......っ、醜鬼の中でも特に許さん、粉々に切り刻んでくれる──ッ!!」

 

 そこにあるのは正義感や使命感ではない。ただ純粋に、どす黒い憎しみ、燻り続ける復讐心だ。

 

「戦いになったら、護堂もそう心得てくれ。......今日はそれを伝えたかった」

「.........」

 

 護堂は何も言わない。京香は抱えていた花束を碑前に供える。

 

 

「皆の仇は、必ず討つ......」

 

 

◆

 

 その後、二人の姿は霊園に程近い市街地の郊外にあった。

 

「このまま魔都に戻るぞ」

「まぁ待て京香」

 

 用は終えたとばかりに足早に魔都に戻ろうとする京香を、護堂は後ろから呼び止める。

 

「ちょっと休憩していこうぜ。ほら、あそこのカフェに名物あるらしいぞ」

「魔都が気になるんだが」

「そう言うなって。行くぞ」

 

 護堂は有無を言わさず、京香の手を掴んで強引に足をカフェに向ける。

 

「......では少しだけな」

 

 思ったより強い護堂の腕に驚きつつ、折れた京香は手を引かれる。そのままカフェに入った二人は、店員に案内されるままに窓際席へ対面に座った。

 

「思ったより強引だなお前、少し驚いたぞ」

「遠出したら地元の美味いモン食うのが醍醐味だろ」

「それよりも魔都の様子が気になるんだ。ソワソワしてくる」

「何かあったら連絡来るんだろ? ならそれまではしっかり休めよ。そうやって気持ちばっかり先走ると、肝心な時にヘマすんぞ?」

「──!」

 

 未だにムスッとしている京香に、護堂はそれを"焦り"だと見て持論を述べる。

 何でもない様に言われた言葉だったが、京香は鳩が豆鉄砲を食らったとばかりに目が点になる。

 それと同時に、頼んでいたパフェが運ばれてくる。

 

「中々説得するのが上手いなお前、何故かそうだと思わせてくれる。......今はこれを味わうとするか」

「はっ、何だよそれ。......へぇ、本当に結構美味いな」

 

 護堂は京香の物言いに苦笑しつつ、同じ様にパフェに手を伸ばす。そこでチラリと京香に視線を向けると、

 

「ん~、これはいい! 最近出来た店なんだな、よく見つけたぞ護堂」

 

 これまでに見た事の無い、スイーツに破顔する年相応の京香の姿があった。そんな表情が出来たのかと、護堂はついポカンとしてしまう。

 

「? どうした?」

「あ、いや......美人なのは知ってたけど、そんな可愛い顔も出来たんだな」

「なっ!? か、可愛い......貴様、口説いているのか?」

 

 京香の意外な表情に護堂が感想を漏らし、それに赤面する京香と笑う護堂。文字通りの休暇らしい、穏やかな時間がそこにあった。

 

 そうして雑談しながら時間が過ぎ、二人共パフェを食べ終わった頃。

 

 ──ボォォォー♪︎

 

 突如京香の携帯が鳴り響く。

 

「何だその変な着信音、法螺貝か?」

「着信音じゃない。魔都からの緊急コールだ。鳴る回数によって緊急度が分かる様になっている、一回は"命の危機は無いがそれなりの緊急事態"というケースだ」

 

 京香は携帯を仕舞うと弛緩した空気を振り払い、凛とした表情で立ち上がる。

 

「休暇はここまでだ、門へ急ぐぞ」

 

 

◆

 

 

 その日、山形県某所にて、車を追い越す程の猛スピードで高速道路を駆ける黒馬と、それに跨がる男女が目撃されたという。

 

 

◆

 

 

「あっという間に戻って来られたな」

「まぁ、そりゃあな」

 

 呼び出したスレイプニルによって大して時間を掛けずに七番組寮に戻った二人は、京香の着替えの為に更衣室に移動していた。

 

「出てる方がいいか?」

「......待て」

 

 外で待っていようと退出する護堂を呼び止め、そのまま室内に戻し鍵を掛ける京香。

 

「おい、何で......マジか」

「どうやら、そのよう──で(・)す(・)。ご(・)主(・)人(・)様(・)」

 

 振り返り、妙に上気し赤くなった京香の顔に、何事か察した護堂。いつの間にか護堂への言葉遣いも矯正され、ご主人様と呼んでいる。

 

