第1話 特異点
我々は望む、万物に安寧が訪れん事を。
我々は覚えている、在りし日の悲劇を。
□
『___私の失敗だ。』
ーー古跡の最奥。
雲は照らされる、落ちゆく太陽に。我々を照らす斜陽は、皮肉にも溢れんばかりの輝きを見せていた。
柱にもたれかかった男は、薄汚い服に身を包んでいた。肌という肌からは鮮血が滲み出している。
『遂に、私たちだけとなったな。』
『……あぁ、レッド。もう少し早くお前を助けてやれば、結果は違っただろうか?』
ゆっくりと男に語り掛ける四足歩行の存在。俯いた"彼"からはその表情が影に隠れ伺えない。いや…"彼"が俯いてるという時点で、その心中は察して余りある。
私は…"彼"の選択を否定できない。
なぜなら、その選択は…彼が想うゆえの行動であり___神としての"ルール"だからだ。
『……レッド、我が子に父の罪と罰に付き合わせる
「………………!」
"彼"の悲痛な叫びが、強く男の耳を叩く。
それは、"彼"が最初で最後の___ワガママ。
『
『……だが、その代わりにお前の記憶は消える。当然、ここでの会話もだ。』
『しかし、私は信じている。ポケモンたちの可能性と神秘を引き出せるお前ならば、きっと次の崩壊は止められると。』
「………………!………………?………………!」
『私か?私は…神としての罪を問われ、輪廻の輪に乗せられる。だが、案ずるな…"消滅"するわけではない。新たな生命として"転生"させられるだけだ。』
繰り返されるであろう世界で大事なのは、経験ではない。選択。
『
瞼裏に浮かぶ___
海に沈んだホウエン。
消滅したシンオウ。
荒野となったカロス。
黒く沈むーーアローラ。
『___ああ、最期に謝らなければならないな。レッド、お前の想い人を守れず…相済まぬ。』
これ以上の地獄はないだろうと信じたかった。だが、これは始まりに過ぎなかったのかもしれない。
どこからだ。この絶望が始まったのはーー
ロケット団を解散させたことか?
シロガネ山で現実逃避をしていた時か?
___いや、両方だな。ロケット団を解散させた事で、英雄と持て囃された自分に酔った。それが、全てだったんだろう。
「………………」
『アルセウス様…時空転移の用意が完了しました。』
『……そうか。それでは、行くとしようか。』
『……ッ!アルセウス様!プリズマ教徒が!!』
「………………!」
『
『ああ、そうだな
『レッド…"向こうの"我々を頼んだ。』
「………………!ディアルガ、パルキア。」
俺は…進まなければならない。たとえ、何を失ってでも。
ーーアイツらの居ない世界で。
□
「……。レッド!」
声が聞こえる。
誰かがーー呼ぶ声だ。
「……グリーン。」
「ったく、こんなとこで寝てやがったのか?俺との約束すっぽかしやがって。」
「………………!………………。」
「なに?俺を待っていたら、眠くなって寝てただって?ったく、お前は。」
悪いことをした。グリーンとのポケモンバトルの約束をすっぽかしてしまった。
「まぁ、良いよ。今日はもう日が暮れるからしょうがねぇけど…次、忘れたら承知しねぇからな!」
「………………!………………。」
「おう!じゃあ、また明日な!」
なんとか、怒られずに済んだ。
ああ…それにしても、今日は何だか眠たい。凄い長い夢を見ていた気がするけれど、思い出せない。あまり気分が良くないことから察するに…まぁ、いい夢ではなかったのだろう。
最近は寒くなったし、本格的に冷え込む前にササッと帰ろう。確か、今日は日の入り後から雨の予報だった気がする。
「……ピカチュウ、そろそろ帰ろうか。」
チュゥー……ピカピ!
ピカチュウが背を伸ばして、伸びをする。膝の中で丸まっていたピカチュウは、レッドのお腹をよじ登って肩に乗る。
ピカチュウが肩に乗ったのを確認すると、レッドは立ち上がって歩き出す。
□
風に揺られて、木々の葉が揺れる。
カサカサという葉が擦れる音に耳を傾けながら歩いているとーー不意に草むらが揺れる。
「………………。ピカチュウ。」
ーー思わず、臨戦態勢になる。
オニスズメか?いや…草むらが揺れているならコラッタだろうか?
オーキド博士によれば、この辺りのポケモンはそんなに強いポケモンでなければ好戦的なポケモンでもないって話だけどーー。
ーーラル。
「………………!」
傷だらけのポケモン?!こんな場所で?
「……大丈夫か!」
草むらから傷だらけのポケモンが現れ、思わず駆け寄る。持っていたバッグからキズぐすりを取り出して、目の前のポケモンに使う。
「………………!」
キズぐすりが効いていない!?見た目以上に酷い怪我かもしれない。オーキド博士の元に連れて行った方が早い。
「……ピカチュウ、オーキド博士の元に行こう。キズぐすりだけじゃ治せない。」
ピカピ…?
