「ーー今思えば、あの時がオレの…いや、オレたちの分岐点だったのかもな。」
そう語る目の前の少年は、懐かしそうにどこか寂しげに語る。彼は何を思ってその言葉を発したのだろうか。
それは、在りし日の
「
少年は目の前のインタビュアーの無礼な質問に一瞬眉間に皺が寄ったが、直ぐに戻して平静を装った。いくら10代前半の子供とは言え、一度は世界最高峰のセキエイチャンピオンの椅子に座った少年。心の奥底に土足で踏み入るような質問だろうと、そう簡単に感情を表に出す事はしない。
少年は少し考えたような素振りを見せた後で、ゆっくりと口を開いた。彼の口から紡がれた
「…嫉妬はしたさーー」
「ーーだが、それ以上に…アイツは特別なんだって思える。今は昔よりもな。」
少年の表情は心做しか嬉々としたもののように、私の瞳には写った。
あの伝説から3年。私たちは連綿と続くポケモンバトルの歴史の転換点に、再び立ち会おうとしているのかもしれない。3年前消えた少年が表舞台に再び帰って来た。
公式戦無敗。ポケモンリーグ史上初にして、
彼を知らない人間を前に彼の伝説を語れば、「子供が考えた幼稚な小説だ」と馬鹿にされるだろう。それくらいに、あの少年は異質で…特別だった。そう、彼を一言で表すならーー
『其の男、原点にして頂点』
___瞬きさえ許されない、2つのプライドの激突。熱狂の10分30秒。
ポケモンバトル界の『最高到達点』と謳われた3年前の第一回 世界大会は人々を焦がし、魅了した。僅か11分に満たないあの戦いは、今も尚…私の瞼裏に焼き付いて離れない。
だからこそ、私は疑問でならない。
なぜ、あれほどの天賦の才を持つ少年が表舞台を去らなければならなかったのか。
なぜ、少年は私たちの前から公然と消えたのか。
あの日、激闘を終えた後に少年が放った言葉を今でも忘れない。
彼は何のために戦い、何のために生きるのか。何を考えて彼は今日も戦い続けているのだろうか___
□
旅を初めてから2週間以上経ったグリーン。彼は、レッドよりも一足先にイワヤマトンネルを抜けて10番道路で野宿をしていた。
「………………。」
また、オレはレッドに負けた。マサラを経ったあの日以来の戦績は三戦三敗…。
確かに、ここ数年のレッドの成長はスゲェよ。それでも、連敗するなんて有り得なかった。まして…ほとんど一方的に負けた内容なんてあの時以来……なかった。
オレとレッドの何が違うって言うんだ。オレはセキエイチャンピオンの孫で息子なんだ。エリートのオレが歯が立たねぇなんて…あっちゃならねぇ。
「ーーオレが世界で一番強い男になるんだよ。」
カメー?
「……カメール、行くぞ。オレはアイツに負けられねぇんだ。」
カメッ!!
彼を駆り立てるのは怒りか、焦燥感か。
少年は相棒のカメールと共に寝る間も惜しんで修行に励む。全ては、
グリーンとカメールの行動に感化されてか、眠っていたグリーンのブラッキーやラッタ、ピジョンらも一匹…また一匹とグリーンの元へ近寄っていった。
グリーンの修行と言えば、基本的に教本やポケモンバトル等のビデオを元に戦術を考え出してポケモン一匹一匹の汎用的な立ち回りを思案し、実行ー定着させる事である。
ポケモン一匹でどれだけ多くの敵を削りきるか。それがグリーンの戦い方だ。
グリーンは月の灯りを頼りに教本の一節を注意深く読む。このポケモンはどこを伸ばすか、どのような戦い方を身に付けさせるべきか。そうやって熟考に熟考を重ねた末に、教本に記載された戦い方を自分なりにミックスして指導する。そして、ある程度定着したら野生のポケモンと戦わせて実戦に運用可能かどうかを見極めて、難しいのであれば別の戦術を考え直す。
グリーンの育成方法は明らかにオーバーワークそのものだった。1日の中に食事や風呂等の休憩時間を除けば、その大半の時間をポケモンバトルの修行にあてるそのやり方は死に急ぐようなものだった。
身を焦がす程の焦燥感。そして、グリーンを駆り立てるのは
何故、自分は勝てないのか?何が違うのか?同じ人からもらったポケモンで、ほぼ同時期に旅を始め、ジム戦だって自分の方が先に攻略している。
それなのに、一度も勝てない。たった三度の敗北も、今の彼にとっては
□
ーーポッポ、これからよろしくな。
ーーポッポ、
ーーピジョン…お前ってやつは!!
ーーピジョット?
ーー行くな、ピジョット!!ダメだ、下がれッ!!
ーーうぁぁぁぁあ!!