「どうぞ、そちらにお座り下さい」

 

 ただ着替えるだけなら必要無い筈の下着を脱ぐ行為を経て、一糸纏わぬ裸身を晒した京香。そのまま護堂に着席を促し、そこから更に見下ろされる為に腰を曲げて額と膝を床に突ける。

 

 所謂、全裸土下座というやつだ。

 

「......ご主人様。この度は、卑しき奴隷の身である私めの事情の為に、御威光をお示し頂き......身に余る光栄に御座います」

 

 その身体は、プルプルと小刻みに震えている。それが屈辱感から来るのか、羞恥心から来るのか、はたまたその両方か──それとも、これまた別の何かなのか。

 伺いを立てる様に恐る恐ると顔を上げた京香は、媚びる様に上がっている自身の口角に気付かないまま、ズボンの中で窮屈そうに主張し始めた護堂の逸物に目を向ける。

 

「返礼として、到底足りるものでは御座いませんが......この私めの身体で、精一杯御奉仕させて頂きます......」

 

 護堂の熱く猛々しい逸物を、自らの瑞々しい二つの果実で、それでも尚半分も隠れないその象徴を口で包み込む京香。

 

 

 その後暫く、部屋の中にくぐもった声と栗花の匂いが充満していたとか──

 

 

◆

 

「本日のパトロールで発見したものです」

 

 日万凛が緊張感を伴った声でタブレットを見せる。そこに映っていたのは魔都の地図と、醜鬼の反応と思われる光点が密集しているものだった。

 これまでに護堂が遭遇した群れとは比較にならない数である事が、京香達の顔から察せられる。

 

「南21km地点にクレーターの様な物が出現、凄い数の醜鬼が集合。現在も寧の千里眼が見張っています」

「......、その地点から出る気配はありません。まるで巣の様です」

 

 自身の説明に寧が現状の補足をしたのを確認し、日万凛は京香に顔を向ける。

 

「すみません、貴重な休暇を」

「いや、でかした」

 

 返事を簡潔に済ませ、タブレットを机に置くとニヤリと笑う。

 

「巣とは潰し甲斐があるな! 新たな生態も判明するだろう、これは七番組の大仕事だぞ!」

 

 京香の発破に、やる気を挙げる面々。

 

(醜鬼の数を減らす好機! 功績を挙げれば総組長にも近づける)

 

 しかし当の京香は、その正義感と同等の打算的思考を脳裏に走らせてもいた。

 

 

(仇を討つ為、私には更なる力が必要だ──!)

 

 

◆

 

 

 それから程なく、護堂達は件の地点に辿り着いた。

 本日二度目の《主従反転:無窮の隷鎖(スレイブ・オルタナティブ)》を発動した京香と護堂は、クレーターの淵から中心部の群れを見る。

 

「あんだけ集まってると気持ち悪ィな......」

「まだ突っ込むなよ、私の合図を待て。七番組の必勝連携で壊滅させる」

 

 その言葉に反応するかの様に、ズンッという音が響くと同時、これまで存在しなかった巨影が醜鬼達を覆う。

 

「先ず、朱々の一撃で相手に大打撃を与える」

 

 その巨影は、別動して隠れていた朱々だった。《玉体革命(パラダイムシフト)》により巨大化した朱々が拳を振り下ろし、群がっていた醜鬼の密集を崩す。

 そうして朱々と別方向へ散々に逃げ出そうとする醜鬼達へ、今度は日万凛が能力で変質させた機関銃の腕を振るい孤立した個体から撃ち抜いていく。

 

「次に痛手を負った醜鬼達を日万凛が削っていく。すると醜鬼共は堪らず合体していく、一つ一つ倒す手間が省ける訳だ」

「で、大きくなったのを俺等で潰すと」

「そういう事だ。醜鬼共は強靭だが、戦い方が単調だ。このやり方で行けば、私達に負けは無い」

 

 そう言い切った京香と共に、醜鬼を蹴散らしていく二人を見ながら巨大醜鬼の完成を待つ護堂は......