心做しか、ピカチュウが心配そうに抱き抱えたポケモンの事を見つめる。レッドは傷だらけのポケモンを抱えて立ち上がると、走り出す。
太陽が地平線に沈んでいくのと同じ速度で、マサラタウンまでの畦道を駆ける。途中で、黒いワントーンのTシャツを着た少年とすれ違いながら、オーキド研究所を目指して走る。
オーキド研究所に着くと、肩で息をしながら玄関までの階段を登る。
「レッド!?どうしたの、そのポケモン!」
「……リーフ。オーキド博士は?」
声が途切れ途切れになりながら、喉奥から絞り出す。
「オーキド博士なら、奥でお姉ちゃんと一緒に話しているわ!」
「……分かった。」
リーフからオーキド博士の所在を聞き出すと、残りの階段を一気に駆け上がり、玄関を肩でこじ開ける。玄関を開けた拍子で研究所の中に勢いよく転がり込むと、呆気にとられた表情でオーキド博士とブルーがこちらを見つめる。
「……博士、このポケモンを治してくれ!傷だらけで草むらから飛び出して来たんだ!」
「レッド……?いや、分かった。直ぐに手当しよう。ブルー、悪いがトキワシティからジョーイさんを呼んでくれんか?」
「分かったわ、博士!」
□
「___それで、レッド。このポケモンのことは知っているかな?」
傷だらけのポケモンの治療がオーキド博士とジョーイさんの手でひと段落すると、オーキド博士が不意にレッドに聞く。
レッドは首を横に振り、知らないと答える。
「本来、このポケモンはカントー地方では生息が見られないポケモンなんじゃ。」
「……え?じゃあ、なんで…。」
「そう、そこが疑問なんじゃ。誰かによって運ばれたという線も考えたのじゃが…ここはカントー地方の片田舎じゃ。クチバシティやヤマブキシティなどで発見されるならまだしも…こんな場所で発見されるとは不可解じゃ。」
「……もしかして、誰かの手によって運ばれて逃げて来たんじゃ…。」
「ああ、ワシもその線を考えておる。そうでなければ、これだけ傷だらけで…覚醒した時にワシら人間を見て暴れる理由が分からん。」
「………………。」
「まぁ、一応…ワシの元で保護しておこう。その方が安全じゃろう。」
「博士、このポケモンはなんて言うんだ?」
「……このポケモンはラルトス。人やポケモンの感情を敏感にキャッチするポケモンじゃ。」
「へぇーラルトスって言うんだ。ねぇ、博士。また、ラルトスのこと見に来ても良い?」
「ああ、もちろんじゃぞ。」
□
それから月日は流れ、ラルトスはレッドに懐くようになり…レッドの元で一緒に暮らすようになった。
レッドはオーキド博士からラルトスの様々な話を聞いて、ラルトスの最終進化であるサーナイトというポケモンに強く惹かれた。ラルトスもまた、レッド同様にサーナイトの姿をオーキド博士から見せてもらい、自分の成長した姿であると教えられると興味を引いていた。この事から、レッドはラルトスが憧れるサーナイトにちなんで"サナ"というニックネームを名付ける。心做しか、ラルトスも気に入っていたようであった。
□
「そういえば、博士。」
「サナの使える技とかって何か知ってる?」
「ふむふむ…どうやら、"鳴き声"と"チャームボイス"という技を覚えているらしいぞ。ちなみに、特性を調べてみたところ"テレパシー"という特性のようじゃったぞ。」
「ふーん。それにしても、前に見せてもらったラルトスとかサーナイトの画像と俺のラルトスってなんか色が違くない?もしかして、身体が弱いのかな?」
「ああ、レッドのラルトスは色違いなんじゃよ。」
「色違い?それって、ラルトスの身体の色が他のラルトスと違うってこと?」
「ああ、そうじゃぞ。」
「ふーん。」
レッドとラルトス。彼と彼女の出会いがレッドの運命をどのように導くのか、未だ誰も知らない。
この物語は、レッドが若干10歳にして「原点にして頂点」と呼ばれる存在に駆け上がるまでの前日譚である。
ハーメルン含めポケモン同人小説に1つくらいはあるやろと思ってたレッドを主人公にした激重シリアスストーリーのポケモン同人小説(あるいは漫画)がなかったので、地産地消していこうと思います。
私はね、レッドという男がなぜロケット団という歴代の中でも"本物"の悪いヤツらを壊滅させるに至ったのか。物語的にそう考えた時…彼はロケット団を解散させるだけの理由があったんじゃないかって思ったんですよ。
だから、私はレッドがロケット団解散という偉業の裏に隠れた罪と罰を描きたいんですよ。
そして、ロケット団解散とセキエイチャンピオンに最年少で就任という二つの偉業を残しながら、なぜ金銀では"名を消した男"としてシロガネ山に事実上の失踪をしていたのか?そういった、少年の栄光と挫折に苦しむ様を描きたいのよ。私はね。
美しいでしょ?正義感に溢れる英雄症候群の少年が絶望に打ちひしがれる様は。そして、喪ったポケモンたちの虚像に囲まれながら、彼ら彼女らに相応しいポケモントレーナーで在らねばならぬと苦しみ続けながら少年が青年へと成長して行く物語には興奮すら覚えるんです。
レッドは最強。絶対、勝者でなければならない。見たくありませんか?そんな世評と自分の理想に苦しみ続ける最強のトレーナーの姿を。私は見たいですよ、ええ。