「ーーピジョットォォッ!!」
虚空に友の名を叫ぶ。
だが、レッドの叫びも虚しく友の名は闇に呑まれた。
「レッド?」
レッドが真夜中に突然絶叫しながら飛び起きた事で、一緒に眠っていたロマーシカはぼんやりとしながら目覚めた。
鼓動が耳に鳴り響く。肩を上下に揺らしながら、息を切らして
「……だい、じょうぶだ。少し、嫌な夢を見ただけだ。外の空気を吸えば問題ない。」
レッドはロマーシカにそう伝えると、テントから出て外の空気を吸う。近くにあった木に寄りかかって、空気を鼻から吸って口から大きく吐き出す。腹式呼吸を何度も繰り返しながら、自分の胃に巣食うものをゆっくりと吐き出す。
しかし、不意にーー寄りかかっていた木の根元に吐いた。地面に右手をつき、頭を抱え込むように右手から右膝にかけての腕を木について、喉から込み上げる異物を吐く。根元に積み重なる吐瀉物がレッドの鼻を突く。レッドの嘔吐と同時に、腹の筋肉が痙攣して生暖い液体が再び口内を駆ける。胸や腹が波を打つ度に喉と口に酸性の塊が溜まり、舌を痺れさせながら根元へ吐瀉物がボトボト落ちていく。
額には汗が滲み、レッドの鼓動が早くなるのと同時に呼吸もドンドンと乱れていく。そして、嘔吐する度に幻聴がレッドの耳に囁く。
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
オマエガ コロシタ!! オマエガ コロシタ!!
「……ピジョット。」
苦しむレッドの背中をロマーシカは優しく摩る。痙攣するレッドの背中を優しく抱き締めると、ロマーシカはレッドの耳元で「レッド、大丈夫じゃぞ」と囁いた。
ロマーシカの言葉に安心したのか、痙攣は少しずつ小さくなる。
月明かりに照らされた吐瀉物は大半が黄色に染まっていたが、ところどころ赤く染まっている部分もあった。
ロマーシカが吐瀉物を処理している間に、レッドは口を濯いで歯を磨きなおした。そして、再び床に着く時には寝袋に入ろうとしたレッドをロマーシカの寝袋に引き込み、ロマーシカはレッドを抱き寄せて眠らせた。
レッドが眠りに落ちた後も、彼が魘されないように背中を何度もゆっくりと摩った。
□
シオンは紫、尊い色。
人やポケモンの霊園が数多く設置されるこの場所は、カントー地方で最も尊ばれる街だ。カントー地方人の間では霊園都市とも称されるこの街に立ち寄った理由は、
ポケモンセンターでチェックインを済ませると、レッドは一人ポケモンタワーへ向かう。ポケモンタワーの受付で要件を伝えたレッドは指定された空の墓石に線香をあげるため、ポケモンタワーの上階へと進む。
「ーーおう、レッド!!こんなところへ何しに来たんだよ?」
「………………。」
「…お前のポケモン、死んだのか?」
「………………。」
「アホか!!生きてるじゃん。だったらせめて、戦闘不能にしてやるよ!!かかって来いよ。」
グリーンはレッドにポケモンバトルを仕掛けて来た。グリーンがピジョンを繰り出したのに対して、レッドは
グリーンはピジョンに【
グリーンの単調な戦術に違和感を覚えたレッドは、ピジョンの【
続いて繰り出されたのは、グリーンの
明らかに戦闘意欲が減退しているグリーンのポケモンたち。そして、グリーンがレッドに放った言葉やヤケクソに似たグリーンの単調かつ戦略性の欠片もない命令の数々。
ーーああ、グリーンも"此方側"になった人間なのかもしれない。野暮な事を聞くつもりはないが…お前も喪ったんだろ?
レッドは一瞬黙祷するかのように目を瞑り、相手に悟らせないように目を開くと再び指示を飛ばした。
レッドの【サイコキネシス】や【
そして、最後の一匹まで追い詰められたグリーンの表情はレッドの予想を的中させるように心ここに在らずといった表情だった。グリーンは指示をしない。最早、ポケモンバトルの勝敗に興味がないとでも言いたげに、自分から吹っかけたポケモンバトルそっちのけで虚空を眺めていた。
グリーンに指示されないまま、場に現れたブラッキーは必死に抵抗するも
「ーーははッ。全部ムダじゃねぇか。」
ブラッキーが力なく倒れたのを傍目に捉えたグリーンはそう呟く。そして、倒れているブラッキーをモンスターボールに戻すとレッドに目を合わせずにその場を後にした。
グリーンが居た場所の墓石にはこう書かれている。
『GREEN's Pokemon:Ratta R.I.P』
オーバーワークに夜肉体への過剰な負荷。そして、それに気付かないほど焦燥感と劣等感に駆られたグリーンは、友を失うまで彼を蝕む感情を振りほどく事はできなかったのだ。
……振りほどく?いいや、正気に戻った分…友を殺した自己嫌悪とレッドへの焦燥感と劣等感、そして壊されていく自尊心に挟まれながら情緒をぐちゃぐちゃにされる。たった一人で旅している分、グリーンの方が救いはないのかもしれませんねぇ。