 

 

 

 ──自身の経験、カンピオーネの直感、権能として得た超感覚。その三つが告げる、高速で疾走する物体の接近を感知した。

 

 

 

 唯一護堂だけが捉えられた程の速度で迫ったソレを、次に認識したのは朱々だった。

 

「!?」

 

 具体的に何なのかは分からないまま、しかし明確な悪意を持って迫ってきた何者かを、朱々は反射的に打ち落とそうと腕を薙いだ。

 

「避けた? いや外れたのか......?」

 

 護堂が呟いた通りだった。

 朱々が咄嗟に振るった腕は対象の位置を正確に捉えられていた訳ではなく、乱入者の少し上を通過していた。

 

 それは単体ではなかった。一際ガタイの良い鎧武者の様な醜鬼と、その背に乗る白い人影。

 

 鎧の醜鬼は一息に腕を突き出すと、その一撃だけで巨大化した朱々を殴り飛ばした。

 その音で漸くその存在に気付いたのか、京香と日万凛もさっきまで朱々がいた位置に目を向ける。

 

 その鎧の醜鬼の──特(・)徴(・)的(・)な(・)長(・)い(・)角(・)兜(・)を見て、京香は目を見開いた。

 

 

 

「パーティーに混ざりに来たわ!」

 

 

 

「何よこいつ、化け物っ!?」

 

 朱々を退け雄々と着地した鎧の醜鬼。その背に乗った白い人影──声からして女だろうか──は、陽気な声でそう告げた。

 人とも醜鬼ともつかないその姿に、日万凛が即座に銃を向ける。だが同時に躊躇無く放出された銃弾は、女の振り回す白い長髪に一つ残らず弾かれた。

 

「なっ!?」

「化け物とは言ってくれるわね、私口喧嘩は強いわよ?」

 

 事も無げに、おどける様に語る女は、言うが速いか口を開く。

 

 次の瞬間、日万凛の体を優に飲み込む程の光線が吐き出される。

 

 日万凛は命の危機を感じながらも、即座に腕を盾へと作り替えて眼前に翳す。

 だが光は日万凛を呑み込むと共に地面に接触、大爆発を引き起こす。

 女はその爆風と光を浴び、大きく伸びをする。

 

「はぁぁあ~、気持ちいい......」

 

 

 ──そして、その瞬間に京香がその首目掛けて斬りかかる。

 

 しかし女は慌てる事なく京香の一刀を腕で受け止める。それによって勢いが殺された京香を狙い鎧の醜鬼が拳を振るい、それを護堂が受け止めた。

 

「あら、強いわね......」

 

 女が興味深そうに笑みを、京香が鬼気迫る憤怒を浮かべ、そのまま数瞬拮抗する二人。

 押し切れそうにないと京香が飛び退いた事で、三人と一匹は正面から相対する。

 

「漸く会えたな......一本角!」

 

 京香は先程まで火花を散らした女ではなく、その乗騎である鎧の醜鬼に切っ先を向けた。その声と目線には、ありありと憎悪が込められている。

 

(アイツが一本角......京香の故郷を滅ぼしたって奴か)

「あら貴方、そんな呼ばれ方をしていたの」

 

 護堂が観察する中、女は呑気そうに一本角を見ている。京香は一度、背後に倒れる朱々と日万凛を振り返り、再び視線を女に戻す。

 

「醜鬼に乗る貴様は、何者だ」

 

 一挙手一投足を見逃すまいと鋭く光る眼差しに、女はまるで怯まない。何かしらの能力なのか、女は髪を手足の様に動かし、纏っている布の隙間から暗色の物体を取り出しながら告げる。

 

 

「あえて言うなら、魔防隊と戦う者」

 

 

(魔都の桃!? 一人一つが限界なのに、アイツ......)

 

 その光景に、京香は訝しげに口を歪める。

 女が懐から取り出したのは、この世界の女性が持つ能力の根源である"魔都の桃"だった。

 

 基本、魔都の桃を一つ食べると女性は能力を発現する。が、更に追加で食べれば能力が増えるという訳ではなく、能力の出力が上がるという事も無い。

 

 そういう意味でも桃は一人一つが限度であるのだが、目の前のその存在はどういう訳か次々と桃を食していった。

 

「ところで......」

 

 

 

「貴女、私の弟知らない? 特徴は世界で一番イケメンなんだけど」

 

 

 

◆

 

 

 ──弟を知らないか

 

 徐々に大きさを増す巨大醜鬼、ダメージが抜けず立ち上がれない朱々と日万凛を置き去りに、女はそう問うて来た。

 

「私の弟はねぇ、小さい頃からお姉ちゃん子でよく後をついてきたわ」

 

 女は京香に切っ先を向けられながら、意に介さない様に尚も桃を齧りながら続ける。

 

「将来は私と結婚するとか、昔は毎日言ってたもの。それでも少し大きくなってくるとヤンチャになってきて......でもそんな弟をビシッと躾るのもこれまた楽しい日々だったのよ!」

 

 女は思い出す内に気を良くしたのか、やたら楽しそうに饒舌に語る。

 そんな女に対して、護堂は一本角に注意を残しながら観察して得た情報を整理する。

 

(コイツ、多分人間だな。年頃は京香と同じ位、能力を得たのは昨日今日じゃない、少なくとも一年以上は経ってる筈だ。......それが何で醜鬼を従えてんのかは知らんが)

 

 一本角は兎も角、女はどうやら護堂の存在にまだ気付いていない様で、まだペラペラと弟について語っている(だからこうやって情報整理も出来ているのだが)。

 

 そして、護堂には気になる事が一つ。

 

 先程女自身が言っていた事であるが、この女からは"魔(・)防(・)隊(・)へ(・)の(・)敵意"は感じるが、醜鬼の様な"悪意"は感じられないのだ。これが意味するのは──

 

 

「顔も最高の美男子だけど家事もどんどん上手くなっていってね? 飴と鞭で鍛えた甲斐があったわ。本当にどこに出しても恥ずかしくない自慢の弟な──『ウオオオォォッ!!!!』」

 

 

 女が未だ饒舌に語っているところへ、まるで割り込む様に合体を終えた巨大醜鬼が雄叫びを上げる。

 ビリビリと空気が痺れる感覚に、流石に京香も女と一本角だけでなく巨大醜鬼にも注意を向ける。

 

「今、私が......」

 

 そこへ、今度は女の呟きが割り込む。先程の醜鬼の雄叫びの様に大音声という訳ではない、文字通りの呟き。だがそこには、動きを止めるだけの迫力があった。

 

 

「──弟について喋ってるでしょッッッ!」

 

 

 次の瞬間には怒鳴り付け、その髪で巨大醜鬼を縛り上げ、一瞬でその巨体を圧縮した。

 

「おやつよ」

 

 不快な音を挙げながら捏ねられた肉塊は一本角へと運ばれ、ものの数秒で食い尽くされた。

 それを隙と捉えたか、京香は再び斬りかからんと飛び出した。

 

「お前が総大将か!」

 

 その一閃は即座に反応した一本角と交錯し、金属音の衝撃を撒き散らしながら逸らされる。

 

「半分正解だけど、貴女魔都について全然分かってないのね。この呪いで満ちた世界を!」

 

 今度は女の番だった。髪を幾つかの束に分け、まるで触手の如く変幻自在に動かす。鞭の様にしなやかに、槍の様に鋭く迫る髪の連撃を、京香は防御するので精一杯だ。

 そしてその合間合間を縫う様に、一本角の拳が迫るが、

 

「立ち塞がる全ての敵を打ち破らん──京香はお前の飼い主と会話中みたいでな、俺が相手してやるから邪魔すんな」

 

 "雄牛"の化身を発動した護堂がそれを防ぎ、弾き、受け流す。これまで戦ってきた醜鬼に比べれば成程、その膂力は頭一つ抜けている上、女からの指示に従うだけの知能もある。

 

 だが、それだけだ。

 

 まつろわぬ神や羅濠教主とは比べるべくもなく、何かしらの異能を操る訳でもない。あくまで他の醜鬼より力と速さを備えたというだけ、護堂から見れば魔獣に毛が生えた程度。あしらう事は造作もない。

 

 一方、京香はと言うと。

 髪の猛攻に対して京香が防戦一方の中、不意に女が大きく口を開く。

 

 瞬間、脳裏に過るのは先程日万凛をダウンさせた熱線。

 

 日万凛と違い防御する手段の無い京香は、反射的にその場から飛び退いた。だが次の瞬間それが悪手だったと悟る。

 

「そっちも良(・)い(・)醜(・)鬼(・)を連れているから、分断させてもらったわ!」

 

 先程のはフェイク、熱線を吐くフリだった。その目的は京香と護堂を物理的に離し、各個撃破を狙う為。

 間髪を空けず、迫りくる髪の束。護堂は"相棒"である第二の権能を呼び出そうとして──

 

 

 

「──醜鬼じゃ、ない......、男? でも男は桃を......え?」

 

 

 

 女は突如目を見開いて硬直した。

 醜鬼だと思っていた存在が男で、桃の能力を得られない筈の男で。

 醜鬼と見間違う姿で、醜鬼と渡り合う力を振るう。

 それはまるで──

 

 

「ふぅんッッ!」

 

 

 女が呆けたそのタイミング、京香は完全に不意打ちになる形で刀を振るう。

 だが女は呆けながら、そのまま刀の軌道に沿う様に首を反らして刃を避ける。

 

「そんな事が......!」

 

 女は京香の存在も攻撃された事も気にしないままそう呟くと、一本角の背を素早く叩く。

 それが合図だったのか、それまで戦意に満ちていた一本角は即座に身を翻し、その場で大きく跳躍する。

 護堂はその行動に、もう戦意が無いと見て意識を切り替えるが、

 

 

「貴様等ァ!! 背を向けるのかァ!?」

 

 

 京香が叫んだ。まるで自分達に興味が無いとばかりに、一切振り返る事無く離れていくその後ろ姿が癪に障ったのか、憤怒の表情で吠え立てる。

 

「いいだろう......逃げる村人を後ろから襲った報いだ、同じ目に遭わせてやる──護堂!!」

 

 京香は怒りのままに護堂に呼び掛けるが、反応が無い。

 

「何をしている護堂!? 追う......──」

 

 苛立ちながら再度呼び掛けようと、振り返った京香が見たのは、

 

 

 

「義なる者達の守護者を我は招き奉る、義なる我に光明を示し給え!」

 

 

 

 降り注ぐ雷と威圧感を放つ黒刀を携えた護堂が、朱々達に群がる醜鬼達に突撃する姿だった。

 

 護堂は第九の化身"山羊"によって二人から距離のある醜鬼を焼き払い、先ずは気絶している日万凛を担ぐ。次に密接する醜鬼を第二の権能《天之叢雲》──相棒である天叢雲劍(あめのむらくものつるぎ)で以て瞬く間に斬り捨て、立ち上がれない朱々の元に辿り着く。

 

「大丈夫か駿河」

「う、うん......!」

 

 朱々に手を貸し立ち上がらせた護堂は、そこで漸く京香へ視線を向ける。

 

「おい京香! お前はあの一本角と因縁があるんだろうが、それはあくまでお(・)前(・)の(・)都(・)合(・)だろ! 個人的の復讐に駿河と東(他人)を巻き込むなよ!?」

「──っ!」

 

 護堂の声に京香はハッとなり、拳を震わせる。日万凛と朱々を守りながら醜鬼を蹴飛ばし、斬り裂き、稲妻で焼き払う護堂の背中を凝視する。

 京香は歯を食いしばり......

 

 

 自らの顔を殴り飛ばす。

 

 

「護堂! そのまま二人を連れて此方へ来てくれ、残った醜鬼を殲滅するぞ!」

「あいよ!」

 

 言うが早いか、護堂は二人共を抱えて駆けて来る。京香はそれを確認すると、周囲の醜鬼を斬り捨てる。

 

 

 

(何をしているんだ私は......怒りに我を忘れて、大切な部下を失うところだった──!)

 

 

 その顔に、先程までの濁った憎悪は無かった。

 

 

◆

 

 

「......寧の連絡によれば、二人は明日にでも完治する......そうです」

「そ、そりゃ良かったな。そういう能力か技術かは知らないけど、優秀な医療班がいるんだなー......」

「はい......」

 

 七番組寮の道場室。護堂と京香は二人で事の顛末を話していた。

 護堂は何かから気を逸らそうと、どこか気まずそうに。京香は恥ずかしそうに、何かに堪える様に。

 何故そんな雰囲気なのかと言えば、無論《主従反転:無窮の隷鎖(スレイブ・オルタナティブ)》の代償行為のせいなのだが......

 

 

 京香は現在、出撃前の代償行為と同じ様に全裸土下座の体勢になっていた。ただ今回は、その首には主従の証である首輪が嵌められ、そこから伸びる手綱が護堂に握られている。

 

 そして。伏している京香を椅子にして、護堂がその背に座っていた。所謂、人間椅子である。

 

 

「えーっと......なぁ、京香?」

「はい、ご主人様」

「代償行為の内容さ、俺がどれくらい動いたかで変動するってのは何となく理解したんだけどさ......今回、こんなマニアックな事する程の事してないと思うんだが......」

「そ、それは......主観で決まるものでも、ありませんので......」

「そうかァ......」

 

 護堂は溜め息を吐いた。

 

 護堂は疑問に思っているが、今回は出動時の移動に使う《境界の妖馬》に、戦闘中には《東方の軍神》の"雄牛"と"山羊"、"鳳"の三つの化身、加えて《天之叢雲》まで使ったのだ。寧ろ今回は現時点で口淫や交尾になってないだけマシかもしれない。

 

 無論、こ(・)れ(・)で(・)終(・)わ(・)れ(・)ば(・)、の話だが。

 

「あの...ご、ご主人様?」

「な、何だ?」

「その......お、恐れながら、このまま...会議を始めさせて、頂いて、も......宜しい、でしょうか?」

「......この体勢で?」

「その、......まだまだ、終わりそうにないので...」

 

◆

 

「一本角、残念だったな」

「はい......ですが、朱々や日万凛の命が、優先ですので......。ご主人様には、感謝しております」

「な、何かしたっけ?」

「あの...その......あの時の、私は、......奴隷で、ありながら...個人の感情を、優先して、しまいました、ので...」

 

 確かにあの時の京香は憎しみや復讐心に呑まれていた様に見えたが、あの時護堂が言ったのは特別目を覚まさせようとした言葉ではなく、ただ自分の考えを述べただけだ。それを感謝されると、少々鼻が痒くなる。

 そこで護堂は、少し話を逸らす。

 

「あ、あーそういえば。あれだ、一本角に乗ってた女居たろ?」

「は、はい......恐らく新種の、人型の醜鬼と思われますが......」

「何でそう思う?」

「魔都の桃を、持っていました。桃は、一人一つしか、食べられないのですが......戦闘中に、何個も...食べていましたので......」

「そうかァ。でもなー、俺は多分人間だと思うぞ」

「! ...人間、ですか......その、何故、そのように...?」

「まぁー、直感?」

「は、はぁ......? ...、......え、えぇっと......と、兎に角、その件は抜きにしても、ここ最近は......今まで単調だった醜鬼が、著しく変化をみ、見せてます。これは......な、何かの前兆かも、しれません。この報告で、魔防隊全体が......日本が、揺れるかも......」

「そうか......、おっ!」

 

 そこでやっと握っていた手綱が消え、護堂は急いで京香の背から立ち上がる。

 

「じ、じゃあな。とっとと服着て、ちゃんと休め──」

「ご、ご主人様」

 

 そのまま道場を出ていこうとする護堂だが、挨拶しようとしたところで京香に呼び止められる。言われるままに振り返ってみれば。

 

 

「ご、ご主人様の、お役に立った喜びで、興奮のあまりそ、粗(・)相(・)をして......しまいましたっ。それで...お手数ですが......」

 

 

 土下座から仰向けになった京香は、自身が汚れる事を気にしてないかの様に、いつの間にかできた薄黄色の水溜まりに寝転がっている。

 太ももを持ち上げ、その奥の洪水状態の秘裂すら露にして、羞恥に満ちた真っ赤な顔で、媚びる様に笑みを浮かべながら懇願する。

 

 

「すぐ、お...お漏らしっ、してしまう......馬鹿な奴隷の口(・)を、ご主人様の御手で......躾て、下さい♡」

 

 





 草薙護堂の象徴の一つとして知られる、六つの権能。

 状況によって十の能力を使い分ける《東方の軍神》
 複写・暴風・破魔の性質を持つ佩刀《天之叢雲》
 智恵と神刀の真価を発揮させる《暁の秘録》
 雷と槍、騎士と軍神を従える《白き騎士の突撃》
 炎雷を含めたあらゆる光を呑み込む《太陽を喰らう者》
 不条を断ち切り、望むままに紡ぎ変える《反運命の戦士》

 最後の王をも退けし六つの王威が、第七魔王の牙である。
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